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イリンと神獣
367:全力で叩き潰す
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──心を壊した。
俺が答えを出す前に、待ちきれなくなったのかウォルフがそう答えを言った。
だが、俺はその言葉を理解するのに暫しの時間が必要だった。
「……お前、何言ってんだ?」
「まあそういう反応だよな。俺だってふざけてると思う」
心を壊すってことは、環や王国に残して来た海斗くんや桜ちゃんのように、魔術で精神を弄るということだろう。薬でもできるだろうが、まあこの世界においては魔術を頼った方が確実だろう。
ここの被害者は海斗くん等のようにある程度の意識を残すことすらしない。
どっちがいいかと言われれば、どっちもお断りだとしか言えないが、海斗くんたちの場合はまだ元に戻る可能性がある。
だがウォルフの言葉からして、適合者の者たちは二度と元には戻らないように、完全に心を破壊し尽くしたのだろう。
どっちにしてもふざけているとしか言えないが、一つ言えるとしたら、それは……
「昔のこの秘密を守ろうとした誰かが用意した魔術具でな、使ったやつの心を壊して、まともな思考ができねえようにすんだよ。そうすれば、『儀式で疲れているところを偶然賊に襲われて心を病んでしまった哀れな女』の出来上がりだ。秘密はもれねえ。全員平和でいられる。……犯された女とその家族以外はな」
自分たちの都合で誰かの心をいじるような、そんな奴がいるとしたら、それは単なるクズだってことだ。
「……全く。クソったれだぜ」
ウォルフは疲れ切ったような表情をして自嘲げに笑っている。
「そんなもん見たくねえ。見せんじゃねえってんだよ。それで思った。神獣はまだイリンの存在に気づいてねえ。イリンがいなくなりゃあ俺は今まで通りの生活を送れるってよ」
「だから誘拐犯を手引きしたのか」
「ああ。誘拐されてくれりゃあ、そのあとはどうなるか想像できても、俺が直接クソったれな光景を見なくて済むからな」
……目の前にいるこの男は、本当に俺の知っているウォルフなのだろうか?
「それに、本当に拐われるかどうか不確実な方法を取ったのも、自分の手は汚さずに、俺は悪くねえって言い訳ができるようにするためだ」
懺悔するかのように話しているその姿はあまりにも弱々しく、到底同じ人物だとは思えなかった。
「拐われたガキどもの数が多かったのは予想外だったし、拐われた後で死んだのも予想外だったがな。……んで、ガキどもが拐われた後になって気がついた。俺は何をしてんだよってな。……全くよぉ……ふざけんじゃねえってんだ」
ウォルフは片手で顔を覆い隠すが、その指の隙間からでもウォルフが顔を歪めているのがわかった。
ウォルフとしてはイリンだけがいなくなればよかった。なのに他に何人も拐われて、そして全て終わった後で気がついた。自分のやったことの重大さに。
しかもさらわれた子供達はイリン以外全員死んだ。
それは後悔してもしきれるものではないだろう。
「……そんな罪滅ぼしのために……いや、ちげえな。自己満足のために神獣に挑んでみたが、まあ結果はご覧の有様だ」
「そんな事で罪滅ぼしになるとでも──」
「思っちゃいねえよ。言ったろ、自己満足だって。それに気に入らなきゃ殺してもいいとも言ったはずだ」
その目には覚悟と後悔が入り混じっており、ウォルフがその場しのぎで言っているのではないのだと理解できる。
だが、今の話には一つ疑問がある。話そのものというか、なぜウォルフがこの話を今したのか、だが。
「なんでその話を今した? ずっと隠しておいてもよかったじゃないか」
「……疲れたんだ。隠し続ける事によぉ」
その言葉を聞いた瞬間に腕の中にいるイリンから抵抗を感じたが、俺は離さないようにしっかりと力を入れる。
友人が死ぬ理由を作った相手が、疲れたからという理由で全てを諦める。それは実際に拐われた者として、死んだ者の友として、許せることではないのだろう。
だがウォルフはそんなイリンを見たまま更に口を開く。
「それともう一つだ。二日後……今からだともう明日になんのか。明日中に神獣のところにイリンを連れて行かなきゃ、やつはここに来る。イリンを拐いにな」
その言葉を聞いた途端、俺もイリンも動きを止めた。
今のウォルフの話が本当だとしたら二日後……明日には神獣が来る。それも、イリンを拐うために。
……ウォルフに嘘をついている様子は感じられない。なら、本当なのだろう。
本当に、神獣が来る。
「……俺じゃあどうにもなんなかった。何もできずに、ただ遊ばれて終わりだった。遊びにすらなずに終わった」
ウォルフはそう言うと、今までの楽な体勢から呻き声を上げながらも姿勢を正し、そして地面に頭を擦り付けた。
「頼む。こんなみっともねえ話を聞かせて、その上、里のモンじゃねえお前に頼むのは恥さらしもいいとこだ。だがっ、どうか頼む! あいつを倒してくれ!」
腕の中のイリンを見ると、イリンは不安そうに俺のことを見上げていた。
もとよりやることは決まっていたが、そんなイリンの様子を見て更に俺の意思は固まった。
「まかせろ。全力で叩き潰してやる」
「ああ。──ありがとう」
それだけ言うと、ウォルフは限界が来たのか気を失って倒れた。
