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女神探しの旅

異変の感知

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「はあ……」
「ん~? ……アズリア、どうかしたの?」

 アキラから早く離した方がいいと判断したチャールズ、セリス、ダスティンの三人によって朝早くに村を出て魔境へと戻っていった勇者一行だが、何故だかアズリアの様子がおかしい。
 おかしいといっても何処か体の調子が悪いわけではなさそうだ。だが、ため息が増え、ボーッとしていることも増えた。
 普段から時折ぽやぽやとしている時はあるが、それは街や城などの何処か安心できる拠点であればこそだった。今は一流の戦士でさえ命を落とすほどの危険地帯である魔境だというのに、アズリアは集中できていなかった。

 それを訝しげに眉を寄せて見ていたセリスが話しかける。
 だが、アズリアはハッとしたように声を漏らし、セリスへと顔を向けると首を振って誤魔化した。

「あ……セリス。……ううん、なんでもないわ」
「そう? ならいいんだけど、気をつけてよ? ここは魔境なんだから」
「そうよね。ごめんなさい」
「いいよいいよ。けど、何か困ったこととか悩みがあったらいつでも聞くよ。男どもには話しづらいこともあるだろうしね」
「……ええ、ありがとう」

 セリスはそう言ったが、普通なら「なに気を抜いてんだ馬鹿野郎」とでも言われてもおかしくない。
 それなのにセリスが余り小言を言わずにいるのは、アズリアが気を抜いていてもなんとかなっているからと言う理由がある。
 が、それはセリスにとっては理由の一つでしかない。

(……そろそろ限界かな? まあしばらくの間それなりに稼がせてもらったし、ある程度は人脈もできた。本当はもっと……できることなら半年はやっていきたかったけど、とうとう魔境なんて来ちゃったし、やっぱりそろそろ潮時かなぁ。それに、あの子供のせいだろうけどめんどくさい感じになってるし)

 冒険者であるセリスにとって、アズリアは仲間でもなんでもない。
 元々は『勇者一行』が探索・索敵を得意とした冒険者を探していたので箔付けのためにも一度くらいは一緒に仕事をするのもいいかもしれないと行動を共にしたのがきっかけだった。
 だが、その一回の仕事が思っていたよりも稼ぐことができたため、セリスは『勇者』と仲良くなって仲間として行動を共にするようになったのだ。

 だが、一応仲間として行動を共にしているが、セリスは心のうちではアズリアのことを、いや、アズリア以外の仲間たちのことも『仲間』だとは思っていない。精々が協力者、共犯者といったところだ。
 金を稼げなくなったら、稼ぎと命が釣り合わなくなったら即座に捨てるつもりだった。

 セリスがアズリアに余り小言を言わなかったのもこれが理由だ。余り何かを言い過ぎて『勇者』の機嫌を損ねるのが嫌だったのだ。だからセリスはアズリアの考えを理解するために、あたかも心配しているのだ、と言うふうに装って話しかけていた。

 そして話してみて判断した結果、セリスにとってアズリアという『勇者』は『価値なし』と判断を下していた。

「ふむ。それにしても、魔境だと言うのにそれほど苦戦しなくなったな」
「そうですね、最初は結構ギリギリの時もありましたけど、今は余裕がありますよね」
「それだけ強くなったということだろうな」

 先を進むセリスとアズリアの背後では、チャールズとソフィアがそう話している。
 彼らの言っていることは正しく、勇者一行は魔境と呼ばれるこの森に入った時に比べて各段に強くなっていた。
 二人はこれからの旅が楽になると、目的を果たすためにまた一歩近づいたと喜んでいる。──ように見える。
 神器に選ばれた勇者の目的とは、人の領域を侵している凶暴な魔物を退治することと、魔物の生息地である魔境を攻略することだ。
 前者はわかりやすいだろう。言葉の通りに人に仇なす魔物を倒すのだ。
 それに対して後者は少し特殊であり、勇者に求められているものは、どちらかといえばこちらの方が大きい。言うなれば人助けの魔物退治は『ついで』だ。

 だが、魔境を攻略して魔物が湧かないようにするというのは一筋縄ではいかない。当然ながらそれ相応の力が必要である。それは到底一般人では辿り着けないような境地であり、だからこその勇者だ。

