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ギルド連合国の騒動
456:──任せた!
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「なんて、かっこつけたけど……結局殲滅自体は環がするんだよなぁ……」
冒険者ギルド本部長のボイエンに挨拶をしてから俺たちの担当である街の北側にやってきたが、相変わらず対軍戦なので俺でもイリンでもなく、基本的には環が対応する事になっている。
まあそれも当然だ。だって一度目の魔物の群れは環が対処したわけだし。それも一体の討ち漏らしもなく完璧な形で。
だからもう余裕がないって言うんだったら俺がやるけど、環はまだまだ余裕があるし、俺は魔族を相手するときのためにできることなら力は見せたくない。
そんなわけで環がやると言うのは変わらなかった。
「普段はあまり活躍できてないし、たまには私にも見せ場を頂戴」
環はそんなふうに言いながら茶目っ気を込めて笑ったが、それを言ったら最近では俺も出番がどんどん消えていって、活躍できていない気がする。ちょっと前にはかっこ悪いところを見せたばっかりだし。
「見せ場がないって言ったら俺もだろ。基本的にイリンが動いて終わるし」
「そうねぇ。でも私の方が使い道が限られてるじゃない炎なんて街中で使ったら大変だもの」
「まあ、そうだな」
俺達の中で、何かあった場合に真っ先に動くのがイリンだ。家事から戦闘まで、だいたい最初にイリンが対応する。
それはありがたいのだが、同時に俺たちの活躍の場が消えていることも意味する。
つい先日もネーレ達と森の魔物狩りに行ったが、その時でさえ森の中ということで環は得意の炎が使えずにあまり活躍できていなかった。それでも俺やネーレよりは魔物を狩っていたのだが……。
最近の俺の活躍と言ったら……なんだろう? 狩りに行った時の成果の運搬くらいか? いやいや、もっと他に何かいいところがあったはずだ……多分。……あったか?
そんなことを考えていると、後方からとても大きな力を感じた。ここからはかなり離れているみたいだが、その巨大さははっきりと分かった。
「ネーレか……」
「みたいね。……私も負けてられないわね」
後方から感じた大きな力は、おそらくネーレのものだろう。薬で無理やり魔力を回復させてまで好きな人を守るために戦いに行き、その結果がこの力だ。後少しすれば空から隕石の雨が魔物達へと降り注ぐことになるだろうな。
それを理解した環は、自分も続こうと奮起し再び前方に迫っている魔物達へと視線を戻した。
だが、環はすぐに魔術を使うことはなく、少しの間黙って迫りくる魔物達を眺めていた。
その横顔を盗み見ると、なんともいえない悲しげなものだった。
そして、そんな表情をしながら環は不意に口を開いた。
「……あれ、元は人なのよね……」
「……ああ」
全部がそうではないかもしれない。中には魔物を変異させたやつだっているだろう。だが、それでも変異させられた人が混じっているのは事実だ。
「戻せないんでしょ?」
「……ああ」
獣人国の時にはケイノアが治すことができたんだし、研究をすればいつかは変異してすぐでなくても元に戻すことができるのかもしれない。
だが、少なくとも今は無理だ。
「そう」
俺の同意に環はそれだけ呟くと、短く瞑目してから目を開けて魔物達を見据えた。
「……ごめんなさい」
小さくただそれだけを呟いた環は数歩前に出て、外壁の端まで行くと杖を構える。
そうして構築されていく魔術は一度目の時の比ではないほどに大きく、複雑で……そして強力なものだった。
「ッ! 環!」
だがその魔術は発動されることはなかった。外壁の下から環に向けて放たれた魔術によって邪魔をされたせいだ。
放たれた魔術が環に当たる直前、その魔術に反応できたイリンが環を突き飛ばすことで魔術の直撃を防ぐことはできたが、それによって集中を途切れさせた環は魔術の構築を解除してしまった。
「……アレは魔族、でいいんだよな?」
「おそらくは」
環を突き飛ばしたイリンと、突き飛ばされてお尻をさすりながら立ち上がった環とともに警戒しながら外壁の影から顔を出して魔術の放たれた場所を覗くと、そこには黒い人とでも言うような、全身真っ黒な人型の『ナニカ』がいた。
