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王国潜入
512:三度目の王国
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「押さえ込みはうまく行ってるようだね」
門を越えて流れ込んで来ていた人々を押し返していると、先ほどと同じようにエルミナが空から降ってきて、スタッと軽い音を立てて俺の隣に立った。
「ああ。で、どうだった?」
「あんたの案が認められたよ。多分もうすぐ……ああ、ほら」
そう話している間に前方、境界線を越えて門の奥の地面が僅かに迫り出し、徐々にその高さを変えていった。
だが、その壁は広範囲に形成するから故か、高くなるまでに時間がかかったせいで途中でまだ低い壁を越えてこちらにやってきている。
が、そんな生成途中の壁を乗り越えてこっちに来る者達も俺の作った大穴へと落ちていく。
この調子なら壁ができて道を塞ぐことはできるだろう。
だが、一つ気になることもある。
それは今作られているあの壁の形だ。
道を塞ぐだけならただ壁を作るだけでいいだろうに、なぜか道を塞ぐ壁と垂直になるように壁が作られている。それも三つも。
あの壁を上から見たら十字が三つほど横に並んでいるように見えるんじゃないだろうか?
なんでそんな複雑な形に? と思ったが、その途中で門が動き出したことで分かった。
あれは門を閉じることができないようにしているのだ。
おそらくはこのまま攻めたところで攻略できないと思ったから、一旦門を閉じて策を考えようとでも思ったのだろう。
門さえ閉じてしまえば、こっちは門を壊すことができないんだから守りとしては完璧だもんな。完全にしまってしまえばこっちからは手が出せなくなる。だから、それを防ぐためにやったのだろう。要はつっかえ棒代わりだ。
しかし、あのままじゃ作りづらそうだな。
今の地面は俺が収納をしたことで無くなってしまっている。だからこちらに迫り出した壁も迫り出した分は地面に接していないという状態になっているのだが、それではバランスも悪そうだし収納した地面は元に戻しておくか。
するとやはりやりづらさがあったのか、俺が地面を戻した途端に作業速度がわずかながら上がった。
「これで終わりか……」
「今のところは、ね」
誰にかけたでもない俺の呟きにエルミナはそう答えたが、だが、そう。エルミナの言った通り、今のところは、だ。
門を塞ぐことができたが、それでもあの壁の向こうにはまだ敵がいるわけだし、あの壁だって耐久力が無限ってわけじゃない。いつかは壊れるんだから早く対処しないといけない。
「だが、本当に終わらせる方法がないわけじゃないだろ?」
「……そりゃああんた達が例の洗脳魔術の装置を壊してくるってことかい?」
そう。あの彼ら彼女らは洗脳されているからこそこっちを襲ってくるんだ。
だったら、洗脳の魔術を解除させてしまえばいい。
それですぐに治るわけじゃないのは俺が王国を出てからも多少の影響が残ってたことからわかっていたが、それでも時間が経てば完全に解除できるのも分かっている。
「ああ。どうせそうなるだろ」
それに、現状では王国をどうにかするためには洗脳魔術を消さなければならず、そしてそのためには王国に入らなくてはならないんだが、俺たち以外には操られる可能性がある。
だったらどうするのかって言ったら、俺たちにもう一度潜入して、今度は洗脳魔術の装置を排除しろって言ってくるはずだ。
「まあ、無理やりやらされるわけじゃないんだ。それにそれ以外に方法はないんだ。どのみち、できるやつが行くしかない」
行くしかないとは言え、だが俺はそれを無理やり行かされるわけじゃない。俺たちだってもう一度王国に行くのは望むところだ。
