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エルフの森の姉妹
495:進展と急展
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イリンと環の説得によって再びやる気を取り戻したケイノアは、いったん俺たちに背を向けるとグッと伸びをしてから、いつもの生意気そうで、どこか気怠げな顔へと戻って机へと向かって座った。
「まずは、この術を完成させないとよね」
だが、机の上に置かれていた紙の山は、先ほどケイノアが薙ぎ払ったことで今やそのほとんどが床に広がっている。
そんな紙をイリンと環が拾っているが、すぐには終わりそうにないので俺も手伝うことにした。
「お前も拾うのを手伝えよ」
「え~……それはあんた達に任せるわ」
俺たちが神を拾っているにも関わらず、ケイノアは椅子に座ったままボーッと紙を拾う俺たちを見ている。
「そもそもの話なんだが……」
床に落ちた紙を拾いながらも、俺はケイノアへと問いかける。
「何よ」
「シアリスって、なんであんなに氏族長の座に固執してるんだ? お前との才能の差が原因ってだけじゃないだろ?」
優秀な姉の背を追いかけて、自分も少しはヤルんだと言うのを分からせたかったから氏族長になりたいと思っている……なんて理由ではないような気がする。
「……あんた、よくもまあこの状況とタイミングでそんなことを聞くわね」
確かに妹のことで傷ついた直後のケイノアに聞くのは少し配慮に欠けているかもしれない。
だが、そのことを理解しつつも俺はケイノアに問いかけた。
「このタイミングだからこそだ。ここで聞いとかなきゃ行動方針も決まらず、何かあってもどう対処していいか分からないからな」
紙を拾う手を止めて、俺はケイノアへと顔を向けるが、ケイノアもまた、俺を見ていた。
「そうね……何でかしら? 最初はそんなに酷くなかったのよ。あの子は私に劣るって言ってたけど、それでもエルフの中では一二を争うくらいには優秀な子だったわ」
そのまましばらく向かい合っていると、不意にケイノアが視線を逸らして話し出した。
「あの子は私のことを目標にしていたけど、それでも今みたいに誰かを恨む様な子じゃなかった。でも、いつからかだんだんと違和感を感じる様になっていって……本当に、いつからかしら?」
古い記憶を思い出す様に、ケイノアは窓の外へと視線を向けて、うっすらと目を細めて考え始めた。
でも、そうやって悩むってことは、明確な理由があったってわけじゃないのか。
少しの間ケイノアは黙ったまま外を見ていたのだが、不意に口を開いた。
「……ああ。多分あのあたりね。昔、森の奥の方……別の氏族がいるところで魔族の襲撃があったのよ。そのせいで魔物もいっぱい暴れてね。その時にシアリスが魔物に襲われて死にかけたの」
……魔族の襲撃、か。
直接的な被害はなかった様だけど、魔物によるとばっちりは受けた様だ。
本当にろくなことをしないな、あいつらは。
「助かったけど、それ以来強くなることに執着を見せる様になって、そのうち今度は氏族長を目指す様になったわ」
「魔族の仕業で操られてるとかは……」
魔族の襲撃はなかったとしても、何らかの影響を受けている可能性はあるんじゃないか。
そう思ったのだが、ケイノアは首を振って俺の疑問を否定した。
「ないわ。私だって変だなって思った時に調べたもの。けど結果は異常なし。多分、死にかけたことであの子の中の意識が変わったんでしょうね」
……まあ、そういうこともあるか。
生死にかかわらず、衝撃的な何かがあれば、それは容易く人の有り様を変えるからな。
ともあれ、方針としては余計な介入などを気にする必要はないということだな。
「じゃあ、とりあえずは余計なことを気にせず、お前が魔術を完成させるのを待ってればいいのか?」
「そうね。ああでも、ちょっとあんた達にも手伝ってもらうかも。まあ、手伝うって言ってもちょっと参考にするだけだけどね」
「参考になるなら俺は構わないが……何をするつもりだ?」
「あんたは異世界人で、その魂の作りは私たちとは少し違う。けどこうして生きてるし、元々はなかった力も世界を移動する際に『植え付けられてる』。それを観察したいのよ」
植え付けられてる、か。なかなか嫌な表現を使うな。でもまあ、そう言えなくもないか?
俺たちは異世界へと移動したことによって、特殊なエネルギーが流れ込んできた。それによって『スキル』なんてものが発現したのだが、見方によっては植え付けられたといえないこともない。
だが、観察するという意味は分かったが、本当にそれだけでいいのか?