その『ナニカ』は明らかに人ではなく、魔族であるのはほぼ確実なのだが……。
「……なんか多くないか?」
その数がおかしかった。
魔族らしき者は一体だけではなく複数存在しており、その数は十……いや、二十を超えていた。
魔族は多くても数体程度だと思っていた俺たちは、そんな魔族の数に驚き絶句していたが、突如その魔族のうち数体が溶けるように姿を変えると、俺たちを覆うように半球状へと形を変えた。
「これは……」
「な、なにっ!?」
黒い半球に囚われた俺たちに日の光が届くことはなく、真っ暗闇へと飲み込まれた。
咄嗟の判断で環が炎を生み出すが、突然の暗闇とその行為のせいで周囲への警戒が疎かになっていた。
環が炎を生み出し周囲を照らすと、環のすぐ側には炎に照らされた魔族がほんの一メートルもない場所に立っていた。
「環っ!」
「え?」
俺は環の名を呼んだが、当の本人は何が起きているのか分かっていないようでキョトンとした表情で俺の方へと振り向いていた。
咄嗟に環の手を引いて自分の方へと引き寄せると、そのまま抱きしめて環を庇うように立ち位置を変えた。
そんな俺の背中に何かが当たった感触がしたが、それ以上は何も起こらなかった。
「怪我はないか?」
「え、ええ……っ! それよりも怪我はっ! 無事なの!?」
環は自分に抱きついている俺を引き剥がして服を捲り、魔族の攻撃が当たった部分を確認するが、そこには傷ひとつついていない。
「大丈夫だ。心配するな」
「でも、服に穴が……」
咄嗟のことだったんで服まで自分の体だと意識しきることができなくて、収納スキルをうまく発動させることができずに服に穴が開いてしまったようだ。
だがそれは服だけだ。俺の体はなんの問題もない。
「ご、ごめんなさい……」
「言ったろ? 大丈夫だって。それより、ほら」
そう言ってから俺は立ち上がり、環の頭を撫でていた手を離して今度はその手を環へと差し伸べる。
「そんなところで落ち込んでる暇があるのでしたら、灯りをつけてくれませんか? まあ、なくても問題ないといえばないので、休んでいたければどうぞ」
イリンはそう言っているが、その間もナイフを投げて魔族を攻撃している。
ナイフを投げるだけで直接攻撃しに行かないのは、言葉に反して環を心配してその様子を見守っていたからだろう。
そんなイリンの言葉を聞いて、環は俺の差し出した手を取ると立ち上がり杖を構えた。
「心配かけたわね」
「心配などしていませんが?」
「あら、それは心配するまでもなく立ち直れると信じていてくれたってこと?」
少しばかり揶揄うような口調で環がそう言うと、イリンは少しムッとした様子で黙り込んでしまった。
俺はそんな二人の様子にフッと笑うと、今度はその視線を自分たちを覆っている黒い半球へと移した。
「……とりあえず、アレを消すのが先か」
「できるの?」
「触れさえすればどうにかな」
アレは魔族が変化したものであり、魔族を収納することができるのだから触れさえすれば収納スキルでしまうことができるはずだ。魔族は『生物』ではないからな。
収納魔術でもできなくもないが、これ程大きなものをしまうものを作るのに時間がかかる。
それに、この闇のさらに外側から覆い被せるようにしないといけないんだが目視できない状態では失敗する可能性がある。
どうにも探知もあそこで途切れてるから外の様子もわからないし、早いとこアレをどうにかしないとまずい。
「イリン、環の護衛を頼む。環はあっちに灯りを作ってくれ。それと、この中にいる魔族たちの排除を」
現在魔族達は背中に翼を生やして俺たちを囲むように飛んでいた。
このまま俺が走り出せば、奴らから攻撃を受けることになるだろう。
魔族の攻撃は収納で無効化できるが、魔術で壁を作られたり視界を遮られたりすると面倒だ。
二人が頷き、環が通路の先にいくつもの灯りを灯すのを確認した俺は外壁の上を走りだす。
俺が予想した通り当然ながら一人孤立した俺を狙って魔族達は襲いにくるが、後方から飛んでくる炎によって打ち落とされていく。
背後から感じる安心感に、俺は自然と笑っていた。
「これでっ!」
よし。消えたな。
環の援護を得て俺は半球状の闇までたどり着くと、そのまま勢いを止めることなく手を伸ばし、触れるとそれを同時に収納した。
日差しを遮っていた闇が消えたことで元に戻った日の光に目が眩んだが、すぐに周囲の状況を確認してからこの街に迫ってきているはずの魔物達へと視線を向ける。