何せあの国には俺が助けるべき……助けたい存在である勇者の二人がいる。彼らがどこにいるのかを確認できなかったが、どうせ王都にいるんだろう。
前回は後のことを考えて深追いとかはできなかったけど、今回は後詰めが待機してるんだから遠慮なく行動することができる。
どうせ勇者二人を助けに行くんだ。彼らも洗脳されてるし、その洗脳を解除できるかもしれないんだからもとより壊したいとは思っていた。
まあ、あの二人の洗脳は別口というかその他大勢とは違って専用の魔術をかけられてそうな気がするけど、それでも多少なりとも効果はあるかもしれないし、もし洗脳を解除してもすぐに別の洗脳をかけられたんじゃたまらない。
さらに加えていうのなら、俺の戦力低下もある。壊してすぐに解除されるわけではないが、壊しておけばそれ以上悪化することはないので安心できる。
だから結局は、俺たちは王国に行くつもりだったのだ。今回の機会はちょうどいい。
洗脳魔術の装置を破壊して、その後は勇者の捜索、及び救出だ。
「……とりあえず、今は休んどきな」
「ああ、そうさせてもらうよ。買い物の途中だったしな」
そう言って軽く手をあげると、俺はイリンと環と共に必要なものの買い物へと戻っていった。
「久しいな、アンドー」
「ええ。本部長もお元気そうで」
そして翌日。夕暮れ前になると冒険者ギルド本部長のボイエン率いる冒険者及び兵士達が到着した。
ああ、遂にきたか。と、軽く深呼吸をしてそれを家の中から眺めていたのだが、兵士達が到着してから暫くすると、すでに陽が落ちた中ではあったが俺はボイエンからの呼び出しを受けてこの街の代官? の館へと来ていた。
「早速ではあるが、話を聞きたい」
初めてきた場所ではあるが、その館に行くと一つの部屋に通され、すでにそこで待っていたボイエンと向かい合い話をすることとなり、俺はエルミナに話したように王国内で分かったことを今一度話すことになった。
「──洗脳か」
俺の話を聞いたボイエンは腕組みをして目を瞑りしばらく考え込む様子を見せるが、ガタイの良さと威圧感たっぷりな雰囲気のせいでなんとも重苦しい空気になっている。
「それをどうにかするには発言にあった大型魔術具をどうにかするしかないと?」
しばらくしてから目を開けて真っ直ぐに俺を見据えてくると、ボイエンは厳しい顔をさらに険しくして問いかけてきた。
「破壊したからと言って絶対に終わる、とは言い切れませんし、すぐに洗脳が解けるというわけでもありません。ですが、やらないという選択肢はないのでは?」
「……確かにな」
険しい顔のまま重々しい雰囲気と声音でうなずいたボイエンだが、王国に行くということの何割かは俺の願いも入っている。
「分かった。ではお前達にはその大型魔術具の破壊を行なってもらいたい」
結局、悩みながら、俺たちを心配しながらも、ボイエンは俺たちに洗脳の魔術具を破壊することを頼んできた。
「わかりました。それでは、いつ行けば良いでしょう?」
「無理強いをして失敗されては元も子もない。お前達の準備が出来次第、だな」
「こちらの準備はもうできています。もとより、援軍が来るのに合わせて出られるように準備をしてましたから」
「そうか」
その後は細かい話を決めていったのだが、最終的には早いほうがいいだろうと考えながらもここまでやってきた兵士たちの休息や準備の兼ね合いを考えて、明後日の早朝に仕掛けることとなった。
「総員戦闘準備! これより突入部隊の支援をする!」
俺、イリン、環の三人は、再度の王国潜入に備えて門の前に立っていたのだが、そんな俺たちの前にはボイエン率いる冒険者及び兵士たちが武器を構えて待機していた。
