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死者と女神

力の譲渡

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「……かわいい」

キリリとしたまま変わる事のなかった女神の表情に動揺が浮かび、態度も慌てているのがわかるその様子を見てこれまでの超然とした感じとは違い人間味を感じた晶はついそう呟いてしまった。

「えっ!?」
「え?…あっ!」

自身の失敗が判明し慌てていた女神は不意に聞こえた声に驚き今までの彼女らしくない声を上げる。
同時に晶もまた意図せず自分の口から漏れた言葉の意味を理解する。

二人の間には既に先ほどまでの剣呑な空気は漂っていない。代わりに何処と無く甘く感じる桃色の空気が流れていた。はたから見る二人の様子はまさに青春といった様子だ。

「ーーコホンッ。話を戻しましょう」
「そっ、そうですね!…なんの話をしていましたっけ?」

二人の間に構築されつつあった桃色の空間を壊すように女神が話を再開させ晶もそれに乗っかる。

「…試練の不具合に関してです。開始地点の更新の不具合に関してと、こちらから呼べと行っておきながら呼ぶ事のできない状態になってしまい申し訳ありませんでした。その補填として私の力の一部を差し上げます」

(この戦いが終わったら。いえ、終わる前にも私は消えるかもしれません。そうなる前に私の願い…我儘に付き合っていただく報酬を渡さなくては)

「えっ?力の一部、ですか?」
「はい本来は神である私の力を常人が受け入れることなどできないのですが。度重なる試練によってあなたの魂は既に人の枠を外れかけています。それにより神の力を受け入れることが可能になったのは不幸中の幸いと言えるでしょう」

「人の枠を外れるって、それ大丈夫なんですか?俺、生まれ変われるならまた人間に生まれたいんですけど…」

女神の人間らしい一面を見たせいか当初より砕けた話し方になった晶。

「あくまでも神としての力をふるえるようになる、というだけで生物としてはなんら影響ありません。その力を使い寿命を延ばしたり超常の力を使うことができはしますが、貴方は今のままでも同じようなことが可能なようなので『力の総量が増える』程度の意味しか持たないでしょう」
「そうでしたか。それならよかった」

晶はホッとしたようだが一口に『力の総量が増える』といってもその増加量はまさしく神の力と言えるほどだ。例えそれが一部といえど。

女神は「それでは力を授けます」というや否や晶が心変わりしないうちに済ませてしまおうとさっさと行動に移してしまう。
女神は晶に近づくとその手に光り輝く剣を生み出し、晶の腹へ刺した。

「え?」と何が起こったのかわからない様子で自身の腹部を見る晶。

「なん、で」
「そのまま受け入れてください。拒絶すれば本当に死んでしまいますよ」

受け入れろとは何を受け入れればいいのか。このまま死ぬ事をだろうか。だが拒絶すれば死ぬとはいったい…。突如剣がその光を増し、形を変えて晶の中に吸い込まれるように消えていった。

「うぐっ。ううううぅぅぅ」

剣が輝きを増すと同時に晶は呻き始めた。資格を得たとはいえ神の力を受け入れるには相応の痛みがあるようだ。今まで色々な死を経験してきた晶だからこそこの程度の呻きですんでいるが、ただ資格があるだけだったなら転がり回るほどの痛みが晶を襲っていた。

光が収まり腹部の剣も綺麗に消えていた。それどころか初めから剣など刺さっていなかったかのように服にすら汚れ一つ残っていなかった。

「…何が起こるのか、はじめに教えておいて欲しかったですね」

しばらくし、痛みが治まった晶は蹲っていた身体を起こし立ち上がると女神に恨み言を言った。

「申し訳ありません初めてでしたのでこのようになるとはわかりませんでした」

女神はそう言うがそれは正確ではない。たしかに力の譲渡そのものは初めてだった。だがそれを行えばどうなるのかは予想ができていた。
しかし正直にその事を話し、また問答に時間をかければかけるだけ自身の我儘に使える時間が減ってしまうと思い女神は詳細を話さずに実行した。

