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獣人達の国

161:祝勝会

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「おや、お帰り」

 いつもよりも早い時間だが、既に客の入っているキリーの店に俺たちは帰ってきた。

「ただいま。何か手伝おうか?」
「私もお手伝いします」
「疲れていないかい?」
「いや、特には疲れてないな」

 やった事と言ったら攻撃を防ぐときの収納魔術と奪った武器を取り出すときの<収納>スキル一回だけだ。疲れる要素なんかない。
 相手には失礼だが、寧ろ、部屋の掃除の方が疲れるくらいだ。もし生き物がいたらトランポリンみたいになってしまうから、そうならないように探知も併用しないといけないのだから。

「言うねぇ。あの程度、余裕ってことかい」

 その通りなんだが、何かキリーの言葉のニュアンスがおかしいような気がする。いや、ニュアンスがおかしいというよりも、何かを企んでいる感じか?
 でもまぁ、疲れていないのは確かだ。

「じゃあ客の相手を頼めるかい? イリンはこっちを頼む」
「わかった」
「わかりました」

 その振り分けはいつも通りなので、特に疑問はなかったんだが、これが罠だった。



「おお! あんた特例ででたやつじゃないか! 本当にここにいるなんてな!」

 どうやら俺がここで給仕をしている事が広まったらしく、俺が特例で出た事についてを聞きたい奴らがやって来たのだ。
 加えて、闘技大会オタクとでも言おうか、そう言う奴らが本戦出場者であるキリーの店にやってきた。そしてそこにはガムラと俺もいる。騒ぎにならないわけがなかった。
 既に店の中には収まりきっていない。キリーが言った客の相手というのは、給仕ではなく、本当にそのままの意味で客の相手だった。

 仕方がないので、外に机を出して臨時で店を広げて、何か買ったやつには話をするという事にした。店を広げた事で文句が来ないかと思ったが、みんなそんなことは気にしないらしい。おおらかな人間性が有難い。神経質で自己中な日本人は見習った方がいいと思う。

 まあそれでも対応しきれないので、持ち帰りもありにした。
 因みに、俺が来る前からガムラも駆り出されていて、あいつは客と楽しく飲んでいる。ガムラが「これがうまい」というと周りの奴らが頼み始め、「こっちもいいぞ」というと同じように注文がとぶ。
 それを見た俺のイメージとしては、ホストだ。

 ……男を相手にホストをするガムラ。集まっているのはガタイのいい男ばかりだが、何故か全員顔が良い。背景に薔薇を添えても違和感がないんじゃないだろうか?

 そんなことを考えながら俺は客の対応をしていく。
 一度勝ってしまえば受け入れられるというグラティースの言葉通りだったようで、俺が本戦に出た事は問題無く受け入れられた。
 だが、今度は別の問題がある。

「ねえ。今夜どう? あなたみたいに強い人、私好きよ」

 こうして囲まれて話をしているのだが、時折女性から熱い視線と言葉が飛んでくる。
 強い男はモテるというのは日本にいた時も聞いた事がある気がするが、ここでは特に顕著なようだ。命の危険がある世界だからこその本能的なものだろう。種族も関係しているのかもしれないけど。

 しかし、俺にはそれを受け入れることなどできない。
 俺はイリンのことが好きだしが、色々理由をつけて先延ばしにしている。そんな俺がここでホイホイとついていくわけにはいかないのだ。それでは彼女を裏切る事になるし、自分の覚悟を裏切る事になる。それはダメだ。自分で決めた覚悟には誠意を持たなくてはならない。一度自分を裏切ってしまえば、それ以降は心から自分を信じることなどできなくなってしまうから。

 まぁ、色々言ったけど、それに加えてもう一つ大きな理由がある。それは……。

「こちらはご注文の品になります」

 俺もガムラも客の相手で動けないので、今日はイリンが給仕をしている。
 が、さっきから俺が女性から話しかけられるたびに背中に熱い視線が送られていた。
 冷たい視線でも、刺すような視線でもないく、熱い視線。熱いドロドロとした視線。
 この視線は久々に感じたね。王城以来かな? ……こわい。

「ありがとう。──心に決めた人がいますので、申し訳ありません」

 料理を運んできたイリンに礼を言って、俺は女性をそう断る。
 それを聞いたイリンの足取りは軽やかになり去っていくのだが、これで今日だけで既に五度目だ。そのたびに俺の精神が削られていく。勘弁してほしい。
 いや、俺がウジウジしてるのがいけないんだけどな? さっさと告白でもしていればイリンももう少し落ち着くようになるはずだ。なるに決まってる。……ならないと困る。



「じゃあ明後日も頑張れよ!」
「期待してんぜ~!」
「キリーさん! 明日は頑張ってください!」
「ガムラ! また飲みにくんぜ!」

 他の店よりは早い時間だが、店を閉める事になった。俺は明日は休みだが、キリーは明日試合があるんだし当然だ。客もそれが分かっているようで、素直に帰っていった。

「……はあぁ~~。……疲れたぁ~」

 大会なんかより疲れた。元々人付き合いは好きじゃないんだ。できるかできないかで言ったら出来るけど、やりたくない部類のものだ。
 それなのになん時間もぶっ通しで宴会騒ぎ。疲れないわけがない。

「お疲れ様。悪かったね。こんなに来るとは思わなかったよ」

 厨房からキリーがそう言いながら顔を出した。その様子からは疲労が見える。

「去年はもっと少なかったのか?」
「ああ。というか人の多さは去年どころか過去一番だね」

 原因は考えるまでも無く俺だろう。

「それは、なんというか……。こっちこそ悪かったな」
「いいよいいよ。だいぶ稼がせて貰ったからね」

 ……まあ俺も疲れはしたけど、祝勝会だったとでも思っておこう。祝ってもらったのは事実だしな。



「明日は頑張れよ」
「もちろん。せめて一回戦くらいは勝たないとね」
「順調にいけば当たるのは決勝戦だったか?」
「順調にいけば、ね。まず無理だと思うけどね」
「何か懸念でもあるのか?」
「懸念っていうか対戦相手がね。二回戦の相手。よほどのことがなければ、コーデリア様なんだよ」

 コーデリア様……。どこかで聞いた気がするが、誰だ?

「……例の赤い髪の王女様だよ。あんた王様に会いにいったんだからそれくらい覚えておきなよ」

 俺が分かっていないことを察したキリーがそう言うが、仕方がないだろう? 出来るだけ関わりあいたくなかったから記憶の隅の方に転がっていたのだ。

「ま、今は王女様のことよりも一回戦を勝つことだね。精々応援しといてくおくれよ」
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