上 下
319 / 499
イリンと神獣

360:呼び出し

しおりを挟む
「よう、おめでとう! 儀式ん時は手加減しねえからな!」

 そう言ったのはイリンの兄の一人であるエルロンだ。
 エルロンの他にも何人もの里の者が俺の周りに集まり、声をかけてくる。

 今俺は、イリンと環と離れて一人で里の訓練場までやって来ていた。
 俺たちの誓いの儀式の準備が始まってから今日で五日が経過し、その間に里にいる全員に話は通ったようで、俺はどこに行っても視線の的となっていた。

 なのであまり外を出歩きたくないのだが、女側と違ってなにも用意することのない男側は、儀式の時までしっかりと訓練をしておくというのが一応準備になるらしい。
 まあ、明確にそうと決まっているわけではないのだが、みんな儀式ですぐにやられるのが嫌だと言って修練しているそれが習慣化したのだという。

 確かに、殴り合いが始まって一撃でやられたらかっこ悪い。いくら問題がないとは言っても、好きな人の前で少しも見せ場がないと言うのは堪えるものがあるだろう。
 俺だってここの人たちに身体能力に劣るとはいえ、なにもせずに終わるのは嫌だ。

「うぎぎぎ……どうしてあんな奴に……」

 そんなわけで少しでも生き残れるように訓練場にいる人たちに稽古をつけてもらうことになったのだが、そこにはイリンのことが大好きなイーラがいた。
 どうやらイリンに足を折られてもその愛情は衰えることはないらしく、初日の夕食で叫んだあとは、こうして俺を見るたびに修羅のような形相で俺を見ている。
 幸いなのは俺に手を出すことはないことだが、このままでは儀式の時にボコボコにされる気がする。




「おうおう、やってんなあ」
「ウォルフ」

 その場にいた人達に協力してもらって訓練をしていたのだが、そろそろ終わりにするかなと思っているとウォルフが悠々とやってきた。
 どうやら本当に儀式の準備はウォードに一任しているらしく、こう言う時に取り仕切るはずの長だというのにウォルフは暇らしい。

 もう終わりにしようと考えていたところなので、丁度いいと思い俺は訓練相手になってくれた人たちに礼を言ってから帰路に着くことにした。

「おう。どうだよ、調子は」
「あー、やっぱきついな。これでも王国の騎士相手だと魔術なしでもそれなりに戦えたんだけど、ここの奴ら相手だと、なかなか勝てねえわ」
「はんっ、集団で敵をボコることを前提に鍛えてる奴らと比べんな」
「みたいだな」

 ──ァォォォォォォォ……

 そうしてウォードの家に帰りながら話していると、どこからか犬の遠吠えのような音が聞こえた。
 音の聞こえた方へ振り向いたが、その方向には森しかない。それも街道に出る方向じゃなくて、もっと森の奥に向かう方向だ。

 その音には覚えがあった。今回この里にきた時もそうだが、ここの人たちは遠吠えをして連絡している。それは普段は使わず緊急時や急ぎの時にしか使わないらしいが、それが今聞こえたと言うことはなにかしら問題があったのだろうか?

「……今のは遠吠えか? もしかして何かあった──」

 そう思ってウォルフへと向き直ったのだが……

「あの野郎。諦めてなかったのか……」

 そう言ったウォルフの表情は強い怒りと嫌悪。それと……悔しさ、だろうか? そんないろんな感情が入り混じった複雑なものだった。

「おいウォルフ。なにがあった?」
「……イリンはどこだ。家にいんのか?」
「あ? ああ。今は準備で飾りを作ってるはずだけど……」
「そうか」

 俺の問いに答えることなくが逆に問い返してきたウォルフは、短くそれだけ言うと走り出した。

「あ、おいっ! どうしたってんだよ」
「……」

 突然走り出したウォルフの背を追って俺も走るが、相変わらず俺の問いに答えてはくれない。

「イリン!」

 そうして辿り着いたのはウォードの家。ウォルフは家に着くと乱暴に玄関の扉をあけて大声でイリンをよんだ。

「長。先ほどのは……」

 だが、自室に篭って誓いの儀式用に飾りを作っていたはずのイリンは、なぜか環やイーヴィンたちとともにリビングにいた。

「俺が確認してくる。お前は来んな。いいか。絶対に来るんじゃねえぞ」
「ですが、あれは私を……」
「お前は来んなつったんだ。里の奴らを守んのは俺の役目だ。今度は見捨てねえ。今度こそ守ってやる。お前は誓いの準備をしてりゃあいいんだ」

 まるで自分に言い聞かせるかのように呟くウォルフ。
 その様子は何か覚悟を決めたように見え、なんでそんな顔をする理由がわからない俺は不安を感じながらイリンへと視線を向けた。

「ウォルフ!」

 そんな時、開けっぱなしだった玄関からウォードが息を切らしながら駆け込んできた。

「来たな。……おいウォード! 前にした話、忘れてねえだろうな」
「前だと? ……お前、まさか……」
「忘れてねえかって聞いてんだ」
「…………ああ」
「なら、あとは任せた」

 ウォルフはそれだけ言うと道を塞ぐ位置に立っていたウォードを強引にどけて歩き出す。

「おい、どこ行くんだよ」

 だがそれは、まるでこれから死地に行くように思えてしまった俺はその肩を掴んで止める。

「……アンドー。……ああ、ちっと我らが神獣様に呼び出されてな。行ってくらぁ」

 俺に肩を掴まれ歩みを止められたウォルフは、さっきまでの顔を消していつものように楽しげに笑ってそう言った。

「心配すんな。そう何日も離れた場所にあるわけじゃねえんだ。何か問題があったところで、お前らの誓いには間に合うさ」

 肩に置かれた俺の手を払い除けて再び前を向いたウォルフ。

「イリンのこと、目を離すんじゃねえぞ」

 小さく呟くようにそう言って出て行ったウォルフは、翌日になっても帰ってこなかった。
しおりを挟む
感想 314

あなたにおすすめの小説

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【創造魔法】を覚えて、万能で最強になりました。 クラスから追放した奴らは、そこらへんの草でも食ってろ!

久乃川あずき(桑野和明)
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ『面白スキル賞』受賞しました。 2022年9月20日より、コミカライズ連載開始です(アルファポリスのサイトで読めます) 単行本は現在2巻まで出ています。 高校二年の水沢優樹は、不思議な地震に巻き込まれ、クラスメイト三十五人といっしょに異世界に転移してしまう。 三ヶ月後、ケガをした優樹は、クラスメイトから役立たずと言われて追放される。 絶望的な状況だったが、ふとしたきっかけで、【創造魔法】が使えるようになる。 【創造魔法】は素材さえあれば、どんなものでも作ることができる究極の魔法で、優樹は幼馴染みの由那と快適な暮らしを始める。 一方、優樹を追放したクラスメイトたちは、木の実や野草を食べて、ぎりぎりの生活をしていた。優樹が元の世界の食べ物を魔法で作れることを知り、追放を撤回しようとするが、その判断は遅かった。 優樹は自分を追放したクラスメイトたちを助ける気などなくなっていた。 あいつらは、そこらへんの草でも食ってればいいんだ。 異世界で活躍する優樹と悲惨な展開になるクラスメイトたちの物語です。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。