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予期せぬ再会
【いざ転生へ】
しおりを挟む身体能力の上昇や、魔法が使えるようになる……それが、異世界転生の際に与えられる特典。その中でも、一番の特典といえるもの……それが、あこが選んだ『時間を巻き戻す』能力だ。
選ぶことのできる能力は一つだけ……複数提示されたものからたった一つを選ぶのはなかなかに思い悩むものだったが、結果的にはこれを選ぶことができた。
時間に干渉し、操る能力。もちろん制限はある。巻き戻せる時間は三分、その力を使うことができるのは一日に一回のみ、使うことのできる対象は一人に限られる。ちなみに物にも有効とのことだが、死者をもよみがえらせることのできる力の使いどころではないと言われた。
そして、自分自身には使うことができない。いくつかの制限があるが、それでも『時間を巻き戻す』能力は魅力的であった。
『さて、特典の説明も終わったところで。これから行く異世界『ライヴ』で、あこさんには第二の人生を歩んでもらうことになります。転生させるのはそのままの姿で、記憶もそのまま。新生活を始めるに当たって、その世界のお金を多少渡しておきますね。その世界で、どう生活するも貴女の自由……冒険者になるもよし、地道に働くもよしです』
「冒険者?」
『えぇ。まあ、勇者が世の中を平和にして以降は、危険な獣の討伐などの依頼はぐんと減ったので……あまりおすすめはしませんよ。稼ぐなら、まっとうに働いた方が現実的だと思いますよ』
冒険者……もしも、その先の世界が魔物に支配された世界、とかであれば、冒険者というものにも需要はあったのだろう。いくら数がいても、足りないくらいだ。
だが平和になった世の中であれば、危険なことに対する依頼はぐんと減り……必要とされなくなってしまう。それを思えば、選択肢に冒険者を選ぶのはあこにはためらわれた。
「そうですね……」
『あちらの世界に行ったらまずは、ここに行ってみてください。仕事を探したり、相談事に乗ってくれたり……まあ、役場みたいなものですね』
さっきからちょいちょい現代知識を盛り込んでくるのは、あこにもわかりやすく説明してくれているせいなのだろうか。それとも……単にオチャメなだけか、
ともあれ、異世界に転生するに当たって、説明のようなものは今ので済んだらしい。あとは、あこが異世界に転生するための、心の準備を整えるのみ。
「すぅー……はぁ。……よし」
何度か軽く深呼吸をして、あこは覚悟を固める。これから自分が行くのは、まったく未知の世界。魔法が存在する、ファンタジーの世界だ。
あこの顔つきが変わったのを見た女神は微笑み、指を鳴らす。すると、あこの体が光に包まれていく……
「これは……」
『熊谷 あこさん。貴女に、第二の人生、幸がありますよう』
「……はい。ありがとう」
どうやら、この光があこの体を完全に包み込んだとき、異世界に転生されるようだ。この、生と死の狭間とやらの世界とも、目の前の女神ともお別れということだ。
そんなに長い時間、一緒にいたわけではない。そもそもこの世界に、時間という概念があるのかもわからない。だが……決して短くない時間を過ごした。それだけでも、あこにとっては救われた。
あのまま死んでいたら、きっと、後悔のままに……死んでも、死にきれなかっただろうから。
「ありがとう、ございます」
『いえ。良い人生を』
最後の言葉を交わし、あこの体が完全に光に包まれ……視界が白に覆われる。しかしそれも数秒のこと……思わず閉じてしまった目を開けると、そこは……
「わぁ……」
先ほどの暗闇の空間などではない。空がある。地面がある。人がいる……数秒前の景色と、まったく違う光景がそこにあった。
ポツンと一人、立っている。周りを見渡せば、歩いている人々……いや、人と言っていいのかわからない者もいる。人のように二足歩行なのだが、その顔は動物のもの。これが、噂に聞く獣人というやつか。フィクションや、伝承にしか登場しないと思っていた。
ありえない、光景だ。頬を引っ張る。痛い。夢ではない。つまり、ここが……
「ここが……異世界、『ライヴ』……」
まるで、物語の中にでも入ったかのような……見たこともない、世界。およそ都会とは思えない中世的な建物に、人と判断していいのか迷う獣人。間違いなく、ここは異世界だ。
ボーッとしていたが、はっと先ほどのやり取りを思い出す。ここに行け、と渡された紙が、ポケットに入っている。地図……ではなく、単に場所の名前が書いてあるだけだ。
「……人に聞いて、行けってことかなぁ」
正直地図であっても、見知らぬ土地、いや世界では一人ではたどり着けないだろうが……人に聞けというのは、あこにとっては難易度が高い。人見知りな上、周りにいるのは獣人ばかり。中には人もいるが。
先ほど女神とちゃんと話せていたのは……あこ自身も不思議だ。相手が人でないから、あの世界だから気兼ねなく話ができたということだろうか。
とはいえ、いつまでも突っ立っていても仕方がない。ここは、勇気を持って……
「あ、あの!」
近くを通りかかった人影に、声をかける。
「あぁ?」
「ひっ」
ライオンだった。ライオンの顔面を持つ獣人が、鋭い眼力と威圧感でこちらを見ている。
油断したら漏れそうだった。
「ああああの、えっと……こ、ここここに、ここに行くには……」
逃げてしまいたかったが、それでもこの場に留まる。震える声で、紙を見せる。ちょっと涙目だったかもしれない。
いかついライオンは、紙を見て……ギロリとあこを睨む。眼力だけで、人を殺せそうだ。
しかし……
「あぁ、この場所かい。ここはね……」
直後ににっこりと微笑んだかと思えば、屈んであこに視線をあわせて説明してくれる。頭二つはでかかった相手が、わざわざ膝を折って視線をあわせてくれるなど……その予想外の行動に、あこは目をぱちぱちさせる。
その説明を必死に聞きつつ、そういえば言葉って通じてるんだなぁとぼんやりと思う。この紙に書いてあるのも、自分にも読めるしライオンさんにも読めるのだと。
「……で、あそこを左に曲がった先だ。わかったかい?」
「は、はい! ありがとうございます!」
強面だが、優しく説明してくれるそのギャップに唖然としながらも、あこは何度もうなずく。見た目は怖いが、なんとも親切だ。
手を振りながら去っていく彼に、こちらも手を振って見送る。さて、これで目的地が判明した。異世界で、これから生活していくのだ。
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