だがなにも、彼らは王国に突入しようというわけじゃない。そんなことをすればたちまち洗脳の餌食となってしまう。
じゃあなんでいるのかと言ったら、彼らはありていに言えば囮だ。
俺たちが進むのを邪魔されないようにするための囮。
通用門の方から行ってもいいのだが、それだと敵の全ては俺たちに向けられることになってしまう。
それでも逃げきっれる自信はあるのだが、全てを任せっきりにすることはできないとのことで、俺たちは他の者達が戦っている間に隙をついて進むことになっていた。
「壁を解除しろ!」
ボイエンの叫びと共に人が動き出し、目の前に聳え立ち敵の侵入を防いでいた壁が徐々にだがその高さを下げていった。
「守りを固めろ! 誰一人として通すな!」
道を塞いでいた壁が完全に消えると、その先にいた市民達が洗脳の効果によってこちらへと突っ込んでくる。
が、そのことを初めからわかっていた兵士たちは狼狽えはしているが迷うことなく武器を構え、敵を排除していく。
「それじゃあ、行ってくる」
「個人に任せたきりというのは心苦しいものがあるが……頼んだ」
目の前で繰り広げられている戦い。生き残るため、守るためとは言え目の前でどんどん人が死んでいく。
俺だって今まで何度も人を殺してきたし、なんならここにいる全員よりも多い数の人をまとめて殺したこともある。
だがそれでも人を殺したくて殺したわけじゃないし、見ていてもあまりいい気分はしないな。
そんな戦いの様子に軽く瞑目してから深呼吸をすると、ボイエンに挨拶をしてから俺はイリンと環へと視線を向ける。
「二人とも準備は……」
「できています」
「私もよ」
「なら──」
「勇者あああああ! どこだあ! 出てこおおおおいいいい!」
行こうか。そう言おうとした瞬間。門の向こう、操られている人達の向こうから怒声の飛び交う戦場にあって尚、はっきりと聞くことができるほどに大きく、威圧感の感じられる声が届いた。
あの声はあの警備隊長か?
勇者というのは王国に残された二人のことではないだろう。
そしてあとから合流した環でもないだろう。何せどちらも恨まれる理由がない。
だが俺は違う。前回逃げてくるときに俺があの警備隊長を騙した勇者だってのはバレてるし、思い切り恨んで……いや、憎悪していた。
だからまあ、あの叫んでる勇者というのは俺のことなんだろうな。
「……すっごい狙われてるな」
しかし……なんだな。なんか理性なくしてないか? 狂化の魔術を使ったとか? そんなのがあるか知らないけど。
もしくは洗脳された……いや、洗脳を受けた? 自分から洗脳を受けることで脳のリミッターを外そうとしたとか?
どっちにしても面倒な……。
「このまま行ったら襲ってくるんじゃない?」
だろうな。襲ってこない未来の方が見えない。
「では、私が足止めをしましょうか? 二人が離れたところを見計らい、私も脱出──」
「その必要はないよ」
イリンの提案を否定するように、最近聞き慣れた声が聞こえた。
「エルミナ」
「私があれの相手をしようじゃないか」
「だが、国境を越えれば洗脳にかかるぞ」
「なら越えなきゃいい。あんた達が姿を見せれば、あれは多少無理してでももこっちにくるんじゃないかい?」
エルミナが視線を向けたので俺たちも戦いの行われている門の方へと視線を向けた。
「アンドオオオオ!」
視線を向けた先では他のものよりも目立つ鎧をつけたものが大きな剣を両手で振り回しながら俺の名前を叫んでいる。
確かに、あの様子では俺がいる所さえわかれば突っ込んできそうだな。
「だから、最初だけ気を引いてこっちにおびき出してくれさえすれば、後は私が受け持つよ」
一瞬の逡巡の後、俺は王国に入って洗脳の魔術具を破壊することの方を優先することにした。