「そんなことでいいのか?」
「というか、他にできることある?」
ケイノアにそう反論されてしまい、何も思いつかなかった俺はそのまま黙ってしまった。
「ま、それだけでも十分な協力よ。ただのエルフの魂なんて見たところで意味がないもの」
そんな俺の様子を見ながらも、ケイノアは肩を竦めて言った。
「じゃ、これから協力よろしく」
そう言って軽く手を挙げると、ケイノアは再び机へと向かってペンを手に取った。
そうして数日が経ち。
俺はケイノアの言っていた通り魂の観察とやらのために、ケイノアに魔術をかけられた状態でじっとたっていた。
……すごい暇だ。
動かない方が見やすいらしいのだが、座るとそれはそれで見づらいらしく、たったままじっとしているしかないのだ。
「そういえば、今回の件に関係ないんだが……」
立つ以外には何もできない暇な時間で考え事をしていたのだが、ふとあることを思い出してケイノアに問うてみることにした。
「ん~?」
「異世界への移動って可能なのか?」
俺の魂を見ているのだろうが傍目からは男の体を見つめている様にしか見えないケイノアは、生返事をしていたのだが俺の言葉を聞くと不思議そうな顔をして俺の顔を見上げた。
「……可能も何も、あんた達がここに……ああ、帰れるかってこと? 何? あんた帰るつもりなの?」
「いや。俺はこっちで生きて、こっちで死ぬつもりだ。けど、そう思っていない子もいるはずだ」
「例の洗脳勇者ね」
ケイノアは俺の言いたいことをすぐに理解した様で、俺の体から視線を外すと唸り声を出しながら考えたい始めた。
「う~ん……まあ不可能じゃないとは思うわ」
「本当か!」
「……ただ、おすすめはしないわね」
「何でだ?」
帰る方法があるのならそれを知りたい。そう思ったのだが、ケイノアは何だか顔をしかめて言葉を濁している。
こいつがわざわざそんなことを言うだなんて、そんなにダメな何かがあるのか?
「あなた達は世界を渡る時にスキルっていう力を得たでしょ? 一度目はその程度の『異常』ですんだけど、もう一度世界間を移動するとなると、次はどんな異常が出るともわからないわ」
「異常……。その異常が出ない様にする方法は、ないのか?」
異常……まあ本来持っていない力を手に入れて、常識の違う世界に対応できる様になったのだから、体に『異常』が起こったとも言えるのか。
「空間系の魔術を得意としてる者を、そうねぇ……百人くらい集めて生贄にすれば大丈夫でしょうね」
「……生贄だと?」
ケイノアの言葉に思わず顔をしかめてしまう。
生贄。まさかケイノアからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「そう。死んで、その魂を使って世界を繋ぐ道を作って完璧に固定する。そこまでやれば何の異常を出すこともなく元の世界に帰ることはできるでしょうね。道筋はあなた達異世界人の魂の情報を参考にすれば簡単でしょうし。……けど、実際問題としてできないでしょ? あんた達のことだから生贄そのものもだけど、そもそも空間系の魔術師百人なんて、揃えられないもの」
確かに、ただでさえ貴重な空間系の魔術を使う者を百人揃えるのは難しい。
ピックアップするだけでも百人となると難しいんじゃないだろうか?
空間系の魔術師を百人だなんて、現実的ではない。
……帰る道筋は用意できるけど、そのためのエネルギーが足りないってことか。
「本当に生贄なんてしないとなのか? 魔術でどうにかできたりはしないのか?」
生贄なんてしなくてもこいつの頭脳があれば魔術でどうにかできそうな気がする。
今の『元の世界に戻れるのか』って俺の質問にも、そう時間をかけることなくしっかりと答えたし、現在進行形で新しい魔術を作ってる。
なら、帰るために新しい魔術を作って貰うこともできるんじゃないか、そんな期待をしてケイノアに問いかけたのだが、ケイノアはいつもの様に少し乱暴に椅子に座りながら難しい顔をして答えた。
「……例えば、ある物を数人で手分けして色を塗るとするじゃない。その塗る色の『赤く塗れ』と指定があったとしても、それでどんな赤を想像するかは人それぞれ異なるでしょう? 濃い赤も薄い赤も、暗いのも明るいのも全部『赤』。そんな好き勝手に用意した赤を塗ったとして、出来上がるものはきれいな赤に塗れると思う?」
「……無理だな」
「そう。出来上がるのは歪で不格好な出来損ない。だから一度、用意した色を全部を混ぜて色を均一に整えてからならす必要があるのよ。均一な色で塗ることができないと、移動してる最中に道が壊れて世界の間を漂うことになるわ。その道をまともに維持するためには、魔術じゃ無理なの。結局のところ、魔術ってのはどうしたって術者自身の『色』が出るから」
勝手に期待してたとはいえ、そんなケイノアの答えに期待を外された俺は大きくため息を吐いてしまった。
それが感じの悪い態度だってのはわかってるけど、少しでも希望があるだけに、その希望が消えたときの落胆は大きい。
「……ま、そんなわけで術者を生贄にする必要になるのよ。術者って『色』をちゃんと混ぜるためにね。……まあ、それに代わる単一のエネルギーの塊みたいなものがあれば生贄なんてなくてもできるかもしれないけど」
「そうか……」
「そうよ……ん?」
そうして話は終わりそうだったのだが、その途中でケイノアは何かに気がついた様に声をあげて考え込み始めた。
「どうした? 何か方法が……」
「あ、違う。そっちじゃないわ」
方法が思いついたのかと訊こうとしたのだが、その言葉は途中で止められてしまった。
どうやら俺の相談の方ではなく、ケイノアの本来の目的である魔術の方で何かを思いついた様だ。
「魂の変質と同化……それが失敗するのは魂を守る肉体という殻があってそれと繋がってるから。なら肉体を捨てて魂だけの形になれば? それにタマキの魔術と魂の融合を参考にして……。でも、魂だけってことは……。それにあれを参考にするとなると……」
ぶつぶつと誰に聞かせるでもなく呟くケイノアだが、その表情はだんだん難しい顔になっている。
しかしその手元は止まることがなく今思いついたであろう考えを書き記している。
──コンコンコン。
扉が叩かれ来客を知らせるが、そんな音にもケイノアは反応せずに机に向かってペンを動かしている。
そんな集中しているケイノアの代わりにイリンが扉を開くと、そこにはシアリスが立っていた。
「お姉さま。お父様より言伝を預かってまいりました」
「シアリス……」
たった今まで集中していたケイノアだが、妹の声を聞くなりカタリと小さく音を立ててペンを走らせる手を止めて振り返った。
「……そう。で、内容は?」
そして瞑目しながら深呼吸をしたケイノアは、再び目を開けて静かにそう問いかけた。
「お姉さまと、そしてアンドーさん達にやってほしいことがあるとのことです」
「俺たちも?」
「はい。ここから東にある遺跡の一つに調査に行ってほしいそうです」
遺跡の調査? そんな重要そうなことを何で俺たちの様な部外者に?
