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もう一つの異世界召喚

本の部屋

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 城に住むようになってから数日……二人の生活、そして関係性は、お互いがしっくりくるところまできていた。

 まず、城での二人だけの生活だが……広いとはいえ、なにもすべての部屋を使うわけではない。百を超える部屋があるだろうが、使うのはせいぜい数部屋……それも、一つの部屋が大きいから、大抵は一つの部屋に決めて過ごすことが多い。

 ガルヴェーブを寝かせる部屋は確定として、ケンヤとガニムが一人で過ごす部屋はそのときによって変更したりする。拠点とはいっても、ここが自分の部屋、と細かく決めているわけではない。

 休める場所……それは拠点としてとても利点となるものだが、実はもう一つ、この城を拠点としてよかったと思える場所がある。それは……


「しかし、すごいな……この本の数は」


 ある一室……そこに入ると、見渡す限りの本が並んでいる。天井まで届く棚が部屋の奥まで伸びており、その一つ一つに本が入っている。

 まるで図書館……というには少々小さいかもしれないが、それは元の世界での図書館を想像するからだ。あそこは言わば、本を保管するためだけの場所……専門の場所というのが正しいか。

 だからせいぜい、ここにあるのは、図書館以下学校の図書室以上……という、非常に曖昧な表現になってしまうわけで。まあ、要するにめちゃくちゃ本があるということだ。

 少なくとも、この世界に来てからこんなに本を目にしたのは、初めてだ。召喚された当初は、ガルヴェーブが本を使って勉強なんかをしてくれたため、本の存在は知っていたが、まさかこれほどまでの数があるとは。

 元の世界でも、図書館に訪れたのはケンヤの記憶では、小学校高学年が最後……だから、これほどの本に囲まれるのは、数年ぶりだ。


「これは、圧倒されるなぁ」

「そうですね……」


 初めてこの部屋に入ったときは、それはそれは驚いたものだ。まるで、本たちが自分を見ているような、そんな気分にさえなった。いや、今でもなる。

 今だって、部屋に入ったら圧巻されるのだから。

 それはガニムも同様で、ケンヤ以上に本という文化に触れてこなかったため、興味津々だ。

 人間の土地では知らないが、少なくとも魔族の土地では、本はあまり流通しているものではない。ゆえに、ガニムは生まれてから本を目にしたのは、数度程度。

 これだけの本があれば、生き残っているかもしれない僅かな魔族を探すより、禁術についての記述がどこかの本にあるかもしれない。だからこの数日は、もっぱらこの部屋にこもっている。

 病の発症や勇者の進撃があったのに、よくもこの部屋は無事だったなとありがたく思う。


「主は、魔族の文字はもうマスターされましたか?」

「はは、どうかな……以前はガルヴェーブに教えてもらっていたし、この数日でガニムにも教えてもらった。マスターとはいかなくても、読み書きくらいはできるよ」


 異世界召喚され、言語は通じた。召喚の際、そういう魔法を一緒にかけていたらしいが……文字を理解することまでは、できなかった。

 この世界に来てからはガルヴェーブ。この城に戻ってきてからはガニムに、それぞれ教えてもらった。本の文字を読むくらいなら、問題はないはずだ。


「それでも、ワタシじゃまだわからないところもある……頼らせてもらうことになると思うけど」

「いえ、自分にできることなら、なんでも聞いてください」


 自信ありげに胸を張るガニム。そんな彼が自分を慕って、口調まで変えるものだから……いつしかケンヤも、『俺』から『ワタシ』に一人称を変えるなど、変化していった。

 あんなかしこまっているのに、いつまでも『俺』というのも格好がつかない。ということらしい。


「膨大だな……」


 並ぶ本の数を見て、呟く。いくら一日の時間のほとんどをかけるとはいっても、二人だけでやっていては時間もかかる。明らかに内容の異なる本は置いておくとしても、どこに禁術についての記述があるのかわからない。

 目を皿のようにして、見落としがないように読んでいく。それは、漫画のような絵、ラノベのような挿し絵のある本ばかり読んできた現代っ子のケンヤにとっては、どっと疲れる作業だ。

 文字、文字、文字……それも、異世界のだ。ある程度読めるようになったとはいえ、城を出ていた期間のブランクのようなものはある。

 ガニムがいてくれなければ、本を読み進めるのだって倍以上の時間がかかっていただろう。人数的な意味だけではなく。


「……ん?」


 本を、読み進める……その中で、気にかかった単語を見つける。速読というほどではないが、それなりに速く読めるようになってきた……そんな中で、見つけた文字。

 それは……探していた、ものだ。


『禁術とは』


 その文字を見つけた瞬間、意識が一気に集中する。今読んでいるのは、自分が元の世界で目にすることがなかった、分厚い本だ。いや、本という分類で考えるなら、この厚さは辞書に近い。

 ただ辞書の場合は、分厚く片手で読めるものが多かった。が、この本は大きい。パッと見A4くらいの大きさだろうか。

 机に乗せ、読んでいる状態だ。そこで、ようやく探していた言葉を発見した。


「ガニム、ちょっと来てくれ」


 すぐに、ガニムを呼ぶ。呼ばれたガニムは読んでいた本にしおりのようなものを挟み、寄ってくる。


「どうしました?」

「これ……」


 と、今見つけた文字を指す。それを見たガニムの表情が変わり……ケンヤと視線を合わせ、うなずく。

 そこに、なにが書いてあるのか……それを確認するために、読み進めていく。
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