「すまない」
「なに。元々はここは私たちの国なんだ。他所からやってきたあんたばっかりにいいかっこさせるわけにもいかないだろ?」
「なら、頼む」
「はいよ。あんた達も、頼んだよ」
エルミナと言葉を交わし終えると、俺はボイエンへと視線を送り、ボイエンが頷いたのを確認すると収納から少し高めの足場を用意してその上に飛び乗った。
「ここだああああ! 俺はここにいるぞおおおお!」
そして思い切り叫ぶと、その場にいた者達の視線が俺へと集まる。当然、あの警備隊長も、だ。
「……来てるな」
「道を開けろ! 奴はこちらで対処する。お前達はそれ以外の敵への対処を続けるんだ!」
ボイエンの言葉を受けて、こっちに突っ込んできた敵を止めようとしていた者達はすぐにその通りに動いた。
道が開き、視線が通る状態になったことで俺は台から降りて台を再び収納したのだが、その視線の先にはこちらへと突っ込んでくる大柄な鎧姿の男が見えた。
俺たちは後ろにいる人たちを巻き込まないように前へと出て行ったのだが、俺たちの……俺の姿を認めると鎧の男はその勢いを増した。
そして迫り来る鎧が兵士達の間を抜け、俺たちの眼前に迫った瞬間、横合いから何かが鎧の男へとぶつかり男を弾き飛ばした。
「あんた達、行きな!」
ほんのわずかな時間だけ俺を狙っている鎧を着ている警備隊長とエルミナに視線を向けたが、俺はそれ以上は迷うことなくイリンと環を連れて走り出した。
「逃すかああああ!」
「はん! あんたはあたしと遊んでもらうよ!」
「グムウッ!? 何者だ貴様あ! そこを退けえええ!」
「あんたがどれだけあいつにご執心かわからないけど……さっき言った通りだ。あいつを追いかけたかったら、私を倒してからにしな」
「魔術師隊、行動開始! 壁を作れ!」
背後から聞こえる声を聞きながら走っていると、俺たちが門を越え、王国の国境を超えたあたりでボイエンの指示が聞こえた。
おそらくは今背後では、魔術師達によって先程まで存在していたような道を塞ぐ巨大な壁を形成しているところだろう。
これで退路が立たれたことになるが、構わない。もとより戻るつもりなんてないんだから。
「ぐうっ! 私はあのふざけた男を倒さねばならぬのだ! 邪魔をするのであれば、亜人などに味方するような害悪など、まとめて排除してくれる」
「できるもんなら、やってみな」
壁が完成する前にわずかに聞こえた声を背に、俺たちは洗脳魔術の解除のために再び王国へと進んでいった。
「ミスリル級冒険者の力、見せてやるよ」
「ミスリル程度で調子に乗るなよ、女あああ!」」
負けるなよ。次に戻ってきたときに、洗脳は解除したけど死んでましたじゃあ話にならないぞ。
門を越えて流れ込んで来ていた人々を押し返していると、先ほどと同じようにエルミナが空から降ってきて、スタッと軽い音を立てて俺の隣に立った。
「ああ。で、どうだった?」
「あんたの案が認められたよ。多分もうすぐ……ああ、ほら」
そう話している間に前方、境界線を越えて門の奥の地面が僅かに迫り出し、徐々にその高さを変えていった。
だが、その壁は広範囲に形成するから故か、高くなるまでに時間がかかったせいで途中でまだ低い壁を越えてこちらにやってきている。
が、そんな生成途中の壁を乗り越えてこっちに来る者達も俺の作った大穴へと落ちていく。
この調子なら壁ができて道を塞ぐことはできるだろう。
だが、一つ気になることもある。
それは今作られているあの壁の形だ。
道を塞ぐだけならただ壁を作るだけでいいだろうに、なぜか道を塞ぐ壁と垂直になるように壁が作られている。それも三つも。
あの壁を上から見たら十字が三つほど横に並んでいるように見えるんじゃないだろうか?