「ちょっと待ちなさい。東にある遺跡って、もしかして……」
「やはりご存知ですか……はい。そこへ調査を頼みたいと仰っていました」
と思ったのだが、その言葉にケイノアが反応し、シアリスがうなずいた。
「いやよ。誰がそんなところに行くもんかってのよ」
が、ケイノアは盛大に顔をしかめると、妹のシアリスが相手だというのに、吐き捨てる様に言った。
「そもそも、なんでこいつらもなの? 本来はあそこは部外者は入るなって言われてるはずだけど?」
部外者は入れない遺跡? ……ああ。以前妖精たちが言ってたやつか。確か氏族長の選定の際に使うみたいな場所だったはずだ。
そんな場所なのに俺たちを入れるのか?
……いや、目的は俺ではなくてケイノアか。俺たち同伴だったとしても、ケイノアが遺跡をクリアしたという状況さえできてしまえばそれでいいと考えたのだろう。
でなければわざわざ俺たちを遺跡に入れる必要なんてないからな。
「アンドーさん達がこの森に来てからまともに働いているのを見たことがないと言うのが理由ですね。この森にいるのであれば誰もが何かしらの役割を果たしています。ですがアンドーさん達はただお姉さまのところにいるだけ。それを不満に思う者らからの陳情があったようです。部外者の進入については氏族長の権限です」
働いていないって言うとその通りなんだが、何だかそう言われると心が傷つく。
にしても、あんまり顔を出すなって言っておいて働けか……。
「陳情? そんなの放っておきなさいよ。こいつらは客よ? 客を働かせるとか、馬鹿じゃないの? 何? 力で負けたから嫌がらせでもしようってこと?」
「それは私に言われてもどうしようもないので、お父様へどうぞ。それと、遺跡の扉は今日から一週間開けておくので、いつでも好きな時に行け、と」
「……そう。ならこう返しておいて。『ふざけんな。誰が行くか』って」
まあ行きたくないよな。既に次期後継者だと発表されてたとしても、その遺跡に行きさえしなければ選定自体は正式に終わりはしないのだから。
いずれは強制的に行かされるのだとしても、今は断る事で時間を引き伸ばすことができる。
「……私は確かにお伝えしましたよ。では、失礼します」
シアリスはそう言ってお辞儀をすると、その後は何を言うでも、何をするでもなく部屋を出て行った。
それから六日ほど経ち、例の遺跡へ行く様にと言う命令から今日で一週間だ。
「ケイノア様。ケルヴェス様がお呼びです」
「あいつが? ……嫌よ。今更なんの用だっての……」
「なんでも火急の用だとか」
「話があるならあんたからこっちに来なさいって伝えて」
ケイノアの付き人であるエルフから声をかけられたが、ケイノアは関心なさげにひらひらと手を振って答えた。
その言葉を聞いたエルフはそれ以上は何も言うことなく去っていった。
その流れがスムーズだったので、多分最初から断られるのは織り込み済みだったんだと思う。
……そういえば、今の人は例のケイノアを迎えにきた奴……ユーリアじゃなかったな。しばらく見てないが、何してるんだろう?
