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女神探しの旅

アキラの策

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「アキラか。久しぶりだな」
「はい。ろくに顔をだせずにすみません」

 そうしてアキラが聖女アーシェを伴ってやってきたのは、自身の祖父であるグラドの店。
 自身の実家の本店であり、この国有数の、上から数えた方が早いくらいの富豪の城だ。

「よいよい。お前も自分のことで忙しいだろうし、独り立ちした者がそう頻繁に家族の元に来るものでもあるまい。ただ、クラリスはふてくされていることがあるがな」
「あー、順調だとは聞いていますが……後であっておきます」
「そうしておくといい」

 本来であれば数日どころか数週間数ヶ月前に面会予約をしなければ会えないような豪商。
 そんなグラドに、アキラは孫という特権を使って行ったその日に会うことができた。
 とは言え、急な面会にグラドもすぐ時間を作れたわけでもなく、一時間ほど待たされたが、言ってしまえばそれだけだ。

 それなり以上に忙しいはずのグラドが一時間程度で面会してくれるのだから、グラドがいかにアキラのことを気にかけ、大事にしているのがわかる。

「それで、今日突然きたのは、そちらのお嬢さんが理由かな?」

 突然、と言ったのはアキラは基本的に急ぎであっても前日には使いのものを出して予定を確認していた。だというのに今回は前触れこそあったものの、予定を確認することなく訪ねてきた。そこにはそれ相応の理由というものがあるのだろうとグラドは考えたのだ。

「見たところ、例の探し他人ではないようだが……」

 アキラは、グラドには自身の目的を話していた。それ故に、グラドは最初アキラがは目的の人物を探し出し、連れてきたのかと思ったのだが、なんだか二人の様子からして違う気がした。

 それ故に普段にないアキラの行動の理由がわからずに問いかけたのだが、そんなグラドに返ってきたのは驚きの答えだった。

「はい。この方、実は聖女様でして」

 なんと、アキラは本来隠すはずであるアーシェの身分を暴露したのである。アーシェ本人に隠して。

「は?」
「え?」

 これには今まで様々な状況に立ち会ってきた豪商であるグラドも驚きを隠せなかったようだ。
 そして、自身の立場をなんとなしに簡単に暴露されたアーシェも、同様に驚きの声を上げた。

「せ、聖女とは……あの教会の? こちらにきていると噂は聞いていたが……」

 これが商人として対面している時のグラドであれば幾分か心構えもできていただろう。そうすれば、こんな言葉に詰まるようなことにはならなかっただろうが、生憎と今のグラドは孫と会うお爺ちゃんとして対面していた。
 突然のアキラの訪問に多少は心構えはあったが、アキラの言葉はそんな多少程度の心構えは容易く突き抜けていった。

「はい。剣の女神に選ばれた聖女様です」

 アキラはなんでもないことのように言っているが、それはどう考えても異常なことだというのは、誰でもわかることだろう。
 言うなれば、他国の王族が旅行に来ているときにその王族と遭遇するようなもの。確率としてはどれほどだろうか?

「……お前は教会と仲が良かったわけではないと思ったが、どうしてそんな方を……」

 百歩譲って聖女と出会うのはまだ良い。だが、どうして二人が仲良くなって……いや、仲良くなれているのかがグラドにはわからなかった。
 グラドとて、現在のアキラの店に対する教会の考え、感情は理解している。それをどうにかしようと陰ながら動いていたのだから当然だ。

 だから教会所属の……それも幹部と言って良い聖女とアキラが仲良くなれるとは思えなかった。
 これが二人とも子供であればそう言った政治のことなど関係なしに仲良くなることはあるだろう。
 だが、聖女はもとより、アキラは外見こそ子供だがその考え方は大人だ。両者の関係などのその辺りの事情などもしっかりと把握しているはず。

