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女神探しの旅
決闘の終わり
しおりを挟む「たあああああ!」
合図と同時に走り出すルーク。
が、そんな様子に男は動くことなく、だが眉を寄せて戸惑っていた。
(……? なんだ? あの構えは見せかけだけだったのか? 構えとは違って随分とみっともなく走ってんなぁ)
その理由はルークの動きにあった。
大抵の者は構えと動きが一致するものだ。いくら構えだけをしっかりと取り繕ったところで、動きが拙い者は構えも拙くなる。それが男の考えだった。
だが、今目の前にいる自分に向かって走ってきている少年は、隙のない構えに反して随分とお粗末な動きを見せている。男にはそれが不可解だった。
(つっても、なんか違和感があんな……。どこかぎこちない動きに見える。……剣の振りの方がどうだかわかんねえが、振れるやつはその走りだってそれなりのもんだ。構えだけのハッタリだったと思うのが正解か?)
開始前の構えを見て、できると判断したのは自分の間違いで、実際には構えと実力が比例しない例外的な存在なのだろうと判断し、男は迎え撃つべく自身も剣を構えた。
(構えからして、来るのは振り下ろし。なら避けるまでもなく剣の腹を叩いて……)
と、そこまで考えて男は頭の中にノイズが走る様な感覚に襲われた。
目の前にいる自分に向かって走って来る少年の動きは、どう見ても単なる子供のそれだ。
だが、一つだけ、一箇所だけではあるが、単なる子供とは違う例外があった。
(なんだあの目は? 何か違和感が……そうだ違和感だ。この感覚は違う! これは舐めていい相手じゃ──)
ルークとの距離がほんの数メートルとなったところで、男は自身の感覚を信じて咄嗟に剣を正面に向けて掲げ、防御の姿勢を取る。攻撃しなかったのは、自分からは攻撃をしないと言う最初の取り決めが頭の隅に引っかかっていたからだ。
そしてそんな男の動きは正しかった。
男が剣を構えるとほぼ同時に、ルークは今までの様な子供らしい走りではなく、全力を持って踏み込み、男へと突っ込んでいった。
そのあまりの速度の違いに、周りで見ていた観客でさえ一瞬ルークの動きを見失った。
そして、そんな突然突っ込んでいったルークは男へ向けて木剣を振るうが、それは男の掲げていた木剣によって防がれてしまった。
相手は自分のことを侮っていたので、まさか防がれるとは思っていなかったルークは防がれたことに悔しそうな表情を見せたが、一瞬後には即座にその場を離れて後退した。
これはアキラにも言われていたことだ。防がれたのなら相手はそれ相応に警戒していると言うことで、ならば次の攻撃が来るかもしれない、と。
だが男には追撃する余裕などなかった。精神的にも、そして、肉体的にも。
「……今のがさっき話してた作戦か?」
ルークの一撃を受け止めた手がその衝撃によって痺れを感じた男は、顔をしかめながら軽く自身の手を一瞥すると、握りしめて今の自分の状態を確認しながらルークに話しかけた。
男がルークに話しかけたのは意識してのことではなく、どうするのが最善かと無意識に理解しての行動だった。
話しかけ、手の痺れが消える、もしくは薄れるまでの時間を稼ぐための行動。
それは男がルークのことを無意識のうちに認めていた証だった。
……いや、違う。それは無意識などではなく、男自身ルークの力を認めていた。今の一振りはそれほどの一撃だったのだ。ただそのことを無意識のうちに認めたくないと思ってしまっているせいでルークの実力を認められないだけで。
「はい。大抵の人は走る姿を見て敵の強さを判断するから、それを利用しろって」
「……随分といやらしい戦い方を教えんだな。騙されたぜ」
「ほんとですか? なら良かったです!」
男の皮肉に、教えられたことをしっかりと実行できたんだと喜ぶルーク。
皮肉を言った方である男は、自身の言葉が通じていないことに若干顔を顰めたが、すぐに相手は子供なのだと言い聞かせる。
その際に、戦いが始まる前にアキラの言っていた、「ルークはあなたよりも強い」という言葉を思い出したが、男はそんな考えを振り払う。
「だが、それは初撃だけだろ。もう騙されねえぞ。……それとも騙すだけしかできねえのか?」
「そんなことない!」
騙すだけしかできないと言われ、拗ねた様に感情的に返したルークは構えていた剣に力を込めて握り直すと、今度は最初から全速力で男へと向かって走り出した。
「いきます!」
そしてルークは先ほどとは違い、振り下ろすのではなく男の腰程度の高さで横に薙ぎ払った。
が、男もさるもの。今回は最初から警戒していただけあって、先ほどよりも危なげなくルークの攻撃を防ぐ。
(なんっつー重い剣を振りやがる! 本当にガキかよこいつ!?)
