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治癒の神獣

265:襲撃犯の足掻き

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「ですが実際にアンドーさんの言った通り、それらしき者はいました」
「どうせそいつらは仲間割れでもしたに決まってる!」

 少し前に神獣襲撃犯を回収しにいった人たちが回収を終えて戻って来たのだが、ソーラルはそれでも認めることができないのか、怒鳴り声を上げて否定する。

 ソーラルはチオーナの怒鳴ったあと、周りにいた戦士達に視線を向けて自身の主張を叫び始めた。

「お前らも何してんだよ! そいつはあの狐の手下だぞ!? 信じる要素がどこにあるってんだ!」

 その言葉を聞いて思うところがあったのか、何人かはソーラルの言葉に顔をしかめて俺の事を睨んでいる。こいつらはソーラルと同じようにグラティースに恨みを持っている者だろう。

 後は中立はとでも言うのだろうか? 同じように顔をしかめながらもソーラルのことを見ていたり、俺とソーラルに交互に視線を送り迷いを見せている者もいる。

「聞けばわかるのではないか?」

 そんな中立派の戦士の中の一人が、捕らえた襲撃犯の一人を引き摺って前に出て来た。

「くそっ! 離せ! 離しやがれ!」

 一応捕まえた時に、そのまま死なないように出血を治す程度の回復はさせたみたいが、それでもまだ痛みはあるはずだ。
 だというのに元気に暴れている。暴れたところでどうにもならない事は理解出来ているだろうに。

「てめえら化け物の分際で何してんのかわかってんのかよ! ぶっ殺してやる!」
「黙れ!」

 襲撃犯が叫び続けていると、そいつを連れてきた戦士が襲撃犯の腹に持っていた槍の石突きで一撃をいれた。

「がっ! ぐうぅぅっ……」

 よほどの一撃だったのか、食らった本人は呻き声を上げて蹲ってしまった。

「神子様。どうされますか?」
「そうですね……アンドーさんの話の真偽を確かめるために、尋問する必要がありますね」
「お待ち下さい。里に連れて行くのは危険過ぎ来ます。もし里で自爆でもされたら……」
「待て、それはこの場でやっても同じことだろ? ここで自爆されれば神獣様に害が及ぶぞ」
「ならここから少し離れた場所に行ってから、人数を絞ってお話を聞きましょうか」

 その離れた場所に行くのであろう。あるきだしたチオーナ達の後を追おうとしてのだが、俺は俺の事を睨んでいたソーラルの同類と思わしき戦士に阻まれてしまった。

 だが、はいそうですかと引き下がるつもりはない。そんな事をしたら『敵』の情報がわからないじゃないか。
 こっちは苛立ってるのにわざわざ対応してやってんだ。それぐらい教えてもらわないと割りに合わない。

 というか、そもそもそいつらは俺が捕まえた獲物だ。勝手に連れて行くなんて許さない。

「待ってくれ。ならこれを使ってくれ」

 とはいえ、いかに苛立っているとは言っても、ここで全員を相手にして戦ってもいい事はないということぐらい分別はつく。

 だから、収納の中から何度か使ったことのある魔術具を取り出し、チオーナ達に差し出した。

「これは?」

 移動を止めたチオーナは、振り返り俺の手の中にあるものに視線を向けて問いかけてきた。

「嘘感知の魔術具だ。それがあれば尋問もいくらか楽になるだろ? そのかわり結果は俺にも教えてもらいたい」
「わかりました。では、ありがたく使わせてもらいます」
「いや。俺も早く結果が知りたいから──」
「おいあんた! あんたは人間だろ!? なんでこんなところにいるのか知らねえが、俺を助けろよ!」

 だが、チオーナ達が魔術具を受け取った後、再び移動を開始する前に捕まっている襲撃犯は俺に向かって叫び、助けを求めた。

 ここのトップであるチオーナと気安く話している人間の俺に取り入ればなんとかなると思ったのだろうか?

「おいっ! くそっ、この裏切り者がっ!」

 裏切ったも何も、最初から味方なんかじゃない。人間というだけでお前らと一緒にするのはやめてくれ。

 そうして襲撃犯のうち三人は悪態をついたり暴れたりして無理やり連れて行かれているが、一人だけ違った。
 今まで捕まってから一言も話していなかったそいつは、何故か知らないが黙ったまま俺の事を訝しげに見ている。

「……黒い髪に黒い目……それに特徴のない顔……勇者?」

 おい待て。言いたい事は色々あるが、その判断の仕方はちょっとむかつくぞ。なんだ、特徴のない顔って。

 だが、そいつの言葉にムッとして反応してしまったのが悪かった。

 自分の言葉が正しいことを確信した襲撃犯は、希望をみつけたと言わんばかりにニヤリと表情を変え、俺に近寄ろうとして走り出した。

 だが、いくら不意を打ったところで、足を怪我している上に縛られている者の動きをここにいる者達が止められないわけがなかった。

 だが再び押さえつけられても諦める気はないようで、男は俺に向かって口を開いた。

「た、助けてください! 殿下はあなたの事を大変心配していらっしゃいました! 我々と共に王国に戻りましょう!」

 ……やってくれる。

 こいつはやっぱり予想通りに王国から来たやつで、『殿下』というのはあの王女の事だろう。

 でも、あの王女が俺のことを心配なんてしているはずがない。俺の持ってる宝を全て賭けてもいい。

 だがたとえ嘘であろうが、こいつはそう言っておけばそれだけで助かる確率が上がる。

 ここで俺が王国の手の者だとこの里の者達に思われてしまえば、この里の者達とは敵対する事になるだろう。
 亜人達を迫害したうえ、言いがかりをつけて戦争をふっかけるような国の王女に面識があるような人物を、亜人の集まりであるこの場所に置いておけるわけがないから。

 チオーナは庇ってくれるとは思うけど、それでも庇い切れはしないだろう。

 で、敵対してここにいられなければ出て行くしかないわけだが、この里を出て行ったとしても黒髪黒目の勇者がこの国にいると知れ渡ったら俺はこの国にはいられない。

 そしてそうなったら、俺は王国に助けを求めて逃げるしかない。その時にうまく受け入れられるための手土産として自分を助けてもらう。

 俺を利用してこの場から逃してもらうように仕向ける。
 詳細は違うかもしれないが、方向性としては似たようなもんだろう。

 実際には居場所がなくなったところでギルド連合国なんかに逃げればいいのだが、こいつは追い詰められすぎてそこまで考えが回っていないようだ。

 ……いや、その可能性は考えてはいるが、それでも少なくともこの場から逃げられさえすればいいのか? まずはここから逃げないとどうしようもないわけだし。

「……おい、お前……」
「そいつが勝手に言っているだけだから連れて行ってくれて構わない」

 まあ、たとえこの里の奴ら全員と敵対したとしても、俺はこの里から離れる気はないが。
 なにせ、イリンがまだ治療中なのだから。

 だが、そんな事情を知らないこいつからすれば、ここの里の者達に俺が王国の者だと思い込ませられれば勝ちだ。
 だから足掻かないわけはないのだろう。男は俺の反応が予想外だったのか驚いてはいるが、それでもなんとかしようと言葉を重ねた。

「ま、待ってください勇者様!」
「勇者だと……?」

 その襲撃犯の言葉で今度こそ全ての戦士達の目が一斉に俺に向いた。

 ……本当に、やってくれるな。
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