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エルフの森の姉妹
499:姉妹喧嘩の終わり
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「シアリスだってあの試練とやらを生き残ったじゃない。氏族長としての資格はあるはずよ」
疲労で動けなくなったシアリスと眠ったケイノアを屋敷まで連れ帰った後、俺たちはケイノア達が起きるのを待っていた。
シアリスは連れ帰った日の夜には目を覚ましたのだが、ケイノアは二日経っても目を醒さず、三日目の夕方になってやっと目を覚ました。
怪我をしたというわけではなく、眠りの魔術を使った反動だということなので眠らせておくしかなかったのだが、起きてくれて安心したよ。
ケイノア達が寝ている間に、寝ている二人の父親であるケルヴェスが部屋にやってきて起きたら知らせろとだけ残して帰って行った。
そして今。ケイノアが起きたと知らせを聞いたケルヴェスが御付きの者達を引き連れて部屋にやってきていた。
その後ろには、少し前に何処かへと出掛けたらしくここ数日姿を見ていなかったケイノア達の母親であるシーリアの姿と、ケイノアよりも早く起きていた妹のシアリスの姿もあった。
そんな一家勢揃いな状態でケイノア達は向かい合って話をしている。
その内容は、当然ながら先日の遺跡での出来事。次期氏族長についてだ。
「だが、単独で踏破することはできなかった。であれば、資格はないと判断せざるを得ない。残念だが、次期氏族長は当初の予定通り、最も優れた魔術を使う者であるケイノアということになる」
「何言ってんのよ。わたしだって単独じゃないわ。こいつらの協力をもらったもの」
ケルヴェスとしてはケイノア一人でかせたかったんだろうな。そのための妨害もいたわけだし。
でも俺たちは中に入ってしまった。実際には俺と環は手を出していないが、イリンが協力してた時点で同じことだ。
「ならばもう一度受けて貰うまでだ。とにかく、単独で失敗しかけたシアリスは相応しくない」
ケルヴェスは思い通りにいかなかったからか不機嫌そうな顔でそう言ってから首を横に振った。
だが、そんな父親の言葉に、部屋の中にいたシアリスは悲しげな表情で俯いてしまった。
そんな妹の姿を見たからか、不機嫌そうなケルヴェスに向かって、ケイノアも不機嫌そうな表情で睨み返した。
そしてケイノアは不意に部屋の中を見回すと、ため息を吐いてから再びケルヴェスへと向き直った。
「……なら、もしシアリスが今からでも私と同程度の魔術を使える様になったらどうするの? 失敗しかけたって言っても、失敗したわけじゃないんだから、次の時は力を増して成功するかもしれないじゃない」
「そんなことはあり得ん」
「ありえるかどうかじゃなくて、もしそうなったらって話をしてるんだけど……まあ良いわ。なら、私は魔術を使えなくなったらどうする?」
「それもあり得ん。封印などされれば別だが、それとて封じられただけであって消え去ったわけではない。次期氏族長となるのは先延ばしとなるが、その封印の解除に氏族全体が全力で当たることになる」
「そ。なら問題ないわね」
「……お前はさっきから何を言っている?」
ケイノアの話の意図がわからずに訝しげな様子で尋ねるケルヴェスだが、それには俺たちも同意だ。俺たちもケイノアが何を考えているのかわからない。
「実はね、私、ずっと前から考えてたことがあるのよ」
ケイノアはケルヴェスの問いに答えることはなく、独白の様に呟きながら部屋の中を歩き回る。
「私は氏族長なんて嫌で嫌で嫌でしかたなくて、でも決まりだからって、ただ力が強いからって氏族長なんてめんどくさいものを押し付けられそうになってた」
ケイノアは話しながらも貴重品の入った箱を開けて、中にあった装飾品を取り出すとそれらを身につけた。
「しかもよ? そのせいで氏族長になりたくて頑張ってるシアリスからは嫌われることになっちゃって……ほんと、ふざけんじゃないわよ、って感じよね」
そして次は壁にかけてあった杖を手にとり、ケルヴェス達と向き合った。
それでケイノアが戦う準備をしていると察したのだろう。ケルヴェスの後ろにいたお付き達は、それぞれが武器に手をかけた。まだ完全に抜かないのはケイノアがケルヴェスの娘だからだろう。
「……それはこの地を守るために必要なこと。確かに姉妹で争うというのは、私とて望むところではない。だが──」
「ああはいはい。ちょっと黙ってて。ついでにみんなも。動かないでよね」
ケイノアはそう言いながら父親の話を遮ると、俺たちにも視線を向けて忠告し、そばにあった花瓶をケルヴェス達の足元に投げつけた。
当然その花瓶は割れ、中に入っていた水と花は床に撒き散らされ、さらにはケルヴェス達の足にまでかかった。
「何のつも──」
そんな普段は見られないケイノアの態度に苦言を言おうとしたのかケルヴェスは口を開いたが、その言葉は途中で止まった。
そしてなぜかその視線は下へと向けて体を揺すっているが、どうにも動こうとしているが動けない様な感じだ。
「それ、中の水に当たったやつはしばらくまともに魔力を使えなくなるわよ。で、エルフは体の何割かが魔力だから、まともに魔力が動かせなければ必然的に体も動かない。ま、しばらくすれば治るからちょっとおとなしくしてなさい」
