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ギルド連合国の騒動

452:首都防衛作戦会議

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「ど、どうするの?」

 眼下の魔物の群れを見ながら環は若干怯えたように聞いてきたが、どうすると聞かれてもな……どうしようか?

「……とりあえず、環。広範囲の魔術を放ってくれないか?」
「威力はどうするの?」
「そうだな……ゴブリンを燃やすことができる程度の軽いやつでいい」
「わかったわ」

 環は返事をするとすぐさま魔術の準備をし始め、発動した。

 環の発動した魔術は俺たちの目の前に大きな炎の玉を作ると、魔物の群れの真上へと飛んでいった。
 魔物達の上に浮いていた炎の玉は、突然浮力を失ったかのように落ちていくと、地面にぶつかり、弾け、そしてその地点を中心として炎の津波が魔物達を飲み込んだ。

「おー、なかなか……でも、やっぱり止まらないか」
「どうするの? もう一度やったほうがいいかしら」

 今の魔術を使っても環は余裕そうだし、もう少し減らした方がいいか? いや、でももしこれがここだけじゃなくて街を囲うように全方向で起きてるんだったら、ここだけに拘っていても意味がない。
 少なくともここからみる限りでは囲まれているように見えるし、先にギルドに知らせた方がいいか。
 知らせて、なんらかの対処のために動いてもらわないと、流石にこの数は俺たちだけでは難しいかもしれない。

「いや、先にギルドに行こう。この情報を持ってなかったら教えないとだし、これは流石に俺たちだけじゃ無理だろ」

 やってやれないことはないかもしれないけど、多分……と言うか確実に撃ち漏らしが出てくることになる。

 そう判断した俺たちはすぐさまその場を離れて冒険者ギルドへと駆け出したのだが、ギルドの中は多くの人で溢れていた。

「すみません。本部長に会いたいのですがどこにいますか?」
「今本部長は忙しく──あら? あなたは確か前に本部長に呼ばれた……」
「はい。今回の騒ぎについて新たの情報があるので報告に来ました」
「そう、ですか……少々お待ちください」

 建物の中にいた人たちの様子を視界のはしで見ながら受付まで行ってボイエンへの面会を取り付ける。
 本当はこんなことしないですぐにでも突撃したいが、ボイエンの部屋への通路は受付のすぐそばを通っていくので、許可を取らなければ止められてしまう。
 なので多少面倒に感じてもこれは必要なことなのだ。

 だが今はそんな待ち時間がもどかしい。

「どうぞ」

 ボイエンに確認しに行った受付が戻ってきて奥へと示すのを確認すると、俺たちは足早に通路を進みボイエンの部屋へと入った。

「アンドー。よく来たな」
「無事なようでよかったです」

 部屋の中にはボイエンだけではなくニナとネーレもいたが、それ以上の挨拶は省いて視線だけ向けるに留めた。

「いかに体が悪いと言ってもこの程度ではな。……それで、情報とは?」
「先ほどイリンが魔物の群れの匂いを街の外から感じたと言われたので確認したところ、街を包囲するかのように魔物が現れ進軍していました。その数は数千を超えます」
「数千!? 本当にそんな数がいたのか!?」

 俺の言葉に、ニナは大声を出しながら勢いよく立ち上がった。

 俺の言葉を信じられずにそんなことを言ったニナの気持ちもよくわかる。だが事実なのだ。

「全部確認したわけじゃないけど、見た限りではな。正面だけじゃなく、右も左も終わりが見えなかった。一面魔物の絨毯だ」
「そんなに……」

 俺が首を横に振りながらそう説明すると、ニナは呆然としたような声を出しながらその場に立ちすくんだ。

 だが、今度はニナの代わりにボイエンが口を開いた。

「魔族か?」
「状況的におそらくは。確認したわけではありませんが」
「そうか」

 ボイエンは俺の言葉を聞いて一瞬だけ目を閉じると、すぐに目を開いて俺を見据えた。

「……お前たちはどこまで協力してくれるんだ?」
「どこまで、とは?」
「お前たちは色々と隠しているだろう? そして、たとえ街を囲まれようと逃げようと思えば逃げることのできる力も持っている。……この街と心中するつもりはないだろう?」
「ええまあ。死ぬつもりはないですね。……それに、この街を見捨てるつもりも」

