とにかく有能な私が「地獄に堕ちろ」と顧客に言われて魔王のペットに転生したものの、なにせ根が真面目なので第一夫人を目指すことになりました。

はなえ

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私の魔王様

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裸の背中に、大きな大きな手が触れる。

その手の無機質さにビクッと震えてしまいそうになるのをなんとか堪えると、手はそのまま数回、上から下へと優しく私の背中を撫でた。

ソファでくつろぎ、自分の膝の上で丸まる私の身体を撫でる。

これが、私の飼い主にとって、至福の時らしい。

もちろん、私にとっても。



「ああぁ、ニンゲンは本当に可愛いなぁ」



身体中を撫で回した後、
飼い主は軽々と私を抱き上げ、ベッドへと運ぶ。


大きな天蓋付きベッドの上に寝かせた私を見下ろす飼い主。それを見上げる私。


(やっぱり私の飼い主は最高にカッコいい…)


軽く2メートルはありそうな身長に、銀色の長髪。端正な顔立ち。表情の無い青い瞳。


背が高すぎる以外は、ただただ美しい人間、といった容姿だが、
もちろん、彼は人間ではない。



魔界の王、魔王だ。



(でも、そんなことはどうでもいい)


というか、私は何も知らない。

この部屋の外のことは、ほとんど何も。

気づいたら、私はここでこの人に撫でられていたのだ。

それ以前の記憶……私が「人間の世界」で「人間」をしていた頃については、うっすら覚えているが、それについて考えると胸が苦しくなるので、思い出さないようにしている。



「この服、可愛いなl。よく似合っている。同じテイストであと何枚か作らせよう」



私を見下ろしていた魔王様が、満足そうな表情で微笑む。


良かった。気に入ってもらえて。


魔王様は「ニンゲン」の肌を撫でるのが好きらしく、私に与えられる衣服といえば、ほとんどがビキニタイプの水着くらいの面積しかないシロモノだった。

今日の服には、エメラルドグリーンの布地に、金色の糸で細かく刺繍が施してある。

前世での私の容姿だったら、とてもじゃないけど着られない露出度だけど、そこは魔王がペットにするだけあって、今の私の容姿はとにかく美しい。

透き通るように白い肌に大きな黒い瞳。黒く長い髪。

無駄な贅肉などなく、折れそうなほど細く長い手足。
とんでもなく美しい、やせっぽっちの少女、といった見た目だ。
胸もほとんどないのが少し残念だけど、まぁ、性的な対象ではないので、問題ないのだろう。


あぁ、幸せだ。


魔王様が、私の隣に横たわり、大きな身体で私を抱く。

私の身体で、暖を取っているのだ。

そして、ゆっくり目を閉じる。


あぁ、なんて幸せなんだろう。
大好きな人に包まれて、眠りにつくこの瞬間。


粗相があってはいけないから、自分から抱きつくようなことはしないけれど、魔王様の胸にそっと顔を埋める。

冷たくて、少しつるっとしていて、逞しい胸。


「あ、忘れてた」

魔王様が、ガバっと身体を起こす。

「今夜は水星の部屋に行く約束だった。」

魔王様はベッドから降り、私をひと撫でして、こちらに背を向け……、しゅるんと消えた。

行っちゃった…。


とてつもなく悲しい気持ちになって、私は布団の中に潜る。


ここは魔王様の寝所だか、魔王様がここで寝る日はそれほど多くない。

魔王様には5人の妻がいて、その誰かの部屋で
一夜を共にすることが多いからだ。


寂しい…。
寂しい……。


頭の中が、その気持ちでいっぱいになる。

この姿に生まれ変わってからの私の思考はとにかく単純で、いつでも感情が優先され、難しいことは考えられない。


そして、魔王様が、今の私の小さな世界の全てだから…。

今夜はいっしょにいられると思ったのに…。


「行かないで」って言いたかったけど、
今の私は魔王様に伝わる言葉を紡ぐことができない。
話そうとしても、猫のような甘い鳴き声が出るだけだった。


寂しい。
悲しい。

ぽろっと涙がこぼれた、その瞬間だった。


ぐさっ。


すぐ隣、さっきまで魔王様が寝ていた場所に、なにかが落ちてきた。


えっ?


慌てて布団から這い出て……、ゾッとした。


だれ!?


ベッドの上に、全身を黒い布で隠した何者かがいて、大きな剣をベッドに突き刺している。

いつの間に?
どうやって入ってきたの?


きゃあ、と叫ぼうとした瞬間。
背後から口を押さえられた。
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