どうやらエルフ特効の行動阻害の様だ。
エルフだけではなく魔術を使う相手への対策でもあるんだろうけど、今の迷いのない動きからすると、こいつはこの状況を予想してたみたいだな。
「で、なんだっけ? ……ああ、そうそう。そんなわけで、私は氏族長になりたくなかったの。だから、どうすればそんなものにならなくて済むか考えたわけ」
その結果があの研究だろ? シアリスの魂を強化して自身と同程度まで引き上げるっていうオリジナルの魔術。
だが、なんだか話の流れが少し怪しい気がする。
それが俺の思い違いでなければ良いんだけど、こいつは本当に、シアリスの強化をしようとしているのか? どうにも違うように思えてならない。ケイノアの目的はシアリスの強化なんかじゃなくて、きっと、もっと違うものだ。
「前に十年近く寝てたでしょ? あれね、実はちょっと魔術を掛けてたのよね、自分に。本当にただ寝てたとでも思った?」
思った。話を聞いてた時からかけらも疑いもしないくらいには信じてた。
多分この場にいる全員がそうだろう。だってみんなそんな顔してるもん。
「シアリス。あなたは私のことが嫌いかもしれないけど、私はあなたのこと大好きよ。だって、私はお姉ちゃんだもの」
そんなこの場にいる者達の心の中を知らないケイノアは、シアリスへと顔を向けて笑った。
「ま、待ってください。何をされるおつもりですか、お姉さま!」
一瞬部屋の中が微妙な空気になったものの、ケイノアに笑いかけられたシアリスの叫びで、再び緊張感と、そして違和感が膨れ上がった。
やっぱりこいつは何かを隠してる。だが、何を隠してる? 何をするつもりだ?
「アキト。ちょっと後のことはお願い。多分死なないと思うけど、死んだら悪いわね」
そうケイノアに感じた違和感について考えていると、ケイノアはこちらを向いて笑った。
だが、その笑みには僅かにケイノアらしくない感情が……悲しげなものが混じっていた。
「何するつもりだ? 新しく作った魔術じゃないのか?」
「そうよ。でも、その内容はあんたが思ってるものとは違うものよ」
「隠してた……いや、騙してた、か。何でそんなことを?」
「……言ったら止めるでしょ?」
どうやら言えば止められる様なことらしく、さっきの言葉から考えると死ぬかもしれないくらいには危険なことなんだろうというのはすぐに分かった。
だが、いくら危険だからって止めたところで、こいつが止まらないのは目を見ていればわかる。あれは覚悟を決めた者の目だ。
大切な想いのために全てを捨ててでも願いを果たすという真っ直ぐな覚悟の目。
あんな目をする奴の覚悟を踏みにじってまで止めることなんてできないし、するつもりもない。
俺はあの目が嫌いじゃない。それは一種の憧れなんだろう。自分が持っていなかったものへの憧れ。
今となっては俺も大切な願いのために動くことができるだろう。だが、それでも一度抱いた憧れは、そう簡単には無くならない。
「内容を知らないことにはなんともいえないが、覚悟しての行動だろ? なら止めないさ」
「あんた、へたれのくせにこういう時はしっかりしてるわね」
その言葉は余計だ。
まあ確かにへたれてたのはあってるけど、この場で言うことじゃないだろ。
「ま、いいわ。止めないなら教えておくわね。──私の魂と体の一部をシアリスに移すわ」
「……魂と体?」
「そ。魔術の適正は魂に宿る物。魔力も同じ。それを他人に移植することができれば、そうすればきと、その人は移植元となった者の魔術を使える様になる。それに加えて魔力の通り道も移植できれば、一度に扱える魔力も増える。体の何割かが魔力でできてるエルフだから出来る技ね。本当は強化の方が思いつけばよかったんだけど、そっちはどう頑張っても無理だった」
ケイノアはそう言うと大きくため息を吐き出してからまた部屋の中を歩き出した。
「私は十年間眠ることで、その間に魂を削っても問題ない様に自身に魔術を掛けてきたの。それでも肝心の魔術自体は完成してなかったんだけど、あんたのおかげで……あんた達のおかげでなんとかなったわ」
「最初から騙されてたわけか」
「ええ、そう。だって最初に言ったら協力しないでしょ?」
……まあ、そうかもな。ケイノアが覚悟しているのは見ればわかるし、それを止めようとは思わないが、それは今この状況に至ったからだ。
前もってわかっていたのなら、俺はケイノアを止めたかもしれないし、手伝わずに別の方法を模索したかもしれない。
「イリンの怪我の治療。洗脳の魔術と魂の融合。神獣の力の継承。魔族と人の同化。そして、勇者という存在。……全部、魂が関わってる現象よ。随分とためになったわ。おかげで、随分と研究が捗ったもの」
「怠け者は演技で、部屋で寝たふりをしながら研究をしてたってことか」
こいつは俺の家にいる時も眠そうな態度で部屋に篭ってばかりだったが、実際は研究を続けてたってことか。見事に騙されたよ。
「…………ええ。そうよ」
が、俺の言葉に壁のそばにいたケイノアはその動きを止め、だいぶ間があった後に小さく頷いた。
……この様子……俺は本当に騙されてたのか? 本当は、特に騙されていたわけではないんじゃないだろうか……?
