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もう一つの異世界召喚
【心地いいぬくもり】
しおりを挟む……少し話を、遡る。いや、少し、というのは適切ではなかったかもしれない。それは少しというほど、最近のものではないのだから。
城に戻り、城内の惨状を目撃し、新たに魔族の生き残りを探すために出発した……それよりも、あのときまで時間を戻す。
あのとき、とは……ガルヴェーブが死んだ、いや殺されたあの日。正確に言えば、ガルヴェーブが殺された瞬間の、その直前の話。
『はぁ……』
ケンヤと二人で旅をするようになってからというのも、ふとした瞬間に胸が締め付けられることがある。それはたとえば手が触れたとき、笑顔を見たとき、他の異性としゃべっているとき……
みんながみんな同じ種類のものではない。心が温かく感じられることがあったり、逆にチクッとした痛みを感じるようになったり。それは、いずれもケンヤに関するものばかりだ。
それがなんなのか、ガルヴェーブにはわからない。生まれてこの方、そういったものを感じたことはなかった。
両親と暮らしていたときも、両親が死んで弟と暮らすことになったときも、ピールの招きにより城へと向かうことを決意したときも、道中魔物に襲われ弟と離ればなれになってしまったときも、城で暮らすようになってからも……
胸に痛みがあるとはいっても、どこか悪いのではないかと思われるものではない。しかも、一定の……ケンヤが他の異性と話しているときや、他にもあまり話ができなかったとき。そんなときに、痛みは走る。
同様に感じるぬくもりは、主にケンヤと触れあったときや、彼が笑いかけてくれたとき。沈んだ気分でいるときも、たったそれだけで気持ちが楽になるのだから不思議だ。
『私、どこか悪いのかしら』
その問いかけに答える者は、いない。今暮らしているこの村では、一つの借家に住まわせてもらっている。日銭を稼ぐために二人で働いているが、今日はケンヤは外出中……帰ってきたら、思いきって聞いてみようかとも思った。
ぬくもりと痛み……どちらか片方だけならばまだ楽だったろう。しかし、正反対の感情があるというのは、なにが原因か気になって仕方がない。体に悪いものでなければ、いいのだが。
……あぁ、これだ。今ケンヤのことを考えている……それだけで、どうしてこんな温かな気分になっているのだろう。彼が早く帰ってこないかと、こんなにも考えるようになったのはいつからだろう。
座って待っていると、足が無意識にぶらぶらと動く。無意識に、鼻唄を歌ってしまう。鼻唄といっても、自分でもなにを歌っているのかはわからないのだが……
わからない、わからない……でも、一つだけわかることがある。そうだ、これがきっと、幸せという気持ち……
ガチャ……
『! ケンヤ様?』
開いた扉の音に反応し、ガルヴェーブが扉の方向へと視線を向ける。その表情に笑顔が浮かんでいたのは、きっと本人は気づいていない。
期待に向けた視線は……しかし、わずか数秒後には困惑に変わる。
『あら、どうしたんで……』
扉を開け、家の中に足を踏み入れたのは……この村の、とあるお店の店主だ。確か、お野菜を主要に売っていた。
人のいいおじさんで、この村に来たばかりのケンヤとガルヴェーブにも親切にしてくれた。買い物のときには、笑ってサービスをしてくれたりもする。
いったい、どうしたのだろうか……それは、当然の疑問だ。しかし、その疑問が、言葉として最後まで紡がれることはなくて……
『……!』
なにも言わずに足を進め、なにかを振りかぶる。家に入ってきたときから、なにかを後ろに隠していたようなのだ。それを、振りかぶり……ガルヴェーブの頭へと、振り下ろした。
ガンッ!