が、その内心ではルークの見た目に合わない力強さに対して驚愕と非難を込めて叫んでいた。
横なぎの一撃を止められたルークは、今度は後ろに下がることもなく、そのまま男の下半身──主に膝から下を狙って攻撃していく。
これは自分よりも大きな敵に出会ったのならまずは足を殺せ、というアキラからの教えを受けた結果だ。
どれほど大きく強かったとしても、足を狙われるのは辛いし、足を潰すコトができれば敵の戦力を大きく削ぐことができる。
まだルークの身長が小さいからという理由もあったが、だからこそアキラはルークにその戦い方を教えた。
それは弱者が強者に勝つことのできる可能性を引き上げるものだから。
(すごいっ! 夢の中で戦った女の人の方が強いけど、それでもすごく上手い! それに、あの人にはない強さがある。けど……)
だが、いくら狙ってもそのほとんどの攻撃が防がれる。
時に弾かれ、時に流され、そして時にはあえて自分から当たりに行くことで相手の調子を崩す。男はそうしてルークの攻撃を凌いでいた。
ルークは今までアキラの魔法によって夢の中で女神の幻影と戦ったこともあったが、女神の剣は鮮麗されすぎており、男の様な必死に生き延びるという泥臭さがなかった。
そんな初めての戦い方に出会ったルークは、やる気を漲らせて攻撃の手を強めた。
「負けない! ──ヤアアアアアッ!」
「ぐうううっ! ……オラアア!」
だが、それでも男も冒険者としては実力者と呼んでも差し支えない者。
自分が止めた手前、そう簡単に子供に負けるわけには行かないと意地もってしてルークの攻撃を防ぐ。
その後もルークは攻撃を続けるが、それでも決定打には繋がらない。
何度打ちあっても、何度切りつけてもその全ては弾かれ、逸らされ、防がれる。
(どうしよう! このままじゃ……嫌だ。負けたくないっ!)
いくら攻撃しても倒れない男に対して焦りが生まれてきた。
負けたら罰則があるのだから負けてはいけない。だが、そう思えば思うほどに負けてはいけないという思いは強くなる。
後にはアキラが控えているから負けても平気なのだが、そんなことを忘れているルークは焦る。
焦って焦って、そのせいで剣にも乱れが生まれ始めた。
(でも、どうすれば……そうだ!)
ルークはどうすれば良いのかと考えたが、焦って考えた結果は大抵の場合はろくなものではないことが多い。
そして今回のルークもそうだった。
今の状況を打破するためにはどうすればいいのかと考え、その方法が思いついたルークは男へと切りつけると、それを最後に大きく後退した。
「あん?」
男はそんなルークのことを不可思議に思い首を傾げながら見ていると、ルークは自身の持っている木剣に魔力を溜め始めた。
「うぐっ……ううううああああああ!」
それは本来であればうまく扱うことのできないほどの量の魔力だった。
正確にいうのであれば扱うこと自体はできるが、それはもっと落ち着いた状態でゆっくり丁寧にやれば、の話だ。
今のルークは落ち着いてなどいない。むしろ、早くしなくてはと焦って体に負担をかけながらも無理やりねじ伏せて魔力を操っている状態だった。
「は……? まっ、なんっ、おいっ!」
今まで剣で戦っていたにもかかわらず、冒険者でもまともに使えるものは多くない魔力による攻撃を目の前にいる子供が使ったことによって、男は混乱し、とっさには動くことができなかった。
「──ああああああ!」
数秒遅れて動き出したが、それでは遅すぎた。
ルークが構えている剣に込められた魔力は膨大で、本来は目に見えないはずの魔力が明確に色を持っていた。
そしてそんな通常の子供ではあり得ないほどの魔力を操るルークの一撃が放たれ、剣に込められていた魔力が暴威となって男へと放たれた。
「チイッ!」
とは言え、いかに強力であろうと単純な攻撃であるそれは、男にとっては避けるのは簡単だった。
だが、男は避けると言う選択をしなかった。
なぜか。それは周囲の状況だ。
現在ルーク達の周りにはその戦いを見ようと組合に集まってルーク達のやりとりを見ていた冒険者達が集まっていた。
その全員が今ルークが戦っている男と同じ能力を持っているわけもなく、中には攻撃を避けられない者だっている。
自分が避けてしまえば、そんな者達がルークの一撃をモロに受けてしまう。
それを避けるべく、男は真っ向からルークの剣を受けることにしたのだ。
「うっ、おおおおおおああああああ!」
冒険者の中ではそれなりに上位に入る存在だった男は、自身の操ることのできる魔力を瞬時に剣に篭め、ルークから放たれた魔力の塊を下から救い上げるように切り払った。
だが、アキラの魔法によって魂を強化され、魔力の総量が子供どころか大人よりも多い量を持っているルークの全力はそう容易く払うことのできるものではなかった。
「──らああああああ!!」
容易くはない。……容易くはないが、しかしここで自分が失敗すれば後ろの奴らが死ぬかもしれない。
それを防ぐために、男は自身の全力を持ってルークの魔力の塊を上空へと切り上げた。
(良し! なんとかなったか……だが、最後に何だか弱くなった……いや、俺が強くなった?)