「随分と間があったな」
「そうなのよ! 実は寝たふりをして研究してたの!」
叫びながら壁からこっちに振り返ったケイノア。少し顔が赤くなっているところを見ると、俺は完全に騙されていたわけではない様だ。
少なくとも、全部が全部嘘だったというわけではなく、本当に部屋にこもって寝ていた様だ。
目の前でこれから行う魔術の準備であろう工程を進めていくケイノアを見て、こいつは俺の知っているケイノアじゃない、なんて思いもしたが、それは俺の勘違いだった様だ。
寝るのが好きで、怠けるのが好きで、どこか抜けた感じのする。そんな俺の知っているケイノアが残っていて、俺はふっと笑いをこぼした。
「んんっ! ……そんなわけで、シアリス。私の魔術の適正をあげる。流石に根元魔術までは無理だったけど──」
「い、いらない! いりません! そんなことをしたら、お姉さまはっ!」
ケイノアの言葉を遮ってシアリスは叫ぶが、まだケイノアの使った水の影響が抜けていない様でその場から動けないでいる。
「大丈夫よ。言ったでしょ? 準備してきたって。多少魔術は使えなくなるかもしれないけど、死にはしない。だから──」
ケイノアは一旦杖をベットに立てかけると、シアリスのそばに近寄っていきその体を抱きしめた。
「もう一度仲良くしてくれないかしら?」
「し、します。仲良くするから! 氏族長なんていらない。そんなものならなくてもいい。誰も認めてくれなくてもいい。お姉さまと一緒にいられればそれでいいのっ! だから……やだ。やめてください……」
シアリスは泣きながら首を横に振るが、それでも体は動かない。
「ありがとう。大丈夫よ。あなたを悲しませるつもりはないわ」
優しく囁く様にそう言ってから、ケイノアはシアリスを抱き抱えて運び、自身のベッドへと寝かせた。
「それじゃあ……ああ、そうだわ」
そして杖を手に取り、いざ、というところで何かに気がついた様で、ケイノアはくるりと振り返って入り口の方を見た。
「お父様。お母さま。そしてその他大勢の皆様。最後に一言言わせていただきます」
ケイノアは、普段のあいつらしくない言葉遣いと態度でそう言うと、持っていた杖を自分の両親に突きつけた。
「魔術至上主義なんてクソったれよ! そんなものがあるから私はあんた達が嫌いなの! もっと世界に目を向けなさいバカタレエエエエ!」
そしてそう叫ぶと杖を両手で持ち直してその石突きを床へと叩きつけた。
その瞬間、杖の石突きと床のぶつかるコーンという音が響き、それと同時にケイノアの魔力が杖から床へと流れていきそれは壁を伝って天井へと這っていき、部屋全体が光を放った。
これは……部屋全体を魔術具にしたのか。俺たちは基本的にこの部屋に集まっていたってのにいつの間に……。
「いぎっ……あぐ、ガ、アアアアアアアアッ!!」
輝く部屋の様子に感心しながら見惚れていると、突然ケイノアが魂消る様な叫びをあげた。
「ケイノア!?」
「お姉さま!」
死なないって言っていたはずだが、本当に大丈夫なのか!?
「おい──っ!?」
とても大丈夫そうには思えないその叫びに思わず手を伸ばしたが、それは硬い何かに当たったことで遮られた。
これは結界か!? 術の最中に邪魔されないためか!
「おねえ──うぐっ……ううううぅぅぅ!」
流石に結界を破壊してまで止めに入って良いものか。ここまできて下手に止めればやばいことになるんじゃないか。
そう思ってそれ以上動けずにいると、今度はベッドで寝かされていたシアリスが叫び出した。
「シアリス!?」
絶叫しているシアリスの名前を呼んだが、やはりそれ以上は動くことができず、ただ狼狽えていることしかできなかった。
「アアアアア──あ」
そして数分か数十分かわからないが、もしかしたら一時間以上経っていたかもしれないくらいに長く感じた時間も終わりを迎えた。
「……あ…………」
それまでは煌々と輝いていた部屋中に書かれた魔術の光が消え、なんとか立っているだけだったケイノアは遂に倒れた。
「ケイノア! ……生きてるみたいだな」
それを見て一番近くにいた俺は倒れるケイノアを抱きとめるが……良かった。しっかりと生きている。
「し……ぬぅ……」
青冷めた、でもやり切った表情でうっすらと笑ってそう言ったケイノア。
「まだ生きてんだから大丈夫だ」
俺はそんな軽口を返すが、ケイノアにはそれに答える気力もない様だ。
「今回は、あまり寝すぎるなよ?」
「お……や、す……み……」
今にも死にそうな表情でまぶたを痙攣させているケイノアにそう告げると、ケイノアはゆるく握った拳の親指を立てて目を閉じた。
_____ケイノア_____
「うあぁ……」
目を覚ますと吐き気と頭痛とだるさで世界が歪んでた。
