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女神探しの旅

アキラの優しさ

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「ふむ。……格下とはどういうことかね?」

 ソフィアに続いてダスティンも自身も防御していたことを告げるが、アキラは態度を変えることなく当然だとばかりに告げる。

「あなた方は根本的に精神というものを……魂というものを理解していないんですよ。それなのに防御したとか言われても……。そんなの、石を積み上げて水を食い止めようとするようなものです。多少の邪魔にはなりますが、それだけですよ。確実に防ぎたいのであれば、外道魔法だからと忌避するのではなく、逆にもっと外道魔法や魂の事を理解するべきですね」

 アキラは彼らに理解してないというが、一度死んで魂だけの存在となり、神様と渡り合えるほどの力を付け、さらには神様にまでなってしまった異常者と比べるという事がそもそもおかしいのだ。
 常人がいかにアキラに近づこうとも、アキラの域までたどり着くことはできはしないだろう。

「次に同じような事があったときは気をつけるといいですよ」
「ふん、忠告感謝しよう」

 先ほどダスティンに言われた事と同じことを返すアキラに、ダスティンは不快げに鼻を鳴らす。

「それで、幻の見分けもつかない皆さんは、俺をどうやって倒すというんです?」

 外道魔法に対する防御が完璧ではない状態で明と戦ったところで、また幻覚を見せられて何もできずに、なにも結果を出せずに終わってしまうのは目に見えている。
 だというのに、アズリアを除いた他の勇者一行のメンバーたちはそれぞれが武器を構えている。

「待って!」

 だが、そんな中でアキラに頼まれて飲み物を撮りに行っていたルークが叫び、勇者一行に対して制止を促す。

「待ってください。なんでアキラを攻撃するんですか!?」

 叫びながらアキラの元に駆け寄ってアキラと一行の間に立ち、争いを止めようとする。
 しかしその程度で止まるようならば、そもそもこんな戦いになどなっていないのだ。

「ルーク君退いてください。あなたたちは騙されているのです。その者は禁じられている外道魔法を使い、この村に厄災をもたらそうとしたのです」

 ソフィアは自身の信仰に逆らう存在である外道魔法の使い手であるアキラをどうしても倒したい。
 だが、だからといって善良な一般人であるルークを傷つけることはしたくない。それは歪んではいるものの確かに聖職者として教えを信仰している証拠だった。
 これが単に自分の思い通りにならない事を嫌うような者であればルークなど気にすることなく、説得などせずに攻撃を仕掛けていただろう。

「え……? そ、それって」
「ルーク。しばらくこっちには近寄らないようにゼルベンさんに行って来てくれないか?」

 だが、どうやらルークはアキラが狙われているのは自分たちのために魔法を使ったからだと察したようだ。
 しかしそのことを告げる前にその言葉をアキラが遮った。
 ソフィアはルークが騙されていると思っているからこそルークを攻撃せずにいるのだ。それがアキラが外道魔法の使い手だと知った上で仲良くし、あまつさえその魔法の行使を願ったというのなら、それは明確な敵になってしまう。
 だからこそアキラはルークを巻き込まないようにしたのだ。

「え……だ、だってアキラ、大丈夫なの!? アキラが襲われる理由ってもしかして、ぼ──」
「大丈夫大丈夫。今の見ただろ? こいつらじゃ──」

 アキラは心配するルークに優しく笑いかけて大丈夫だと安心させる。

 だが、ルークにかけていたはずのその言葉を途中で止めると、途端ルークではなくソフィア達に視線を向けた。
 そして、つい今までルークにむけていた笑みとは違い、ニコリではなくニヤリとした挑発的な笑みを浮かべた。

「──いくらやっても俺には勝てないよ」
「なっ!」
「っ! 貴様っ──!」

 アキラの挑発に怒りを露わにしているソフィアとチャールズ。
 その怒りの理由はソフィアは言わずもがなであるが、チャールズの方は今までこうも露骨に馬鹿にされたことなどなかった故に、王族として培ってきたプライドを刺激されたのだ。それはこの状況が自分たちが正しく、外道魔法に関して違反をしている相手が間違っているという理由。そして自分が勇者一行のメンバーであると言うのも理由になったのかもしれない。
 だが、どれほど理由を取り繕おうとも、チャールズの怒りの根底にあるのはバカにされた事に対するプライドだった。

 残りのダスティンとセリスは、アキラのことを殺したいと思っていても、元々戦う気がそれほどなかった。
 今後残っていたら邪魔だろうから、機会があれば殺したい。そしてその機会が今だと感じたから戦っている。その程度の気持ちであり、ソフィアとは違いどうしても、と言うほどではなかったのだ。