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あれは門を閉じることができないようにしているのだ。
おそらくはこのまま攻めたところで攻略できないと思ったから、一旦門を閉じて策を考えようとでも思ったのだろう。
門さえ閉じてしまえば、こっちは門を壊すことができないんだから守りとしては完璧だもんな。完全にしまってしまえばこっちからは手が出せなくなる。だから、それを防ぐためにやったのだろう。要はつっかえ棒代わりだ。
しかし、あのままじゃ作りづらそうだな。
今の地面は俺が収納をしたことで無くなってしまっている。だからこちらに迫り出した壁も迫り出した分は地面に接していないという状態になっているのだが、それではバランスも悪そうだし収納した地面は元に戻しておくか。
するとやはりやりづらさがあったのか、俺が地面を戻した途端に作業速度がわずかながら上がった。
「これで終わりか……」
「今のところは、ね」
誰にかけたでもない俺の呟きにエルミナはそう答えたが、だが、そう。エルミナの言った通り、今のところは、だ。
門を塞ぐことができたが、それでもあの壁の向こうにはまだ敵がいるわけだし、あの壁だって耐久力が無限ってわけじゃない。いつかは壊れるんだから早く対処しないといけない。
「だが、本当に終わらせる方法がないわけじゃないだろ?」
「……そりゃああんた達が例の洗脳魔術の装置を壊してくるってことかい?」
そう。あの彼ら彼女らは洗脳されているからこそこっちを襲ってくるんだ。
だったら、洗脳の魔術を解除させてしまえばいい。
それですぐに治るわけじゃないのは俺が王国を出てからも多少の影響が残ってたことからわかっていたが、それでも時間が経てば完全に解除できるのも分かっている。
「ああ。どうせそうなるだろ」
それに、現状では王国をどうにかするためには洗脳魔術を消さなければならず、そしてそのためには王国に入らなくてはならないんだが、俺たち以外には操られる可能性がある。
だったらどうするのかって言ったら、俺たちにもう一度潜入して、今度は洗脳魔術の装置を排除しろって言ってくるはずだ。
「まあ、無理やりやらされるわけじゃないんだ。それにそれ以外に方法はないんだ。どのみち、できるやつが行くしかない」
行くしかないとは言え、だが俺はそれを無理やり行かされるわけじゃない。俺たちだってもう一度王国に行くのは望むところだ。
何せあの国には俺が助けるべき……助けたい存在である勇者の二人がいる。彼らがどこにいるのかを確認できなかったが、どうせ王都にいるんだろう。
前回は後のことを考えて深追いとかはできなかったけど、今回は後詰めが待機してるんだから遠慮なく行動することができる。
どうせ勇者二人を助けに行くんだ。彼らも洗脳されてるし、その洗脳を解除できるかもしれないんだからもとより壊したいとは思っていた。
まあ、あの二人の洗脳は別口というかその他大勢とは違って専用の魔術をかけられてそうな気がするけど、それでも多少なりとも効果はあるかもしれないし、もし洗脳を解除してもすぐに別の洗脳をかけられたんじゃたまらない。
さらに加えていうのなら、俺の戦力低下もある。壊してすぐに解除されるわけではないが、壊しておけばそれ以上悪化することはないので安心できる。
だから結局は、俺たちは王国に行くつもりだったのだ。今回の機会はちょうどいい。
洗脳魔術の装置を破壊して、その後は勇者の捜索、及び救出だ。
「……とりあえず、今は休んどきな」
「ああ、そうさせてもらうよ。買い物の途中だったしな」
そう言って軽く手をあげると、俺はイリンと環と共に必要なものの買い物へと戻っていった。
「久しいな、アンドー」
「ええ。本部長もお元気そうで」
そして翌日。夕暮れ前になると冒険者ギルド本部長のボイエン率いる冒険者及び兵士達が到着した。
ああ、遂にきたか。と、軽く深呼吸をしてそれを家の中から眺めていたのだが、兵士達が到着してから暫くすると、すでに陽が落ちた中ではあったが俺はボイエンからの呼び出しを受けてこの街の代官? の館へと来ていた。
「早速ではあるが、話を聞きたい」
初めてきた場所ではあるが、その館に行くと一つの部屋に通され、すでにそこで待っていたボイエンと向かい合い話をすることとなり、俺はエルミナに話したように王国内で分かったことを今一度話すことになった。