「ですが力は無事受け入れることができたようですね」
「はい。まだ違和感がありますが問題はありません」

「そうですか。ではその力を慣らす意味を込めて準備運動から始めましょうか」

神から力を貰い、もう既に終わった気になっていた晶はその言葉でこれから為す事を思い出す。

「あの、やっぱり戦うんですか?」
「今更何を言っているのですか?先ほど貴方も了承したではありませんか。ーーさあ、構えてください」

その言葉を聞き戦わないのは無理だなと悟った晶は剣と杖を持ち姿勢を低くして構えを取る。

「準備ができたようなので始めます」

そう言って女神の手に武器が現れるが、それを見て晶から待ったがかかる。

「…あの。その手にあるのが何か聞いてもいいですか」
「何、と言われましても。見てわかりませんか」
「申し訳ないのですが、わかりかねます。俺にはただの木の棒にしかみえないもので」

晶が言う通り女神がその手に持っているのは剣などではなくなんの変哲も無い木の棒であった。

「何を言っているのです。わかっているではありませんか」
「…では、何か魔法がかかっていたりします?」

普通であれば木の棒なんかで戦う者はいない。いるとしたら遊んでいる子供か他に何もなくあるだけマシと思っている者、あとは愚か者だけだ。
『剣の神』と言うくらいなのだから剣の一本や二本は持っているだろうし、千や万。なんなら無限に出すこともできるだろう。
だが、でてきたのは木の棒。そこになんらかの細工がされていると思っても不思議では無い。

「いいえ。これは貴方の言ったようにただの棒です。先ほど言いましたがこれは貴方の準備運動も兼ねています。そのためのものだと思ってください。私自身も初めは強化をせずに人間と同じ能力で闘います」

その言葉を聞いて晶は納得する。「そうか、準備運動か」と。

「では、今度こそ始めますが、何かありますか?」

晶は再度構えを取りふるふると首を横に振る。

「それでは、これより最期の闘いを始めます」

晶の様子を見て満足そうに頷いたあと闘いの始まりを宣言する。が両者ともに動かない。
女神は晶に先手を譲るために。晶は『剣の神』の初撃に備えるのと間合いに入らないようにしているために動くことはなかった。

「どうしました。動かないのであればこちらから参りますよ」

(そうは言ってもやっぱり剣の間合いに入るのはまずいよな。…持ってるのはただの木の棒だけど警戒しておいて損はない)

女神に主導権を取られるのは良くない、と素早く後ろに下がりながら魔法を連射する。
女神は準備運動といっていたが晶は初めから終らせる気でかかっていた。相手が本気を出していないとはいえ一度勝って仕舞えばそれ以上戦わなくても済むかもしれないと思っていた。
晶が魔法を発動させる時間はほんの一瞬だったが、放たれたのは十を超える炎の球。その全てが人を消し飛ばすには十分すぎるほどの熱量を持っていた。
だが相手は神と呼ばれる存在。その程度ではまともに傷を負うことは無い。晶もその程度は理解しているが、防御させることで少しでも時間が稼げればその間に強力な魔法を。と考えていたがそれは意味のないものに変わることになった。
防御のための時間などほんの少しも稼ぐこともできはしなかった。
女神は自身に迫り来る炎の球をどうやったのか、手に持っていた木の棒で斬り裂き走って晶に追いすがる。

「はあ!?」

目の前のありえない光景に晶はたまらず叫ぶ。
晶の放った魔法はそれ自体が高温で触れることは叶わず、触れたとしても直後に爆発するようになっていた。
なのに晶に迫っている女神は木の棒を破損させることなく。また、爆発を起こすことなくその全てを斬っていき、斬られた炎の球は空気に溶けるように消えていった。それは世界中の敵と戦ってきた晶をしてもありえないと言えるものだった。

「ッチ!追加だ!」

迫り来る女神にこのまま何もしないのはまずい。と晶は自身の目の前に範囲は狭いながらも地割れを作った。
そのまま落ちるならばよし。恐らくは落ちないだろうが動きが制限されるだけでも構わない。そうなればそこを集中して狙えばいいと考えての行動だったが、晶の予想は裏切られる事となった。

足下の地面が割れたと言うのに女神は気にする事なく走り続ける。多少の邪魔はできているのだろうがこのまま魔法を放ってもさっきと同じ結果になるのは目に見えている。

ならば次の手は、と悩んでいるうちにあと少しで剣の間合いに入ってしまうというところまで女神が近づいていた。それ程近くなってしまえばもう魔法を使っている余裕などない。晶は持っていた剣で対応しようと構え、迫る木の棒を受け止めようとするが

