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最期の英雄
永遠に
しおりを挟む目の前で、地面に倒れている人……いや、すでに人と呼んでいいのかすらわからない。真っ黒に染まってしまっている、人の形をしている……していたもの、という表現が正しいかもしれない。
それは、私のお姉ちゃん……だけど、もう動かない。先程まで肩が動いて呼吸をしていたのはかすかにわかったり、まだそこにいるという実感はあった……それが今じゃ、なにもない。
そこにあるのは、人の形をした黒い物体……端的に、そういう表現になってしまう。人の形をしていても、そこに人の存在を感じない……触れても体温がないし、口に手を当てても息をしていない。
さっきまで、活動的に動いていたはずの人が、お姉ちゃんが、今もの言わぬ屍のようになっている。我がお姉ちゃんながらそれは薄情な表現だと思うけど、それ以外にどう表現すればいいのかがわからない。
それに、そこにお姉ちゃんはいない。それがわかってしまったからこそ、どうすればいいのかわからない。現実味がない……お姉ちゃんから、一瞬たりとも目は離していなかったのだ。だから、これがお姉ちゃんであることは間違いないはずなのに……実感が、わかない。
ただ、目から流れてくる涙だけが、お姉ちゃんがここにいないという実感を与えてくるようだった。おかしいな、さっきまでいっぱい、涙が流れたのに……まだ、流れるんだ。
触れても、いくらその体を揺り動かしても、当然反応は帰ってこない。
「…………おねえ、ちゃん……」
今まで散々呼び掛けたせいか、喉が痛い。絞り出した声は、自分のものとは思えないほどに枯れている。最後に呼び掛けても反応はなく、いよいよ終わりが訪れているのだと、わかる。
最後だとわかる、その理由は……
「……」
お姉ちゃんの体は、もう下半身が残っていない。足元から、消滅していっていたのが……ついに、上半身にまで達していた。上半身、そしてお腹、胸元、首……ついにはすべてが、消えていく。それを私は、ただ黙って見ているしかできなくて。
私にはもう、どうすることもできない。私はまたお姉ちゃんを失って、この国の人たちも大勢死んで……まだ、ひとりぼっちに、なっちゃう。
ねえ、お姉ちゃん……私は、どんなお姉ちゃんでも、生きててほしかったよ……
……
…………
………………
ここは、どこだろう。私は、誰だろう。なにもない空間、ただ意識だけが、闇の中に浮かんでいる。そんな感じ。
なにも、思い出せない。今までなにをしていたのか、自分が何者なのか……それさえも、わからない。ここがどんな空間なのか、私はここに本当に存在しているのか、すべてが曖昧になって、なんのためにここにいるのか、全部がごちゃ混ぜになって。
さっきまで、とても苦しくて痛いことがあったような気がする……なんだっけ。悲しいことも、嬉しいことも、怒ったことも……そんなことも、あった気がするけど、思い出せないや。
『……』
ここはどこだ、私は誰だ。怖い……ここがどこだかもわからない、自分が誰かもわからない……そんな状態で、なにもないこの闇の中の空間で、ただ意識だけが浮かんでいる……それが、どうしようもなく怖い。
誰かに助けを求めようにも、周囲を見ても誰もいない。助けを求めるために声を達しようにも、口がない。助けを求めるために手を伸ばそうにも、手がない。あるべきはずのもの、それらはわかるのに、それらがない。
自分が何者なのか、何者だったのか、なにを成してきたのか……自分という存在があやふやになって、存在しているのか、存在していないのか、それすらもわからなくなって……
ただ、永遠にこの闇の中をさ迷い続ける……それも、たった一人で。それだけは、ただなんとなくわかって……それが、私の犯した罰なんだと、理解ができた。
理解はできたが、納得はできない……それでも、これが私に課せられた運命なんだと、そう、
『……』
死ぬまで、この空間をさ迷い続ける……いや、死なんてここに、あるのだろうか。今の私が、生きているのか死んでいるのかも、わからない状態だというのに。これは、起きることのない悪夢なのか、現実なのか。
そうだ、さっき、理解したじゃないか……この闇の中を、永遠にさ迷い続けると。そう、永遠に……
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