「──洗脳か」
俺の話を聞いたボイエンは腕組みをして目を瞑りしばらく考え込む様子を見せるが、ガタイの良さと威圧感たっぷりな雰囲気のせいでなんとも重苦しい空気になっている。
「それをどうにかするには発言にあった大型魔術具をどうにかするしかないと?」
しばらくしてから目を開けて真っ直ぐに俺を見据えてくると、ボイエンは厳しい顔をさらに険しくして問いかけてきた。
「破壊したからと言って絶対に終わる、とは言い切れませんし、すぐに洗脳が解けるというわけでもありません。ですが、やらないという選択肢はないのでは?」
「……確かにな」
険しい顔のまま重々しい雰囲気と声音でうなずいたボイエンだが、王国に行くということの何割かは俺の願いも入っている。
「分かった。ではお前達にはその大型魔術具の破壊を行なってもらいたい」
結局、悩みながら、俺たちを心配しながらも、ボイエンは俺たちに洗脳の魔術具を破壊することを頼んできた。
「わかりました。それでは、いつ行けば良いでしょう?」
「無理強いをして失敗されては元も子もない。お前達の準備が出来次第、だな」
「こちらの準備はもうできています。もとより、援軍が来るのに合わせて出られるように準備をしてましたから」
「そうか」
その後は細かい話を決めていったのだが、最終的には早いほうがいいだろうと考えながらもここまでやってきた兵士たちの休息や準備の兼ね合いを考えて、明後日の早朝に仕掛けることとなった。
「総員戦闘準備! これより突入部隊の支援をする!」
俺、イリン、環の三人は、再度の王国潜入に備えて門の前に立っていたのだが、そんな俺たちの前にはボイエン率いる冒険者及び兵士たちが武器を構えて待機していた。
だがなにも、彼らは王国に突入しようというわけじゃない。そんなことをすればたちまち洗脳の餌食となってしまう。
じゃあなんでいるのかと言ったら、彼らはありていに言えば囮だ。
俺たちが進むのを邪魔されないようにするための囮。
通用門の方から行ってもいいのだが、それだと敵の全ては俺たちに向けられることになってしまう。
それでも逃げきっれる自信はあるのだが、全てを任せっきりにすることはできないとのことで、俺たちは他の者達が戦っている間に隙をついて進むことになっていた。
「壁を解除しろ!」
ボイエンの叫びと共に人が動き出し、目の前に聳え立ち敵の侵入を防いでいた壁が徐々にだがその高さを下げていった。
「守りを固めろ! 誰一人として通すな!」
道を塞いでいた壁が完全に消えると、その先にいた市民達が洗脳の効果によってこちらへと突っ込んでくる。
が、そのことを初めからわかっていた兵士たちは狼狽えはしているが迷うことなく武器を構え、敵を排除していく。
「それじゃあ、行ってくる」
「個人に任せたきりというのは心苦しいものがあるが……頼んだ」
目の前で繰り広げられている戦い。生き残るため、守るためとは言え目の前でどんどん人が死んでいく。
俺だって今まで何度も人を殺してきたし、なんならここにいる全員よりも多い数の人をまとめて殺したこともある。
だがそれでも人を殺したくて殺したわけじゃないし、見ていてもあまりいい気分はしないな。
そんな戦いの様子に軽く瞑目してから深呼吸をすると、ボイエンに挨拶をしてから俺はイリンと環へと視線を向ける。
「二人とも準備は……」
「できています」
「私もよ」
「なら──」
「勇者あああああ! どこだあ! 出てこおおおおいいいい!」
行こうか。そう言おうとした瞬間。門の向こう、操られている人達の向こうから怒声の飛び交う戦場にあって尚、はっきりと聞くことができるほどに大きく、威圧感の感じられる声が届いた。
あの声はあの警備隊長か?
勇者というのは王国に残された二人のことではないだろう。
そしてあとから合流した環でもないだろう。何せどちらも恨まれる理由がない。
だが俺は違う。前回逃げてくるときに俺があの警備隊長を騙した勇者だってのはバレてるし、思い切り恨んで……いや、憎悪していた。
だからまあ、あの叫んでる勇者というのは俺のことなんだろうな。
「……すっごい狙われてるな」
しかし……なんだな。なんか理性なくしてないか? 狂化の魔術を使ったとか? そんなのがあるか知らないけど。
もしくは洗脳された……いや、洗脳を受けた? 自分から洗脳を受けることで脳のリミッターを外そうとしたとか?