 確かに俺たちならこの街から逃げようとすれば割と簡単に逃げられるだろう。
 だが俺は逃げないのだと告げた。

 そんな俺の言葉を聞いたボイエンは眉を寄せて厳しい顔を更に厳しくしているが、俺の答えは変わらない。

「……いいのか?」
「ええ。この街を見捨てれば、後は獣人にとって住み辛い世界になるかもしれません。それは認められない」

 この街が反亜人派の手によって落とされれば、以前にも話した通りこの国派反亜人の国となってしまうかもしれない。
 そうなったら色々とまずいので、できることなら止めたい。

 本当にやばくていざとなったら逃げるかもしれないが、まだなんとか出来そうな今の段階でそれはしたくない。

「そうか」
「それに、俺には力がある。その力で助けられる人がすぐそばにいるなら、俺は助けますよ。……好きな人の前では、かっこつけたいですから」

 危ないから逃げ出すなんて、かっこ悪いだろ?
 結局、最終的に物事を決める理由なんてそんなもんだ。

「……助かる」

 ボイエンはそう言うと厳しい顔を幾らか和らげて口元を緩めた。
 もしかして、今のは笑ったんだろうか?

「それでは作戦を決めるとしよう」

 そんな笑みともとれなくもない表情をしたボイエんだが、その表情はすぐに消え去り、部屋の中にいる全員を見渡してから話し出した。

「まずはこの騒ぎだが、一応反亜人派に属していない有力者たちは確保したのでそっちは心配しなくてもいい」
「速いですね」
「ああ。前もってその可能性は伝えていたし、事前の打ち合わせもしていたからな」

 打ち合わせをしていた、と言うことは俺たちと同じくそろそろ襲撃があると言うのを読んでいたんだろうな。

「なので、残るはアンドーの知らせてくれた魔物の群れに関してだが、終わらせるには魔物の発生源、及び指揮権をもっているであろう魔族と思われる存在の討伐が必要だ。それを成さない限り魔物の群れは止まらないだろう」

 本来魔物というものは自分勝手に動き回り、同じ魔物であれば同族以外のもの全てを敵とするような存在だ。
 だというのに今回は異なる種族の魔物が一斉に街を狙って攻めてきている。
 ならばどこからか集めたにしても生み出したにしても、その魔物達を動かしている指揮官がいるはずだ。
 それは魔族ではないかもしれないが、何もわかっていないんだから魔族であると考えていた方がいいだろうな。
 違ったのなら敵が魔族だった場合よりも楽になるんだから、それはそれで構わない。

「そこで、お前たちにはそれぞれの方角を守ってもらいたい。お前たちが倒していけば当然ながら魔物の数は減り、魔族は新たに魔物を生み出そうとするだろう。減らしたところで新たに増やされたのなら消耗するだけだが、それは逆にチャンスでもある。新たに魔物が生み出された地点に魔族がいるということなのだから、居場所がわかれば後はそこへ乗り込んで討伐すればいい」

 いくらこの世界の個人は軍を圧倒することがあると言っても、こんな少人数であれだけの魔物の群れを倒せと言われているのだから、流石に無茶を言われているという自覚はある。できないわけではないと思うけど。

 そうして倒した魔物が増えたのならそこに魔族がいる、か。確かにその通りだが、できることなら俺のところに来てくれるとありがたいんだけどな。

 魔族は意思を持った魔術だから、無生物であるために俺のスキルで収納されてしまうという欠点がある。
 だから俺なら触るだけでおしまいだ。

「言うほど簡単にはいかないだろうが、それ以外に方法はない。何か意見はあるか?」

 ボイエンはそう言うと俺たちを見回しだが、誰も声を出さずにいる。

 誰も異論反論がないのを確認すると、ボイエンは頷いて話を進める。

「では次にそれぞれの配置だが、ニナは東、アンドー達は南、冒険者達が西、そして北がネーレだ。基本的に冒険者たちは西に集めるが、それぞれの場所にも多少なりとも配置するつもりだ」
「ちょっといいか? ネーレは銀級だったと思うんだが? 多少は集めるって言っても、基本は一人でやることになるんだろ?」

 イリンの場合は対多数戦闘において有効な手がないから仕方がないが、俺はそんなこともない。やろうと思えば大群相手でもなんとかなる。
 だからネーレを一人にするよりも、俺を一人で配置した方がいいと思うんだが……。

 しかし、そう思っているとネーレが立ち上がり力強く答えた。

「任せてください。確かに僕の実力は銀級程度ですが、今回に限っては僕の奥の手が役に立ちます」
「奥の手?」
「はい。えっと……」
「アンドーには言っていなかったか? ネーレは竜級の冒険者だ」

 少し戸惑ったように言い淀んだネーレだが、すぐにニナが説明してくれた。

「は? 竜?」
「条件付きで、ですけど」

 ネーレはそう言って頷いたが、若干恥ずかしそうだ。
 だが、どういうことだ? 前に見せてもらったネーレのギルド証は確かに銀だった。
 条件付きで、と言っていたが、そんな話は聞いたことがないぞ?