「大丈夫か? 本当に何か用があったらどうする?」
「平気よ。あいつは偉そうにしてるだけだけど、それをしても許される程度には能力があるわ。むかつくことにね。だからあいつがどうにかできないような事態なら、もっと騒ぎになってるものよ。王国の件も伝えておいたし、尚更ね」
ああ、そういえば王国の奴らがせめてきそうな状況なんだよなぁ。
まだ動きがないとはいえ、できるだけ早く対処に動きたい。──が、だからと言ってこっちを疎かにはできない。
「それに、忘れてるだろうけど、ここには私も結界を張ってるのよ? 結構な範囲に張ってあるから、外敵が来たのなら誰よりも早く察知できるわ。でも結界には何もかかってない」
「だから外敵はあり得ず、結界の中で起こった問題、ってことか」
「そ。だから無視していいのよ。伝言も出したし、本当に必要ならこっちに来るでしょ」
そう言うとケイノアは再び机へと向かい、ペンを手にとった。
「……それに、あと少しなの。……あと少し。……もうちょっとでこれが完成する」
それっきりケイノアは喋ることなく作業をしていたのだが、不意にまたもドアを叩く音が聞こえた。
「ケイノア。私だ」
ドアを叩く音が聞こえても作業を止めなかったケイノアだが、かけられた声を聞くとピタリとその手を止めてゆっくりと顔を上げた。
そしてイリンがドアを開けると、そこには想像した通りの人物……ケルヴェスがいた。
「なんであんたがここにいんのよ……」
「用があるのなら直接こいと伝言を持たせたのはお前のはずだが?」
ケイノアとケルヴェスは少しの間見つめ合っていたが、それは見つめ合うと言うよりも睨み合うと言う方が正しいものだった。
そんな状態が数秒ほど続くと、ケルヴェスは軽く息を吐き出してから口を開いた。
「まあ良い。それよりも用件の方だが……」
「そうね。さっさと話して帰りなさい……ああ、遺跡の件なら受けないわよ。依頼にかこつけて氏族長にする条件をクリアさせようとしてるんでしょうけれど、あんなところ、絶対に入ってなんてやらないわ」
「シアリスが消えた」
「…………は?」
シアリスが消えた。突然言われたその言葉を聞いて、ケイノアは呆けたようにただそれだけを口にした。
「ちょっと、それどう言うことよ? 消えたって何? 答えなさい!」
数秒ほど惚けたままだったケイノアだが、すぐに意識を取り戻して自分の父親を睨みながら問い詰めた。
「わからぬ。だが早朝に付き人に指示を出して以降その姿を見ることができず、部屋にもいない。結界を越えた様子はないし、この森でそうそう死ぬようなことはないだろうが、少し気になったのだ。一応お前なら知っているのではないかと思ったのだが……知らないか」
だがそんなケイノアの態度にも何も反応することなく、ケルヴェスは淡々と続けていくが、その様子にどことなく違和感を覚えた。
普通、娘がいなくなったのならもっと慌てるものじゃないか?
ましてやそれが絶対的な安全を確保してある中で起こった異常事態なら、氏族長としても慌てていいはず。
いや、安全を確保してあるからか? 姿は見えないが、それでもこの場所の近くにいるのなら安全だと高を括っている? ……くそっ、わからないな。
「いない? なんで? あの子が自分からここを離れていくなんて……」
ケイノアは普段ではあり得ないシアリスの行動に違和感を持った様で、考え込み始めた。
「妖精! あいつらならっ──!」
そして何かに気がついた様に顔をあげると、急いで魔術を構築していき、ものの数秒で完成したそれは即座に発動された。
「おーおー、なんだなんだ?」
「私たちに何のようですか?」
「お菓子くれるの?」
すると、三十秒ほどだろうか? それくらいの時間が過ぎたのちに以前見かけた妖精達が窓から入ってきた。
「お! 菓子か! 良いな、くれ!」
「そうね。貰ってあげても良いわよ」
「よこせー! 甘いも──ぐえっ」
場の空気など察することなく好き勝手言っていた妖精達だが、そんな妖精の一人をケイノアが両手で掴み上げる。
「黙りなさい! そんなことよりも、あんた達シアリスがどこに行ったか知らない? 何か知ってるなら素直に話しなさい!」
妖精を掴み上げたまま激しく揺さぶって怒鳴るケイノアだが、そんなケイノアに妖精達は反発してケイノアの足を蹴ったり殴ったりしている。
「話す前にお前が離せよ!」
「そうよ! 何いきなり掴んでんのよ!」
「ぐえー」
それでもあまり力は入っていないのか、妖精達の攻撃を特に堪えた様子もなく受けていたケイノア。
だが鬱陶しさはあるのかケイノアは一度歯軋りをすると掴み上げていた妖精から手を離し、妖精はどさりとその場に落ちた。
「これで良いでしょ? さっさと話しなさい」
「ふん! いきなり暴力に訴える奴の言うことなんて聞くもんか!」
「私たちはそんなに都合のいい存在じゃないのよ!」
「ぐえぐえー」
解放されたと言っても、たった今まで乱暴にされていて怒りをあらわにしている妖精達。
そして妹の安否がかかっているかもしれないのに自分の問いに答えない妖精達に怒りを溜め始めたケイノア。
