上 下
172 / 499
獣人国での冬

233:身分証

しおりを挟む
「俺のワクワクを返せよ」
「はい?」

 突然の俺の言葉に訳がわからないでいる目の前の男。この国の王であるグラティース。

 俺たちは、城へと連行された後牢屋に入れられるかという思っていたのだが、連れて行かれたのは牢屋などとは程遠い場所──この国の王の部屋だった。
 まあ、王の部屋とは言っても私室ではなく執務室であったが、それでも牢屋などとは比べものにならない。

 多分だが、俺を連れて来た奴等の中にこいつの部下がいたんだろうな。で、そいつがなんらかの方法で俺の状況を連絡した、とかそんな感じだろう。

 じゃないと城の奴が俺を引き渡された時に直接ここに連れてこられたことに説明がつかない。

 ……ちぇっ、せっかくの牢屋に入る機会だったのにな。

「なんでもない。気にしないでくれ」
「そうですか? ……今回は助かりました。国の代表として感謝いたします」

 グラティースは先ほどまでの緩んだ態度を消し、一国の王として俺に頭を下げている。

「つきましては、お礼として何か貴方の希望を叶えたいと思います。何かございますか?」
「いや、今回俺はただ知人を助けに行っただけだし、そういうのはいらないんだが……」
「それでは貴方を訴えている貴族の処分で構いませんか? もちろんそれ以外にも何かあれば構いませんが」

 いらないって言ったんだが……それに、俺を訴えてる貴族? ……ああ、イリンに叩きのめされて、俺をここまで運んでくれた奴か。特に危険もなかったし、どうでもいいからもう忘れてたよ。

「それってセル……なんとかって奴であってるか?」
「ええ。今回の件は怪しい。自作自演じゃないのか。その上自分に暴力を振るったのだ、と」

 その発言、マジで言ってたのか……周りの証言を聞けば間違っているとバレるだろうに。

 いや、腐っても貴族。一般人である俺ならどうとでもなると思っているのか? 
 もしくは、なんらかの狙いがあって、その理由じゃ弱いと分かりつつも押し通して何か事を為そうとしてる、とか? 

 ……ないな。多分本気でどうにかなると思ってるんだろうなぁ……
 というか、俺はこれでもこの国最大の大会の優勝者なんだけど、祭りが終わってからはほとんど気づかれた事ないな。そんなに優勝者っぽく見えないのか? 確かに自分に覇気があるとは思ってないけどさぁ……

「聞くに耐えない言い分でしたので、ほとんど聞き流していましたが」

 そう言って肩を竦めるグラティース。このままいけば本当にアイツを処分するだろうな。でも、本当にいいのだろうか?

「で、そいつを処分するって? いいのか? 腐っても貴族なんだろ? というかなんであんなのが来たんだ? 今回の件、始まりはギルドの討伐隊じゃなかったか?」
「貴族とは言っても、名ばかりですね。元々この国においての貴族というのは、統治するのにわかりやすい役職でしかありませんから」
「そうなのか?」
「この国が他の国──取り分け人間種の国に対抗するために、バラバラだったの各種族をまとめたもの、というのはご存知でしょうか?」

 確かそんな話をどこかで聞いた気がするな……キリーあたりだったかな?

 俺が知っていると示すために軽く頷くと、グラティースも一度頷いてから再び話を進めた。

「そのため、他国にも分かりやすいように、同じように『貴族』という役職を与えたのです」

 なるほど。国の成り立ちとか各種族の性質的に、貴族制度はちょっと違和感を感じていた。どっちかっていうのなら共和制の方がいいんじゃないかって。けど、人間に対抗するために同じようなものを作ったのか。

「ですが、それも時代が経つごとに人間の考えに侵され、自分たちは選ばれた一族なのだ、などと愚かな考えを抱くものが出てきました」

 愚かな考えってのは、人間と同じように、地位だけで自分は偉い、何をしても構わないって思ってるやつだろう。俺に突っかかって来たあの……なんとかって奴みたいに。

「まあ、そんなわけで、貴方に苦情を言っているのはその愚か者の一族なので、私としては消してしまっても問題ないわけです。貴方は、先ほど『腐っても貴族』と仰いましたが、腐っているものを残しておいたところで、周りも腐ってしまうだけですから」

 確かにその考えは理解できるが、笑顔のままそいつらを殺す決断をし処分と言い切るこいつは、まさに『王』だった。

「そして、なんでアレが援軍として駆けつけたのか、ですが、そちらも同じような理由です」
「同じようなって言うと、貴族うんぬんってやつか?」
「はいギルドから城に報せが来てからすぐに援軍の準備をしたのですが、兵をまとめる部署の上層部が、今言った腐った貴族でして……」
「あー、なんとなくわかった。つまり、手柄を横取りしようと援軍の指揮権を奪われた?」
「正確には権力を盾に勝手に出撃した、ですね。ですから帰ってきたらなんらかの処罰はするつもりでした」

