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獣人達の国

141:気に入らない

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 今、俺たちは闘技大会の予選に参加するべく、その会場に来ていた。

「じゃあ俺はこっちだから後でな!」

 そういってガムラは去っていった。
 あいつがどこに行ったかっていうと大会参加者の控え室だ。この大会は戦う選手同士を分けたりしないようで、むしろ同じ試合で戦うもの同士を同じ部屋に集めているようだ。
 そんなことをして喧嘩なんか怒らないのかと思ったが、喧嘩をした瞬間その者は即失格になるので問題ないらしい。

「……はあ。面倒だけど俺も行くか……」
「ご武運をお祈りしています」

 イリンは大会には出ないが俺の戦いを見るということで、俺を見送ってから観客席に行くらしい。

「……武運、か。祈ってもらってるとこ悪いけど、俺にはそれは必要ない。どうせすぐ終わるだろうから」
「?」

 それがどういう意味なのか分からなかったのだろう。イリンは俺の言葉に首を傾げている。
 そんな姿が面白くてつい顔がにやけてしまう。本当ならこれから戦いに行くのだから気を引き締めないといけないのだろうが、俺はそこまで気負いしていないしする必要もないので、適当でも問題ない。

……そういえば、イリンにこの大会の目的って伝えたっけ? ……伝えてない気がするな。
まあ後でもいいだろ。言わなかったところで問題なんてないだろうし、今は周りに人の目があるから言い辛い。もし聞こえたら喧嘩を売られそうな気がするからな。

「じゃあまた後でな」
「はい」



「随分と余裕みたいだな」

 そう言って別れた俺は自分の出る試合の控え室に行ったのだが、なんか知らないが初対面の奴にいきなり絡まれた。……ガムラの時と違って今度こそ本当に知り合いではないはずだ。

 周りを見ると特に慌てていないし、むしろ俺たちのことを観察しているようなので、よくある事なんだろう。

 でもなんで俺なんだ? この街に来てから目立つようなことは何もしていなかったはずだ。
 魔術具の買取については多少面倒はあっても、広く知られることはないはずだ。それは向こうも困るだろうし。

 ……もしかして、こいつはあの店の手先なのか? だから俺の様子を見ている、とか? それならありそうだな。

「さっきの見てたぜ。武運はいらねえって言ってたな、おめぇ。予選程度勝って当たり前ってか?」

 うん。違った。どうやらさっきのイリンとのやり取りを見られていたらしい。

 俺がイリンに「武運は要らないって」言ったのはそういう意味じゃないんだけど……。

 まあ周りが観察している事から、こいつらの中では既に試合は始まっているんだろう。少しでも情報を多く取るために。そして自分が勝ち残る確率を少しでも上げるために。

 でも……

「……かっこわる」

 ついそう口にしてしまった。

 たしかに情報を集めることの重要性は知っている。情報があるかないかで勝負というのは簡単に変わってしまうものだ。

 だがしかし、今の状況において情報を集めるのはどうなのかと思わざるを得ない。
 だってこの大会は自身の強さを試し、誇るための大会だ。少なくとも俺はそう思っている。
 であるのなら、情報を集めて勝とうなんてのは、とてもかっこ悪くないだろうか?

 これが本戦の一対一での戦いであるのなら特になんとも思わなかったが、今はまだ予選だ。情報集めなんてところで努力するぐらいなら、絶対に負けないという自信が持てるまで鍛えればいいのに。
 今の時点でそれができていないのならそれはそいつの実力なんだから仕方がない。

「あ゛?……てめえ今なんつった?」
「かっこ悪いって言ったんだ。この距離なんだからちゃんと聞いておけよ。その頭の上についてる耳は飾りか?」
「……このやろう……!」
「なんだ喧嘩するのか? ならお前は失格だな」