……思ったよりも近づいてきている。後十分もすれば完全にこの壁までたどり着く事になるだろう。そうなれば環が対処すると街にも被害が出るかもしれない。
「撃ち落としたはずなのに、減らないわ……」
俺たちを覆っていた闇を消してこの街に迫る魔物達を確認した後はすぐ似た巻達の元へと戻ったのだが、その間もずっと魔族を攻撃し続けていた環がそう呟いた。
確かに、環がずっと攻撃していたにしては飛んでいる魔族の数が減っていない。
「再生か? ……いや、形がないから攻撃しても意味がないのか」
見たところこいつらの体は影とか闇とか、そんなふうな形のない感じのものでできている。
そのために攻撃しても形が崩れるだけで、ダメージとしては効果がないんだと思う。
「どうするの?」
「こういう奴は大抵何処かに核となるモノがあるか、もしくはこいつらは分身で全部偽物かのどっちかだな」
個人的には分身の方だと思う。魔族は一応種族ではあるがその姿形は別物だ。なのに目の前のこいつらは全く同じ形をしている。
絶対にないとは言わないが、同じ姿と性質を持った者が生まれたと考えるよりは、分身、分裂の類だと考えた方がしっくりくる。
だがそうなると、分身の大元となっている本体をどうにかしない限りはずっとこの状況が続くぞ……。
「アキト様! あちらにもこれと同じものがいます!」
どうすると考えているとイリンが叫び、一つの方角を指し示した。
俺は言われるがままにイリンの示す先を見る。
……いた。
強化した視力で見た先には、他の魔物とは違う黒いナニカが存在していた。
あんな後方に離れている必要はない筈だ。だとしたら、アレが本体か? 安全な後方から分身だけを送り込んでいるのか。
アレを倒しにいくには俺がいくのが最適だ。だが、倒しにいくにはこの場を離れないといけない。
そうなれば、ここには分身とはいえ魔族が……それも不死身ともいえる敵がいる状況でイリンと環を置いていかなければならない。
イリンも環も魔族と戦った経験はないし、さっき環は危うく攻撃を喰らいそうになっていた。そんな彼女らをこんな危険なところに置いていくなんて心配で仕方がない。
だが……。
「イリン、環。──任せてもいいか?」
だがそれでも、俺は二人にそう問いかけた。
心配ではある。……心配ではあるのだが、二人ならできると信じて、俺はイリンと環にこの場を任せて敵の後方にいる魔族を討ちにいくことを決めた。
イリンと環は俺の言葉に目を瞬かせた後、お互いに顔を見合わせてから再び俺の方へと向き直った。
「はい!」
「ええ!」
その言葉を聞いて、俺は身体強化の魔術を発動して外壁の端、身を隠すための壁の上に立つ。
「……環。失敗はしないでくださいね」
「あなたこそ」
背後から聞こえるそんな会話を耳にした俺はいつも通りの二人に安心し、トンッと足元を軽く蹴って外壁の上から宙へと身を躍らせた。
不安はある。分身とはいえ、こいつらは魔族だ。ただの冒険者であればそれこそ百人束になっても一体倒せるかどうかだろう。
だが、イリンも環も、ただの冒険者じゃない。二人とも俺に守られてるだけでいるほど弱くはないんだ。
だから、二人を信じよう。信じて、任せよう。
壁から落下した衝撃を殺して着地した俺は、前方で炎鬼と戦っている魔物の群れを見据えると深呼吸をし、
「──任せた!」
壁の上で魔族と戦っているイリンと環にそう叫んでから走り出した。
直後、俺の言葉に対する返事のように幾つもの爆発音が背後から響き、俺の進んでいる先にもいくつもの炎が降り注ぎ、爆発をひき起こす。
これは環か……ありがたいな。
環が放った魔術のおかげで、目の前に迫っている魔物の群れに一本の道ができた。
ここまでお膳立てされてしまえば……。
「負けるわけには行かないよな!」
俺は魔族へと迫る足を緩めることなく、むしろさらに速度を上げて変異した魔物達の間を抜けていった。
冒険者ギルド本部長のボイエンに挨拶をしてから俺たちの担当である街の北側にやってきたが、相変わらず対軍戦なので俺でもイリンでもなく、基本的には環が対応する事になっている。
まあそれも当然だ。だって一度目の魔物の群れは環が対処したわけだし。それも一体の討ち漏らしもなく完璧な形で。