「おい妖精。これをやるから質問に答えろ」
このままではまずいと感じた俺は収納からクッキーを取り出すと、そう言いながら妖精達に放り投げた。
「何なりと御命じください!」
「何でも話します!」
「シアリスはあっちに行った!」
変わり身が早いな。さっきまでの怒りはどこに行った……。
俺が放り投げたクッキーを受け取った瞬間に態度を一変させた妖精達だが、やはり知っていた様で妖精達のうちの一人がシアリスの向かった先を指さした。
「詳しく!」
それを聞いた瞬間、ケイノアは妖精達に怒鳴った。
「森をふらついてたら一人で歩いてるエルフを見かけたので観察してたら、それがシアリスだった!」
「しかも武装していろんな道具も持っていたから、ちょっと気になって追ったの!」
「最後は遺跡の中に入っていった!」
クッキーを食べ終わった妖精達は自分の指をペロペロと舐めながらケイノアの問いに答えた。
「まずは、この術を完成させないとよね」
だが、机の上に置かれていた紙の山は、先ほどケイノアが薙ぎ払ったことで今やそのほとんどが床に広がっている。
そんな紙をイリンと環が拾っているが、すぐには終わりそうにないので俺も手伝うことにした。
「お前も拾うのを手伝えよ」
「え~……それはあんた達に任せるわ」
俺たちが神を拾っているにも関わらず、ケイノアは椅子に座ったままボーッと紙を拾う俺たちを見ている。
「そもそもの話なんだが……」
床に落ちた紙を拾いながらも、俺はケイノアへと問いかける。
「何よ」
「シアリスって、なんであんなに氏族長の座に固執してるんだ? お前との才能の差が原因ってだけじゃないだろ?」
優秀な姉の背を追いかけて、自分も少しはヤルんだと言うのを分からせたかったから氏族長になりたいと思っている……なんて理由ではないような気がする。
「……あんた、よくもまあこの状況とタイミングでそんなことを聞くわね」
確かに妹のことで傷ついた直後のケイノアに聞くのは少し配慮に欠けているかもしれない。
だが、そのことを理解しつつも俺はケイノアに問いかけた。
「このタイミングだからこそだ。ここで聞いとかなきゃ行動方針も決まらず、何かあってもどう対処していいか分からないからな」
紙を拾う手を止めて、俺はケイノアへと顔を向けるが、ケイノアもまた、俺を見ていた。
「そうね……何でかしら? 最初はそんなに酷くなかったのよ。あの子は私に劣るって言ってたけど、それでもエルフの中では一二を争うくらいには優秀な子だったわ」
そのまましばらく向かい合っていると、不意にケイノアが視線を逸らして話し出した。
「あの子は私のことを目標にしていたけど、それでも今みたいに誰かを恨む様な子じゃなかった。でも、いつからかだんだんと違和感を感じる様になっていって……本当に、いつからかしら?」
古い記憶を思い出す様に、ケイノアは窓の外へと視線を向けて、うっすらと目を細めて考え始めた。
でも、そうやって悩むってことは、明確な理由があったってわけじゃないのか。
少しの間ケイノアは黙ったまま外を見ていたのだが、不意に口を開いた。
「……ああ。多分あのあたりね。昔、森の奥の方……別の氏族がいるところで魔族の襲撃があったのよ。そのせいで魔物もいっぱい暴れてね。その時にシアリスが魔物に襲われて死にかけたの」
……魔族の襲撃、か。
直接的な被害はなかった様だけど、魔物によるとばっちりは受けた様だ。
本当にろくなことをしないな、あいつらは。
「助かったけど、それ以来強くなることに執着を見せる様になって、そのうち今度は氏族長を目指す様になったわ」
「魔族の仕業で操られてるとかは……」
魔族の襲撃はなかったとしても、何らかの影響を受けている可能性はあるんじゃないか。
そう思ったのだが、ケイノアは首を振って俺の疑問を否定した。
「ないわ。私だって変だなって思った時に調べたもの。けど結果は異常なし。多分、死にかけたことであの子の中の意識が変わったんでしょうね」
……まあ、そういうこともあるか。
生死にかかわらず、衝撃的な何かがあれば、それは容易く人の有り様を変えるからな。
ともあれ、方針としては余計な介入などを気にする必要はないということだな。
「じゃあ、とりあえずは余計なことを気にせず、お前が魔術を完成させるのを待ってればいいのか?」
「そうね。ああでも、ちょっとあんた達にも手伝ってもらうかも。まあ、手伝うって言ってもちょっと参考にするだけだけどね」
「参考になるなら俺は構わないが……何をするつもりだ?」
「あんたは異世界人で、その魂の作りは私たちとは少し違う。けどこうして生きてるし、元々はなかった力も世界を移動する際に『植え付けられてる』。それを観察したいのよ」
植え付けられてる、か。なかなか嫌な表現を使うな。でもまあ、そう言えなくもないか?
俺たちは異世界へと移動したことによって、特殊なエネルギーが流れ込んできた。それによって『スキル』なんてものが発現したのだが、見方によっては植え付けられたといえないこともない。
だが、観察するという意味は分かったが、本当にそれだけでいいのか?
