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獣人達の国

139:お店のお手伝い

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「料理? そんなに気に入ってくれたのかい? いいよいいよ! なんでも教えようじゃないか!」

 普通は隠すものだと思ったがキリーは教えてくれるらしい。
 ガムラの説教が終わって、夕方からの店の準備のために降りてきたキリーに俺たちが料理を教えてくれというと、快く受け入れてくれた。

「いいのかキリー? そんなに簡単に教えても」

 教えて貰うのは俺たちがこの街にいる間だけとはいえ、祭りの間はいることになる。キリーは大会に出ると言っていたから昼は大会に出て、それが終わったらすぐに店の準備をするというなかなかにハードな事になるはずだ。
 そこにイリンに教えるのが入るとなると、俺だったらお断りしているだろう。

「いいって。どうせ店をやるってわけじゃないんだろ?」
「はい。私はご主人様のために作って差し上げたいだけです。店などに興味はありません」

 それは紛れも無い本心なのかもしれないが、店を持っているキリーに対してその言い方はどうなんだろうか?

「そっちもだけど時間的に大丈夫なのか? 大会と店の両立をするのは忙しいだろ?」
「まあね。でももう何年もやってるから慣れたもんさ。気にする必要はないよ。……って言っても流石に素人に教えるのは難しいけどね。……でも見たところ料理の心得くらいあるんだろ?」
「心得というほど立派なものではないかもしれませんが、母から色々と教えは受けています」
「ならあたしは問題ないよ」
「そうか。……よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
「はいよ。とりあえずはこれから店の準備に入るけど手伝ってもらおうかね。……さっきは良いって言ったけど、邪魔になると判断したらすぐに厨房から出てって貰うよ?」
「はい!」



「こちら『ポイズンタイガーの弱毒焼き』です」

 毒を持ったポイズンタイガーの毒抜きを完全に行うのではなく、あえて多少の毒を残しておく事で食べた時にピリピリと痺れるような感覚(毒の効果)と体が熱くなるような感覚(毒の効果)が味わえて、なおかつ毒に耐性(毒を食べた結果)が若干できるという料理だ。

「『腐蝕蟲の包み焼き』お待たせしました」

 大きさは三十cmくらいだが、生き物が近づくと大きく口を開けて獲物を飲み込み、体内で溶かす蟲の中に普通なら料理に使わないで捨てるようなかなり硬い肉を入れて料理する事で肉が信じられないほどに柔らかくなるらしい。そしてそのまま焼くと美味しい。……見た目は蟲だが……。

「『オーク肉のレインボーソースがけ』となります」

 オークの肉はこちらの世界では普通に食べられている肉で、まあ豚肉と思ってくれて良い。……人型で歩いているけど。
 そんなオークの肉に森で取れる草食であるオークたちの食べる木ノ実や草をソースにしたものをかけたのがこの料理。これを見たときは「この店ゲテモノ料理以外もあったのか」と思ってしまった。オークがゲテモノでないとするのなら、ではあるが……。

 俺は今キリーの店で給仕をしている。やることがなかったというのもあるが、それ以上に忙しいのにイリンの面倒まで見てもらって「あとは任せた」では流石に罪悪感があるというのが理由だ。

 なので今厨房ではキリーが注文を作りながらイリンに料理を教えている。
 まさか異世界に来て接客業のアルバイト的な事をするとは思わなかったが、この程度は学生時代にやっているから問題ない。一応キリーに確認してもらったけど、特に文句なんかはなかったしな。



 ……何が問題ないだ。ふざけんな! 問題しかねえわ!

 料理に使ってる魔物はどんな奴だとか、料理の方法は? とか、知らねえし知ってても答えられるわけねえだろそんな店の経営に関する情報。
 魔物料理なんて本当に食べていいのか心配だなんて言ってる奴はそもそも来るんじゃねえよ! なんでここに来たんだよ!

 くっ! キリーがやってるときは特に問題なく回せていたのに、なんで俺がやるとこうも手がかかるんだ!? 学生時代に一人でホールを回してた時もこんなに忙しくなかったぞ!



「アンドウ。お疲れ様」

 ようやく店を閉める時間になり、店の中には客がいなくなっていた。

「いや助かったよ。普段はあんなに落ち着いて厨房に立つ事なかったからね。楽させてもらったよ」

 奥の厨房からキリーが出てくると、キリー楽しげな表情で笑っていた。

「それに誰かに料理を教えるってのもいい経験だね。予想外に面白かったよ。まあこれはイリンの飲み込みが早いからってのもあるんだろうけどね」

 それは良かった。うん。本当に良かったと思ってる。これならイリンが暴走する可能性も多少は下がるだろうから。
 それに、俺としても美味しいものが食べられるようになるのは有難い。どうせこれからイリンの料理を食べる日は増えるんだろうし。

「……楽しんでもらえたようで何よりだ」

 大変ではあったけど、恩返しだと思えば、まあやってよかったなと思えた。

「……あんたかなり疲れてないかい? そんなに大変だったかい?」

 俺は笑って返事をしたと思ったんだが、どうやらそれほどうまく笑えてなかったようで見ただけで疲れているのがわかったようだ。

「ああ、まあ。……何年も前に同じような事をしたけど、その時はこれほど忙しくはなかったからな」
「まあ確かに今日はなんだか賑やかだったね」

 今日は賑やかということはいつもはもっと客に話しかけられることは少ないのだろう。
 なんで今日に限って……。

「多分接客があたしじゃなかったってのが大きいんじゃないかね」
「……キリーじゃないから?」

 その発言の意図がわからなかったが、キリーが悲しげに顔を歪めている事からすぐに自身の見た目のことを言っているんだと理解した。

「……だとしても、今日来た客だって常連みたいなやつが何人もいた。それはお前の料理を気に入ってるって事だ。胸を張れよ。お前はそう自分を卑下する必要なんてないんだ」
「そうです。今日教えていただいた料理は素晴らしいものでした。あれらを考え、作ることのできるキリーさんはとても素敵な人です。外見しか気にしない有象無象の事など気にする必要などありません」
「……あんた達……」
「それにそこで見てるガムラも同じような事を思ってるんじゃないか?」
「「え?」」

 キリーとその場にいなかったはずのガムラの声が重なった。
 声のした方を見るとそこには通路の陰からガムラが顔を題してこっちを見ている。

「あんたそんなとこにいたのかい?」
「う……ま、まあな。……それよりアンドウ。いつから気づいてた」
「お前が上から降りてきて影でウロウロしてたところからだな」

 俺は店の中を把握するために軽く探知を広げていたのだが、その中で陰に隠れながらオロオロと迷っているガムラの存在は最初から把握していた。

「最初からじゃねえか……」
「ウロウロって何してたんだい?」
「……忙しそうだったからな、手伝おうとしたんだ。でも俺はやったことねえからかえって邪魔になるかって思ってな……」

 そう言って肩を落としているガムラの姿はまんま犬だった。犬じゃなくて狼の獣人だけど。

「クッ! アッハハ! 何そんなこと気にしてんのさ! あんたはそんな柄じゃないだろ? もっと堂々としてなよ」

 キリーがそう言って笑うと、続いて俺たちも笑う。最終的にはガムラも笑い店の中には笑いが溢れ、そこには先程の暗い雰囲気などどこにもありはしなかった。。
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