「最悪の目覚めね」
体を起こそうとしても起こせないし、腕を動かしてみても、まるで泥沼の中にでもいるのかってくらいに重くってまともに動きやしない。
体の中に流れてるはずの魔力はどこか頼りなく、不安定で弱々しい。
そんな最悪な状態。
「……でも、最高でもあるかな」
だってそれは術が成功したってことだから。少なくとも、私の魂は削れている。なら後はその魂がシアリスに無事に移ったかってことなんだけど……。
「って、シアリス!」
「そこにいますよ」
「……イリン?」
「おはようございます。ケイノア」
動かない体を無理やし起こそうとしたところでわりと近くから声が聞こえて、そっちを見ようと顔を動かすとそこにはイリンが椅子に座ってた。
「シアリスさんでしたら、そこに。二日前に目を覚ましましたがそれからずっとあなたのそばにいましたよ」
そう言いながらイリンが指差した先を追って、イリンとは反対側に顔を動かすと、そこには椅子に座ったまま寝てるシアリスの姿があった。
イリンの話だと、ずっとここで見ていてくれたみたいね。
「そう……」
「あなたが無茶をしてから今日で十日ですが、今のところ異常はない様です。あなたの方には異常は?」
「まあ、力が弱くなってるわね。当然だけど。それ以外は……体が重いわ」
「そうですか。まあ生きているのならそれで構いません」
こっちは結構辛いっていうのに、そんなの知ったことかって感じで素っ気なく返事をしたイリンは、持っていたものをしまうと椅子から立ち上がって私を見下ろした。
そんな態度にちょっとは文句を言いたかったけど、こんな状態になったのは私自身のせいだし、なんとも言えないわね。
「……ねぇ、あのあとはどうなったの?」
私を見下ろしていたイリンはどこかに……多分私が起きたことを知らせに行こうとして背中を向けたけど、私はそんなイリンを呼び止めた。
「あなたの父親含め、周りにいた者が大慌てです」
「ふふん、ざまあないわね!」
「もちろん、あなたの周りにいたご主人様も、ですが」
「……あー」
イリンはもう一度こっちを向いて答えてくれたけど、その様子は少し怒っているみたい。
「色々と言いたいことはありますが、とりあえず……ああ、これ以上先はやめておきましょう」
「え、何よそれ。何でそこで止めたのよ」
中途半端なところで止められてもなんだか不気味だから、しっかり先を言って欲しいんだけど……。
「お帰りなさい。ケイノアは起きていますよ」
「やっとか。見張りお疲れ様だな」
そう思ってると、部屋のドアが開いて外からアキトとタマキが入ってきた。
ああ、だから話しを止めたのね。
「おはようケイノア。よくも心配かけさせてくれたな。あんなことをするなら前もって教えとけよ」
アキトはそう言いながら私に近づくなり、寝たきりでろくに体を動かせない私のおでこにバチンッて音がするくらい強くデコピンをしてきたの。
私動けないのよ? やるにしても、もうちょっと加減してくれてもいいんじゃないかしら!?
「いったあ~~っ! うう……だって言ったら止められると思ったんだもの。仕方ないじゃない」
あの時邪魔されてたらこいつらも動きを止めるために対処しないといけなかった。
だから、本当は止められない段階に入ってから話すつもりだったのよ。
まあ、結果としてこいつは止めにこなかったからその手間が省けたけど。
「まあ、生きててよかったよ」
そう言って私から離れていくアキトの背を見て、今まで聞けなかったことを聞いてみる。
「……ねえ、あんた達はこれからどうすんの?」
「どうって、やることは終わったっぽいし、ちょっと後処理をしたら獣人国の方に帰るつもりだな」
「そうじゃなくて。……私は力が無くなったのよ」
前から感じてた不安。力がなくなったら、こいつらは私から離れていくんじゃないかって考えた。
氏族長に攻撃したり意見を真っ向から否定したりしたから私はもうここにはいられなくなるかもしれないし、そうなったら私は一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって怖かった。
シアリスに力をあげられたことに後悔はない。……ないけど、それでも不安は確かにあった。
「みたいだな」
「あんた達は私の力を求めて戻ってきたんでしょ? なら、力をなくした私なんて……用済みでしょ?」
「……お前が何を心配してるのか何となくわかったが、バカタレ」
けどこの男は、私の心配と不安をよそに、あろうことか、また私のおでこを弾いたわ。
……けど、それがなんだか嬉しかった。
「俺たちは、お前を見捨てたりなんてしない。つまんないことをうじうじ考えるなよ。お前らしくもない」
らしくないって……これでも結構悩んだのよ?