「そんなことでいいのか?」
「というか、他にできることある?」
ケイノアにそう反論されてしまい、何も思いつかなかった俺はそのまま黙ってしまった。
「ま、それだけでも十分な協力よ。ただのエルフの魂なんて見たところで意味がないもの」
そんな俺の様子を見ながらも、ケイノアは肩を竦めて言った。
「じゃ、これから協力よろしく」
そう言って軽く手を挙げると、ケイノアは再び机へと向かってペンを手に取った。
そうして数日が経ち。
俺はケイノアの言っていた通り魂の観察とやらのために、ケイノアに魔術をかけられた状態でじっとたっていた。
……すごい暇だ。
動かない方が見やすいらしいのだが、座るとそれはそれで見づらいらしく、たったままじっとしているしかないのだ。
「そういえば、今回の件に関係ないんだが……」
立つ以外には何もできない暇な時間で考え事をしていたのだが、ふとあることを思い出してケイノアに問うてみることにした。
「ん~?」
「異世界への移動って可能なのか?」
俺の魂を見ているのだろうが傍目からは男の体を見つめている様にしか見えないケイノアは、生返事をしていたのだが俺の言葉を聞くと不思議そうな顔をして俺の顔を見上げた。
「……可能も何も、あんた達がここに……ああ、帰れるかってこと? 何? あんた帰るつもりなの?」
「いや。俺はこっちで生きて、こっちで死ぬつもりだ。けど、そう思っていない子もいるはずだ」
「例の洗脳勇者ね」
ケイノアは俺の言いたいことをすぐに理解した様で、俺の体から視線を外すと唸り声を出しながら考えたい始めた。
「う~ん……まあ不可能じゃないとは思うわ」
「本当か!」
「……ただ、おすすめはしないわね」
「何でだ?」
帰る方法があるのならそれを知りたい。そう思ったのだが、ケイノアは何だか顔をしかめて言葉を濁している。
こいつがわざわざそんなことを言うだなんて、そんなにダメな何かがあるのか?
「あなた達は世界を渡る時にスキルっていう力を得たでしょ? 一度目はその程度の『異常』ですんだけど、もう一度世界間を移動するとなると、次はどんな異常が出るともわからないわ」
「異常……。その異常が出ない様にする方法は、ないのか?」
異常……まあ本来持っていない力を手に入れて、常識の違う世界に対応できる様になったのだから、体に『異常』が起こったとも言えるのか。
「空間系の魔術を得意としてる者を、そうねぇ……百人くらい集めて生贄にすれば大丈夫でしょうね」
「……生贄だと?」
ケイノアの言葉に思わず顔をしかめてしまう。
生贄。まさかケイノアからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「そう。死んで、その魂を使って世界を繋ぐ道を作って完璧に固定する。そこまでやれば何の異常を出すこともなく元の世界に帰ることはできるでしょうね。道筋はあなた達異世界人の魂の情報を参考にすれば簡単でしょうし。……けど、実際問題としてできないでしょ? あんた達のことだから生贄そのものもだけど、そもそも空間系の魔術師百人なんて、揃えられないもの」
確かに、ただでさえ貴重な空間系の魔術を使う者を百人揃えるのは難しい。
ピックアップするだけでも百人となると難しいんじゃないだろうか?
空間系の魔術師を百人だなんて、現実的ではない。
……帰る道筋は用意できるけど、そのためのエネルギーが足りないってことか。
「本当に生贄なんてしないとなのか? 魔術でどうにかできたりはしないのか?」
生贄なんてしなくてもこいつの頭脳があれば魔術でどうにかできそうな気がする。
今の『元の世界に戻れるのか』って俺の質問にも、そう時間をかけることなくしっかりと答えたし、現在進行形で新しい魔術を作ってる。
なら、帰るために新しい魔術を作って貰うこともできるんじゃないか、そんな期待をしてケイノアに問いかけたのだが、ケイノアはいつもの様に少し乱暴に椅子に座りながら難しい顔をして答えた。
「……例えば、ある物を数人で手分けして色を塗るとするじゃない。その塗る色の『赤く塗れ』と指定があったとしても、それでどんな赤を想像するかは人それぞれ異なるでしょう? 濃い赤も薄い赤も、暗いのも明るいのも全部『赤』。そんな好き勝手に用意した赤を塗ったとして、出来上がるものはきれいな赤に塗れると思う?」
「……無理だな」
「そう。出来上がるのは歪で不格好な出来損ない。だから一度、用意した色を全部を混ぜて色を均一に整えてからならす必要があるのよ。均一な色で塗ることができないと、移動してる最中に道が壊れて世界の間を漂うことになるわ。その道をまともに維持するためには、魔術じゃ無理なの。結局のところ、魔術ってのはどうしたって術者自身の『色』が出るから」
勝手に期待してたとはいえ、そんなケイノアの答えに期待を外された俺は大きくため息を吐いてしまった。
それが感じの悪い態度だってのはわかってるけど、少しでも希望があるだけに、その希望が消えたときの落胆は大きい。
「……ま、そんなわけで術者を生贄にする必要になるのよ。術者って『色』をちゃんと混ぜるためにね。……まあ、それに代わる単一のエネルギーの塊みたいなものがあれば生贄なんてなくてもできるかもしれないけど」
「そうか……」
「そうよ……ん?」
そうして話は終わりそうだったのだが、その途中でケイノアは何かに気がついた様に声をあげて考え込み始めた。
「どうした? 何か方法が……」
「あ、違う。そっちじゃないわ」
方法が思いついたのかと訊こうとしたのだが、その言葉は途中で止められてしまった。
どうやら俺の相談の方ではなく、ケイノアの本来の目的である魔術の方で何かを思いついた様だ。
「魂の変質と同化……それが失敗するのは魂を守る肉体という殻があってそれと繋がってるから。なら肉体を捨てて魂だけの形になれば? それにタマキの魔術と魂の融合を参考にして……。でも、魂だけってことは……。それにあれを参考にするとなると……」
ぶつぶつと誰に聞かせるでもなく呟くケイノアだが、その表情はだんだん難しい顔になっている。
しかしその手元は止まることがなく今思いついたであろう考えを書き記している。
──コンコンコン。
扉が叩かれ来客を知らせるが、そんな音にもケイノアは反応せずに机に向かってペンを動かしている。
そんな集中しているケイノアの代わりにイリンが扉を開くと、そこにはシアリスが立っていた。
「お姉さま。お父様より言伝を預かってまいりました」
「シアリス……」
たった今まで集中していたケイノアだが、妹の声を聞くなりカタリと小さく音を立ててペンを走らせる手を止めて振り返った。
「……そう。で、内容は?」
そして瞑目しながら深呼吸をしたケイノアは、再び目を開けて静かにそう問いかけた。
「お姉さまと、そしてアンドーさん達にやってほしいことがあるとのことです」
「俺たちも?」
「はい。ここから東にある遺跡の一つに調査に行ってほしいそうです」
遺跡の調査? そんな重要そうなことを何で俺たちの様な部外者に?
