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王国との戦争

293:帰還の道

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「……どうするかなぁ……」

 俺は環ちゃんを背負いながらそんな事を呟いた。

 現在俺は、陣を引き払い戦場となっていた場所から神獣を祀る里──コーキスの故郷であり恩人……人? ……まあ、恩のあるスーラ達の元へと戻るべく歩いていた。

 そして先ほど呟いた言葉は、これからについてだ。

 俺が戦争に参加した目的である仕返しと勇者の逃亡の手引き。
 完全に成功したとは言い難いが、それでもある程度は達成できた。残り二人の勇者の洗脳の解除と逃亡の手引きはまた機会を見ないと無理だろう。

 だからそっちに関してではなく、俺がどうするかと言ったのは今俺が背負っている環ちゃんの事だ。

 このままイリンのところへ帰ったとしても、それで丸く収まるとは思えない。まず間違いなく何かしら起こるはずだ。

 それは環ちゃんが洗脳を受けているということもあるが、それだけではなく……

「はぁぁ……」

 先のことを考えるとため息しか出てこない。
 とはいえ、助けなければよかったのかというとそういうわけでもない。
 あそこで環ちゃん一人だけでも助け出すことができなければ、今とは違った方向ではあったが悩んでいただろう。
だからそれに比べると、一応俺の手の届く範囲での問題であるのだから良かったとも言えるんだけど……

そんな問いに答えが出せないまま、それでも俺は里へ──イリンの元へと歩き続けるしかなかった。





「もうそろそろ休憩にするか」

 空を見るともう日が暮れており、後少しすると完全に日が沈むだろう。
 完全に日が沈む前にしっかりと野営の準備をする必要がある。

 里から戦場に行くときは夜営なしで辿り着く事ができたが、それはなんの制限もかかっていなかったから出来た事だ。
 今は環ちゃんを背負っているし、それほど乱暴に飛んだり跳ねたりして移動するわけにはいかないのだからその速度は当然遅くなる。

「どこかいい感じの場所は……」

 そう思って野営に適した場所を探すために周りを見回したのだが、周りには平原ばかりで何もない。かなり先には森が見える気がするが、そこまで行っている間に暗くなってしまう。
 なので、かなり中途半端な場所ではあるが仕方がない。

 俺はいつものように目の前に野営用の家を収納から取り出すと、迷う事なくその中に入っていった。

 家の中に入った俺は、中に置いてあったベッドに環ちゃんを降ろす。
 が、未だに意識が戻っていないはずの環ちゃんは俺の服を掴んだまま離そうとしない。

「環ちゃん……」

 それでも俺はそっとその手を剥がし、彼女をベッドに寝かせた。

 どうしようか……

 歩いている最中にも考えていたその考えが、再び俺の脳裏に甦る。

 環ちゃんの洗脳に関しては、もうスーラかグラティースを頼るしかないから、それはまあいいとしよう。

 問題はその後だ。
 もし環ちゃんの洗脳が解けてもあの時のように俺に好意を寄せてくるのなら……

 そう考えて思わず顔を顰めてしまう。

 もちろんというべきか、女の子から自分のことを好きだと言ってもらえるのは男としては嬉しい。
 でも、俺はその気持ちに応える事ができない。
 それに、彼女が俺に抱いている好意は、俺が城にいた時の『演じていた俺』だ。
 あの時の俺は、勇者の子達みんなから好かれようと考えて行動していた。自分の身を守るために。
 有り体に言えば彼女は騙されている。それが心苦しい。
 騙していた本人が思うような事じゃないのかもしれないけどさ。

「……とりあえず、今は夜営の準備を終わらせよう」

 そうして俺は立ち上がり、魔術具を設置するためにいったん家の外に出ていく事にした。

 それが単なる先延ばしでしかないと知っていても。




 昨夜適当に魔術具を設置して周囲の安全を確保した後は、食事をとってすぐに寝た。
 久しぶりのまともなベッドだったからか、眠気はすぐにやってきて今に至るまでしっかりと眠ってしまった。

「それにしても、全然目を覚まさないな、環ちゃん」

 同じ部屋の中にあるベッドに寝かせたはずの環ちゃんは、未だに起きることなく眠ったままだ。

 本来の薬の効果であれば、一日で目が覚めるはずだった。
 なのに、俺が彼女を眠らせてからもう丸一日以上の時間が経っている。
 それなのに目を覚まさないって事は、やっぱり薬の量が多かったか。
 まあ当然だよな、あんな使い方をしてれば。

 溺れるほどに無理やり薬を飲まされたんだから、本来の使用量を超えていてもおかしくはない。むしろあれで適正な量だったらある意味すごい。

 ……あの後、二人は大丈夫だっただろうか?

 二人、というのは連れてくるのに失敗した勇者二人の事だ。

 環ちゃんを眠らせたのと同じ方法で眠らせた海斗君も、多分環ちゃんと同じ状況だろう。つまりは眠り続けている。

 そして、一緒にいるはずの桜ちゃんは、魔力の枯渇でおそらく意識を失った。

 二人は勇者だし、恐らくは最優先で撤退させただろうけど、それでも心配だ。

 それに、今回環ちゃんがこっちに来た事で、多分だけど王国の奴らは彼らにもっと強い術を施す可能性もある。
 もしそうだったら、そのときは今度こそ王城に攻め込んで、洗脳の魔術の核となっているであろうあの老魔術師を殺さないとダメだろうな。

 王城を消すだけなら簡単なんだけど、それでどうにかなるとも思えないしなぁ……。

 ……まあ、それについてはその時になってみないとわからないか。

 まずは今手元にいる環ちゃんだけでも対処に迷ってるんだから、そっちをどうにかしちゃわないと。

「……そういえば、王国のあの壁。あれってしまえのか?」

 ふとそんなことを思いついた。
 流石に国を囲う壁全部を一気にってのは難しいと思うけど、それでも一部だけでもしまう事ができるんだったら、いつか手札の一つとして使えるかもしれないんだけどな……。

「でも、試すわけにはいかないよな?」

 もしそんなことをしてバレれば、王国がどんな行動に出るかわからない。

「ま、やらないでおいた方が無難か。いざという時の可能性の一つくらいに思っておこ──っ!」

 そう考えに結論をつけようとしたところで、周囲に張り巡らせた警戒用の魔術具が音を放つ。

「くそっ! なにがっ!?」

 魔術具が発動した方向に探知を広げ、引っかかった存在を確認する。

「なんだこれ?」

 探知に引っかかったのは、こちらに猛スピードで走ってくる四足の獣のように見えなくもない『ナニカ』だった。

 その正体はなんなのかわからないが、それでもそのままここにいるわけにはいかない。ここには環ちゃんが眠っているんだから。

 防御用の魔術具を環ちゃんの周りに設置して外に出ると、『ナニカ』はすでにかなり側まで近づいており、視界を遮るものも何もないこともあってその姿を肉眼で捉える事ができた。

「イ゛イィリ゛イィィィイィィン!!」

 その『ナニカ』はそう叫びながら止まる事なく、寧ろ更に加速しながら俺へと突っ込んで来た。
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