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もう一つの異世界召喚

たどり着いた、その先で

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「……ぁ」


 いったいどれくらいの月日が、経ったのか……思わず、喉の奥から声が漏れる。とはいえ、しばらくしゃべってもいなかったから……その声は、掠れている。

 あの城を目指すと、決めた日から長かった……城を出て以来だと考えると、余計にずいぶん久しぶりな感じがする。実際に、ずいぶん久しぶりなんだろう。

 あの城は、外から見ることはできても遠くから見ることは、なかった。城の敷地内から外に出たことがなかったのだから。それでも、わかる……あそこにあるのは、あの城だと。見間違いではない。

 かつて、この世界に召喚されたケンヤが……案内された、場所。そこで、いつか来る勇者との戦いに備え、訓練をしたこと。たくさんの魔族と交流を持ったこと。いい、思い出だ……それだけだったならば。

 ケンヤがガルヴェーブと共に城を出たのは、城の者にガルヴェーブがマド一族だとバレ、みんなに袋叩きにされたことをきっかけにだ。あのままあそこになんて、いられなかった。

 だからこそ、また戻ってくるのを渋りはした。あんな目にあって……ガルヴェーブを傷つけた連中のところに、どうしてすんなりと戻る決意ができるだろう。

 だが、いろいろ考えた結果……ケンヤの目指す場所は、ここしかなかった。ガルヴェーブを……死んだ者を生き返らせるという禁術について調べるためには、ケンヤとガルヴェーブと交流のあった者に聞くのが手っ取り早い。

 禁術とされるものを、たとえばその辺の村や街で、聞き出せるとは思えない。それに、背にいるガルヴェーブを生き返らせたいのだと……それを聞いて、逃げ出さない者が何人いるか。

 その点、この城ならば、ケンヤとガルヴェーブはもちろん交流のある魔族がたくさん住んでいる。問題を挙げるならば、果たして死んでしまったガルヴェーブを生き返らせるために、知恵を貸してくれるかということだ。

 ガルヴェーブに対して袋叩きにし、罵倒を浴びせた連中だ。もし禁術のことを知っていても、素直に教えてくれるとは限らない……それどころか、ガルヴェーブが死んだ事実を喜ぶかもしれない。

 特に、ガルヴェーブを傷つけた連中の筆頭……サーズは。透明になり、ガルヴェーブを一方的に傷つけ、さらには城全体に住まう魔族たちにガルヴェーブの正体をバラした。

 彼女さえいなければ、ガルヴェーブがこうなることは……死ぬことは、なかったはずだ。もしかしたら、禁術について聞き出すつもりが、復讐の感情に呑まれて暴れてしまうかもしれない。

 そうなってしまわないように、善処したいところだが。……もしも、ケンヤの知りたいことを教えてくれなかったり、復讐の感情に呑まれてしまったりしたら……


「……その、ときは……その、ときだ……」


 掠れた声で、ポツリと呟く。まずは、城へたどり着くことだ。城の姿が見えているとはいえ、まだまだ距離はある。

 ここから城へと、瞬間移動でもできたらいいのだが……残念ながら、そのような現象は城から逃げ出して以来、一度も起こってはいない。

 もしかしたら……城へと戻ってくる道中。ケンヤの意識がないとき、たとえば寝ているときなんかに……無意識に、城の近くまで移動していた可能性も、なくはないが。

 どちらにせよ、ケンヤの意識したことではない。考えたところで、むなしくなるだけだ……もしあの移動が意識して使えれば、ガルヴェーブがこんな姿になってしまうことなんてなく、時間をうんと短縮できたはずだ。

 ……この時点で、ガルヴェーブの姿は目も当てられないものとなっていた。身に纏う衣服はぼろぼろになり、破れるというより崩れるといった表現が正しいほどに、劣化してしまっている。

 いや、衣服以前の問題だ……美しかった肌はかさつき、サラサラの髪はボサボサ……なんて表現はまだ生易しい。所々肌がただれ、肉どころか骨が剥き出しになっている箇所もある。その体からただようのは、まさしく異臭だ。

 背から漂うはずのそのにおいを、しかしケンヤは知らん顔だ。鼻が臭いに慣れてしまったのか……それとも、意識しないように、しているのか……


「……なんだ?」


 城へと、近づく足は止まらない……のだが、足を進める度に感じるこの違和感は、なんだ。一歩一歩進む度……胸騒ぎのようなものが、ある。

 それに、城から外を見たときのことだが……魔物が、この辺りはうろうろしていたはずだ。なのに、一匹も見当たらない。そうでなくったって、ここに来るまでの間、嫌というほど見かけたというのに。

 なにか、おかしい。なにか、変だ。もはや常人とは言えなくなってしまったケンヤでさえ、そう感じるほどに。

 だが、胸騒ぎに駆り立てられ急がなければ、という気持ちはない。城にいるのが、ケンヤが大切に思う魔族たちなら、あるいはこの体でも、急ごうと必死になったかもしれないが。

 ……そして、ようやく城の入り口までたどり着いた。ここまで来ても、やはり誰もいない。恐る恐る、足を動かし……城の中へと、足を踏み入れる。


「……」


 そこには、誰もいなかった。見回す限り広い城の内部……誰一人として、姿がない。まるで、そこに最初から誰もいなかったかのように。
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