切り上げられた魔力の塊は空へと飛んでいってやがてその形を崩して空気に溶けたが、その魔力を切り上げた際に、男は突然力が湧いたような違和感を感じていた。
これは当然ながら男がピンチにおいて覚醒したとかではなく、アキラの使うことのできる数少ない魔法の一つである身体強化を男へとかけたからだ。
本来は自分にしかかけないその魔法だが、かけないだけで、かけられないわけではなかった。
ルークの魔力による攻撃はアキラにとっても想定外であり、それに対処しようとしていた男へと陰ながら力を貸したのだった。
そうとは知らない男は突然の力に疑問を感じながらも、今はそんなことよりもすることがあると判断し、全力の魔力を放出して疲れ果てているルークへと近づいていった。
「おい。ちったあ周りのことも考えろ。俺が防がなきゃ、後ろの奴らは死んでたぞ。お前は守るために戦うつってたよな? そりゃあ何を守るためだよ。お前はその何かを守るために戦う時も周りの奴らを殺して守んのか?」
「あ……」
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真剣にルークのことを叱る男の言葉にルークは目を潤ませながら謝罪の言葉を口にした。
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そしてしばらくしてからアキラは男へと近寄り先ほどのルークの暴走について頭を下げる。
「すみません。迷惑をかけました」
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アキラは自分の監督不行届を詫びたが、男からしてみればアキラの見た目も十分子供だ。
実年齢は成人しており、今のアキラはルークの保護者と言える立場なのだが、男にはそのことが理解できず、疑問を抱きながらも話を進めた結果、お互いに認識違いをすることになった。
「では次は俺とやりましょうか」
「は? ……ああ、そういやぁ勝負はお前ともやるんだったな」
そして一旦話に区切りがついたところでアキラから放たれた言葉に、男はわずかに不思議そうに首を傾げたが、すぐにルークだけではなくアキラとも戦うのだと思い出して納得したように頷いた。
だが直後にバツが悪そうに頭をかきながらアキラから視線を逸らすと、ため息を吐いてから口を開いた。
「もう流石に、お前たちをガキだからと侮ったりはしねえ。悪かったな」
「ではやめますか?」
「いや? それはそれとして、手合わせを願う」
「わかりました」
見た目だけで判断して行動の妨げとなってしまったことを詫びた男。
たった今驚愕するべき力を見せられた以上は、もう見た目で侮ってその行動を阻むことなどしない。
それ故にこの試合も必要ないものとなったのだが、だがそれでも一人の武芸を嗜む者として、ルークが師と仰ぐアキラの実力が気になった男は手合わせを願い出た。
そしてもとより戦うことになっていたアキラとしては拒む理由もなく、またそれで先ほどの詫びが少しでもできるのであれば、と男との手合わせを受け入れたのだった。
「本気で頼むぞ」
「……ええ。わかりました」
そして先ほどのルークとの戦い時のように構える二人。だがそこから感じられる気迫は全く違った。
「じゃ、じゃあ始めるぞ。三・二・一……」
そんな二人に若干怯みながらも審判の役割を果たすべく、先ほどと同じ冒険者が再び開始のカウントをしていく。
「始め!」
そうして開始の合図は行なわれた。
だが、それでも両者は一向に動こうとはしない。
アキラは本気での戦いであれば自分から攻撃すればすぐに終わってしまうから。『手合わせ』を願うのなら、すぐに終わらせてはまずい。そんな感情から最初は守りでいこうと思っていた。
そして男の方は純粋な恐怖から。
二人はそんな理由で動かずに、そして動くことができずにいた。
「どうしました? こないんで──ああ。そういえばこちらからしか攻撃しないというルールでしたね、一応」
アキラは男が攻撃しないのをルールで決めていたからだと思い、納得したように頷くと剣を構えた。
「では、いきますよ」
そして男へと向かって軽く走り出した。
その走りは先ほどのルークのような速さはなく、その場にいた誰もが目で追うことのできる、なんなら一般人ですら簡単に追うことのできる程度の走りだった。
「これで──」
当然、そんな速さでは対戦相手である男も見失うはずはなく、近づいてきたアキラの振りあげる剣に対処するべく動き出すのだが……
「──おしまいです」
アキラがそう言い終えると同時にコーンと何かが落ちるような音が響いた。
おかしい。あれはどこにあったものだ?