だからもう余裕がないって言うんだったら俺がやるけど、環はまだまだ余裕があるし、俺は魔族を相手するときのためにできることなら力は見せたくない。
そんなわけで環がやると言うのは変わらなかった。
「普段はあまり活躍できてないし、たまには私にも見せ場を頂戴」
環はそんなふうに言いながら茶目っ気を込めて笑ったが、それを言ったら最近では俺も出番がどんどん消えていって、活躍できていない気がする。ちょっと前にはかっこ悪いところを見せたばっかりだし。
「見せ場がないって言ったら俺もだろ。基本的にイリンが動いて終わるし」
「そうねぇ。でも私の方が使い道が限られてるじゃない炎なんて街中で使ったら大変だもの」
「まあ、そうだな」
俺達の中で、何かあった場合に真っ先に動くのがイリンだ。家事から戦闘まで、だいたい最初にイリンが対応する。
それはありがたいのだが、同時に俺たちの活躍の場が消えていることも意味する。
つい先日もネーレ達と森の魔物狩りに行ったが、その時でさえ森の中ということで環は得意の炎が使えずにあまり活躍できていなかった。それでも俺やネーレよりは魔物を狩っていたのだが……。
最近の俺の活躍と言ったら……なんだろう? 狩りに行った時の成果の運搬くらいか? いやいや、もっと他に何かいいところがあったはずだ……多分。……あったか?
そんなことを考えていると、後方からとても大きな力を感じた。ここからはかなり離れているみたいだが、その巨大さははっきりと分かった。
「ネーレか……」
「みたいね。……私も負けてられないわね」
後方から感じた大きな力は、おそらくネーレのものだろう。薬で無理やり魔力を回復させてまで好きな人を守るために戦いに行き、その結果がこの力だ。後少しすれば空から隕石の雨が魔物達へと降り注ぐことになるだろうな。
それを理解した環は、自分も続こうと奮起し再び前方に迫っている魔物達へと視線を戻した。
だが、環はすぐに魔術を使うことはなく、少しの間黙って迫りくる魔物達を眺めていた。
その横顔を盗み見ると、なんともいえない悲しげなものだった。
そして、そんな表情をしながら環は不意に口を開いた。
「……あれ、元は人なのよね……」
「……ああ」
全部がそうではないかもしれない。中には魔物を変異させたやつだっているだろう。だが、それでも変異させられた人が混じっているのは事実だ。
「戻せないんでしょ?」
「……ああ」
獣人国の時にはケイノアが治すことができたんだし、研究をすればいつかは変異してすぐでなくても元に戻すことができるのかもしれない。
だが、少なくとも今は無理だ。
「そう」
俺の同意に環はそれだけ呟くと、短く瞑目してから目を開けて魔物達を見据えた。
「……ごめんなさい」
小さくただそれだけを呟いた環は数歩前に出て、外壁の端まで行くと杖を構える。
そうして構築されていく魔術は一度目の時の比ではないほどに大きく、複雑で……そして強力なものだった。
「ッ! 環!」
だがその魔術は発動されることはなかった。外壁の下から環に向けて放たれた魔術によって邪魔をされたせいだ。
放たれた魔術が環に当たる直前、その魔術に反応できたイリンが環を突き飛ばすことで魔術の直撃を防ぐことはできたが、それによって集中を途切れさせた環は魔術の構築を解除してしまった。
「……アレは魔族、でいいんだよな?」
「おそらくは」
環を突き飛ばしたイリンと、突き飛ばされてお尻をさすりながら立ち上がった環とともに警戒しながら外壁の影から顔を出して魔術の放たれた場所を覗くと、そこには黒い人とでも言うような、全身真っ黒な人型の『ナニカ』がいた。
その『ナニカ』は明らかに人ではなく、魔族であるのはほぼ確実なのだが……。
「……なんか多くないか?」
その数がおかしかった。
魔族らしき者は一体だけではなく複数存在しており、その数は十……いや、二十を超えていた。
魔族は多くても数体程度だと思っていた俺たちは、そんな魔族の数に驚き絶句していたが、突如その魔族のうち数体が溶けるように姿を変えると、俺たちを覆うように半球状へと形を変えた。
「これは……」
「な、なにっ!?」
黒い半球に囚われた俺たちに日の光が届くことはなく、真っ暗闇へと飲み込まれた。
咄嗟の判断で環が炎を生み出すが、突然の暗闇とその行為のせいで周囲への警戒が疎かになっていた。
環が炎を生み出し周囲を照らすと、環のすぐ側には炎に照らされた魔族がほんの一メートルもない場所に立っていた。