 だというのに仲良さげに、と言えるほどの態度は見せてはいないが、それでも険悪になっていない程度の関係の二人に、グラドは困惑せざるをえなかった。

「教会の前をふらついてたら……まあ色々ありまして知り合いになったんです」
「色々で済まされるものではないと思うがな」
「あはは……まあ簡単にいえばこの見た目ですね。教会の……あー、信者達に絡まれている子どもを助けようとした感じです」
「……なるほどな」

 教会の〝深い〟信者達についてはグラドも知っていたので、その前でなんらかの不手際をしてしまったのなら聖女が助けてもおかしくはないか、と一応の納得を示した。
 それにアキラは自身が言ったようにその見た目がある。いかに疑いを持っている相手であったとしても、多少なりとも警戒は薄れるだろう。

「それでお話なんですが……教会で行っている炊き出しありますよね。それのために食料を卸ろせないか、と」
「……ふむ」

 話に区切りがついたところでアキラはグラドに向かってそう切り出すが、食品……仕事に関係することとなると、その途端にグラドはそれまでの祖父としての態度から商人としての心構えに変わった。

 それによって変わった表情を見てアキラは若干臆したが、それでも言葉を訂正することなくグラドと向かい合う。

「我が商会とて教会にはそれなりの寄付をしている。であるにもかかわらず、教会はこれ以上を求めると?」
「ち、ちが──」
「言い出したのは俺からですよ」
「お前が?」

 アキラは大人と同じように考え、事実、実際にはもうすでに歳は大人なのだが、それでもグラドの中ではまだ子供だ。

 そんなアキラを教会が脅したのではないか。

 本来であればそんなことはないとすぐに思いついたであろうグラド。だが、以前に権力者から家族を傷つけられたことで、そしてそれに対してろくに動くことができなかったことで、家族と権力者が関わると些か感情的になってしまうことがある。
 そんな人間としては好感の持てるが、商人としては悪い癖がここに来て現れた。

 教会は家族を脅したかもしれない。
 そう考えたグラドはアキラの隣に座る聖女へと鋭い視線を向けるが、そもそもここにくるまでも、そしてここに来てからも何もアキラから話を聞いていなかったアーシェとしては、まともに反論すすことなどできず、ただ困惑した様子を見せるしかなかったのだが、それをアキラが止めた。

「はい。こっちでも教会には寄付をしていますが、まあやってることがことなので教会からは疑われているそうです」
「まあ、そうであろうな」

 祖父であるグラドもだが、アキラに協力してくれている貴族であり、かなりの地位があるガラッドが動いているが、それだけで止められるほど甘くはない。

 実際に神様の存在が確認できるこの世界では、神様の僕である教会というのは、かなりの力を持っている。それこそ、ただの宗教には治らない程度には。

「ですので、ちょっと追加で動こうかと」
「疑いを消すためか」
「どちらかというと、疑っていても手を出せないようにするため、ですかね」

 そう言ったアキラの言葉に、グラドは何かを考えるようにわずかばかり眉を寄せたが、それも一瞬のこと。
 流石は一流の商人とでもいうべきか、グラドはすぐにアキラが言わんとしていることに察しがついたのだろう。自身の考えを口にした。

「……手を出せないようにというと、炊き出しか?」
「話が早いですね。はい。教会は炊き出しを行っていますが、それは決定的に足りていません。全てを満たすことなどできないのですから当たり前といえばそうなのですが、そこでうちが追加の食料をそれなりの量で出せば、教会の上はともかくとしても、下や市民は味方に引き摺り込めます。たとえこっちに多少の傷があったとしても」

「最初は教会の寄付だけにしようかと思ったのですが……」

 アキラとしては炊き出しなどやりたくなかった。

 孤児に食べ物を提供するのは良い。
 孤児院に所属していない子供達に与えるのも良い。

 だが浮浪者となっている大人にも与えなくてはならないのが嫌だった。

 辛く、虐げられ、何も持っていなかった生まれ変わる前の晶。
 それでもなお立ち上がって進もうとしただけに、何もせずにふらついているだけに見える浮浪者達が気に入らない。
 所詮は仕事を選んでいるだけ。無駄にプライドが高く、好き嫌いしているからまともな暮らしができない。全力で行き足掻こうとしていないから当然の結果だと、そう思っている。

