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もう一つの異世界召喚
俺が、必ず……
しおりを挟むどのくらい、そこでそうしていただろう。もはや体温もない、冷たくなってしまった体を抱き締め、涙が枯れるまで泣いた。もはやただの脱け殻も同然の肉体を、ただただ抱き締めて。
こうしていても、死んでしまった者が生き返るわけではない。死んでしまった者が生き返るなんて奇跡が起こるはずもない。
ただみっともなく、その場にうつむいてしまっているだけだ。もうなにも考えたくない……ただどこからか吹く風だけが、耳に届く音となって……
「……生き返、らせる?」
その時だ……ケンヤの頭の中に、一つの単語が引っ掛かる。生き返らせる……そう、考えてしまった頭は、脳は、とあることを思い出すために活動を再開する。
確か、そうだ……死んだ人間を、生き返らせるという……神をも恐れぬ、所業。禁じられた術とされる、それの名前は……
「禁術……」
この世界のことを、ガルヴェーブに教えてもらったとき……魔力とはまた異なった呪術という力。そして、その呪術という力の中でも特に危険とされるのが……禁術という名の力。
呪術という力は、使えば体が蝕まれるほどに危険な術だという。その中でも、特に危険とされる力……聞いた当時は、そんな力を使ったらどんなことになるんだろう、程度にしか考えてこなかったが……
もし、そんな力が本当に、あるのなら……死んだ人間を生き返らせるという、力が存在するのなら……
「…………」
聞いただけの力……本当に存在するのかも、見たことのない力だ。それでも、存在する力があるのなら……たとえ体を蝕む力だろうと、なにを代償にしようと。
ここに、生き返らせたい人がいる。いや、人ではなく正確には魔族であるが……それは些細な問題だ。死んだ人間を生き返らせる、それは人間という表現が気にならないことは、ない。
だが、神をも恐れぬ所業に手を染めようというのだ。人間しか生き返らせることができないなんて、そんな制限はないはずだ。
「俺が……必ず……!」
冷たくなった体を抱く手に、力を入れる。言葉の先は、口にしなくても……心の中で、燃え上がっていく。
必ず、生き返らせる。どんな手を使ってでも。呪術だろうが、禁術だろうが……なんであろうと、構わない。彼女を、生き返らせる。そして、言えなかったことを……感謝を、謝罪を、想いを、告げる。
ケンヤがガルヴェーブに抱いていた想い……彼女の存在が失われ、はっきりとわかった。これは……
「……よっ、と」
やることが、できた。ならばこんなところに、いつまでもいていられない。ガルヴェーブの体を背負い、立ち上がる。
ガルヴェーブは女性とはいえ、気を失った者の重さは倍以上だ。それに、ガルヴェーブは魔族……魔族は人間に比べ、体重は重いらしい。
城での訓練により、この世界に来る前とは比べ物にならないほど鍛えられたケンヤだが、それでも彼女を背負うのは、簡単なことではない。ましてや歩くことなど。
簡単ではないが……彼女をここに置いては、いけない。だから、こうして連れていく。目的地がどこだろうと、どのくらいの距離があろうと。
「っ……」
歩く一歩一歩が、重い。
このままどこへ行くともわからない……手がかりといえば、なにもないのだ。手がかりがないなら、聞けばいい。
誰に? ……城に戻れば、たくさんの魔族がいる。一人くらい、呪術について知っているかもしれない。が……ここまで来て城に戻るなんて。ケンヤの目的を果たすために可能性があるなら、向かうしかないが。
ケンヤの頭からはもはや、元の世界のことなど消え去っていた。元の世界のことよりも、背にいるガルヴェーブを、生き返らせる。これが、優先順位となっていた。
もしもその手がかりがあるなら……どこへだって、行ってやる。城にしか手がかりがないなら、戻ることも仕方なしだ。とはいえ……
「はぁ、はぁ……」
目的地もわからない場所へ、歩き続ける……それもただ一人で、背中には死んでしまった彼女を背負ってというのは、肉体的にもキツいが、それ以上に精神的にキツい。
歩き続けられるわけがないのだから、度々どこかで休憩を加える。彼女を背負ったまま、街に入るわけにもいかないだろう……一度、そうして周囲から変な目で見られた。
ケンヤ自身、周囲の目など気にはしない。それでも、やはり死体を背負って……というのは様々な視線にさらされることになる。対応だってどこか冷たい。
なにより、ガルヴェーブをそんな目で見られるというのは、耐えられない。だから、街を見つけたとしても、本当に危機迫っていない限りは立ち寄らない。その辺にある木の実や、草を食べても生きていける。
何日も、何十日も……精神的にケンヤは、やつれていた。たまにすれ違う魔族もいたが、それらはケンヤに声をかけてくることはない。ケンヤはすでに、人であることを隠すためにフードを被ることも、忘れていたのに。
それはきっと、あまりにも変貌したケンヤの姿に圧倒されてだろう。髪や髭は伸びまくり、風呂も入ってないから不衛生……なにより、一番の理由は背にあるガルヴェーブだ。
死体を、なんの処置も施さずに外気にさらし続ける……それがどんな結果を生むか、わざわざ説明するまでもない。体は腐敗し、悪臭を放ち近寄ることすら躊躇する。魔族であろうと、その例には漏れない。
もちろん、ケンヤだってこのままにしていようと思ったわけではない。元の世界では、死体を腐らせないよう冷凍保存をする……とどこかで見たことがあったので、その知識を応用しようとした。魔力が使えるのだから、似たことができるのではないかと。
だが、結果はうまくいかなかった。そも、戦いのため、訓練としてしか魔力を扱ってこなかったケンヤに、冷凍保存なんて器用な真似はできない。下手をすればかちこちに凍らせた挙げ句割れるのが関の山だ。
結論から言えば、魔力を使っての冷凍保存は可能だ。しかしそれも、『魔女』ほどの精密な制御ができてこそ。
「……」
その異常な姿に、好んで近づく者などいるはずもない。知性のないはずの魔物でさえ、ケンヤの姿を見て近づこうとはしなかった。あるいは、やはりその強大な魔力に恐れをなしたのかもしれない。
今のケンヤは、強大な魔力をただ垂れ流している。制御しようなんて考えてもいないし、いつ暴走するともわからない。それがわかっているから、魔族も魔物も下手な騒ぎは起こさない。
「……」
どれくらい、どのくらい歩いただろう。何気なしに、ふと顔をあげる……そして、はっきりと目に映った。
大きな城が……視線の先に、存在していた。
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