「環っ!」
「え?」
俺は環の名を呼んだが、当の本人は何が起きているのか分かっていないようでキョトンとした表情で俺の方へと振り向いていた。
咄嗟に環の手を引いて自分の方へと引き寄せると、そのまま抱きしめて環を庇うように立ち位置を変えた。
そんな俺の背中に何かが当たった感触がしたが、それ以上は何も起こらなかった。
「怪我はないか?」
「え、ええ……っ! それよりも怪我はっ! 無事なの!?」
環は自分に抱きついている俺を引き剥がして服を捲り、魔族の攻撃が当たった部分を確認するが、そこには傷ひとつついていない。
「大丈夫だ。心配するな」
「でも、服に穴が……」
咄嗟のことだったんで服まで自分の体だと意識しきることができなくて、収納スキルをうまく発動させることができずに服に穴が開いてしまったようだ。
だがそれは服だけだ。俺の体はなんの問題もない。
「ご、ごめんなさい……」
「言ったろ? 大丈夫だって。それより、ほら」
そう言ってから俺は立ち上がり、環の頭を撫でていた手を離して今度はその手を環へと差し伸べる。
「そんなところで落ち込んでる暇があるのでしたら、灯りをつけてくれませんか? まあ、なくても問題ないといえばないので、休んでいたければどうぞ」
イリンはそう言っているが、その間もナイフを投げて魔族を攻撃している。
ナイフを投げるだけで直接攻撃しに行かないのは、言葉に反して環を心配してその様子を見守っていたからだろう。
そんなイリンの言葉を聞いて、環は俺の差し出した手を取ると立ち上がり杖を構えた。
「心配かけたわね」
「心配などしていませんが?」
「あら、それは心配するまでもなく立ち直れると信じていてくれたってこと?」
少しばかり揶揄うような口調で環がそう言うと、イリンは少しムッとした様子で黙り込んでしまった。
俺はそんな二人の様子にフッと笑うと、今度はその視線を自分たちを覆っている黒い半球へと移した。
「……とりあえず、アレを消すのが先か」
「できるの?」
「触れさえすればどうにかな」
アレは魔族が変化したものであり、魔族を収納することができるのだから触れさえすれば収納スキルでしまうことができるはずだ。魔族は『生物』ではないからな。
収納魔術でもできなくもないが、これ程大きなものをしまうものを作るのに時間がかかる。
それに、この闇のさらに外側から覆い被せるようにしないといけないんだが目視できない状態では失敗する可能性がある。
どうにも探知もあそこで途切れてるから外の様子もわからないし、早いとこアレをどうにかしないとまずい。
「イリン、環の護衛を頼む。環はあっちに灯りを作ってくれ。それと、この中にいる魔族たちの排除を」
現在魔族達は背中に翼を生やして俺たちを囲むように飛んでいた。
このまま俺が走り出せば、奴らから攻撃を受けることになるだろう。
魔族の攻撃は収納で無効化できるが、魔術で壁を作られたり視界を遮られたりすると面倒だ。
二人が頷き、環が通路の先にいくつもの灯りを灯すのを確認した俺は外壁の上を走りだす。
俺が予想した通り当然ながら一人孤立した俺を狙って魔族達は襲いにくるが、後方から飛んでくる炎によって打ち落とされていく。
背後から感じる安心感に、俺は自然と笑っていた。
「これでっ!」
よし。消えたな。
環の援護を得て俺は半球状の闇までたどり着くと、そのまま勢いを止めることなく手を伸ばし、触れるとそれを同時に収納した。
日差しを遮っていた闇が消えたことで元に戻った日の光に目が眩んだが、すぐに周囲の状況を確認してからこの街に迫ってきているはずの魔物達へと視線を向ける。
……思ったよりも近づいてきている。後十分もすれば完全にこの壁までたどり着く事になるだろう。そうなれば環が対処すると街にも被害が出るかもしれない。
「撃ち落としたはずなのに、減らないわ……」
俺たちを覆っていた闇を消してこの街に迫る魔物達を確認した後はすぐ似た巻達の元へと戻ったのだが、その間もずっと魔族を攻撃し続けていた環がそう呟いた。
確かに、環がずっと攻撃していたにしては飛んでいる魔族の数が減っていない。
「再生か? ……いや、形がないから攻撃しても意味がないのか」
見たところこいつらの体は影とか闇とか、そんなふうな形のない感じのものでできている。