 そういうと握りしめた拳を上げかけた状態から下ろしてプルプルと震わせる。

「はあ……。獣人ってのは意外と情けない種族なんだな。俺の想像とちょっと違ったよ」

 その言葉で目の前の男以外にも、俺たちのことを見ていた者が反応した。
 反応。というか殺気を向けてきた。見ていた者とは言っても、全員ではないので獣人系の奴だろう。多分俺の言った獣人を馬鹿にするような発言が許せなかったんだと思う。
 亜人には人間と違って自分の種族に誇りを持っている者が多いからな。人間も誇りを持っている者はいるかもしれないがあれは誇りではなくただ傲慢なだけだと思う。中には本物もいるかもしれないが、大半はそうだろう。

 ちょっと怒りの沸点が低いと思うかもしれないが、まあ彼らの心情もわからないではない。

 誇りある自分たちの種族が、自分たちを見下し自分たちを奴隷として使う人間に馬鹿にされれば怒るのも当然かもしれない。

 目の前の男なんか失格のことなんか忘れて今にも飛びかかってきそうだ。

 ……でも俺にも言わせてほしい事がある。

「俺に対して怒りを向けてる奴。お前らにその資格はあるのか?」

 いきなりなんだと訝しげにしながらも、怒っている者は全員その怒りを収めることなく変わらずに俺に向けている。

「お前らは敵となる者を観察して少しでも情報を集めて有利に戦おうとしてる。それが悪いとは言わない。実際の戦いじゃ情報が結果を変えることなんてよくあるからな。……だがこの大会は自身の武勇を証明するためのものだ。強さを、努力を、誇りを証明するための大会だ。情報を集めて戦うのが自分のやり方だと誇れるのならそれは構わない。でもお前らはそうなのか?」

 イリンは受けた恩を返すために全力で行動した。これが危険だとしても諦めることなく。
 今の目的は違うかもしれないが、それでも彼女は自分を曲げる事なく自分に誇れることをしている。

「お前らの中には仲間を守るために強くなったやつもいるだろう。この大会に勝つために努力したやつもいるだろう。大会で勝ったんだという誇りを手にしたいと思うやつもいるだろう。……お前らの|それ(・・)は偽物なのか? 自身の強さを信じられず、努力を裏切り、誇りを捨てる。そんなものでしかないのか、お前たちの今までは?」

 ウースはさらわれた仲間を追って見知らぬ土地に一人で探しに出た。そして探しながらも取り戻すために、次は守るんだと強くなるために努力をした。

「その爪はなんのためにある。その牙はなんのためにある。お前たちはなんのために戦う。情報収集なんてして少しでも勝率をあげようとするなんてみみっちいことをして、今までの自分を捨てるためにお前らはここにいるのかよ?」

 里の奴らは仲間を守るために命をかけて戦った。それが絶望的な状況でも決して諦めることなく。

「だからかっこ悪いって言ったんだ。自身の種族に誇りを持つなら、戦いでそれを証明してみせろよ。ここはそのための場だろうが」

 俺はそんな里の奴らを尊敬していた。俺は覚悟も何もなく、ただ逃げ出しただけから。
 ウースにだって、めんどくさいとは思っているが、同時に俺はそれなりに尊敬をしているんだ。

 だからこいつらの姿は自分たちに誇りを持って生きているあの里の奴らを馬鹿にされているようでイラついた。

 俺がそう言い切ると控え室の中は静まり返った。

 ……くそっ。なんでこんなに熱くなってんだ。目立ちたくなかったんだから適当に流せばよかったじゃないか。……ハア。失敗した。

「──アッハッハッハ! いいねあんた! うん。いいよ! ここにいる奴らなんかとは違う。ちゃんと奴だ!」

 そんな静寂を壊すようにひとりの女性が盛大に笑い声をあげた。

「私もあんたの意見に同意だよ! せっかく来たんだ! 正面からぶつかり合う方がいいに決まってるさね!」
「……どちら様で?」

 その性格を表すような激しく燃えるような赤い髪の女性。だがこの人も間違いなく会ったことがない。なのにかなり馴れ馴れしい。今も俺の肩に腕をかけて寄りかかってきている。

「私は冒険者として色々旅してるもんだ。今回の大会は少しは楽しくなりそうでいいね! あんたには期待してるよ!」

 ……期待しているとこ悪いんだが、その期待には応えられそうもない。
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