どっちにしても面倒な……。
「このまま行ったら襲ってくるんじゃない?」
だろうな。襲ってこない未来の方が見えない。
「では、私が足止めをしましょうか? 二人が離れたところを見計らい、私も脱出──」
「その必要はないよ」
イリンの提案を否定するように、最近聞き慣れた声が聞こえた。
「エルミナ」
「私があれの相手をしようじゃないか」
「だが、国境を越えれば洗脳にかかるぞ」
「なら越えなきゃいい。あんた達が姿を見せれば、あれは多少無理してでももこっちにくるんじゃないかい?」
エルミナが視線を向けたので俺たちも戦いの行われている門の方へと視線を向けた。
「アンドオオオオ!」
視線を向けた先では他のものよりも目立つ鎧をつけたものが大きな剣を両手で振り回しながら俺の名前を叫んでいる。
確かに、あの様子では俺がいる所さえわかれば突っ込んできそうだな。
「だから、最初だけ気を引いてこっちにおびき出してくれさえすれば、後は私が受け持つよ」
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「すまない」
「なに。元々はここは私たちの国なんだ。他所からやってきたあんたばっかりにいいかっこさせるわけにもいかないだろ?」
「なら、頼む」
「はいよ。あんた達も、頼んだよ」
エルミナと言葉を交わし終えると、俺はボイエンへと視線を送り、ボイエンが頷いたのを確認すると収納から少し高めの足場を用意してその上に飛び乗った。
「ここだああああ! 俺はここにいるぞおおおお!」
そして思い切り叫ぶと、その場にいた者達の視線が俺へと集まる。当然、あの警備隊長も、だ。
「……来てるな」
「道を開けろ! 奴はこちらで対処する。お前達はそれ以外の敵への対処を続けるんだ!」
ボイエンの言葉を受けて、こっちに突っ込んできた敵を止めようとしていた者達はすぐにその通りに動いた。
道が開き、視線が通る状態になったことで俺は台から降りて台を再び収納したのだが、その視線の先にはこちらへと突っ込んでくる大柄な鎧姿の男が見えた。
俺たちは後ろにいる人たちを巻き込まないように前へと出て行ったのだが、俺たちの……俺の姿を認めると鎧の男はその勢いを増した。
そして迫り来る鎧が兵士達の間を抜け、俺たちの眼前に迫った瞬間、横合いから何かが鎧の男へとぶつかり男を弾き飛ばした。
「あんた達、行きな!」
ほんのわずかな時間だけ俺を狙っている鎧を着ている警備隊長とエルミナに視線を向けたが、俺はそれ以上は迷うことなくイリンと環を連れて走り出した。
「逃すかああああ!」
「はん! あんたはあたしと遊んでもらうよ!」
「グムウッ!? 何者だ貴様あ! そこを退けえええ!」
「あんたがどれだけあいつにご執心かわからないけど……さっき言った通りだ。あいつを追いかけたかったら、私を倒してからにしな」
「魔術師隊、行動開始! 壁を作れ!」
背後から聞こえる声を聞きながら走っていると、俺たちが門を越え、王国の国境を超えたあたりでボイエンの指示が聞こえた。
おそらくは今背後では、魔術師達によって先程まで存在していたような道を塞ぐ巨大な壁を形成しているところだろう。
これで退路が立たれたことになるが、構わない。もとより戻るつもりなんてないんだから。
「ぐうっ! 私はあのふざけた男を倒さねばならぬのだ! 邪魔をするのであれば、亜人などに味方するような害悪など、まとめて排除してくれる」
「できるもんなら、やってみな」
壁が完成する前にわずかに聞こえた声を背に、俺たちは洗脳魔術の解除のために再び王国へと進んでいった。
「ミスリル級冒険者の力、見せてやるよ」
「ミスリル程度で調子に乗るなよ、女あああ!」」
負けるなよ。次に戻ってきたときに、洗脳は解除したけど死んでましたじゃあ話にならないぞ。
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勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
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「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
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五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
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もはや文字ですら無かった
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