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女神探しの旅

同行最初の夜

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「今日はこの辺で夜営ですね。なんの問題もなければ三日後位には着くんじゃないかと思いますよ」

 来るときはアキラ一人であったので、人に見られる心配とかはせずに全力で走ることができたが、今は勇者達がいるので普通に歩きながら進んでいた。そのため、やってきた時よりもだいぶ時間がかかるのだった。

 三日の距離を一日かけずに走り抜いたアキラは、この魔法がある世界でも異常であった。勇者と斬り合って今更ではあるが、アキラはそれを知られないためには仕方がないと、ため息を吐きながら諦める事にしたのだった。

「それじゃあ、明日の朝にいい感じの時間になったら適当に呼ぶんで」

 アキラはそれだけ言うと、一人勇者たちから離れた位置に道具を取り出して夜営の準備を始めた。

「……本当にアイツを信用していいの、アズリア?」

 そう言ったのは、アキラに眠らされたセリス。

「でも、昼も話したけど一度は反対に抜ける必要があったでしょう? この森に来る前にもそう言う予定だったし」
「そうだけどさぁ……」

 アズリアの言葉にセリスはそう返したが、それでも完全には信用することができない様子だ。
 そしてそれに同意するようにチャールズが頷きながら口を開いた。

「だが、俺はセリスの心配も分かるぞ。アイツは怪しすぎる。アイツ自身の言動は違和感というか……どこかチグハグな感じがした」

 それはこの世界の子供のアキラと、前の世界の大人な晶が混ざった影響だった。どっちでもあるけどどっちでもない。そんな両者を行ったり来たりな考えゆえに、どこかチグハグない行動となっていたのだ。

 人なんて信用していない。信用できない。家族なんていらないと思っている、前の世界の成人した『晶』。

 友達と遊びたい、仲間が欲しい、家族と一緒にいたい。人間を信じたいと思っている、この世界の子供の『アキラ』。

 そんな二つの考えが混ざり合い、信じたい、けど信じられない。受け入れたい、けど受け入れられない。そんな矛盾した考えを持っているせいで、アキラの行動はどこかチグハグさが現れていた。

 口では信じないと言っているくせに、心では他人を信じたいからとなにかと理由をつけて誰かをしんじようとする。

 クラリスやレーレ、グラドにガラッドにゼルベンにルーク、そして母親であるアイリス。
 彼ら、彼女らは、アキラが人を拒絶しながらも人を信じたいと思った結果だった。

 そんな矛盾がなくなり両者が本当の意味で一つになるには、もうしばらく世界というものを知る必要があるだろう。世界を知り、いろんな経験をする事で二つの記憶をうまく自分の中に落とし込んでいく。それは時間のかかるものだった。

「そうですね。私もそれは感じました。それと、加えて言うのなら、ここまで来る時の状況もおかしいです」
「魔物の一体にも出くわさんというのは、まあ異常ではあるな」

 現在アズリア達がいる場所は、魔境と呼ばれ、荒事を得意とするはずの冒険者達からすらあまり好まないような危険地帯だ。そんな場所を何時間も歩いているにも関わらず、アズリア達は今まで魔物の一体にも出くわしていない。アキラがおらず、自分たちだけでいたときは三十分と持たずに敵と遭遇していたというのにだ。

 もちろんその異常は、さっさと帰りたいからとアキラがやったことだ。その結果怪しまれるということを考えていないあたりは、後先を考えない子供であるとしか言えないが。

「やっぱり罠なんじゃないの?」
「でも魔物を寄せ付けない方法ならあるでしょ? 彼は商人って言ってたし、そういうのを持っててもおかしくないんじゃないかしら?」
「まあ、それは……」

 アキラを疑っているセリスはそう意見するが、それにアズリアは口を挟みアキラの事を庇う。
 確かにアズリアの言葉は納得できるものであったが、どことなく納得しきれない様子のセリス。

「おそらく魔法を使ったのだろうな。道中魔力を感じた」

 今度は老魔法使いであるダスティンがそう自分の考えを話した。

「どんな魔法を使っていたんだ?」
「さて、そこまではわからぬ。あの距離でどのような魔法を使ったのかワシに悟らせぬとは、あの者、あの年齢でかなりの腕であるな」

 ダスティンのそんな答えに、質問したチャールズでさえ渋面を作るだけで何も言えなかった。
 なにせダスティンの言葉を信じるのであれば、剣の勇者であるアズリアと互角以上に戦えるほどの剣士であるも関わらず、魔法も自分たちの中で最も魔法に精通しているダスティンと互角に渡り合えるということなのだから。

「本人に聞いてみた方が早いわね」

 だが、そんな無言を察していないのか、アズリアは丁度準備を終えた様子のアキラに向かって歩いて行った。
 そんなアズリアの様子を仲間達がどんな思い出で見ているのかを知らずに。



