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イリンと神獣
362:里の成り立ち
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自分たちの先祖は人間だった。
そう言ったウォードの姿を見るが、その姿はどう見てもただの人間ではない。それは娘のイリンや妻のイーヴィン達を見れば明らかだ。
どこかで人間の血が混じったという意味であるのなら先祖が人間だったという言葉も正しいのかもしれないけど、今の言葉はそういう意味ではないのだろう。
俺はわけが分からずにウォードの言葉の意味を考えていると、ウォードが次の言葉を話し出した。
「人間だった俺たちの先祖が、神獣から力を与えられることで今のような姿に変わったんだ」
「そんな事が、あるのか?」
「ある。実例が俺たちだ。よく思い出してみろ。俺たちは人間に獣の耳と尻尾を足したような見た目をしているが、他の場所に住んでいる者たちのように、この里に二足歩行の獣のような見た目のやつはいたか?」
「……いや、いないな」
獣人にはイリン達みたいに耳や尻尾だけの獣人と、ぬいぐるみが二足歩行しているような見た目の獣人とで二種類いる。
街では入り混じって見かけだが、そういえばこの里では前者──半獣人とでも呼べる、耳や尻尾だけの特徴が現れている方しか見ていない。
「そもそもおかしいと思わなかったか? この世界には種族の違うもの同士での子供は、必ず両親のどちらかの種族として生まれる」
それは知っている。この世界は異種族間でも『人』とされているもの同士であれば子供をなすことはできる。だが、ハーフというものが存在しない。必ず既存の種族として生まれるのだ。
「だというのに、俺たちは人間と獣人の両方が混じった半端な見た目をしている。これはおかしなことじゃないか?」
……言われてみれば確かに、とも思う。この世界ではハーフは産まれない。だとしたら今俺の目の前にいる、二足歩行の獣のような獣人と人間の中間ような存在のウォード達は、どうやって生まれた?
「……いや待て。だがお前達以外にも街では同じような奴は見かけたぞ?」
しかしだ。確かに割合で言えば獣姿の獣人の方が多かったかもしれない。だが、目の前にいるウォード達のような耳や尻尾だけが現れた半獣人がいなかったわけではないのだ。
「それは当然だ。神獣は、ここ以外にも存在しているのだからな。同じような者がいてもおかしくはない」
……ああそうか。最初に言っていた神獣の力によって人が獣人になるというのなら、それは神獣の数だけウォード達と同じような獣人がいるってことか。
でも、だったとして、それが今回の件とどう関係あるんだ?
ウォードやイリンの先祖が人間で、神獣の力によって半獣人化したってのは、まあわかった。
だがそれがわかったところで、ウォルフがあんな表情をしながら出て行った理由がわからない。
「……数百年前、俺たちの先祖はこの辺りに現れた魔物を倒しに討伐隊を編成した」
俺がそう悩んでいると、ウォードは徐ろにそう話し始めた。
「その魔物は強力で、百人以上いたはずの討伐隊は壊滅。生き残ったのはその中の十人程度だそうだ」
百人が戦っても倒せない相手か……
……ああ。なら、この辺りにはその魔物が封印されていて、その生贄が必要だとかそんな話か?
だとしたら、そのための生贄にイリンが選ばれて、神獣のところに呼び出された? もしそうなんだとしたら、ふざけてるとしか言えない。そんなもん、許すはずが……ん?