「ちょっと待ちなさい。東にある遺跡って、もしかして……」
「やはりご存知ですか……はい。そこへ調査を頼みたいと仰っていました」
と思ったのだが、その言葉にケイノアが反応し、シアリスがうなずいた。
「いやよ。誰がそんなところに行くもんかってのよ」
が、ケイノアは盛大に顔をしかめると、妹のシアリスが相手だというのに、吐き捨てる様に言った。
「そもそも、なんでこいつらもなの? 本来はあそこは部外者は入るなって言われてるはずだけど?」
部外者は入れない遺跡? ……ああ。以前妖精たちが言ってたやつか。確か氏族長の選定の際に使うみたいな場所だったはずだ。
そんな場所なのに俺たちを入れるのか?
……いや、目的は俺ではなくてケイノアか。俺たち同伴だったとしても、ケイノアが遺跡をクリアしたという状況さえできてしまえばそれでいいと考えたのだろう。
でなければわざわざ俺たちを遺跡に入れる必要なんてないからな。
「アンドーさん達がこの森に来てからまともに働いているのを見たことがないと言うのが理由ですね。この森にいるのであれば誰もが何かしらの役割を果たしています。ですがアンドーさん達はただお姉さまのところにいるだけ。それを不満に思う者らからの陳情があったようです。部外者の進入については氏族長の権限です」
働いていないって言うとその通りなんだが、何だかそう言われると心が傷つく。
にしても、あんまり顔を出すなって言っておいて働けか……。
「陳情? そんなの放っておきなさいよ。こいつらは客よ? 客を働かせるとか、馬鹿じゃないの? 何? 力で負けたから嫌がらせでもしようってこと?」
「それは私に言われてもどうしようもないので、お父様へどうぞ。それと、遺跡の扉は今日から一週間開けておくので、いつでも好きな時に行け、と」
「……そう。ならこう返しておいて。『ふざけんな。誰が行くか』って」
まあ行きたくないよな。既に次期後継者だと発表されてたとしても、その遺跡に行きさえしなければ選定自体は正式に終わりはしないのだから。
いずれは強制的に行かされるのだとしても、今は断る事で時間を引き伸ばすことができる。
「……私は確かにお伝えしましたよ。では、失礼します」
シアリスはそう言ってお辞儀をすると、その後は何を言うでも、何をするでもなく部屋を出て行った。
それから六日ほど経ち、例の遺跡へ行く様にと言う命令から今日で一週間だ。
「ケイノア様。ケルヴェス様がお呼びです」
「あいつが? ……嫌よ。今更なんの用だっての……」
「なんでも火急の用だとか」
「話があるならあんたからこっちに来なさいって伝えて」
ケイノアの付き人であるエルフから声をかけられたが、ケイノアは関心なさげにひらひらと手を振って答えた。
その言葉を聞いたエルフはそれ以上は何も言うことなく去っていった。
その流れがスムーズだったので、多分最初から断られるのは織り込み済みだったんだと思う。
……そういえば、今の人は例のケイノアを迎えにきた奴……ユーリアじゃなかったな。しばらく見てないが、何してるんだろう?