 確かにそう言った者達もいるだろう。賭け事や、先を見ない金遣いで破滅した者はどこに立っているものだ。

 だが世の中はそれだけではない。中には仕方のない事情がある者だっている。
 抜け出そうと努力をしつつも、どうしても抜け出すことができない者、抜け出させてもらえない者だっているのだ。
 だが、それさえもアキラからみればみれば努力を怠っているようにしか思えなかった。
 その辺は若さ故と思うしかないだろう。

「その場合は市民を味方に、というのは難しいだろう。不可能とまでは言わぬがな」

 しかしそれだと市民に活動を見せつけられない。
 今回の目的は、アキラをどうにかすればまずいと思わせることなのだが、そのためにはアキラという存在の有益性を周りに知らしめなければならない。
 だからこそ、寄付だけでは弱かった。それではただの寄付している者の中の一人でしかないから。

 だからこそ炊き出しが必要なのだ。アキラの名前を掲げて炊き出しを行えば、少なくとも市民からは『寄付をしているその他大勢』ではなくなるから。

「ふむ。ならばよかろう。ただで寄越せというつもりはないのだろう?」
「それはもちろんです。これは仕事の話。料金はこちらでしっかりと払います。……まあ、身内割りでもしてくれると嬉しいですけど」

 アキラが戯けたようにそう言うと、グラドも、それまでの商人としての顔を緩めてフッと笑いを漏らした。

「ふっ、まあ良い。必要な量はどれくらいだ? 明日にでも、とはいかんができるだけ早く都合をつけよう」
「ありがとうございます」





「これで俺の店にいた件はなんとかなるだろ」
「余計なご面倒をおかけして申し訳ありませんでした」
「ん。や、別にちょうどいい機会だったさ。祖父に説明したとおり、必要なことではあったからな」


 アキラとアーシェはグラドとの話を終え、細かい契約を結んだ後はグラドの店を出て教会へと歩いていた。これはアーシェを送るためだ。
 アーシェは迷惑をかけたのに送ってもらうのは……としぶっていたが、それでもアーシェは『聖女様』なのだ。
 その正体を知っているものが襲うことだってあるだろうし、このアキラの店によってアキラと行動を共にしていた状態で行方不明にでもなられたら、その方が明にとって不都合な結果となる。

 それを考えれば教会へと送っていく程度のことはなんの問題でもなかった。

「それより、炊き出しの件は手続きなんかを頼むぞ」
「はい。お任せください」

 食材の手続きはしたが、炊き出しの許可や実行日の設定などはアキラの、というよりも商人の領分ではない。
 なのでそういったことに精通しており手続きも簡単にすませそうな聖女であるアーシェへと日時の設定を頼んでいた。

「ふふ……」

 そうして二人で並んで街を歩いていると、突然笑い出したアーシェ。

「? どうした、急に笑い出して」
「あ、申し訳ありません。少々思い出してしま……」

 そんな彼女へとアキラは視線を向けて問いかけるが、それに答えようとしたアーシェの言葉は途中で止まってしまった。

「な、なんでもないですっ! なんでもないんです! ええ。全くもって平気です。なんでもありませんからね!」

 口元をワナワナと振るわせた後、アーシェは慌てたように早口でそう答えたが、その表情は赤く、恥ずかしがっているように見える。

 アキラはそんなアーシェの様子にさらに困惑を強くするが、とうのアーシェはそれ以上は語らない。

 きっと男性と二人で街を歩いているというこの状況のせいで、恥ずかしい何かを思い出しでもしたのだろうが、普段は他人の思考を読まないアキラにはアーシェの様子の変化の理由はさっぱりわからなかった。