 どのみち最初から詰んでたのか、あいつ。

「これで何事もなく成果を上げていたのなら処分も難しかったですが、実際に助けたのは貴方です。彼らが出ずとも問題はなかった」

 片付けたのは俺だが、それは結果だ。もし俺が行かなかったらあの援軍はそれなりに活躍しただろう。

 その場合はかなりの人数が犠牲になってただろうから、何事もなくってのは無理だったと思うけど。

「そりゃあ、結果だろ」
「結果が全てですから」
「……まあ、俺にはどうでもいい事だけどな」
「ご理解いただけて幸いです」

そう。あの貴族が処分されようがされまいが、俺にはどうでもいい事。こっちに害がない限りは勝手にしてくれって感じだ。

「……ところで、アレの処分以外にも欲しいものはないですか? あなたの功績を考えると些か報酬が足りないように思えます。元々アレらはその内処理するつもりでしたから」

 だがそうは言われても、欲しいものはないんだよな……いや、一個思いついた。

「なら身分を証明する物をもらえないか?」
「身分を証明する物ですか? それはこの国の住人となってくれる、というわけではないですよね?」
「ああ……ムシのいい話だと思うが、今後あの貴族みたいに絡んでくる奴がいないとも限らない。だからその対処のために、と思ったんだが……」
「いいですよ。なんの義務も発生しないように適当な勲章でも渡しましょう」
「……いいのか? そんなに簡単に決めて」

 国には所属したくないのに身分を証明するものをよこせ、なんてのは都合が良すぎると思ってる。
 ともすれば周りから文句が来ることもあるんじゃないだろうか? だってるのにこんなにに簡単に決めていいのか?

「今回の件で改めて思いましたが、あなたにこの国を嫌われると困りますので」

 今回のアンデットの大群を片付けた話を、こいつは信じてるんだな。いやまあ、実際に嘘なんかじゃないんだけど。
 だから戦争時に俺が敵にならないようにしたいんだろう。イリンの故郷がこの国についてる限りは敵になるつもりはほとんどないけどな。

「ところで、近日中に城で冬の終わりを宣言する宴が行われますが、参加されますか?」

 宴? ああ、そういえば冬が始まる前にも似たようなのをやってたんだっけ? 当然ながら俺は出てないけど。

「いや。そういうのはいい。所詮俺は一般人だからな」
「おや、そうですか。あなたが参加するとあの子が喜ぶのですが……」

 その言葉につい顔をしかめてしまうのは仕方ないと思う。だってあの子ってのは、どうせあの赤い王女さま──クーデリアの事だろう? いやだ、会いたくないよ。

「それに、あなたが私と親しいと理解させるために有効な方法だと思ったのですがね。……ですが、強制はしませんよ。ええ」

 ……なんか言葉に含みを感じるな。俺が頼み事をしたんだから、今度はこっちの頼みを聞けって言われてるように感じるのは気のせいか?

 でも、確かにそう言われると、面倒な事を頼んでおいて手伝わないってのはちょっと心苦しく感じないわけではないけど……

「ああ因みに、その時に今回の件の表彰もするので、身分証となるものはその時に渡しましょう」
「どのみち参加することになったじゃないか」
「そうですね。まあ、表彰だけ参加する、という方法もありますし、そうしてもいやならば後ほど別にお渡ししましょう。ですが、食事などもありますし、折角なのでイリンさんと楽しんでみてはいかがですが?」

 楽しんで、というのは俺がここにくるまでにイリンに言ったことだ。それを知ってか知らずか分からないが、そう言われては断りづらい。

 横にいるイリンも表情が若干緩んでるから、乗り気ではあるんだろうな。

「……狸野郎……」

 結局参加することを決めたのは俺だが、それでも一言ぐらいは言ってやりたい。

「狸よりも狐がいいですね。なにせ、私は狐の獣人ですから」

 だが俺の言葉はそんな言葉と共に笑顔、それからゆらりと振られた尻尾と耳で返された。
しおりを挟む
感想 314

あなたにおすすめの小説

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【創造魔法】を覚えて、万能で最強になりました。 クラスから追放した奴らは、そこらへんの草でも食ってろ!

久乃川あずき(桑野和明)
ファンタジー
次世代ファンタジーカップ『面白スキル賞』受賞しました。 2022年9月20日より、コミカライズ連載開始です(アルファポリスのサイトで読めます) 単行本は現在2巻まで出ています。 高校二年の水沢優樹は、不思議な地震に巻き込まれ、クラスメイト三十五人といっしょに異世界に転移してしまう。 三ヶ月後、ケガをした優樹は、クラスメイトから役立たずと言われて追放される。 絶望的な状況だったが、ふとしたきっかけで、【創造魔法】が使えるようになる。 【創造魔法】は素材さえあれば、どんなものでも作ることができる究極の魔法で、優樹は幼馴染みの由那と快適な暮らしを始める。 一方、優樹を追放したクラスメイトたちは、木の実や野草を食べて、ぎりぎりの生活をしていた。優樹が元の世界の食べ物を魔法で作れることを知り、追放を撤回しようとするが、その判断は遅かった。 優樹は自分を追放したクラスメイトたちを助ける気などなくなっていた。 あいつらは、そこらへんの草でも食ってればいいんだ。 異世界で活躍する優樹と悲惨な展開になるクラスメイトたちの物語です。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~

川原源明
ファンタジー
 秋津直人、85歳。  50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。  嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。  彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。  白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。  胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。  そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。  まずは最強の称号を得よう!  地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編 ※医療現場の恋物語 馴れ初め編

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。