 だからこそ強くなることは勇者としても、その仲間としても喜ばしいことではある。故にソフィアとチャールズが喜んでいるのもおかしくはない。むしろ当然と言える。

 ──それが表面状のものでなければ、ではあるが。

 だが、実際にはこの二人もセリスと同じようにアズリアに対して思うところがある。

(さて、アズリアはセリスが対応しているが、どうなることやら。『剣の女神に選ばれた勇者』と言っても、所詮は平民。今までも色々と面倒臭いことがあったが、今回のは余計にだな。まあ、もし本当に奴が勇者だというのであれば色々と考えるというのもわからないではないが、あまり面倒をかけないでほしいのだがな……。全く。いくら勇者の血筋を取り入れるためとはいえ、このような面倒な女と結婚しなくてはならないとは……)

 チャールズはアズリアが生まれた国の王族である。王位継承権それ自体は高くはないが、直系であるのでまあ低いというわけでもない。
 自国に勇者とその血を取り込むために結婚するというのは王族にとって必要なことであり、チャールズ自身もその子には納得している。

 が、それと勇者本人──アズリアのことを気にいるかは別だ。

 たしかにチャールズはアズリアの能力は認めていた。ろくに訓練を積んでいないというのに騎士に勝ち、勇者として目覚めてからまださほど年月が経っていないというのにすでに魔境に挑めるほどの力もつけた。
 だがそれとは別に認めていないところというか、気に入らないことも多々あった。

 自分たちの目的とは別の寄り道でしかないところで誰か困っているものがいるとそちらに向かっていくのだ。それ自体は王家としても国民にいい顔ができるから構わないのだが、それも度がすぎると感じていた。
 そして元は戦いを生業としていないのだから仕方がないではあるのだが、アズリアは戦いのこととなると消極的になる。それは勇者としての働きを求めているチャールズたち王族としては顔をしかめざるを得ないものだった。

 それににくわえて今回のアキラの件だ。『勇者』が『一般人』に負けた。実際には引き分けで終わったが、チャールズにとってはあれはアズリアの敗北と同じだった。
 仮にアキラが『勇者候補』であったとしても、その結果は変わらない。チャールズはそのことに頭を悩ませている。

 そして似たようなことをソフィアも考えていた。

(あの少年は本当に勇者様なのでしょうか? 確かに『剣の勇者』であるアズリアさんに容易く勝っているのですからその可能性はあり得ます。けれどそれは、可能性がないわけではない、という程度のもの。どの程度の信憑性があるのか……。いえ、『勇者様』を疑うのは良くありませんね。どのみち教会に連絡はするのですから私がことの信憑性など考える必要などありません。……ですが、ふぅ。仮にあの少年が勇者様候補だったとしても神器を持っていない状態なのですから、アズリアさんは神器に選ばれた勇者様なのですからもう少し頑張ってほしいですね)

 チャールズが勇者を取り込むために王家から派遣された者だとしたら、ソフィアは勇者を補助するために教会から派遣された者だ。

 ソフィアは教会から与えられたその使命に喜んで行動しているが、それは別にアズリアの事を気に入っているからではない。『勇者』と行動を共にできるからだ。
 孤児であり幼い頃より教会で育てられたソフィアは、『勇者』とはどういうものか、自分たちは何のために頑張るのか、という事を教えられて育てられてきた。それはもはや洗脳の域にさえ届いていたが、多少誇張はされているものの教会が教えている事に嘘はなく、また悪事を働いているわけでもないので取り締まることもできないし、そもそも国は取り締まる気もなかった。
 だって勇者は魔境を開放するために行動し、教会はその補助のために動く。それは国の利にはなっても害になることはなかったのだから。

 だが、その結果その教会で育てられたソフィアは、勇者至上主義とでもいうのだろうか。勇者らしい行動を肯定し、勇者らしくない行動を否定する人物となった。
 故にアズリアが人助けをするときは喜んで手伝うが、今回のように勇者が負けるような時には「勇者に選ばれたのに情けない」と不快感を感じていた。