「馬車でもあればよかったんだが……あ?」

 慌てた様子を見せたアーシェだが、それ以上は語ろうとしなかったので、まあ良いか、と先に進むことにしたアキラは再び歩き出した。

 そしてしばらく適当に話しながら歩いていると、道の中央を進んでいる馬車の中に、偶然にも自分の知っている紋章が目についた。

「あの紋章は確か……」
「コールダー伯爵家のものですね」
「……知ってるのか? 他国の貴族のことなのに?」

 教会というのはどこの国でも存在しているものではあるが、その本拠地は違う。
 アーシェは普段はそちらにいて生活しているのに、いくら親しくしておりそれなりの頻度でこの国に来るとはいっても、所詮は他国の者だ。
 そんなアーシェが貴族とはいえ特に有名でもない家のことを知っているのには些か疑問が出てくる。
 なんらかの秘密があるのではないか。ともすれば数年前に自身の関わったことで調べたりしたのではないか。アキラがそう思っても不思議ではない。

「あ、えっと、小さい頃に少々この国の王女様と知り合いまして、それから度々仲良くさせていただいているのですが、その時にコールダー家の御息女とも仲良くさせていただいているのです」

(……本当にただの知り合いっぽな。あの件で俺が関わったことであっちの家に迷惑をかけるのは心苦しいから、それならそれで良いか)

 だがアキラの問いに、特に隠すことでもないのかアーシェは先ほどまでの雑談と変わらずに答えた。
 その様子はどこまでも自然体で、隠し事や嘘をついているなどとは思えず、アキラは普通に話を進めることにした。

「へえ……まあ聖女様だし王女様や貴族と知り合いでもおかしくないか」
「国が違いますので頻繁に会ったり、ということはありませんが、それでもこうして私がこちらの国に来た時は三人で集まってお茶をしたりするくらいには親しくさせていただいています」

 そんな風に聖女の日常について話したりしながら歩いていると、視界の先に周辺よりも大きな建物が見えた。

「っと、そろそろ着くな」
「……そうですね」

 そう言ったアーシェの声は心なしか沈んでいる。
 楽しかった今日が終わってしまうからだ。

 王女達と会って仲良く話したりするのは確かに楽しい。だが、今日アキラと共に街を歩いたのは、別の楽しさがあった。それは何処かへ遊びに行っただとか買い食いをしただとかではない単なる散歩のようなものではあった。

 だがそれでも、今まで男性と二人きりで街を歩くなどというものをしたことのないアーシェにとってはとても新鮮なもので、とても楽しかったのだ。

 それを終わらせないといけないのはわかっている。だがそれでも、自身の立場を考えたらこう言ったことは今後そう易々とできないどころか、そもそも今回のような機会が来るとは限らない。

 それ故に、楽しい今が終わってしまうことに抵抗を覚え、声は沈み、返事をするまでに一瞬間が空いてしまったのだ。

 そして二人は進み、ついには教会の前へとたどり着いてしまった。

「本日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 楽しかった時間はこれで終わりだ。
 しかしそれでもアーシェは自身の内面を悟られまいと、すぐにいつものように辛い気持ちを心の片隅へと押し込んでアキラの方へと向いた。

「いや、そのおかげというか、まあこっちとしても都合がいい感じにはなったからむしろありがとうって感じだよ」
「なら良いのですが……それと、こちらこそありがとうございました」
「日取りが決まったら、あー……店の方に人を寄越してもらっても、大丈夫か?」
「はい。わかりました。明日には、遅くとも明後日には日程と必要なものを記したものを届けますね」
「頼む。じゃあまたな」
「はい。……〝また〟お願いします」

 アキラにとってはなんとなしに言った言葉。だがこんなにも気軽に再会を……いや、また会うことを約束したなかったアーシェ。今までも再会を約束したことはあった。いろんな国の人や友人であるこの国の王女や城で出会ったもう一人の友人である貴族の少女コーデリア。
 他にもいろんな人と再会を約束したことはある。

 だが、それはもっと『重い』ものだった。

 そんな彼女にとっては、アキラが気軽に言った『また』という言葉は、自分が『普通の少女』みたいに感じられてとても嬉しいものだった。

 そうして二人は別れたのだが、離れて行ったアキラが人混みに紛れて見えなくなっても、アーシェはその背を見続けていた。
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