「まだ言いたいことはあるが、今はやめておくか」
「良いの? もっとなんか言われると思ってたんだけど……」
「そう思うなら最初からするなよと思うけど、説教は俺たちの担当じゃなくて──そっちの担当だからな」
アキトはそう言うと指をさした。
「え……? あ、シアリス」
私はその指の動きに釣られてその方向に顔を動かすと、そこには目を覚ましてこっちをみてる妹の姿があった。
私が名前を呼ぶと、シアリスはゆっくりした動きで手を伸ばして私の顔にぺたぺたって子供が形を確かめるみたいに何度も触ってきた。
「何よもう。そんなにぺたぺた触って」
「本当に……本当にお姉様ですよね? 生きているのですよね?」
「そうよ。わたしはあなたのお姉ちゃんで、ちゃんとここにいるわ」
私がそう言うとシアリスはポロポロと涙をこぼして私の上に飛び乗る様に抱きついてきた。
「っ~~!」
一瞬あげちゃいけない声が出そうになったけど、妹を心配させるわけにはいかないから全力で耐えたわ。
その甲斐あってか、シアリスには気づかれなかったから、私は結構頑張ったと思うのよ。
……そうだ。もう一回しっかりと聞いておかなくっちゃいけない事があったわ。
「これからは……また仲良くしてくれるかしら?」
「ううぅぅ……はい。はい!」
吐き気はするし頭は痛いし全身がだるいし、しかも体はろくに動かないときた。
でも、こんな結果になったなら、やっぱりやって良かったわね。
「大好きです。おねえちゃん!」
「私もよ」
これからはずっと仲良しよ。
疲労で動けなくなったシアリスと眠ったケイノアを屋敷まで連れ帰った後、俺たちはケイノア達が起きるのを待っていた。
シアリスは連れ帰った日の夜には目を覚ましたのだが、ケイノアは二日経っても目を醒さず、三日目の夕方になってやっと目を覚ました。
怪我をしたというわけではなく、眠りの魔術を使った反動だということなので眠らせておくしかなかったのだが、起きてくれて安心したよ。
ケイノア達が寝ている間に、寝ている二人の父親であるケルヴェスが部屋にやってきて起きたら知らせろとだけ残して帰って行った。
そして今。ケイノアが起きたと知らせを聞いたケルヴェスが御付きの者達を引き連れて部屋にやってきていた。
その後ろには、少し前に何処かへと出掛けたらしくここ数日姿を見ていなかったケイノア達の母親であるシーリアの姿と、ケイノアよりも早く起きていた妹のシアリスの姿もあった。
そんな一家勢揃いな状態でケイノア達は向かい合って話をしている。
その内容は、当然ながら先日の遺跡での出来事。次期氏族長についてだ。
「だが、単独で踏破することはできなかった。であれば、資格はないと判断せざるを得ない。残念だが、次期氏族長は当初の予定通り、最も優れた魔術を使う者であるケイノアということになる」
「何言ってんのよ。わたしだって単独じゃないわ。こいつらの協力をもらったもの」
ケルヴェスとしてはケイノア一人でかせたかったんだろうな。そのための妨害もいたわけだし。
でも俺たちは中に入ってしまった。実際には俺と環は手を出していないが、イリンが協力してた時点で同じことだ。
「ならばもう一度受けて貰うまでだ。とにかく、単独で失敗しかけたシアリスは相応しくない」
ケルヴェスは思い通りにいかなかったからか不機嫌そうな顔でそう言ってから首を横に振った。
だが、そんな父親の言葉に、部屋の中にいたシアリスは悲しげな表情で俯いてしまった。
そんな妹の姿を見たからか、不機嫌そうなケルヴェスに向かって、ケイノアも不機嫌そうな表情で睨み返した。
そしてケイノアは不意に部屋の中を見回すと、ため息を吐いてから再びケルヴェスへと向き直った。
「……なら、もしシアリスが今からでも私と同程度の魔術を使える様になったらどうするの? 失敗しかけたって言っても、失敗したわけじゃないんだから、次の時は力を増して成功するかもしれないじゃない」
「そんなことはあり得ん」
「ありえるかどうかじゃなくて、もしそうなったらって話をしてるんだけど……まあ良いわ。なら、私は魔術を使えなくなったらどうする?」
「それもあり得ん。封印などされれば別だが、それとて封じられただけであって消え去ったわけではない。次期氏族長となるのは先延ばしとなるが、その封印の解除に氏族全体が全力で当たることになる」
「そ。なら問題ないわね」
「……お前はさっきから何を言っている?」
ケイノアの話の意図がわからずに訝しげな様子で尋ねるケルヴェスだが、それには俺たちも同意だ。俺たちもケイノアが何を考えているのかわからない。
「実はね、私、ずっと前から考えてたことがあるのよ」
ケイノアはケルヴェスの問いに答えることはなく、独白の様に呟きながら部屋の中を歩き回る。
「私は氏族長なんて嫌で嫌で嫌でしかたなくて、でも決まりだからって、ただ力が強いからって氏族長なんてめんどくさいものを押し付けられそうになってた」
ケイノアは話しながらも貴重品の入った箱を開けて、中にあった装飾品を取り出すとそれらを身につけた。
「しかもよ? そのせいで氏族長になりたくて頑張ってるシアリスからは嫌われることになっちゃって……ほんと、ふざけんじゃないわよ、って感じよね」
そして次は壁にかけてあった杖を手にとり、ケルヴェス達と向き合った。
それでケイノアが戦う準備をしていると察したのだろう。ケルヴェスの後ろにいたお付き達は、それぞれが武器に手をかけた。まだ完全に抜かないのはケイノアがケルヴェスの娘だからだろう。
「……それはこの地を守るために必要なこと。確かに姉妹で争うというのは、私とて望むところではない。だが──」
「ああはいはい。ちょっと黙ってて。ついでにみんなも。動かないでよね」
ケイノアはそう言いながら父親の話を遮ると、俺たちにも視線を向けて忠告し、そばにあった花瓶をケルヴェス達の足元に投げつけた。
当然その花瓶は割れ、中に入っていた水と花は床に撒き散らされ、さらにはケルヴェス達の足にまでかかった。
「何のつも──」
そんな普段は見られないケイノアの態度に苦言を言おうとしたのかケルヴェスは口を開いたが、その言葉は途中で止まった。
そしてなぜかその視線は下へと向けて体を揺すっているが、どうにも動こうとしているが動けない様な感じだ。
「それ、中の水に当たったやつはしばらくまともに魔力を使えなくなるわよ。で、エルフは体の何割かが魔力だから、まともに魔力が動かせなければ必然的に体も動かない。ま、しばらくすれば治るからちょっとおとなしくしてなさい」
どうやらエルフ特効の行動阻害の様だ。
エルフだけではなく魔術を使う相手への対策でもあるんだろうけど、今の迷いのない動きからすると、こいつはこの状況を予想してたみたいだな。
「で、なんだっけ? ……ああ、そうそう。そんなわけで、私は氏族長になりたくなかったの。だから、どうすればそんなものにならなくて済むか考えたわけ」
その結果があの研究だろ? シアリスの魂を強化して自身と同程度まで引き上げるっていうオリジナルの魔術。
だが、なんだか話の流れが少し怪しい気がする。
それが俺の思い違いでなければ良いんだけど、こいつは本当に、シアリスの強化をしようとしているのか? どうにも違うように思えてならない。ケイノアの目的はシアリスの強化なんかじゃなくて、きっと、もっと違うものだ。
「前に十年近く寝てたでしょ? あれね、実はちょっと魔術を掛けてたのよね、自分に。本当にただ寝てたとでも思った?」
思った。話を聞いてた時からかけらも疑いもしないくらいには信じてた。
多分この場にいる全員がそうだろう。だってみんなそんな顔してるもん。
「シアリス。あなたは私のことが嫌いかもしれないけど、私はあなたのこと大好きよ。だって、私はお姉ちゃんだもの」
そんなこの場にいる者達の心の中を知らないケイノアは、シアリスへと顔を向けて笑った。
「ま、待ってください。何をされるおつもりですか、お姉さま!」
一瞬部屋の中が微妙な空気になったものの、ケイノアに笑いかけられたシアリスの叫びで、再び緊張感と、そして違和感が膨れ上がった。
やっぱりこいつは何かを隠してる。だが、何を隠してる? 何をするつもりだ?
