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王国との戦争

309・イリン:話し合い

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「……それで、何から話すのかしら」

 ご主人様……アキト様が心配そうに見ながら部屋をそっと出ていくと、タキヤタマキと名乗った目の前の女性がそう語りかけて来ました。
 その表情は何も表さず、その瞳は暗く淀んでいます。先ほどまではアキト様が居られたから隠していたようですが、いなくなったこの場では隠す必要がなくなったということでしょう。

 ……まあ、それは私も同じですが。

 私も自身の頭がいつになく冷えていくのが分かります。

「そうですね……では、改めて自己紹介をしましょうか」

 けれど、それでも私は出来る限り笑顔で対応します。だって、見られていないとしても、あの方の横に立つのに相応しくないことはしたくないから。

「私はイリン・イーヴィン。先ほども申し上げた通り、アキト様に仕えております」
「そう。私は滝谷環。彰人さんと同じ世界から来た勇者よ。はじめまして、ではないわよね?」
「はい。以前私がアキト様と初めてお会いした時に、お会いしました」

 アキト様に助けていただいたあの時のことは今でもハッキリと覚えている。
 無関係の私を助けるために焦った表情で走るあのお姿は、今でも鮮明に思い出せます。
 ああ……なんてかっこいいのでしょうか。

 ……違いました。確かにとてもかっこよく大切な思い出だというのは否定しませんが、今重要なのはそちらではありません。

 けれど、正直に言うとアキト様以外の者はほとんど覚えていないのです。まあ多少はどんな者がいたとかなら覚えていますが、あの時はそれどころではなかったのでほとんど覚えていない、で間違っていないでしょう。

 とはいえ、私は目の前にいるこの女を知っている。
 アキト様が悩みながらも助けようとした存在──勇者。
 あの方はご自身が助けようとしていた存在について時折話してくださっていたから。

 だけど、私がこの女を知っている理由はそれだけじゃない。

 アキト様を追ってお城まで行きそのお姿を眺めている時、事あるごとにこの女がアキト様のお側にいた。

 だから、側にいる者がどんな存在なのかを調べた。それがこの女。
 他にも女性はいたけど、それは特に調べる必要がないと判断したから大まかな事しか調べていない。

「あなたはどうして彰人さんと一緒にいるの? あの後、故郷に帰ったんじゃなかったの?」

 そう言ったこの女性は貼り付けたような無表情。
 どうやら私が調べた時やアキト様がお話ししてくださった様子と違っていますが、まあそういうこともあるでしょう。

「アキト様に恩返しをするためです」
「恩返し、ね……。けど、それだけじゃないようにも思えるのだけれど?」
「はい。そうですね。私はアキト様のことを愛しています」

 あの方は私がアキト様を救ったとおっしゃられますが、逆です。私の方が先に救っていただいた。

「命を救ってもらった。無理やり連れて行かれ敵しかいなかったあの場所で、何の見返りを求める事なく救っていただいた」

 それが私にとってどれほど大事なことだったのか、あの方はご理解されていないでしょう。

「そこに恋心を抱いてもおかしくはないとは思いませんか?」
「……そうね。それは私にも理解できるわ」

 あの時のことを思い出すだけで私は幸せな気持ちになれる。
 そして私は助けられた時のことを思い出して、フッと笑ってしまいました。

「それに今では、私はあの方から愛されているという自覚がありますから。離れるなどありえません」
「……愛されている? それはあなたの思い込みじゃないのかしら?」
「……もしかしたら、そうかもしれませんね」

そう。タマキが言ったように、愛されているというのは私の勘違いなのかもしれない。
あの方は「起きたら正式に気持ちを告げる」と言っていたけれど、それは私に直接ではない。もしかしたらあの言葉は私を気遣って言っただけのことなのかもしれない。
だから、私がそう思い込んでいるだけという可能性は否定しきれない。

けど、もしそうだったとしても……私はそれでも構わない。私があの方を愛しているという事実は変わらないのだから。
受け入れてもらえれば嬉しいけど、そうじゃなかったとしても私は絶対に離れない。

「まあ少なくとも、あなたの中では、そうなのでしょう」

 それはそれとして、言われっぱなしというのは嫌なので私はそう言うと、先程とは違う意味を込めてフッと笑います。
 けれどそれが気に食わなかったのか、目の前の女は私の言葉にピクリと反応すると、圧力を感じるほどに魔力を高まらせました。

 それに反応してつい私も戦闘態勢を取ろうとしましたが、それはすんでのところで止めます。

「やめておきましょう」
「……逃げるの?」
「何を言っているのですか? 喧嘩はするな、とアキト様がおっしゃられたのをお忘れですか?」

 言われていなかったら戦いになっていたかもしれないけれど、今はアキト様から「喧嘩はするな」と言われているので戦いません。少なくとも、今は。

「けど、あなたは邪魔なのよ。あなたがいたら、彰人さんは……私を見てくれない。私を愛してくれない」

 暗く淀んだ瞳に更に闇を詰め込み混ぜたような色を灯して私を見つめながらそう言いました。

「だから、私が彰人さんに愛してもらうには、あなたはいちゃいけないの」

 そう言いながら嫌悪感すら感じるほどに濁った感情を私にぶつけるこの女を見て、私は嘆息するしかありませんでした。

「その程度の覚悟だったのですか? ……でしたら期待外れ、と言っておきましょう」

 そう。期待外れ。
 実のところ、私はこの女性に少し、ほんの少しだけ期待していた。

 アキト様の手によって助けられたあの時の私は、ただ側に居られればいい、私以外の誰かがいようとも構わない。そう思っていました。

 恩をお返しして喜んでもらえればそれでいい。だからその先、誰を選ぶか、私のことを選んでくれるかは気にしていなかった。
 ……いえ、気にしていなかったと言うよりも、選んでもらえるとは思っていなかった。

 けれど今は違う。
 醜く浅ましい事だとは自分でも理解している。

 だとしても、それでも私はあの方を私以外の誰にも渡したくはない。私以外の誰の手も取って欲しくない。私以外の誰にも笑いかけて欲しくない。
 誰にも渡さず、私の手によってのみ喜んでいただきたい。
 どこにも行かず、誰とも会わずにずっとずっと一緒にいたい。

 そう思うし、その想いはこれから先もずっと変わらない。
 でも、それを実行したところであの方は心から喜んではくれない。

 私は、私一人であの方を満足させる事が不可能なことだって知っている。だって私はあの方のいた世界の住人じゃないから。
 あの方が時折悩んでいる時があるけれど、それは故郷やこの勇者たちに関すること。
 それほど頑張ったところで、そちら側を知らない私にはその御心をお慰めすることは難しい。

 だから、私以外がそばにいる事になるのは嫌だったけど、本当はあの方の全てを独り占めしたいけど、この者を引き入れることで少しでもあの方が笑っていられるのなら、一緒にいても構わないと思っていた。

 けど、ダメだ。は話にならない。

「あなたは何も分かっていない。どうしようもないほど愚かですね」
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