そのために攻撃しても形が崩れるだけで、ダメージとしては効果がないんだと思う。
「どうするの?」
「こういう奴は大抵何処かに核となるモノがあるか、もしくはこいつらは分身で全部偽物かのどっちかだな」
個人的には分身の方だと思う。魔族は一応種族ではあるがその姿形は別物だ。なのに目の前のこいつらは全く同じ形をしている。
絶対にないとは言わないが、同じ姿と性質を持った者が生まれたと考えるよりは、分身、分裂の類だと考えた方がしっくりくる。
だがそうなると、分身の大元となっている本体をどうにかしない限りはずっとこの状況が続くぞ……。
「アキト様! あちらにもこれと同じものがいます!」
どうすると考えているとイリンが叫び、一つの方角を指し示した。
俺は言われるがままにイリンの示す先を見る。
……いた。
強化した視力で見た先には、他の魔物とは違う黒いナニカが存在していた。
あんな後方に離れている必要はない筈だ。だとしたら、アレが本体か? 安全な後方から分身だけを送り込んでいるのか。
アレを倒しにいくには俺がいくのが最適だ。だが、倒しにいくにはこの場を離れないといけない。
そうなれば、ここには分身とはいえ魔族が……それも不死身ともいえる敵がいる状況でイリンと環を置いていかなければならない。
イリンも環も魔族と戦った経験はないし、さっき環は危うく攻撃を喰らいそうになっていた。そんな彼女らをこんな危険なところに置いていくなんて心配で仕方がない。
だが……。
「イリン、環。──任せてもいいか?」
だがそれでも、俺は二人にそう問いかけた。
心配ではある。……心配ではあるのだが、二人ならできると信じて、俺はイリンと環にこの場を任せて敵の後方にいる魔族を討ちにいくことを決めた。
イリンと環は俺の言葉に目を瞬かせた後、お互いに顔を見合わせてから再び俺の方へと向き直った。
「はい!」
「ええ!」
その言葉を聞いて、俺は身体強化の魔術を発動して外壁の端、身を隠すための壁の上に立つ。
「……環。失敗はしないでくださいね」
「あなたこそ」
背後から聞こえるそんな会話を耳にした俺はいつも通りの二人に安心し、トンッと足元を軽く蹴って外壁の上から宙へと身を躍らせた。
不安はある。分身とはいえ、こいつらは魔族だ。ただの冒険者であればそれこそ百人束になっても一体倒せるかどうかだろう。
だが、イリンも環も、ただの冒険者じゃない。二人とも俺に守られてるだけでいるほど弱くはないんだ。
だから、二人を信じよう。信じて、任せよう。
壁から落下した衝撃を殺して着地した俺は、前方で炎鬼と戦っている魔物の群れを見据えると深呼吸をし、
「──任せた!」
壁の上で魔族と戦っているイリンと環にそう叫んでから走り出した。
直後、俺の言葉に対する返事のように幾つもの爆発音が背後から響き、俺の進んでいる先にもいくつもの炎が降り注ぎ、爆発をひき起こす。
これは環か……ありがたいな。
環が放った魔術のおかげで、目の前に迫っている魔物の群れに一本の道ができた。
ここまでお膳立てされてしまえば……。
「負けるわけには行かないよな!」
俺は魔族へと迫る足を緩めることなく、むしろさらに速度を上げて変異した魔物達の間を抜けていった。
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稼いだ金で郊外で隠居生活を送ることを目標に今日もまたダンジョンに挑むクラウディオなのであった。
『箱を開けるモ』
「餌は待てと言ってるだろうに」
とあるイベントでくっついてくることになった生意気なマーモットと共に。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
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異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
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秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
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