上 下
451 / 522
英雄vs氷狼vs……

二人の攻防戦

しおりを挟む


 魔力を解放したあこは、ケンヤを圧倒する。スピードもパワーも、ケンヤのそれよりも上であるのは明白だ。私の目から見て、はっきりとわかる。

 ケンヤもとんでもない強さだが、あこの力はそれを上回っている。魔力解放により全身を魔力強化、そのためただでさえ高いあこの身体能力は、さらに向上する。

 ただ、あれほどの勢いを持続できるとは思えない。あんなに魔力を解放しては、魔力が尽きてしまうのも時間の問題ではないだろうか。


「はぁ!」

「っ、く……!」


 だからだろうか、あこの猛攻がだんだん激しくなっている。おそらく、あの魔力解放には制限時間がある……でないと、始めからやらなかった理由がないし、大抵こういうものにはなにかしらのリスクが付き物だ。

 あこの拳は、蹴りは、おそらくまともにくらえば内臓にまで届く威力。それを理解してか、ケンヤは攻撃を受けながらもモロには、まだくらっていない。

 直撃は避け、急所を避けている。あこの速さに完全には対応できていないが、それでも本能的にか大打撃にならないよう反応している。


「う、やぁ!」

「ふっ!」


 あこの拳をケンヤは肘で、あこの蹴りをケンヤは膝で、あこの頭突きをケンヤは両手で受け止め、直撃を回避している。反撃の隙がないほどあこの猛攻が激しいのか……それとも、ケンヤも制限時間の可能性に気づき、時間稼ぎをしているのか?

 そしてそれをわかった上で、あこは全力でぶつかっている。制限時間があるからこその、出し惜しみなし……


「えい……やぁ!」

「!?」


 打撃を放っても、それは致命傷にはならない。それを悟ったあこは、やり方を変える。拳を打ち出し、それをケンヤが受け流す……その隙を狙い、ケンヤの腕を絡めとる。

 しっかりと腕をつかみ、そのままケンヤを背負い投げ。これまで力任せに迫ってきていたあこからのいきなりの搦め手は、ケンヤも一瞬の隙を作ってしまった。


「っ、か……!」


 背中から一気に地面に打ち付けられ、ケンヤは体内の空気を吐き出す。それであこの攻撃が終わることはなく足を振り上げると、無防備となったケンヤの腹部目掛けて鋭く踵打ち落とす。

 それを受けてはいけないと判断したのか、ケンヤは息を整える間もなくその場から回避の選択肢を取る。立って移動できないのなら、横へと転がり直撃を避ける方法だ。

 狙いを定めていた位置からケンヤが移動し、なにもない地面へとあこの踵落としが打ち込まれる。凄まじい音と共に地面には亀裂が入り、爆風が起こり……攻撃の射程範囲外に脱出していなかったケンヤは風圧で吹き飛ばされる。

 しかしただ吹き飛ばされるだけではない。吹き飛ばされながらも体勢を立て直しつつ、ケンヤは己の魔力を展開、手のひらからまるでマシンガンのように連続して魔力の塊を放つ。


「っ!」


 それをあこは回避ではなく、突撃という驚くべき行動を選択肢に移す。突撃……つまり、魔力マシンガンの中に自分から突っ込んでいくということ。そんなの、自殺行為だ……生身ならば。

 今あこは、魔力による身体強化をしている。それで強化されるのは、なにもスピードやパワーだけではない。その肉体に、まるで見えない鎧のようなものを纏い……それは、ディフェンス、防御の力にも特化される。


「! なにっ」


 ゆえに、魔力マシンガンが体に当たっても、あこは痛がる素振りすら見せない。まるで打ち付ける雨の中を走っているような、そんな感覚だ。

 もちろん、魔力による身体強化をしたからといって、みんながみんなあんな防御力を得られるわけではない。身体を強化する魔力、その質や量が上質であるからこそだ。

 しかも、それは見えない鎧のようでありながら、魔力という実態のないものなので、動きが遅くなることもない。むしろ、力が上がれば上がるほど、速くなる。


「そんなんじゃ、効かないよ!」

「ちっ……邪魔、なんだよ!」


 それからは、激しい殴打の応酬だ。あこは言わずもがな、ケンヤも負けじと自らの拳をぶつけている。

 ケンヤが対抗できているのは、少なからず制限時間の期限によりあこの魔力が落ちているのか……それとも、ケンヤがあこの動きを見切り始めたか。


「……」


 それは、今の私が割って入れば間違いなく瞬殺されてしまいかねない光景。満足に動かせもしないこの体じゃ、当然だけど。

 それなりに時間は経ったが、この右腕はまだ動かない。そのうち、全身の血が巡って動くようになると思っていたが……違うのか? くそ、いつまで……!


「くっ、ぅ……!」


 お互いに互角の展開。しかしその動きに、唐突に変化が訪れた。あこの動きが鈍り始め、ケンヤの動きにキレが増してきた。

 まさか、制限時間ってやつがもうやってきたのか? あれだけの魔力を、ただ無尽蔵に使えるはずがない……が、あこの様子だとまだ持ちそうではあった。

 それとも、予想以上にケンヤがしぶとく、魔力が高まっているのだろうか?


「っ、えい!」


 どちらも後退できないほどに激しい打ち合いだったが、一瞬の隙を見つけてあこは後方に飛び、殴打の嵐から離脱。その後充分な距離をとり……不思議そうに、自分の手を見つめている。

 まるで、今の自分の力に疑問でも、あるかのように……


「……なんか、変だ。なにかした?」


 その疑問を、素直にケンヤにぶつける。私は見ているだけだからよくわからないけど、やはり本人だからこそわかるものもあるのだろうか。

 それを受け、ケンヤは笑う。


「さあね、それに応えてやるほど俺は親切じゃない……が、もうお前の力は俺には通用しない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...