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獣人国での冬
233:身分証
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「俺のワクワクを返せよ」
「はい?」
突然の俺の言葉に訳がわからないでいる目の前の男。この国の王であるグラティース。
俺たちは、城へと連行された後牢屋に入れられるかという思っていたのだが、連れて行かれたのは牢屋などとは程遠い場所──この国の王の部屋だった。
まあ、王の部屋とは言っても私室ではなく執務室であったが、それでも牢屋などとは比べものにならない。
多分だが、俺を連れて来た奴等の中にこいつの部下がいたんだろうな。で、そいつがなんらかの方法で俺の状況を連絡した、とかそんな感じだろう。
じゃないと城の奴が俺を引き渡された時に直接ここに連れてこられたことに説明がつかない。
……ちぇっ、せっかくの牢屋に入る機会だったのにな。
「なんでもない。気にしないでくれ」
「そうですか? ……今回は助かりました。国の代表として感謝いたします」
グラティースは先ほどまでの緩んだ態度を消し、一国の王として俺に頭を下げている。
「つきましては、お礼として何か貴方の希望を叶えたいと思います。何かございますか?」
「いや、今回俺はただ知人を助けに行っただけだし、そういうのはいらないんだが……」
「それでは貴方を訴えている貴族の処分で構いませんか? もちろんそれ以外にも何かあれば構いませんが」
いらないって言ったんだが……それに、俺を訴えてる貴族? ……ああ、イリンに叩きのめされて、俺をここまで運んでくれた奴か。特に危険もなかったし、どうでもいいからもう忘れてたよ。
「それってセル……なんとかって奴であってるか?」
「ええ。今回の件は怪しい。自作自演じゃないのか。その上自分に暴力を振るったのだ、と」
その発言、マジで言ってたのか……周りの証言を聞けば間違っているとバレるだろうに。
いや、腐っても貴族。一般人である俺ならどうとでもなると思っているのか?
もしくは、なんらかの狙いがあって、その理由じゃ弱いと分かりつつも押し通して何か事を為そうとしてる、とか?
……ないな。多分本気でどうにかなると思ってるんだろうなぁ……
というか、俺はこれでもこの国最大の大会の優勝者なんだけど、祭りが終わってからはほとんど気づかれた事ないな。そんなに優勝者っぽく見えないのか? 確かに自分に覇気があるとは思ってないけどさぁ……
「聞くに耐えない言い分でしたので、ほとんど聞き流していましたが」
そう言って肩を竦めるグラティース。このままいけば本当にアイツを処分するだろうな。でも、本当にいいのだろうか?
「で、そいつを処分するって? いいのか? 腐っても貴族なんだろ? というかなんであんなのが来たんだ? 今回の件、始まりはギルドの討伐隊じゃなかったか?」
「貴族とは言っても、名ばかりですね。元々この国においての貴族というのは、統治するのにわかりやすい役職でしかありませんから」
「そうなのか?」
「この国が他の国──取り分け人間種の国に対抗するために、バラバラだったの各種族をまとめたもの、というのはご存知でしょうか?」
確かそんな話をどこかで聞いた気がするな……キリーあたりだったかな?