「アキト。ちょっと後のことはお願い。多分死なないと思うけど、死んだら悪いわね」
そうケイノアに感じた違和感について考えていると、ケイノアはこちらを向いて笑った。
だが、その笑みには僅かにケイノアらしくない感情が……悲しげなものが混じっていた。
「何するつもりだ? 新しく作った魔術じゃないのか?」
「そうよ。でも、その内容はあんたが思ってるものとは違うものよ」
「隠してた……いや、騙してた、か。何でそんなことを?」
「……言ったら止めるでしょ?」
どうやら言えば止められる様なことらしく、さっきの言葉から考えると死ぬかもしれないくらいには危険なことなんだろうというのはすぐに分かった。
だが、いくら危険だからって止めたところで、こいつが止まらないのは目を見ていればわかる。あれは覚悟を決めた者の目だ。
大切な想いのために全てを捨ててでも願いを果たすという真っ直ぐな覚悟の目。
あんな目をする奴の覚悟を踏みにじってまで止めることなんてできないし、するつもりもない。
俺はあの目が嫌いじゃない。それは一種の憧れなんだろう。自分が持っていなかったものへの憧れ。
今となっては俺も大切な願いのために動くことができるだろう。だが、それでも一度抱いた憧れは、そう簡単には無くならない。
「内容を知らないことにはなんともいえないが、覚悟しての行動だろ? なら止めないさ」
「あんた、へたれのくせにこういう時はしっかりしてるわね」
その言葉は余計だ。
まあ確かにへたれてたのはあってるけど、この場で言うことじゃないだろ。
「ま、いいわ。止めないなら教えておくわね。──私の魂と体の一部をシアリスに移すわ」
「……魂と体?」
「そ。魔術の適正は魂に宿る物。魔力も同じ。それを他人に移植することができれば、そうすればきと、その人は移植元となった者の魔術を使える様になる。それに加えて魔力の通り道も移植できれば、一度に扱える魔力も増える。体の何割かが魔力でできてるエルフだから出来る技ね。本当は強化の方が思いつけばよかったんだけど、そっちはどう頑張っても無理だった」
ケイノアはそう言うと大きくため息を吐き出してからまた部屋の中を歩き出した。
「私は十年間眠ることで、その間に魂を削っても問題ない様に自身に魔術を掛けてきたの。それでも肝心の魔術自体は完成してなかったんだけど、あんたのおかげで……あんた達のおかげでなんとかなったわ」
「最初から騙されてたわけか」
「ええ、そう。だって最初に言ったら協力しないでしょ?」
……まあ、そうかもな。ケイノアが覚悟しているのは見ればわかるし、それを止めようとは思わないが、それは今この状況に至ったからだ。
前もってわかっていたのなら、俺はケイノアを止めたかもしれないし、手伝わずに別の方法を模索したかもしれない。
「イリンの怪我の治療。洗脳の魔術と魂の融合。神獣の力の継承。魔族と人の同化。そして、勇者という存在。……全部、魂が関わってる現象よ。随分とためになったわ。おかげで、随分と研究が捗ったもの」
「怠け者は演技で、部屋で寝たふりをしながら研究をしてたってことか」
こいつは俺の家にいる時も眠そうな態度で部屋に篭ってばかりだったが、実際は研究を続けてたってことか。見事に騙されたよ。
「…………ええ。そうよ」
が、俺の言葉に壁のそばにいたケイノアはその動きを止め、だいぶ間があった後に小さく頷いた。
……この様子……俺は本当に騙されてたのか? 本当は、特に騙されていたわけではないんじゃないだろうか……?