「ねえ。ちょっといいかしら」

 不機嫌そうな顔でアズリア達の方を見るアキラ。そこにはもう関わるなという感情がありありと現れていた。
 だが、それでも仕方なしと判断したのか、アキラは立ち上がりアズリアの方に体を向けて返事をする。

「なんです? 過度の干渉はお互いのためにならないと思いますが」
「過度ならそうかもしれないわね。で、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ここに来るまで魔物に会わなかったのはなんでなの? あなたの魔法を教えてくれないかしら?」

 直球すぎるアズリアの言葉に、まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった。普通冒険者は互いの能力を秘密とし、同じチームでもない他人の秘密には深く入り込まないものだから。

(厄介だな。まさかこんなにはっきりと聞いてくるとは思わなかった。でも答えないのはダメだ。かと言ってここで正直に言ったら聖職者っぽいのが煩そうだし、完全な嘘を言ったら魔法使いの爺さんがうるさそうだ。適当にバレなさそうな範囲でそれっぽい嘘を言っておくのがいいか)

「……俺の魔法ですよ。敵の位置を察知できるんです。ここまで敵に合わなかったのは、そういうルートを選んだからですね」

 結局アキラは、冒険者組合に申請している通りの説明をすることにした。
 実際には魔法で干渉し魔物がよってこないようにしたので直線で進んできていたのだが、日も差さないような森の中で方向など気付かないだろうと思ったからだ。

 ……だが、その判断は軽率であるとしか言えなかった。
 冒険者として森の中などをよく探索するセリスは、アキラの嘘を理解し、だが、何も言う事はなくアキラの事を睨んでいた。

「ほう、察知とな。それはどの様な原理かのぅ」

 しかし、それに気がつかない他の者──特にダスティンは、アキラの使った魔法の原理が気になるらしく、アズリアを間に挟むのではなく自分で話しかけた。

「冒険者の能力について探るのはマナー違反では?」

 だから話しかけてくるなよ、というアキラの心の声がアズリア達に聞こえるはずもなく、いや、ダスティンは理解できたのだろうが、それを無視してアキラに話しかけた。

「確かにそうだが、仲間内では別ではないかね? 厳密には違うだろうが、今は行動を共にするのだ。話しても良いとは思わんか?」
「思いませんね。仲間ではないのでしたらそこまで話す必要はないと思います。寧ろ、何をしているのか、という問いに答えただけでもこちらの誠意として受け取ってもらいたいのですが?」

 アキラとダスティン。両者は対峙し、睨み合う。
 片方は不機嫌そうな顔を隠さず、なんだこの爺さん、と思いながら。
 もう片方は人の良さそうな笑みを浮かべながら、さっさと教えろ、と苛立ちながら。

 だが、アキラは話すつもりなどない。話せば、外道魔法について悟られてしまうかもしれないから。そうでなくともこれ以上勇者たちと馴れ合うつもりなどないのだから。

 このままでいてもアキラは離さないだろうと悟ったダスティンはそれまでの威圧感を潜めて、ふう、とため息を吐きながら首を振った

「……まあ良い。こちらで勝手に解析する分には問題なかろう?」
「そうですね。出来るのなら問題はないですね」

 ──でも、できないでしょう?

 アキラの言葉には、そんな意図が込められており、そしてそれはダスティンにも理解できていた。

「ふん、小僧が言いよる」

 ダスティンはアキラの挑発にピクリと顔を歪めたものの、すぐになんでもないかのように言葉を返し自分たちの野営地へと戻っていった。それはアキラの挑発に乗り、自分なら聞かずとも解析してみせると言う宣言でもあった。
 宣言されたところで、アキラにはどうでもいい事ではあったが。

「えっと、ごめんなさいね。彼は魔法について気になることがあるとちょっと周りが見えないことがあって……」

 悪いと思ってるなら止めろ、というのがアキラの心情ではあったが、それを今言ったところでどうにもならないことは理解している。なので、アキラはその場は流すことにした。

「いいですよ。求道者というのはそういうものでしょうから」
「ありがとう」

 ホッとしたように素直に謝ったアズリアの姿は、勇者なんかではなくどこにでもいるような少女に見えてしまい、アキラはそんなアズリアに違和感を持った。

「……準備があるので、もういいですか?」

 アキラはそうは言ったが、すでにほとんどの準備が終わっており、やることなど無いに等しい。

「あっ、ごめんなさい。それじゃあ、えっと……明日もおねがい」

 最後にそれだけ言い残すと、アズリアはアキラの元へ来た時よりも幾分か足取りを重くしながら仲間たちのもとへと戻っていった。

「あれが勇者か……」

 アズリアと話していて感じた違和感。その正体をアキラはなんとなくであったが理解していた。

 アズリア──剣の勇者は、実際に戦ってみて女神ではなかったものの、その実力はまさに勇者にふさわしいものだった。

 だが、アキラは思った。

 ──あれは本当に勇者なのだろうか、と。

(彼女には勇者なんてものは向いていないんじゃないか?)