……待て。ちょっと待てよ。神獣って、神獣という存在を知らない者から見ればただの強力な魔物じゃないか? もしイリンが生贄なんだとしたら、その捧げる強力な魔物って、それは……
「……だが、それだって運良く生き残ったわけではない。その者たちは『生き残らされた』んだ」
俺の考えをよそにウォードは話を続ける。その表情は感情をのせまいとしているのか無表情だが、拳はプルプルと震えている。
そんなあまりに普段の様子とはかけ離れたウォードの様子を見て、俺は頭に浮かびあがりかけた答えを捨てて、ウォードの話に意識を傾ける。
「討伐対象だった魔物は、なにを思ったのか討伐隊の中にいた女を襲い、犯した。普通なら魔物と人の間に子供はできないはずだが、その時は違った。討伐隊の中の一人が子を孕み、それを育てるために必要だからと生き残った他の者達も生かされた。そんな奴らが作ったのが、この里の始まりだ」
今ウォードのしている話は今回の騒ぎに関わっているはずだ。だとしたら、この話も里に関わっていなくてはおかしい。
だがそうなると……
「そしてその生かされた人間達は魔物の力を分け与えられ、その体を変異させた。そして、産まれた子は普通の人間よりも強靭な体を持ち、その魔物の特徴をもって生まれた」
「待て。それじゃあその魔物ってのは……」
「そうだ。俺たちの里が祀っている神獣だ」
感情をのせずにはき出されたその言葉に、俺は目を見開き驚愕をあらわにする。
俺が会ったことのある神獣はイリンの怪我を治してもらったスーラだけだったが、親切で話のわかるいい奴だったので、俺は神獣全体が善性の存在だと思い込んでいた。
「神獣と呼ばれるようになったその魔物は、自身の力を他者に分け与え、分けた者の中で成長したその力を回収することを目的としているようだ。ひとえに、自身が強くなるというためだけの理由で」
だが、ここの神獣は……話を聞いた限りだが、仲良くなれない、いや、仲良くしたいと塵ほども思えないほどに下衆な奴のようだ。
「クソだな……」
「ああ。俺もそう思うよ」
特に何も考えず、つい口からこぼれた言葉にウォードが同意した。
でもそうか。今のウォードの話でこの里の成り立ちが分かった。
だが、ウォードは最初に里の者でもこの話を知っている奴はいないと言っていた。自身の妻にも言っていないくらいなんだからそれは本当なんだろう。
しかし、それほどまでに大事なことなら、いくら俺がまだ里の仲間じゃないから話したところで掟破りにはならないからといって、そう簡単に話していいことでもないはずだ。なのになんで……
「……でも、その女性だっていつまでも生き続けるわけじゃない。だから、いつかは俺たちに神獣が飽きて、手放すことを先祖は願った。だが、どうやら俺たちの中には稀にその女性と同じように、神獣の……魔物の子を埋めるものが生まれるらしい。『適合者』と神獣が呼んでいるその者は、成人すると神獣の子を産まされる」
なんで今その話を俺にする。イリンが大変かもしれないこの状況で、なんでそんな話をしてるんだよ。
「……おい待て。なんでその話を今する? 今はイリンの話だろ? その話は──」
「イリンがその『適合者』だ」
そう言ったウォードの姿を見るが、その姿はどう見てもただの人間ではない。それは娘のイリンや妻のイーヴィン達を見れば明らかだ。
どこかで人間の血が混じったという意味であるのなら先祖が人間だったという言葉も正しいのかもしれないけど、今の言葉はそういう意味ではないのだろう。
俺はわけが分からずにウォードの言葉の意味を考えていると、ウォードが次の言葉を話し出した。
「人間だった俺たちの先祖が、神獣から力を与えられることで今のような姿に変わったんだ」
「そんな事が、あるのか?」
「ある。実例が俺たちだ。よく思い出してみろ。俺たちは人間に獣の耳と尻尾を足したような見た目をしているが、他の場所に住んでいる者たちのように、この里に二足歩行の獣のような見た目のやつはいたか?」
「……いや、いないな」
獣人にはイリン達みたいに耳や尻尾だけの獣人と、ぬいぐるみが二足歩行しているような見た目の獣人とで二種類いる。
街では入り混じって見かけだが、そういえばこの里では前者──半獣人とでも呼べる、耳や尻尾だけの特徴が現れている方しか見ていない。
「そもそもおかしいと思わなかったか? この世界には種族の違うもの同士での子供は、必ず両親のどちらかの種族として生まれる」
それは知っている。この世界は異種族間でも『人』とされているもの同士であれば子供をなすことはできる。だが、ハーフというものが存在しない。必ず既存の種族として生まれるのだ。
「だというのに、俺たちは人間と獣人の両方が混じった半端な見た目をしている。これはおかしなことじゃないか?」
……言われてみれば確かに、とも思う。この世界ではハーフは産まれない。だとしたら今俺の目の前にいる、二足歩行の獣のような獣人と人間の中間ような存在のウォード達は、どうやって生まれた?