「大丈夫か? 本当に何か用があったらどうする?」
「平気よ。あいつは偉そうにしてるだけだけど、それをしても許される程度には能力があるわ。むかつくことにね。だからあいつがどうにかできないような事態なら、もっと騒ぎになってるものよ。王国の件も伝えておいたし、尚更ね」
ああ、そういえば王国の奴らがせめてきそうな状況なんだよなぁ。
まだ動きがないとはいえ、できるだけ早く対処に動きたい。──が、だからと言ってこっちを疎かにはできない。
「それに、忘れてるだろうけど、ここには私も結界を張ってるのよ? 結構な範囲に張ってあるから、外敵が来たのなら誰よりも早く察知できるわ。でも結界には何もかかってない」
「だから外敵はあり得ず、結界の中で起こった問題、ってことか」
「そ。だから無視していいのよ。伝言も出したし、本当に必要ならこっちに来るでしょ」
そう言うとケイノアは再び机へと向かい、ペンを手にとった。
「……それに、あと少しなの。……あと少し。……もうちょっとでこれが完成する」
それっきりケイノアは喋ることなく作業をしていたのだが、不意にまたもドアを叩く音が聞こえた。
「ケイノア。私だ」
ドアを叩く音が聞こえても作業を止めなかったケイノアだが、かけられた声を聞くとピタリとその手を止めてゆっくりと顔を上げた。
そしてイリンがドアを開けると、そこには想像した通りの人物……ケルヴェスがいた。
「なんであんたがここにいんのよ……」
「用があるのなら直接こいと伝言を持たせたのはお前のはずだが?」
ケイノアとケルヴェスは少しの間見つめ合っていたが、それは見つめ合うと言うよりも睨み合うと言う方が正しいものだった。
そんな状態が数秒ほど続くと、ケルヴェスは軽く息を吐き出してから口を開いた。
「まあ良い。それよりも用件の方だが……」
「そうね。さっさと話して帰りなさい……ああ、遺跡の件なら受けないわよ。依頼にかこつけて氏族長にする条件をクリアさせようとしてるんでしょうけれど、あんなところ、絶対に入ってなんてやらないわ」
「シアリスが消えた」
「…………は?」
シアリスが消えた。突然言われたその言葉を聞いて、ケイノアは呆けたようにただそれだけを口にした。
「ちょっと、それどう言うことよ? 消えたって何? 答えなさい!」
数秒ほど惚けたままだったケイノアだが、すぐに意識を取り戻して自分の父親を睨みながら問い詰めた。
「わからぬ。だが早朝に付き人に指示を出して以降その姿を見ることができず、部屋にもいない。結界を越えた様子はないし、この森でそうそう死ぬようなことはないだろうが、少し気になったのだ。一応お前なら知っているのではないかと思ったのだが……知らないか」
だがそんなケイノアの態度にも何も反応することなく、ケルヴェスは淡々と続けていくが、その様子にどことなく違和感を覚えた。
普通、娘がいなくなったのならもっと慌てるものじゃないか?
ましてやそれが絶対的な安全を確保してある中で起こった異常事態なら、氏族長としても慌てていいはず。
いや、安全を確保してあるからか? 姿は見えないが、それでもこの場所の近くにいるのなら安全だと高を括っている? ……くそっ、わからないな。
「いない? なんで? あの子が自分からここを離れていくなんて……」
ケイノアは普段ではあり得ないシアリスの行動に違和感を持った様で、考え込み始めた。
「妖精! あいつらならっ──!」
そして何かに気がついた様に顔をあげると、急いで魔術を構築していき、ものの数秒で完成したそれは即座に発動された。
「おーおー、なんだなんだ?」
「私たちに何のようですか?」
「お菓子くれるの?」
すると、三十秒ほどだろうか? それくらいの時間が過ぎたのちに以前見かけた妖精達が窓から入ってきた。
「お! 菓子か! 良いな、くれ!」
「そうね。貰ってあげても良いわよ」
「よこせー! 甘いも──ぐえっ」
場の空気など察することなく好き勝手言っていた妖精達だが、そんな妖精の一人をケイノアが両手で掴み上げる。
「黙りなさい! そんなことよりも、あんた達シアリスがどこに行ったか知らない? 何か知ってるなら素直に話しなさい!」
妖精を掴み上げたまま激しく揺さぶって怒鳴るケイノアだが、そんなケイノアに妖精達は反発してケイノアの足を蹴ったり殴ったりしている。
「話す前にお前が離せよ!」
「そうよ! 何いきなり掴んでんのよ!」
「ぐえー」
それでもあまり力は入っていないのか、妖精達の攻撃を特に堪えた様子もなく受けていたケイノア。
だが鬱陶しさはあるのかケイノアは一度歯軋りをすると掴み上げていた妖精から手を離し、妖精はどさりとその場に落ちた。
「これで良いでしょ? さっさと話しなさい」
「ふん! いきなり暴力に訴える奴の言うことなんて聞くもんか!」
「私たちはそんなに都合のいい存在じゃないのよ!」
「ぐえぐえー」
解放されたと言っても、たった今まで乱暴にされていて怒りをあらわにしている妖精達。
そして妹の安否がかかっているかもしれないのに自分の問いに答えない妖精達に怒りを溜め始めたケイノア。
「おい妖精。これをやるから質問に答えろ」
このままではまずいと感じた俺は収納からクッキーを取り出すと、そう言いながら妖精達に放り投げた。
「何なりと御命じください!」
「何でも話します!」
「シアリスはあっちに行った!」
変わり身が早いな。さっきまでの怒りはどこに行った……。
俺が放り投げたクッキーを受け取った瞬間に態度を一変させた妖精達だが、やはり知っていた様で妖精達のうちの一人がシアリスの向かった先を指さした。
「詳しく!」
それを聞いた瞬間、ケイノアは妖精達に怒鳴った。
「森をふらついてたら一人で歩いてるエルフを見かけたので観察してたら、それがシアリスだった!」
「しかも武装していろんな道具も持っていたから、ちょっと気になって追ったの!」
「最後は遺跡の中に入っていった!」
クッキーを食べ終わった妖精達は自分の指をペロペロと舐めながらケイノアの問いに答えた。
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