 確かに力はあるが、それだけだ。勇者とは神が与えた神器に選ばれた存在だというが、アズリアは勇者として、困難に立ち向かい人を救う者としては頼りないとアキラには感じられた。

「……いや。俺が考えることじゃないな」

 勇者という道を選んだのは彼女自身だ。ならばその選択にアキラがどうこう言う権利などないのだ。
 アキラ自身その事を理解しているし、深く関係を持つつもりなどないのだから余計なことはしないほうがいいと、それ以上考えるのをやめたのだ。

「まあいい。どうせ明日も歩きっぱなしだし特にやることもないし、適当にご飯食べたら寝るかな」



 アキラが食事を終えて横になり、そのアキラと行動を共にしている勇者一行のうちアズリアとソフィアの二人が眠りについてからしばらくした頃、他三人は眠っている者を起こさないように、出来るだけ音を立てないようにして向かい合っていた。

「……寝たか?」
「かな? どうだろう。動いてないから多分そうだと思うけど……」
「まあこちらの声が届かないのであれば良いのではないか?」

 チャールズ、セリス、ダスティンの三人は他の者達が寝静まったのを確認すると、声を聞かれないように抑えながら話し始めた。

 尚、この世界には音を遮断する魔法や魔法具があるが、それを使わないのはアキラに気づかれないようにするためだ。気づかれて起きてしまえば、なぜ音を消してまで三人で話しているのか、と怪しまれる。
 別にアキラは仲間ではないから話を聞かせたくなかったと言えばそれまでだが、だがその場合は他の二人はどうして、となる。そうするとどうしても不信感は抱かれてしまう。
 今後の方針が決まっていないのに警戒されるというのは避けたかったので、結果、魔法も魔法具も使わないで十分に注意した上での話し合いとなった。

「……そうだね。で、私たちはどうするべきかって話だけど……何か意見はある?」

 セリスはそう切り出したが、帰ってきたチャールズの答えはあまり良いものだとは言えなかった。

「どうする、と言ったところでどうしようもあるまい。アレを殺したところで、アズリアとソフィアは納得しないだろう」
「ま、ね。ソフィアにも色々裏、っていうか考えはあるみたいだけど基本的にいい子ちゃんだし、アズリアはなんだか知らないけどアレに懐いてる気がするしねぇ……」
「全く面倒な……」

 セリスとチャールズ。二人の会話を聞いていると、どうにも寝ている二人──アズリアとソフィアの事を仲間だと思っているようには思えない。
 そしてそれはセリス達の話を止めないダスティンも同じだ。

 そこで一旦話は途切れ、今度はダスティンがため息を吐いてから口を開いた。

「そもそも殺すと言うのも難しかろうな」
「そうか? セリスなら出来るのではないか? もしくは其方の魔法でどうにかならないのか?」

 チャールズはそう提案したが、二人の返答にチャールズは顔を顰めざるをえなかった。

「私は無理かなぁ。なんか色々魔法具を持ってたみたいだし、今だって全く警戒しないで寝てるってことは、それだけ自信があるってことでしょ?」
「……ダスティンはどうだ?」
「ふむ……自ら言うのはシャクではあるが、ワシも難しかろうな。あやつの使っている魔法具──聖域を奴に気づかれぬように壊すのであれば、一撃で、とはいかん。もし一撃で壊すのであれば、放つ前に起きるであろうな」
「それほどか……」

 悩むチャールズだが、セリスはそんなことはどうでも良いとばかりに自身が気になった事をダスティンに尋ねた。

「ねえちょっと、聖域って何? そんな魔法具なんて聞いたことがないんだけど?」
「む? ふむ、確かこれから行くシュナイディア国の個人の魔法具師が作ったものだったはずだ。ワシも手に入れたのはつい最近だの」
「それで? 肝心の効果はどうなっているのよ?」
「防御結界を張り、その中にいる者の治癒及び解毒じゃな。結界の強度は上位魔法一発は確実に耐える程度のものよ」
「……なにそれ。そんなぶっ飛んだ魔法具なんてあるの?」
「それはほれ、ここと、そこに」

 ダスティンは自身の持っているものと、アキラが現在使っているものを指差してそういった。

 が、厳密にはダスティンが持っているものとアキラが持っているものでは物が違う。
 市場に流れているのはアキラとクラリスが持っている身内用のものからスペック低下したものだ。それでも十分過ぎる効果があるではあるが、アキラのオリジナルには及ばない。

「……はあ。結局手出しはできない。今は様子を見るだけ、という事だな」
「そうなるのぉ」

 そうして三人はひとまず様子見という結論になり、その場は解散となったのだが……

「……」

 それを起きていたアキラが聞いていると、三人は知ることはできなかった。
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