「ネーレは『天墜』と呼ばれている竜級の冒険者だ」
「天墜……確か空から岩を降らせるのでしたよね? まさかネーレさんがそうだとは……」

 どこかで聞いたことがあるなと思っていたが、俺が思い出すよりも早くイリンがそう口にし、それでやっとその言葉を思い出した。

 天墜。確か以前誰だったか忘れたが、とにかく誰かから聞いた竜級冒険者の二つ名だ。
 その能力はイリンも言ったように魔術によって岩を降らせるというもの。早い話がメテオだ。

「あはは。えっと、ごめんね、隠してて。でも、あれは僕の本当の実力じゃないから嫌なんだ。それにあれは一度の戦いで一度しか使えない。そんなのは実力とは呼べないでしょ? 竜級の冒険者を名乗るなら、僕は自分の実力で名乗りたい。だから、本部長に頼んで奥の手を含めないで考えた場合の僕の実力で判断してもらってるんだ」

 本当の実力じゃないって言葉の意味はわからないが、今は非常事態。そんなことを聞いて時間を浪費する暇はなく、ボイエンが決め、本人ができると言っているのならできるんだろうと信じることにした。

「そうなのか。……ならそれはいいとして、大丈夫なんだな?」
「うん」
「納得してもらえたのなら今決めた通りでいいな?」

 俺たちの話が終わったのを確認したボイエンはそう切り出したが、その様子は若干焦りがあるように思える。
 だが、そう。それも当然だ。現状、俺たちにゆっくりしている時間などないのだ。

「魔物を狩り、新たに補充されて魔族がいると思わしき場所、もしくは魔族の姿を確認したら合図をしてくれ。その場所に冒険者を送り込む」
「魔族相手だが、大丈夫か?」

 こう言ってはなんだが、ただの冒険者では魔族の相手は厳しいものがあると思う。
 以前王国から逃げる際に国境で戦った魔族は、国境を任されている騎士達を相手に余裕を持って嬲ることができていた。
 それは地上対空という相性の問題もあったのかもしれないが、それでも強敵であることには変わりない。

 一般の冒険者が戦えば、怪我などでは済まないだろう。

「ああ。竜やオリハルコンはいないが、ミスリルであればそれなりにいる。彼らを主軸として編成するので、犠牲は出るだろうが討伐は可能なはずだ」

 だがボイエンは最初から何人か、下手したら何十人かが死ぬつもりでいたのだ。

「確かに報告通りの魔物を生み出すほどの魔族であれば厳しい戦いになるだろう。だが、それでもやらねば負けだ」

 人が死ぬ。だがそれをわかっていても戦えと命令する。
 それはどれほどの思いだろう。どれほどの覚悟だろう。

 生半可な覚悟では誰かに死を強要するような指示など出せない。

 ボイエンだって自分で行きたいはずだ。竜級と呼ばれる実力者の中の一人だったのだから。
 だが体がいうことを聞かない。戦えはするだろうが、長時間となると戦ってる最中に動けなくなって魔物に殺されてしまう。

 それがわかっているからこそ、戦場には行かずに指示を出している。それが一番多くの人を救うことができる役割だから。

 だが、机の上に出されているボイエンの拳はきつく握り締められ震えていた。
 わかっていたとしても、そうするべきだと行動していても、動けない自分が悔しいのだろう。

 誰にも死んで欲しくない。本当なら自分が行きたい。だがそう思っていても誰かに死んでこいとボイエンは言うしかない。

「わかった」

 だから俺はそんなボイエンの覚悟に、そして街を守るべく死を覚悟して参加するであろう冒険者達の想いに応えるためにも返事をして立ち上がった。

 そうして俺たちはそれぞれの持ち場へと向かい、首都防衛作戦は始まった。
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