「な? 大丈夫だろ?」
「う、うん。ごめんなさい」
「何謝ってんだ。俺が勝手にやりた胃からやってるだけだ。俺はいつだってそうだ。今回は、誰にも邪魔はさせない。自分の道を生きるって決めたんだから。だから心配するな」

 アキラがそう言うと、ルークは心配そうに何度も振り返りながらも走ってゼルベンの元へと去っていった。

「……と、いうわけで、ルークはいなくなりましたが、まだやります?」

 挑発的な笑みを浮かべたまま、だが気怠げにアキラは問いかける。

「……まだです。……まだです! まだ私たちは負けたわけではありません!」

 もう諦めて良いんじゃないかと思っているセリスとダスティンだが、馬鹿にされたままではいられないチャールズと、信仰の敵である外道魔法使いのアキラを倒さずにはいられないソフィアがいるせいで引くことができなかった。

「アズリアさん! 聖剣です。聖剣の力を使うのです! そうすれば魔法を祓う事ができます!」

 ソフィアがいまだにその場に蹲み込んだまま動けないでいるアズリアに叫び、指示をだす。

「へぇ、その剣にはそんな効果があったのか」
「そうです。聖剣の効果があれば、あなたは魔法を使えません!」

 聖剣が『剣の女神』の力のかけらだとは分かっていたアキラだが、そこに込められた効果がどのようなものかまではわからなかった。
 それ故に今の驚きは演技などではなく、まごうことなき彼の純粋な気持ちだった。

「……って事だけど、アズリア。お前、できるのか?」
「できるに決まっています! だってアズリアさんは『勇者様』なのですから!」

 アズリアに問いかけたはずのアキラだったが、その問いにアズリアが答える事はなく、代わりに当初あった時の冷静さを消したソフィアが答える。

「『勇者様』、ねぇ……はぁ」

 だが、今までも勇者一行の在り方が気に入らなかったアキラだが、それが余計にアキラを苛立たせる。

「アズリア。もう一度聞くが、お前は、本当にそれで良いのか?」

 しゃがんだまま全くと言っていいほど動いていなかったアズリアに、アキラはそう話しかける。

 そして、そう問い掛けられた本人──アズリアはびくりと体を揺らすと、震える唇をゆっくりと動かして声を出す。

「わ、私は……」
「何を迷っているのですかアズリアさん! 異端者の言うことなど聞く必要はないでしょう!? それでも『勇者様』ですか!」

 だが、すぐに言い返さなかったアズリアに苛立ったのか、ソフィアは先ほどよりも一層の怒りを込めて怒鳴り、アズリアの言葉の邪魔をする。

「そう……そうよ。私は……『勇者』なんだから。これで良いに、決まってるわ」

 到底そう思っているとは思えない声でボソボソと呟きながらゆっくりとした動きで立ち上がるアズリア。
 その顔はアキラにしか見えていないのだろうが、とても戦うもののする顔ではない。アズリアはとても辛くて、とても悲しくて、誰かに助けてもらうことを願っているような、今にも泣き出してしまいそうな子供の顔をしていた。

「はあ、そうか。……正直、これは単なるお節介だし、お前からすれば恨まれる事だろう」

 その顔を見た瞬間、アキラは一つの覚悟を決めた。

「でも、俺はそうすると決めたんだ。だから──」

 そう言いながら腕を前に突き出すアキラ。

「っ! 止めよ! 今すぐにやつを──」

 それを見た途端にダスティンが慌て出し他のメンバーたちにアキラを攻撃するように促す。
 だが……

「遅いよ。もう完成した──|悪夢(ナイトメア)」

 そうして発動されるのは精神に干渉する禁忌の業──外道魔法。

「……? いったい今のは……」

 アキラ確かに魔法を発動した。だがその魔法はなんの効果もあらわすことなく、魔法をかけられたはずのソフィアたちが周りを見てもなにが変わったというわけでもない。

 だがなにもないと思われていたその中で、アズリアだけがフッと意識を失い倒れた。

「アズリア!?」
「アズリアさん!」

 真っ先に反応したのはアズリアよりも後ろにいたソフィアとダスティンだった。
 二人は倒れたアズリアに驚いたが、だが直後に魔法の影響を受けたのだと理解して解除しようと魔法を使い始める。

「貴様、何をした!」

 二人の声に反応して、一応戦闘中であるにもかかわらずバッと背後を振り向いて状況を確認したチャールズはそう怒りの声を上げる。その様子はまるで本気で心配しているかのようだとさえ思えた。

「ご安心を。アズリアにはちょっとばかり夢を見てもらっているだけです」
「夢だと?」
「ええ。彼女が気づいていながらも否定してきた……いや、見ないフリをしてきた現実。それを見てもらっています」
「なぜそのような事をする。そこになんの意味があると言うのだ!」
「意味、ねぇ……」