「はあ!?」

再び晶の叫びが響く。
直後「うごっ」と言う声とともに晶は後ろに倒れる。

「どうしました。貴方の力はその程度ですか」

倒れた晶に女神が声をかけるが、晶の頭は疑問で埋め尽くされていた。
倒れていた体を起こし疑問を解消すべく女神に問いかける。

「つかぬ事をお聞きしますが、なんであの魔法を斬れたんですか?触ったら爆発するようになっていたはずなんですが。それとこれ」

晶は自身が持っていた剣を前に突き出し女神に問う。

「俺は木の棒を受け止めたはずなのに、なんで金属の剣が切られてるんです?」

突き出された剣は晶の言う通り中程で折れて、いや切れていた。その断面は鋭く、いかに名剣を持っていようとこうはならないだろうと思わせるようなものだった。

「魔法を爆発させずに斬る事ができたのは単純です。触れれば爆発するといいましたが、それは全てにと言うわけではありません」

女神が言うには何かに触れた瞬間に爆発するのであれば空気に触れただけで爆発するだろう、と。しかしそうはならない以上そこに何か条件がある。そしてそんな条件があるのなら触れてから判断するまでに僅かながら時間があるだろう。ならばその判断が下され爆発する前に魔法の核となっている部分を破壊して仕舞えば何の問題もないと言う。

その事を聞いた晶は顔を顰め剣が切られたことを聞く。

「そちらはもっと簡単です。例えこのようなものであったとしても、最適な位置に最適な角度と速度で最適な振りをすれば誰であろうと同じ事ができます」
「………」

最早言葉も出ない晶。
しかしそれも仕方ない目の前の女性はこともなく言ってのけたがそんなことは例え達人と呼ばれるものであったとしてもできるのもではないだろう。
この時、晶は正しく理解した。今、自分の目の前にいる女性はまさしく『剣の神』なんだと。

「他に疑問がないのでしたら再開しますので立ってください」

女神はそう告げるが晶は座り込んだまま立たない。晶の心は今の戦いで折れかけていた。
女神は言っていた。人間と同じ能力で戦うと。だが結果はこの通り。最初から全力で女神を倒しにかかった晶は本気でもなんでもない相手に負けたのだ。これほどはっきりと負けると抗う気にもならないのだと晶はこの時理解した。

だが女神はそのまま終わることを許さない。本人が言ったようにまだ準備運動でしか、準備運動にすらなっていないのだから。

「どうしました。早く立ってください」

しかし晶が立つことはない。
未だに立つことのない晶に剣(木の棒)を突きつける女神。

「立ちなさい。……そのまま戦わないと言うのであれば、貴方は生まれ変われ事ができずに本当に死んでしまいますよ」

ここで女神と戦わなければこのまま死に生まれからる事ができなくなるとわかっている。これまでやってきた苦行も全て無駄になる。そう分かってはいても立ち上がる事ができなかった。

しばらく待ったがうなだれたまま動く様子のない晶に呆れたのか突きつけていた剣を下ろし、女神らしからぬ事に溜息をつく。

「………やはり期待はずれでしたね。いえ、そもそも期待などする方が間違いでしたか」

聞こえないくらい小さく呟かれた言葉だったが、不思議と晶の耳に残った。

「……お疲れさまでした。もう会うことはありませんが、貴方の今後の活躍を願ったいます」

くるりと後ろを振り向き言い放たれるそれは、このあと処分されるはずの晶に対する皮肉だろうか。実際にはそれは女神のついた嘘で処分などされず普通に生まれ変わるのだが。

晶の転生の準備をするため女神が作業していると

「うああああああぁ!」

突如立ち上がった晶が叫びながら折れた剣を女神に振り下ろす。

「ッ!?」

晶の叫び声があったため反応し木の棒で防ぐ事はできたが代わりに棒は折れてしまった。

「…諦めた振りですか。油断させ背後からの奇襲とは。これまでの戦い方とは随分と違いますね」

女神からの皮肉が飛んでくるがそんなことを気にしない様子で晶は話す。

「いや。さっきまで諦めてたのは本当だ。今の攻撃にしてもあんたなら避けられると思ってたからだよ。まあ、実際は避ける事ができずに得物を折ったみたいだから俺の見込み違いだったらしいけど」

肩をすくめるようにしてそう言い放った。
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