「とはいえ、そう言って油断した時こそが最も危険ではある。あまり気を抜きすぎるでないぞ?」

 一行の1番後ろを歩いているのは魔法使いであるダスティンである。本来であれば1番後ろは戦士系の者が立つのが相応しいのであろうが、このメンバーの場合はダスティンで正解だ。
 彼は自身の後方に魔法を展開し、敵が来るかどうかを警戒していたのだから。
 そんなことができるのなら全方位警戒すれば良いのではないかと思うだろうが、そんな事をすれば流石に戦闘用の魔力がなくなってしまう。だから前方は自力で探索ができるセリスに任せて、自身は後方を担当する事にしたのだ。

(やれやれ、皆顔に出しおって。当人たちは隠しているのであろうが、まだ若い。特にセリス。あやつはそのうち裏切るであろうな。もとより金あっての付き合い。手に入る金額よりも危険の方が大きくなったと判断すれば、即座に消えるであろう。チャールズ王子は流石だが、それでも態度がこの森に来るまでのものとは少し違う。おおかた『勇者』の有用性でも考えているのであろう。そしてソフィアだが……ふむ。此奴は考えが読みづらいのぉ。教会の手のものであるのだから裏切る事はないが、完全な『我ら』の味方というわけでもあるまい。今はおそらく勇者かもしれないというあの少年のことでも考えているのだろうとは思うが、さて……)

 ダスティンは今回の一蓮の流れを見てこの後について考える。
 アズリアの行動に対するセリスの動き方。チャールズの考え。ソフィアの狙い。同じチームではあるがバラバラな目的を持った者達が胸に秘めているそういった諸々を含めてどうするべきかと思案する。

 ダスティンは国に所属する魔法使いであったが、城から誰かを同行させるにあたって研究のためにアズリアについていくのに立候補した。

 勇者とは何なのか。神器に選ばれるというのはどんな状態なのか。選ばれる者とはどんな条件なのか。

 そういった自身のわからない事を調べるためにダスティンはアズリアについて行く事にしたのだ。

(……今更ではあるが、勇者一行だ仲間だと言いながらも誰一人としてあの娘のことを考えている者がいないのぉ。まあ本当に今更ではあるがな。かくいうワシも勇者という存在を間近で見ることで研究の足しにでもなればと思ってお守りを受けているのだしな。……そう思えば会ったばかりのあの少年の方がよほどあの娘の『仲間』としてふさわしいのやもしれぬな。何にせよ、突然勇者に選ばれるなぞ、あの娘も哀れなものよな)

 あの娘──アズリアには、真の意味での仲間はいない。
 セリスは金のため。チャールズは王家の為。ソフィアは『勇者』のため。そしてダスティンは研究のため。それぞれが別の目的のためにアズリアを利用している。

 勇者ともてはやされどれほど努力したところで、真にその苦労を共感する相手も褒める相手もいない。だが勇者である事から逃げれば非難されるから『勇者』であり続けるしかない。
 ダスティンはそんなアズリアに多少の憐憫を感じている。かと言って自身の研究を止める気はなく、助ける気もない。だって、いくらアズリアが哀れであったとしても、自分に関係ないから。

「──む!?」
「待ってください!」

 それぞれの思惑を抱えた一行が森の中を歩いていると、ソフィアとダスティンが突然声を上げて振り返った。

「どうしたの?」

 アズリアが二人にそう尋ねたが、二人は答えることなく後方、今自分たちが歩いてきた方向を見たまま動かない。

「ダスティンさんも感じたのですか?」
「うむ。アレほどの強大な魔力だ。当然であろう」

 そして少しそのまま後方を見ていた二人はお互いに目配せをしてそう話す。

「強大な魔力? 何? 後ろに魔王でも現れたの?」

 何があったのか全くわかっていないセリスが、事情を説明しろとばかりに少しだけ声に不機嫌さを滲ませて訪ねる。

 魔王とは『魔境の王』、『魔物の王』を表す存在で、魔境を解放するために倒さなくてはいけない存在だ。勇者が魔境を解放するというのは、この魔王を倒すという事を意味している。

 だが、ただでさえ協力な魔物の存在している魔境。その魔物達の頂点に位置する王ともなればそれはかなりの強さだ。だからセリスは協力ないからと言われて魔王を思い出した。

「さて、どうかの。それなりに距離があるようなので森の中ではないと思うが……」
「じゃあどこから……」
「力は……私たちがきた方角から感じました」
「きた方角? それに距離があるってことは……もしかしてあの村が襲われたって事!?」
「まだあの村が、と決まったわけではないが……その可能性はあるのぉ」

