上 下
395 / 522
予期せぬ再会

【一つの決断】

しおりを挟む


 熊谷 あこは、一つの決断をした。二度目の人生を、異世界で生きると。自分が生まれた世界、一緒にいた家族、出会った友達……なに一つ、知らない世界。そこで、生きていく。

 死を受け入れるか、受け入れないか。受け入れなければ、本当の死が待っているだけだ。そう考えれば、選択肢は一つしかない。それでも、あこは迷った。

 迷った末の、決断がこれだ。もう知り合いには、会えない。自分の生まれた世界ですらない。それでも……あのまま死にたくないと、願ってしまったから。同時に、そう願ってしまったことに罪悪感はある。

 共に死んだ父や、残してきた母。どこかに行ってしまった姉に対して。自分だけが、まったく違う世界で二度目の人生を歩んでも、いいのだろうかと。


『いいんですよ』


 そこへ、まるで自分の心の中を読んだかのように……いいのだと、自身を肯定する声が聞こえて。


『貴女の選択を責める者は、誰もいません。以前の世界でのことを忘れることはありません。忘れる必要もありません。ですが、これはチャンスなのです。あのまま逝かれては、貴女の魂は傷ついたまま死後の世界へと行ってしまいます。そんなこと、私は望んでいません』


 あこの決断は間違っていないと、女神は言う。あこの選択を咎める者は誰もいない……罪悪感があろうと、なにもしなければ死んでしまうくらいなら、人生のチャンスを掴むべきだ。

 それに、あこ自身の選択とは別に……あこの魂の問題も、あった。姉がいなくなり、母が壊れていく様を見続け、父と共に死ぬ……それでは、あまりに救われない。あこの人生が、良きものであるようにと、あこにはチャンスが与えられた。


『では、熊谷 あこさん。貴女はこれから、異世界に転生し、二度目の人生をスタートさせることになります』

『はい。……あ、こういうのって、たとえば赤ちゃんから始めるっての聞くんだけど……』

『その点でしたら、心配はございません。あこさんはあこさんのまま、今の姿で転生させていただきます。もちろん、赤子から一からスタートしたいという要望があればお聞きしますが』


 どうやら、転生して赤ん坊からスタート……という展開ではないらしい。望めばそれも可能だが、それはあこの望むところではない。


『いえ、この姿のままで』

『わかりました。先ほども言ったように、記憶は維持したまま、異世界へと行けます。転生する先は、結構若者に人気の、魔法が存在する世界です』


 まるで旅行先の案内をするガイドのようだ。


『魔法……もしかして、魔物を倒して勇者になろう、みたいな?』

『あらあらあこさん、結構そういうの読み込んでるタイプですか? で転生先の世界は確かに、魔王やら魔物の存在する世界でしたが……先日、勇者によって倒されましたので、平和な世界ですよ。もちろん、あこさんが危険をお望みというのであれば、そちらを選ぶことも……』

「いやいや、安全なの! 安全なのがいい!」


 せっかく二度目の人生を始めようというのに、危険な世界に放り込まれてはたまったものではない。

 それにしても、今から転生する世界は、勇者と呼ばれる人物によってすでに平和な世の中になっているらしい。それはあらはがたいと言うべきなのか、わからないが。


『では、平和になった世界の中でも、より平和な場所へとお送りしますね。これから転生する先の世界の名前は、『ライヴ』と言います』

「『ライヴ』……」

『さて、転生するにあたって……特典のようなものがあるんですよ』

「特典!? なにそれネットショッピング!?」


 特典……それは言うなれば、身体能力の上昇や、魔法が使えるようになるというもの。しかも、一般人のそれをはるかに凌ぐ力を貰えるのだ。

 異世界転生者特典……というらしい。よく、転生者に与えられる特権のようなもの……まさしく特典だ。世の中が平和になっていても、そのような特典はつくらしい。ラッキーだ。

 だが、真の特典はそれではない。


『こちらの能力から、お好きなものを一つ選ぶことができます』


 と、提示されたのは……魔法とも違う、現実には決してありえない能力だ。たとえば……


「へぇ。『無から有を作り出す』能力……『絶対に魔力がなくならない』能力……」


 数あるそれらは、しかし一つしか選べない。この中のどれか一つだけでも、現実的に使えるとなればかなり夢が広がるものばかりだ。

 そんな中、一つ、不思議と目に留まったものがあった。


「『時間を巻き戻す』能力……」

『はい。他のものと同様、もちろん制限はありますが……それは、『対象の時間を三分巻き戻す』という内容のものです』

「わ、すごい。時間の巻き戻しなんて……でも、制限って?」

『まず、三分巻き戻すという能力である以上、三分を越えてしまったものには効果がないというもの。たとえば腕が千切れてしまった場合……千切れてしまったのが三分以内ならば腕が千切れる前に時間を巻き戻すことができます。が、千切れて三分以上経ってしまえば、元通りにはなりません』

「こ、怖い例え話しないでよ」

『ですが、有用性は確かです。欠損部分なんて小さい問題、この能力であれば、死者をも生き返らせることができるのです』

「え、死者!?」


 時間を巻き戻す……それは、思った以上にとんでもない力であるようだ。魔法という力もありえないが、それをさらに凌ぐありえなさ。


『正確には、死んでしまったという事実を巻き戻す……ということです。つまり……』

「生き返るんじゃなくて、死んでなかったことになる。でも、三分以内ならって条件付きで……」

『その通り』


 なんという力だろう……三分以内であれば、たとえ死んだとしてもその事実を巻き戻すことができる。もしまた、手の届く距離で誰かが死ぬようなことがあっても、三分以内なら……


「他の、制限ってのは?」

『なにせ時間に干渉……操る、といっても過言ではない力ですからね。使えるのは一日に一度……それに、対象の時間を巻き戻す力ですから、使える相手は一人だけ。となります』


 一日に一度、それも一人相手にしか使えない……まあ、彼女の言うように時間に干渉する力だ。そういった制限はむしろあるべきなのだろう。

 使いやすいような、使いにくいような……ただ、死の事実をも巻き戻す。この言葉が、あこの興味を引く。


『そして、もっとも大切なことですが……この力は、自分には効果がありません。使えるのは、あくまで他者……ご自身には使えないのです』


 つまり、先ほどの例え話のように……自分の腕が千切れたとして、自分に巻き戻しの力は使えないということだ。

 まさに、人のための力……私利私欲でなく、人のために。まさしく、あこの欲しい力だ。


「うん、決めた……これに、します。この、時間を巻き戻す能力をください」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...