『っ! かっ……?』
振り下ろされたそれは、ガルヴェーブの頭に直撃し、彼女の膝をつかせる。本来であれば、真正面から振り下ろされたものなど、ガルヴェーブが避けられないはずがない。まして、相手が素人ならば。
だが、相手は自分たちによくしてくれた魔族で、昨日まで笑いあっていた。加えて、ケンヤの帰宅を今か今かと待っていたガルヴェーブは、はっきり言って浮かれていた。
そうでなければ、扉の外の殺気にすぐに気づけた。素人の出す殺気なんて、それほどわかりやすいものはない。
『っ、く……!』
脳が揺れる、感覚がある。彼がなぜ、こんなことをしたのか……考えるのは、あとだ。早く、体勢を整えないと……
『ごっ……!』
しかし、そうする前に胸元へと鋭い衝撃が走る。どうやら蹴りを入れられたようで、ガルヴェーブの体はまるでボールのように、壁に打ち付けられてしまう。
見ると、先ほどのおじさんとは別の魔族が、いる。彼が蹴りを放ったらしく、彼の顔も知っている。……いや、顔……だけではない。開きっぱなしの扉から次々入ってくる魔族は、馴染みのある顔ばかり。
薬屋の客、近所のおばさん、よく遊ぶ子供……みんなが、ガルヴェーブを睨み付け、殺意を向けている。その手に、凶器を持ち……あるいは、魔力を宿して。
『ほんとなのかい? この女が、あのマド一族だって……』
『あぁ、確かに聞いたんだ。こいつがあの、忌々しい一族の血を……』
……あぁ、そうか。なぜと聞くまでもない、今の言葉を聞いただけで充分だ。みんなから、罵詈雑言を浴びせられる。マド一族……やはりそれは、みんなに憎まれる存在なのだ。
城のみんなと、同じ。どれだけ気を許せていたとしても、どれだけ笑いあっていたとしても……自身に流れる血が、すべてを否定する。
以前までのガルヴェーブなら、その憎しみを一心に受けても、抵抗することはなかった。城でだって同じだった。だが……今は、死にたくない。
だって、彼がいるから……彼とまだ、一緒にいたいから。だから……
『私は……!』
顔を上げ、奮い立つ……ことは、叶わなかった。口に、なにか異物が入れられる。いや、入れられるというより……これは、突き刺されると表現した方が正しい。
顔を上げ、口を開いたその瞬間に、鋭い痛みが口の中に広がる。……起こったことをありのままに説明するならば、ガルヴェーブの口内に、剣が突き立てられたのだ。
『っー!?』
言葉にならない痛みが、襲う。もはや言葉なんて出せない、口を動かす度に痛みが走るのだ。ガルヴェーブは魔族だ……魔族の皮膚は人に比べて硬い。……皮膚は。
魔族に限った話ではない。どんな生物でも、口の中まで硬くすることはできない。涙が、血が、理性で押さえることできず溢れ出す。自分がなにをしようとしたのかすら吹き飛ぶ。痛い痛い痛い痛い痛い……!
……それからは、一方的な虐殺だ。刺し、殴り、蹴り……考えうる暴力を、抵抗なく受けるしかなかった。
『……』
呻く声すら、出ない。もうなにも、考えたくない。……それでも、最期の瞬間まで考えていたのは……彼のこと。
この世界に召喚し、ずっとお世話をしてきた。それが召喚した自分の義務であると思っていたから。しかしいつからか、それだけではないというのをぼんやりと理解していた。
義務感でなく、したいから。自分がやりたいから、ケンヤに……そして、彼と触れあう度、温かい気持ちに包まれていった。それはきっと幸せで、マド一族の宿命を背負った自分が最期の瞬間、彼の顔を思い浮かべられることも……きっと、幸せだ。
声は、出せない。だから心の中で、呼ぼう……彼の名前を。ガルヴェーブ自身理解していない感情……愛しい、彼の名前を。
『……っ』
うっすらと、微笑む。意図的にではなく、彼の顔を思い浮かべるだけで、表情が動く。周囲から浴びせられる罵詈雑言も、耳に入らない。
ガルヴェーブは、知らない気持ち……愛しさという、以前家族に向けていたのと、似て非なる感情。死の刹那にこそ理解したというのは、なんと滑稽な話だろう。
それでも、叶うなら、最期に伝えたかった。愛しい相手に……『愛しています』と…………
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