 怒鳴るチャールズに対して一貫して笑顔でいたアキラだが、それまでの笑顔から一転。アキラは纏う空気をまったく別物へと変質させ、目の前にいる勇者一行を名乗る者共に相対する。

「そんなの、あいつに勇者をやめてもらうためだよ」
「なに? 勇者をやめてもらうだと?」
「そうだ。あいつには勇者は向いていない。このままじゃいずれ潰れる。そうなる前に、あいつは勇者をやめたほうがいい」
「だとしても、アズリアがどうなったところで貴様には関係ないはずだ」

 チャールズはそう叫ぶが、アキラはその声を聞いているのかいないのか、魔法によって眠っているアズリアを見ていた。いや、もしかしたらアキラはアズリアさえも見ていないのかも知れない。アズリアを通して自身の求める何かを見ているのかも知れない

「……あいつは勇者に向いてないけど、それでも信じられる仲間がいればよかったのかも知れない。そうすればあいつは一人で抱え込む事もなかっただろうし、泣く事もなかったはずだ」

 アキラの脳裏に映るのは、どうして自分が戦わなければならないのか。そう泣いているアズリアの姿だった。

「……あんたらは、そこの一人で抱え込むバカにとって本当の意味での仲間じゃない」

 アキラはそう言うと、アズリア以外の勇者一行のメンバーを見据えて順番に指をさしていく。

「金のため」

 セリスは自身にとってできる限り危険がなく楽に稼ぐために、気安い性格を演じてアズリアと共に旅をしてきた。内心はいつ離れようかとタイミングを見計らいながら。

「自分たちの利益のため」

 チャールズは王家の為──ひいては自分たちの権威をこれからも守るためにアズリアをお飾りとして王族の妻と言う鳥籠に閉じ込めようとした。一緒に旅をしているのは『鳥』に逃げられたり死なれたりしないようにするためだった。

「自身の理想像のため」

 ソフィアは自身の信仰に出てくる勇者。その供として活躍できることを願っていた。彼女が見ているのは自身の思い描く『理想の勇者』であり、神器に選ばれたアズリアという少女に関してはどうでもよかった。

「研究のため」

 ダスティンは、神に選ばれる勇者というのはどのような力を持っているのか、どのような基準で選ばれるのか。そういった未だ解明されていないことが気になったが故に、できるだけそばでその姿を観察していたいと思いついてきているだけ。死んだら死んだで構わないとすら思っていた。

「それぞれがバラバラの考えで仲間のふりをしている。そんなもの、いくらいたところでなんの役にも立たない」

 目の前にいる彼ら、彼女らは、勇者一行と言いながらも、誰一人として勇者となったアズリアという少女のことなど考えていなかった。

「だから、あんたらも目的があるんだろうけど、邪魔をさせてもらう」
「……さっきからいろいろ言ってるけどさあ、結局の所、なんであんたはアズリアを助けるのよ?」

 セリスが苛立ち紛れにそう問いかけるが、その質問も当然だろう。
 アズリアなど、今までのアキラの人生にほとんど関係がない。今回たまたま『剣の勇者』だから出会っただけ。この後も関わりなどなかった。そのはずだった。
 だが、アキラにはどうしてもアズリアの泣いている姿を忘れることができなかった。

「……泣いていたからだ」
「は? なんだって?」
「泣いてた? たったそれだけの事で……アズリアさんが泣いてたという理由だけで助けるというのですか? あなたは会ったばかりの他人のはずではありませんか? 何故そのようなことを?」

 問いかけた本人であるセリスはなにを言っているんだとでも言うかのように顔をしかめ、ソフィアはアキラの意味不明な理由を聞き更に問いかけた。

「泣いてる奴に手を差し伸べる事に、意味なんて必要か?」

 最初の理由は泣いているアズリアの表情が、自身の知っている女神の顔に似ているからだった。
 でも、今は違う。アキラは『アズリアのことを』助けたいと思った。だから助ける。アキラの理由はそれだけだった。

 誰かを助けることに理由なんていらない。誰かを助けたいと思うことに理由なんていらない。助けたいから助ける。
 そう言ってのけるアキラは、ソフィアの思い描く『理想の勇者』そのものだった。

「ああいや。セリス。あんたは必要なんだったな。だってそんなやつを助けたところで『金にならない』から。けどだったら、こう考えればいい」

 アキラはそう言いながら腰に帯びていた剣を抜き放ち、目の前にいる勇者の仲間を騙るもの達へと構えた。

「俺はアズリアを気に入って、あんたらを気に入らなかったから。だからそいつの味方をする。理由なんてそんなもんで十分だろ?」



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