「随分と間があったな」
「そうなのよ! 実は寝たふりをして研究してたの!」
叫びながら壁からこっちに振り返ったケイノア。少し顔が赤くなっているところを見ると、俺は完全に騙されていたわけではない様だ。
少なくとも、全部が全部嘘だったというわけではなく、本当に部屋にこもって寝ていた様だ。
目の前でこれから行う魔術の準備であろう工程を進めていくケイノアを見て、こいつは俺の知っているケイノアじゃない、なんて思いもしたが、それは俺の勘違いだった様だ。
寝るのが好きで、怠けるのが好きで、どこか抜けた感じのする。そんな俺の知っているケイノアが残っていて、俺はふっと笑いをこぼした。
「んんっ! ……そんなわけで、シアリス。私の魔術の適正をあげる。流石に根元魔術までは無理だったけど──」
「い、いらない! いりません! そんなことをしたら、お姉さまはっ!」
ケイノアの言葉を遮ってシアリスは叫ぶが、まだケイノアの使った水の影響が抜けていない様でその場から動けないでいる。
「大丈夫よ。言ったでしょ? 準備してきたって。多少魔術は使えなくなるかもしれないけど、死にはしない。だから──」
ケイノアは一旦杖をベットに立てかけると、シアリスのそばに近寄っていきその体を抱きしめた。
「もう一度仲良くしてくれないかしら?」
「し、します。仲良くするから! 氏族長なんていらない。そんなものならなくてもいい。誰も認めてくれなくてもいい。お姉さまと一緒にいられればそれでいいのっ! だから……やだ。やめてください……」
シアリスは泣きながら首を横に振るが、それでも体は動かない。
「ありがとう。大丈夫よ。あなたを悲しませるつもりはないわ」
優しく囁く様にそう言ってから、ケイノアはシアリスを抱き抱えて運び、自身のベッドへと寝かせた。
「それじゃあ……ああ、そうだわ」
そして杖を手に取り、いざ、というところで何かに気がついた様で、ケイノアはくるりと振り返って入り口の方を見た。
「お父様。お母さま。そしてその他大勢の皆様。最後に一言言わせていただきます」
ケイノアは、普段のあいつらしくない言葉遣いと態度でそう言うと、持っていた杖を自分の両親に突きつけた。
「魔術至上主義なんてクソったれよ! そんなものがあるから私はあんた達が嫌いなの! もっと世界に目を向けなさいバカタレエエエエ!」
そしてそう叫ぶと杖を両手で持ち直してその石突きを床へと叩きつけた。
その瞬間、杖の石突きと床のぶつかるコーンという音が響き、それと同時にケイノアの魔力が杖から床へと流れていきそれは壁を伝って天井へと這っていき、部屋全体が光を放った。
これは……部屋全体を魔術具にしたのか。俺たちは基本的にこの部屋に集まっていたってのにいつの間に……。
「いぎっ……あぐ、ガ、アアアアアアアアッ!!」
輝く部屋の様子に感心しながら見惚れていると、突然ケイノアが魂消る様な叫びをあげた。
「ケイノア!?」
「お姉さま!」
死なないって言っていたはずだが、本当に大丈夫なのか!?
「おい──っ!?」
とても大丈夫そうには思えないその叫びに思わず手を伸ばしたが、それは硬い何かに当たったことで遮られた。
これは結界か!? 術の最中に邪魔されないためか!
「おねえ──うぐっ……ううううぅぅぅ!」
流石に結界を破壊してまで止めに入って良いものか。ここまできて下手に止めればやばいことになるんじゃないか。
そう思ってそれ以上動けずにいると、今度はベッドで寝かされていたシアリスが叫び出した。
「シアリス!?」
絶叫しているシアリスの名前を呼んだが、やはりそれ以上は動くことができず、ただ狼狽えていることしかできなかった。
「アアアアア──あ」
そして数分か数十分かわからないが、もしかしたら一時間以上経っていたかもしれないくらいに長く感じた時間も終わりを迎えた。
「……あ…………」
それまでは煌々と輝いていた部屋中に書かれた魔術の光が消え、なんとか立っているだけだったケイノアは遂に倒れた。
「ケイノア! ……生きてるみたいだな」
それを見て一番近くにいた俺は倒れるケイノアを抱きとめるが……良かった。しっかりと生きている。
「し……ぬぅ……」
青冷めた、でもやり切った表情でうっすらと笑ってそう言ったケイノア。
「まだ生きてんだから大丈夫だ」
俺はそんな軽口を返すが、ケイノアにはそれに答える気力もない様だ。
「今回は、あまり寝すぎるなよ?」
「お……や、す……み……」
今にも死にそうな表情でまぶたを痙攣させているケイノアにそう告げると、ケイノアはゆるく握った拳の親指を立てて目を閉じた。
_____ケイノア_____
「うあぁ……」
目を覚ますと吐き気と頭痛とだるさで世界が歪んでた。
「最悪の目覚めね」
体を起こそうとしても起こせないし、腕を動かしてみても、まるで泥沼の中にでもいるのかってくらいに重くってまともに動きやしない。
体の中に流れてるはずの魔力はどこか頼りなく、不安定で弱々しい。
そんな最悪な状態。
「……でも、最高でもあるかな」
だってそれは術が成功したってことだから。少なくとも、私の魂は削れている。なら後はその魂がシアリスに無事に移ったかってことなんだけど……。
「って、シアリス!」
「そこにいますよ」
「……イリン?」
「おはようございます。ケイノア」
動かない体を無理やし起こそうとしたところでわりと近くから声が聞こえて、そっちを見ようと顔を動かすとそこにはイリンが椅子に座ってた。
「シアリスさんでしたら、そこに。二日前に目を覚ましましたがそれからずっとあなたのそばにいましたよ」