俺が知っていると示すために軽く頷くと、グラティースも一度頷いてから再び話を進めた。
「そのため、他国にも分かりやすいように、同じように『貴族』という役職を与えたのです」
なるほど。国の成り立ちとか各種族の性質的に、貴族制度はちょっと違和感を感じていた。どっちかっていうのなら共和制の方がいいんじゃないかって。けど、人間に対抗するために同じようなものを作ったのか。
「ですが、それも時代が経つごとに人間の考えに侵され、自分たちは選ばれた一族なのだ、などと愚かな考えを抱くものが出てきました」
愚かな考えってのは、人間と同じように、地位だけで自分は偉い、何をしても構わないって思ってるやつだろう。俺に突っかかって来たあの……なんとかって奴みたいに。
「まあ、そんなわけで、貴方に苦情を言っているのはその愚か者の一族なので、私としては消してしまっても問題ないわけです。貴方は、先ほど『腐っても貴族』と仰いましたが、腐っているものを残しておいたところで、周りも腐ってしまうだけですから」
確かにその考えは理解できるが、笑顔のままそいつらを殺す決断をし処分と言い切るこいつは、まさに『王』だった。
「そして、なんでアレが援軍として駆けつけたのか、ですが、そちらも同じような理由です」
「同じようなって言うと、貴族うんぬんってやつか?」
「はいギルドから城に報せが来てからすぐに援軍の準備をしたのですが、兵をまとめる部署の上層部が、今言った腐った貴族でして……」
「あー、なんとなくわかった。つまり、手柄を横取りしようと援軍の指揮権を奪われた?」
「正確には権力を盾に勝手に出撃した、ですね。ですから帰ってきたらなんらかの処罰はするつもりでした」
どのみち最初から詰んでたのか、あいつ。
「これで何事もなく成果を上げていたのなら処分も難しかったですが、実際に助けたのは貴方です。彼らが出ずとも問題はなかった」
片付けたのは俺だが、それは結果だ。もし俺が行かなかったらあの援軍はそれなりに活躍しただろう。
その場合はかなりの人数が犠牲になってただろうから、何事もなくってのは無理だったと思うけど。
「そりゃあ、結果だろ」
「結果が全てですから」
「……まあ、俺にはどうでもいい事だけどな」
「ご理解いただけて幸いです」
そう。あの貴族が処分されようがされまいが、俺にはどうでもいい事。こっちに害がない限りは勝手にしてくれって感じだ。
「……ところで、アレの処分以外にも欲しいものはないですか? あなたの功績を考えると些か報酬が足りないように思えます。元々アレらはその内処理するつもりでしたから」
だがそうは言われても、欲しいものはないんだよな……いや、一個思いついた。
「なら身分を証明する物をもらえないか?」
「身分を証明する物ですか? それはこの国の住人となってくれる、というわけではないですよね?」
「ああ……ムシのいい話だと思うが、今後あの貴族みたいに絡んでくる奴がいないとも限らない。だからその対処のために、と思ったんだが……」
「いいですよ。なんの義務も発生しないように適当な勲章でも渡しましょう」
「……いいのか? そんなに簡単に決めて」
国には所属したくないのに身分を証明するものをよこせ、なんてのは都合が良すぎると思ってる。
ともすれば周りから文句が来ることもあるんじゃないだろうか? だってるのにこんなにに簡単に決めていいのか?
「今回の件で改めて思いましたが、あなたにこの国を嫌われると困りますので」
今回のアンデットの大群を片付けた話を、こいつは信じてるんだな。いやまあ、実際に嘘なんかじゃないんだけど。
だから戦争時に俺が敵にならないようにしたいんだろう。イリンの故郷がこの国についてる限りは敵になるつもりはほとんどないけどな。
「ところで、近日中に城で冬の終わりを宣言する宴が行われますが、参加されますか?」
宴? ああ、そういえば冬が始まる前にも似たようなのをやってたんだっけ? 当然ながら俺は出てないけど。
「いや。そういうのはいい。所詮俺は一般人だからな」
「おや、そうですか。あなたが参加するとあの子が喜ぶのですが……」
その言葉につい顔をしかめてしまうのは仕方ないと思う。だってあの子ってのは、どうせあの赤い王女さま──クーデリアの事だろう? いやだ、会いたくないよ。
「それに、あなたが私と親しいと理解させるために有効な方法だと思ったのですがね。……ですが、強制はしませんよ。ええ」
……なんか言葉に含みを感じるな。俺が頼み事をしたんだから、今度はこっちの頼みを聞けって言われてるように感じるのは気のせいか?