その場にいた者たちの心の声としてはそんなところだろうか?
音のなった場所へと視線を向けると、そこには先ほどまでは影も形もなかった木製の模擬剣が落ちており、アキラと対峙している男の手には何も握られていなかった。
つまり、それの意味するところは、男の剣が弾かれたということ。
しかし、状況的に見ればそれ以外の答えはないのだが、その場にいた者たちはそれを脳が認められずにいた。
あの瞬間、確かに男はアキラの剣を迎撃するべく動いていた。アキラの剣も見えていた見失うような速さではなかった。
だが何をしたのかがわからない。
結果としてアキラは男の首に剣を突きつけ、男の持っていた剣は飛ばされ、地面に落ちている。
「俺の勝ちでいいですか?」
「……っ! あ、ああ……」
剣を飛ばされた本人であり、アキラと向かい合っていたはずの男は自身が何をされたのかすらわからず、他の観客たちと同じように音のなった方を見ていた。
そしてアキラに声をかけられたことで自身の手の中に剣がないことを認識し、混乱した脳でアキラの問いに半ば呆然と返事をした。
「そうですか。なら良かった」
何も反応のなかったアキラはもしやごねられるのかと思ったが、そんなこともなく返事が返ってきたことでホッとして息を吐き出した。
「ルークの心配をしてくださって、そして良い経験を積ませていただき、ありがとうございました」
そして最後にそう言ってから頭を下げると、くるりと身を翻して男のそばから離れ出した。
「お、おい!」
「何でしょう?」
が、アキラが数歩歩いたところで男から声がかけられ、アキラはその歩みを止めた。
「あ、いや……お前の言った通り、そっちの……ルークっつったか。そいつの面倒だって見てやる」
アキラが振り返ると、男は一瞬言い淀んだがすぐに言葉を続けてそう言った。
「ありがとうございます」
そのことにアキラは数度目を瞬かせて驚きを見せたものの、その後は笑って礼を言い、再びルークたちの元へと戻って行った。
「さて、待たせたな。それじゃあゴブリン退治に行こうか」
静まりかえった空気の中、その場にいた者全員がアキラに注目する中でアキラはそんなふうになんでもないかのように普段と変わらずにウダルたちへと声をかけた。
「……お前、この空気の中それはすげえと思うぞ」
「まあ、気付いちゃいるけど……気にしたところでどうしようもないだろ?」
気づいたところでどうしようもないというのはその通りだが、ルークとウダルのことを皆に意識させるという狙いがあるアキラは、自分が注目されているのを承知であえてウダルへと話しかけたのだ。
「まあそうだけどよ……」
「気にするな。どうせ一時のもんだから」
「そうかあ?」
「そうそう。ルークもそんなに落ち込んでないで行くぞ。結局誰も傷つかなかったんだ。それほど思いつめることでもないだろ。今日失敗したんなら次は失敗しなければいい」
「……うん」
アキラの慰めに静かに頷いたルーク。そんな自身の弟分の返事を聞いてアキラは友人とともに歩き出す。
「アキラ」
「ん?」
だが、先ほど男に呼び止められたように、今度はルークに呼び止められ、アキラは背後へと振り返る。
「後でまた、稽古をつけてくれない?」
「……俺よりも、ウダルにしておけ」
「え?」
まさか断られるとは思っていなかったルークは驚きのあまりそんな気の抜けた声を出したが、アキラはその理由をため息を吐き出してから説明し始めた。
「今回のは俺とばかり戦ったことで変に慣れができたってのも理由の一つだと思ってる。だから、俺以外の奴とも戦って経験を積め」
「……わかった」
ウダルに対して思うところはある。あるが、それでもアキラの言っていることも理解できるルークは、アキラの言葉に返事をした後じっとウダルの顔を見て、それから丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「お、おう。わかった。こちらこそよろしく頼む」
そんなルークの態度が今まで自分に向けられていたものとは違い戸惑ったウダルだが、すぐに持ち直すと手を差し出して握手を求めた。
ルークは差し出された手を握ったが、まだ完全には打ち解けていないせいですぐに手を離してしまい、ほんの少し恥ずかしそうにして先へと進み出した。
アキラたちもその後を追い、冒険者として依頼をこなすべくゴブリン退治に行った。
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