 ダスティンは言葉をぼかしているが、その実、村に『ナニカ』が現れたことをほぼ確信しているようであった。

「でもなんで魔王が外に……」
「魔王ではありません」
「え?」

 村に魔王が現れた。だがなぜなのか。なぜ突然魔王などという存在が自身の領域を出たのか。それは当然の疑問である。
 だがそんなアズリアの疑問はソフィアによって否定された。

「どういう事だ? 魔王じゃないというのなら、その強大な力とやらは何が原因なのだ? いかに魔境といえど、お前達二人がそれほど警戒するような魔物はいないのではないか?」
「魔物ではないというのならそれはもちろん、人ですよ」

 ソフィアはそう言ったが、魔力を感じた二人以外は訝しげだ。そしてその三人の気持ちを代弁するかのようにチャールズが疑問の声を上げる。

「それは本当なのか?」

 どのような思惑があろうとも、仮にも勇者の旅に同行を許されるほどの実力者だ。そんな二人が危機感を感じるほどの魔力を人が出せると言うのは、些か信じがたい。チャールズの言葉は当然のものであった。

 チャールズは城にいた時から面識のあるダスティンをメンバーの中で1番信頼していた。そしてそんな彼に向かってチャールズは視線を向ける。

 だが、ダスティンはゆるく首を振ってその問いに答える。

「さて、力は感じたがわしにはそこまでわからなかったのぉ。だが、そう言ったということは何かしらの理由があるのであろう?」
「ええ。あちらから感じた力は不浄の力でした」
「不浄の……なるほどのぉ。それはアンデッド……つまり死霊術、いや外道魔法か。それを、もしくはアンデッドそのものを感じ取ったというわけか」
「はい」
「でもアンデッドが突然発生することだってあるんでしょ? それとは違うの?」
「たしかにアンデッドは突然発生しますが、これほど協力なものは生まれません。あるとしたら転移魔法を使える個体が現れた場合ですが、どちらにしても放っておけば被害は甚大です」

 セリスの疑問にソフィアは首を振って答えた。
 そして、行くのが当然とばかりに声を張り上げる。

「皆さんいきましょう! 外道魔法使いと高位アンデッド、どちらであったとしても教会のものとして見過ごすことはできません!」

(チッ、わざわざいく必要なんてないだろうに!)

 だがセリスは出来る限り危険を冒したくはない。それを顔に出すことはないが、内心は行きたくない。自分から言い出すのは今後の関係上まだまずいから誰か言い出さないか、と考えていた。

(倒さずとも我が国に被害はない。……が、後のことを考えると倒しておいた方が面倒は少ないか)

 チャールズは倒した場合と倒さなかった場合、どちらが自国の益となるか、害となるかを考える。
 そして倒しておいた方が今後のためになると判断した。

(転移が使える個体であれば会ってみたいのぉ。わしも転移は使えんから目の前で使ってもらえれば参考にはなろう)

 ダスティンは未だ自身が使うことができない転移の魔法を直接見れるかもしれないとあって討伐に向かうのは乗り気だった。むしろ自覚できるほどに年甲斐もなくワクワクしていた。

「私は賛成だ。他国とはいえ無辜の民が殺されるというのは見過ごせない」
「そうよのぉ。あの村は今後魔境のそばで拠点を作るときがあれば参考にもなろう。それにこの魔境に再び挑むときにはあそこがあるとないとでは色々と変わるであろう。まあ、残せるのであれば残しておいた方が得ではあるな」
「そうだよね。それに、人の領域を魔物に好き勝手されるのも気に入らないし、外道に壊されるのもむかつくね」

 本当は行きたくないセリスだが、チャールズとダスティンに続き自分一人だけ行かないというわけには行かない。今後いずれは抜けるつもりではあるが、それまでは良好な関係を築いておきたかったから。

 それぞれ思惑はあれどそれでも三人は了承の意を示した。だが、アズリアだけはまだ一言も話さないでいる。

「アズリアさん? どうしたのですか?」
「わ、私は……」

 アズリアは迷っていた。もう一度アキラに会ってしまえば胸に抱いている迷いが耐えきれないものになってしまいそうで怖かったから。

「……行きましょう。そして、あの村を守るわ」

 だが、それでも行かないという選択肢はない。

 ──だって、アズリアは『勇者』なのだから。
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