でも、確かにそう言われると、面倒な事を頼んでおいて手伝わないってのはちょっと心苦しく感じないわけではないけど……
「ああ因みに、その時に今回の件の表彰もするので、身分証となるものはその時に渡しましょう」
「どのみち参加することになったじゃないか」
「そうですね。まあ、表彰だけ参加する、という方法もありますし、そうしてもいやならば後ほど別にお渡ししましょう。ですが、食事などもありますし、折角なのでイリンさんと楽しんでみてはいかがですが?」
楽しんで、というのは俺がここにくるまでにイリンに言ったことだ。それを知ってか知らずか分からないが、そう言われては断りづらい。
横にいるイリンも表情が若干緩んでるから、乗り気ではあるんだろうな。
「……狸野郎……」
結局参加することを決めたのは俺だが、それでも一言ぐらいは言ってやりたい。
「狸よりも狐がいいですね。なにせ、私は狐の獣人ですから」
だが俺の言葉はそんな言葉と共に笑顔、それからゆらりと振られた尻尾と耳で返された。
「はい?」
突然の俺の言葉に訳がわからないでいる目の前の男。この国の王であるグラティース。
俺たちは、城へと連行された後牢屋に入れられるかという思っていたのだが、連れて行かれたのは牢屋などとは程遠い場所──この国の王の部屋だった。
まあ、王の部屋とは言っても私室ではなく執務室であったが、それでも牢屋などとは比べものにならない。
多分だが、俺を連れて来た奴等の中にこいつの部下がいたんだろうな。で、そいつがなんらかの方法で俺の状況を連絡した、とかそんな感じだろう。
じゃないと城の奴が俺を引き渡された時に直接ここに連れてこられたことに説明がつかない。
……ちぇっ、せっかくの牢屋に入る機会だったのにな。
「なんでもない。気にしないでくれ」
「そうですか? ……今回は助かりました。国の代表として感謝いたします」
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「いや、今回俺はただ知人を助けに行っただけだし、そういうのはいらないんだが……」
「それでは貴方を訴えている貴族の処分で構いませんか? もちろんそれ以外にも何かあれば構いませんが」
いらないって言ったんだが……それに、俺を訴えてる貴族? ……ああ、イリンに叩きのめされて、俺をここまで運んでくれた奴か。特に危険もなかったし、どうでもいいからもう忘れてたよ。
「それってセル……なんとかって奴であってるか?」
「ええ。今回の件は怪しい。自作自演じゃないのか。その上自分に暴力を振るったのだ、と」
その発言、マジで言ってたのか……周りの証言を聞けば間違っているとバレるだろうに。
いや、腐っても貴族。一般人である俺ならどうとでもなると思っているのか?
もしくは、なんらかの狙いがあって、その理由じゃ弱いと分かりつつも押し通して何か事を為そうとしてる、とか?
……ないな。多分本気でどうにかなると思ってるんだろうなぁ……
というか、俺はこれでもこの国最大の大会の優勝者なんだけど、祭りが終わってからはほとんど気づかれた事ないな。そんなに優勝者っぽく見えないのか? 確かに自分に覇気があるとは思ってないけどさぁ……
「聞くに耐えない言い分でしたので、ほとんど聞き流していましたが」
そう言って肩を竦めるグラティース。このままいけば本当にアイツを処分するだろうな。でも、本当にいいのだろうか?
「で、そいつを処分するって? いいのか? 腐っても貴族なんだろ? というかなんであんなのが来たんだ? 今回の件、始まりはギルドの討伐隊じゃなかったか?」
「貴族とは言っても、名ばかりですね。元々この国においての貴族というのは、統治するのにわかりやすい役職でしかありませんから」
「そうなのか?」
「この国が他の国──取り分け人間種の国に対抗するために、バラバラだったの各種族をまとめたもの、というのはご存知でしょうか?」
確かそんな話をどこかで聞いた気がするな……キリーあたりだったかな?
俺が知っていると示すために軽く頷くと、グラティースも一度頷いてから再び話を進めた。
「そのため、他国にも分かりやすいように、同じように『貴族』という役職を与えたのです」
なるほど。国の成り立ちとか各種族の性質的に、貴族制度はちょっと違和感を感じていた。どっちかっていうのなら共和制の方がいいんじゃないかって。けど、人間に対抗するために同じようなものを作ったのか。
「ですが、それも時代が経つごとに人間の考えに侵され、自分たちは選ばれた一族なのだ、などと愚かな考えを抱くものが出てきました」
愚かな考えってのは、人間と同じように、地位だけで自分は偉い、何をしても構わないって思ってるやつだろう。俺に突っかかって来たあの……なんとかって奴みたいに。