そう言いながらイリンが指差した先を追って、イリンとは反対側に顔を動かすと、そこには椅子に座ったまま寝てるシアリスの姿があった。
イリンの話だと、ずっとここで見ていてくれたみたいね。
「そう……」
「あなたが無茶をしてから今日で十日ですが、今のところ異常はない様です。あなたの方には異常は?」
「まあ、力が弱くなってるわね。当然だけど。それ以外は……体が重いわ」
「そうですか。まあ生きているのならそれで構いません」
こっちは結構辛いっていうのに、そんなの知ったことかって感じで素っ気なく返事をしたイリンは、持っていたものをしまうと椅子から立ち上がって私を見下ろした。
そんな態度にちょっとは文句を言いたかったけど、こんな状態になったのは私自身のせいだし、なんとも言えないわね。
「……ねぇ、あのあとはどうなったの?」
私を見下ろしていたイリンはどこかに……多分私が起きたことを知らせに行こうとして背中を向けたけど、私はそんなイリンを呼び止めた。
「あなたの父親含め、周りにいた者が大慌てです」
「ふふん、ざまあないわね!」
「もちろん、あなたの周りにいたご主人様も、ですが」
「……あー」
イリンはもう一度こっちを向いて答えてくれたけど、その様子は少し怒っているみたい。
「色々と言いたいことはありますが、とりあえず……ああ、これ以上先はやめておきましょう」
「え、何よそれ。何でそこで止めたのよ」
中途半端なところで止められてもなんだか不気味だから、しっかり先を言って欲しいんだけど……。
「お帰りなさい。ケイノアは起きていますよ」
「やっとか。見張りお疲れ様だな」
そう思ってると、部屋のドアが開いて外からアキトとタマキが入ってきた。
ああ、だから話しを止めたのね。
「おはようケイノア。よくも心配かけさせてくれたな。あんなことをするなら前もって教えとけよ」
アキトはそう言いながら私に近づくなり、寝たきりでろくに体を動かせない私のおでこにバチンッて音がするくらい強くデコピンをしてきたの。
私動けないのよ? やるにしても、もうちょっと加減してくれてもいいんじゃないかしら!?
「いったあ~~っ! うう……だって言ったら止められると思ったんだもの。仕方ないじゃない」
あの時邪魔されてたらこいつらも動きを止めるために対処しないといけなかった。
だから、本当は止められない段階に入ってから話すつもりだったのよ。
まあ、結果としてこいつは止めにこなかったからその手間が省けたけど。
「まあ、生きててよかったよ」
そう言って私から離れていくアキトの背を見て、今まで聞けなかったことを聞いてみる。
「……ねえ、あんた達はこれからどうすんの?」
「どうって、やることは終わったっぽいし、ちょっと後処理をしたら獣人国の方に帰るつもりだな」
「そうじゃなくて。……私は力が無くなったのよ」
前から感じてた不安。力がなくなったら、こいつらは私から離れていくんじゃないかって考えた。
氏族長に攻撃したり意見を真っ向から否定したりしたから私はもうここにはいられなくなるかもしれないし、そうなったら私は一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって怖かった。
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「みたいだな」
「あんた達は私の力を求めて戻ってきたんでしょ? なら、力をなくした私なんて……用済みでしょ?」
「……お前が何を心配してるのか何となくわかったが、バカタレ」
けどこの男は、私の心配と不安をよそに、あろうことか、また私のおでこを弾いたわ。
……けど、それがなんだか嬉しかった。
「俺たちは、お前を見捨てたりなんてしない。つまんないことをうじうじ考えるなよ。お前らしくもない」
らしくないって……これでも結構悩んだのよ?
「まだ言いたいことはあるが、今はやめておくか」
「良いの? もっとなんか言われると思ってたんだけど……」
「そう思うなら最初からするなよと思うけど、説教は俺たちの担当じゃなくて──そっちの担当だからな」
アキトはそう言うと指をさした。
「え……? あ、シアリス」
私はその指の動きに釣られてその方向に顔を動かすと、そこには目を覚ましてこっちをみてる妹の姿があった。
私が名前を呼ぶと、シアリスはゆっくりした動きで手を伸ばして私の顔にぺたぺたって子供が形を確かめるみたいに何度も触ってきた。
「何よもう。そんなにぺたぺた触って」
「本当に……本当にお姉様ですよね? 生きているのですよね?」
「そうよ。わたしはあなたのお姉ちゃんで、ちゃんとここにいるわ」
私がそう言うとシアリスはポロポロと涙をこぼして私の上に飛び乗る様に抱きついてきた。
「っ~~!」
一瞬あげちゃいけない声が出そうになったけど、妹を心配させるわけにはいかないから全力で耐えたわ。
その甲斐あってか、シアリスには気づかれなかったから、私は結構頑張ったと思うのよ。
……そうだ。もう一回しっかりと聞いておかなくっちゃいけない事があったわ。
「これからは……また仲良くしてくれるかしら?」
「ううぅぅ……はい。はい!」
吐き気はするし頭は痛いし全身がだるいし、しかも体はろくに動かないときた。
でも、こんな結果になったなら、やっぱりやって良かったわね。
「大好きです。おねえちゃん!」
「私もよ」
これからはずっと仲良しよ。
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