「……いや待て。だがお前達以外にも街では同じような奴は見かけたぞ?」
しかしだ。確かに割合で言えば獣姿の獣人の方が多かったかもしれない。だが、目の前にいるウォード達のような耳や尻尾だけが現れた半獣人がいなかったわけではないのだ。
「それは当然だ。神獣は、ここ以外にも存在しているのだからな。同じような者がいてもおかしくはない」
……ああそうか。最初に言っていた神獣の力によって人が獣人になるというのなら、それは神獣の数だけウォード達と同じような獣人がいるってことか。
でも、だったとして、それが今回の件とどう関係あるんだ?
ウォードやイリンの先祖が人間で、神獣の力によって半獣人化したってのは、まあわかった。
だがそれがわかったところで、ウォルフがあんな表情をしながら出て行った理由がわからない。
「……数百年前、俺たちの先祖はこの辺りに現れた魔物を倒しに討伐隊を編成した」
俺がそう悩んでいると、ウォードは徐ろにそう話し始めた。
「その魔物は強力で、百人以上いたはずの討伐隊は壊滅。生き残ったのはその中の十人程度だそうだ」
百人が戦っても倒せない相手か……
……ああ。なら、この辺りにはその魔物が封印されていて、その生贄が必要だとかそんな話か?
だとしたら、そのための生贄にイリンが選ばれて、神獣のところに呼び出された? もしそうなんだとしたら、ふざけてるとしか言えない。そんなもん、許すはずが……ん?
……待て。ちょっと待てよ。神獣って、神獣という存在を知らない者から見ればただの強力な魔物じゃないか? もしイリンが生贄なんだとしたら、その捧げる強力な魔物って、それは……
「……だが、それだって運良く生き残ったわけではない。その者たちは『生き残らされた』んだ」
俺の考えをよそにウォードは話を続ける。その表情は感情をのせまいとしているのか無表情だが、拳はプルプルと震えている。
そんなあまりに普段の様子とはかけ離れたウォードの様子を見て、俺は頭に浮かびあがりかけた答えを捨てて、ウォードの話に意識を傾ける。
「討伐対象だった魔物は、なにを思ったのか討伐隊の中にいた女を襲い、犯した。普通なら魔物と人の間に子供はできないはずだが、その時は違った。討伐隊の中の一人が子を孕み、それを育てるために必要だからと生き残った他の者達も生かされた。そんな奴らが作ったのが、この里の始まりだ」
今ウォードのしている話は今回の騒ぎに関わっているはずだ。だとしたら、この話も里に関わっていなくてはおかしい。
だがそうなると……
「そしてその生かされた人間達は魔物の力を分け与えられ、その体を変異させた。そして、産まれた子は普通の人間よりも強靭な体を持ち、その魔物の特徴をもって生まれた」
「待て。それじゃあその魔物ってのは……」
「そうだ。俺たちの里が祀っている神獣だ」
感情をのせずにはき出されたその言葉に、俺は目を見開き驚愕をあらわにする。
俺が会ったことのある神獣はイリンの怪我を治してもらったスーラだけだったが、親切で話のわかるいい奴だったので、俺は神獣全体が善性の存在だと思い込んでいた。
「神獣と呼ばれるようになったその魔物は、自身の力を他者に分け与え、分けた者の中で成長したその力を回収することを目的としているようだ。ひとえに、自身が強くなるというためだけの理由で」
だが、ここの神獣は……話を聞いた限りだが、仲良くなれない、いや、仲良くしたいと塵ほども思えないほどに下衆な奴のようだ。
「クソだな……」
「ああ。俺もそう思うよ」
特に何も考えず、つい口からこぼれた言葉にウォードが同意した。
でもそうか。今のウォードの話でこの里の成り立ちが分かった。
だが、ウォードは最初に里の者でもこの話を知っている奴はいないと言っていた。自身の妻にも言っていないくらいなんだからそれは本当なんだろう。
しかし、それほどまでに大事なことなら、いくら俺がまだ里の仲間じゃないから話したところで掟破りにはならないからといって、そう簡単に話していいことでもないはずだ。なのになんで……
「……でも、その女性だっていつまでも生き続けるわけじゃない。だから、いつかは俺たちに神獣が飽きて、手放すことを先祖は願った。だが、どうやら俺たちの中には稀にその女性と同じように、神獣の……魔物の子を埋めるものが生まれるらしい。『適合者』と神獣が呼んでいるその者は、成人すると神獣の子を産まされる」
なんで今その話を俺にする。イリンが大変かもしれないこの状況で、なんでそんな話をしてるんだよ。
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