……俺は何をしてでもイリンを守ると決めたんだ。たとえ神獣と呼ばれる存在であったとしても、絶対に奪わせやしない。
俺が答えを出す前に、待ちきれなくなったのかウォルフがそう答えを言った。
だが、俺はその言葉を理解するのに暫しの時間が必要だった。
「……お前、何言ってんだ?」
「まあそういう反応だよな。俺だってふざけてると思う」
心を壊すってことは、環や王国に残して来た海斗くんや桜ちゃんのように、魔術で精神を弄るということだろう。薬でもできるだろうが、まあこの世界においては魔術を頼った方が確実だろう。
ここの被害者は海斗くん等のようにある程度の意識を残すことすらしない。
どっちがいいかと言われれば、どっちもお断りだとしか言えないが、海斗くんたちの場合はまだ元に戻る可能性がある。
だがウォルフの言葉からして、適合者の者たちは二度と元には戻らないように、完全に心を破壊し尽くしたのだろう。
どっちにしてもふざけているとしか言えないが、一つ言えるとしたら、それは……
「昔のこの秘密を守ろうとした誰かが用意した魔術具でな、使ったやつの心を壊して、まともな思考ができねえようにすんだよ。そうすれば、『儀式で疲れているところを偶然賊に襲われて心を病んでしまった哀れな女』の出来上がりだ。秘密はもれねえ。全員平和でいられる。……犯された女とその家族以外はな」
自分たちの都合で誰かの心をいじるような、そんな奴がいるとしたら、それは単なるクズだってことだ。
「……全く。クソったれだぜ」
ウォルフは疲れ切ったような表情をして自嘲げに笑っている。
「そんなもん見たくねえ。見せんじゃねえってんだよ。それで思った。神獣はまだイリンの存在に気づいてねえ。イリンがいなくなりゃあ俺は今まで通りの生活を送れるってよ」
「だから誘拐犯を手引きしたのか」
「ああ。誘拐されてくれりゃあ、そのあとはどうなるか想像できても、俺が直接クソったれな光景を見なくて済むからな」
……目の前にいるこの男は、本当に俺の知っているウォルフなのだろうか?
「それに、本当に拐われるかどうか不確実な方法を取ったのも、自分の手は汚さずに、俺は悪くねえって言い訳ができるようにするためだ」
懺悔するかのように話しているその姿はあまりにも弱々しく、到底同じ人物だとは思えなかった。
「拐われたガキどもの数が多かったのは予想外だったし、拐われた後で死んだのも予想外だったがな。……んで、ガキどもが拐われた後になって気がついた。俺は何をしてんだよってな。……全くよぉ……ふざけんじゃねえってんだ」
ウォルフは片手で顔を覆い隠すが、その指の隙間からでもウォルフが顔を歪めているのがわかった。
ウォルフとしてはイリンだけがいなくなればよかった。なのに他に何人も拐われて、そして全て終わった後で気がついた。自分のやったことの重大さに。
しかもさらわれた子供達はイリン以外全員死んだ。
それは後悔してもしきれるものではないだろう。
「……そんな罪滅ぼしのために……いや、ちげえな。自己満足のために神獣に挑んでみたが、まあ結果はご覧の有様だ」
「そんな事で罪滅ぼしになるとでも──」
「思っちゃいねえよ。言ったろ、自己満足だって。それに気に入らなきゃ殺してもいいとも言ったはずだ」
その目には覚悟と後悔が入り混じっており、ウォルフがその場しのぎで言っているのではないのだと理解できる。
だが、今の話には一つ疑問がある。話そのものというか、なぜウォルフがこの話を今したのか、だが。
「なんでその話を今した? ずっと隠しておいてもよかったじゃないか」
「……疲れたんだ。隠し続ける事によぉ」
その言葉を聞いた瞬間に腕の中にいるイリンから抵抗を感じたが、俺は離さないようにしっかりと力を入れる。
友人が死ぬ理由を作った相手が、疲れたからという理由で全てを諦める。それは実際に拐われた者として、死んだ者の友として、許せることではないのだろう。
だがウォルフはそんなイリンを見たまま更に口を開く。
「それともう一つだ。二日後……今からだともう明日になんのか。明日中に神獣のところにイリンを連れて行かなきゃ、やつはここに来る。イリンを拐いにな」
その言葉を聞いた途端、俺もイリンも動きを止めた。
今のウォルフの話が本当だとしたら二日後……明日には神獣が来る。それも、イリンを拐うために。
……ウォルフに嘘をついている様子は感じられない。なら、本当なのだろう。
本当に、神獣が来る。
「……俺じゃあどうにもなんなかった。何もできずに、ただ遊ばれて終わりだった。遊びにすらなずに終わった」
ウォルフはそう言うと、今までの楽な体勢から呻き声を上げながらも姿勢を正し、そして地面に頭を擦り付けた。
「頼む。こんなみっともねえ話を聞かせて、その上、里のモンじゃねえお前に頼むのは恥さらしもいいとこだ。だがっ、どうか頼む! あいつを倒してくれ!」
腕の中のイリンを見ると、イリンは不安そうに俺のことを見上げていた。
もとよりやることは決まっていたが、そんなイリンの様子を見て更に俺の意思は固まった。
「まかせろ。全力で叩き潰してやる」
「ああ。──ありがとう」
それだけ言うと、ウォルフは限界が来たのか気を失って倒れた。
……俺は何をしてでもイリンを守ると決めたんだ。たとえ神獣と呼ばれる存在であったとしても、絶対に奪わせやしない。
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