「まあ、そんなわけで、貴方に苦情を言っているのはその愚か者の一族なので、私としては消してしまっても問題ないわけです。貴方は、先ほど『腐っても貴族』と仰いましたが、腐っているものを残しておいたところで、周りも腐ってしまうだけですから」
確かにその考えは理解できるが、笑顔のままそいつらを殺す決断をし処分と言い切るこいつは、まさに『王』だった。
「そして、なんでアレが援軍として駆けつけたのか、ですが、そちらも同じような理由です」
「同じようなって言うと、貴族うんぬんってやつか?」
「はいギルドから城に報せが来てからすぐに援軍の準備をしたのですが、兵をまとめる部署の上層部が、今言った腐った貴族でして……」
「あー、なんとなくわかった。つまり、手柄を横取りしようと援軍の指揮権を奪われた?」
「正確には権力を盾に勝手に出撃した、ですね。ですから帰ってきたらなんらかの処罰はするつもりでした」
どのみち最初から詰んでたのか、あいつ。
「これで何事もなく成果を上げていたのなら処分も難しかったですが、実際に助けたのは貴方です。彼らが出ずとも問題はなかった」
片付けたのは俺だが、それは結果だ。もし俺が行かなかったらあの援軍はそれなりに活躍しただろう。
その場合はかなりの人数が犠牲になってただろうから、何事もなくってのは無理だったと思うけど。
「そりゃあ、結果だろ」
「結果が全てですから」
「……まあ、俺にはどうでもいい事だけどな」
「ご理解いただけて幸いです」
そう。あの貴族が処分されようがされまいが、俺にはどうでもいい事。こっちに害がない限りは勝手にしてくれって感じだ。
「……ところで、アレの処分以外にも欲しいものはないですか? あなたの功績を考えると些か報酬が足りないように思えます。元々アレらはその内処理するつもりでしたから」
だがそうは言われても、欲しいものはないんだよな……いや、一個思いついた。
「なら身分を証明する物をもらえないか?」
「身分を証明する物ですか? それはこの国の住人となってくれる、というわけではないですよね?」
「ああ……ムシのいい話だと思うが、今後あの貴族みたいに絡んでくる奴がいないとも限らない。だからその対処のために、と思ったんだが……」
「いいですよ。なんの義務も発生しないように適当な勲章でも渡しましょう」
「……いいのか? そんなに簡単に決めて」
国には所属したくないのに身分を証明するものをよこせ、なんてのは都合が良すぎると思ってる。
ともすれば周りから文句が来ることもあるんじゃないだろうか? だってるのにこんなにに簡単に決めていいのか?
「今回の件で改めて思いましたが、あなたにこの国を嫌われると困りますので」
今回のアンデットの大群を片付けた話を、こいつは信じてるんだな。いやまあ、実際に嘘なんかじゃないんだけど。
だから戦争時に俺が敵にならないようにしたいんだろう。イリンの故郷がこの国についてる限りは敵になるつもりはほとんどないけどな。
「ところで、近日中に城で冬の終わりを宣言する宴が行われますが、参加されますか?」
宴? ああ、そういえば冬が始まる前にも似たようなのをやってたんだっけ? 当然ながら俺は出てないけど。
「いや。そういうのはいい。所詮俺は一般人だからな」
「おや、そうですか。あなたが参加するとあの子が喜ぶのですが……」
その言葉につい顔をしかめてしまうのは仕方ないと思う。だってあの子ってのは、どうせあの赤い王女さま──クーデリアの事だろう? いやだ、会いたくないよ。
「それに、あなたが私と親しいと理解させるために有効な方法だと思ったのですがね。……ですが、強制はしませんよ。ええ」
……なんか言葉に含みを感じるな。俺が頼み事をしたんだから、今度はこっちの頼みを聞けって言われてるように感じるのは気のせいか?
でも、確かにそう言われると、面倒な事を頼んでおいて手伝わないってのはちょっと心苦しく感じないわけではないけど……
「ああ因みに、その時に今回の件の表彰もするので、身分証となるものはその時に渡しましょう」
「どのみち参加することになったじゃないか」
「そうですね。まあ、表彰だけ参加する、という方法もありますし、そうしてもいやならば後ほど別にお渡ししましょう。ですが、食事などもありますし、折角なのでイリンさんと楽しんでみてはいかがですが?」
楽しんで、というのは俺がここにくるまでにイリンに言ったことだ。それを知ってか知らずか分からないが、そう言われては断りづらい。
横にいるイリンも表情が若干緩んでるから、乗り気ではあるんだろうな。
「……狸野郎……」
結局参加することを決めたのは俺だが、それでも一言ぐらいは言ってやりたい。
「狸よりも狐がいいですね。なにせ、私は狐の獣人ですから」
だが俺の言葉はそんな言葉と共に笑顔、それからゆらりと振られた尻尾と耳で返された。
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