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もう一つの異世界召喚

【懐かしいこの手のあたたかさ】

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 ……あたたかい。この右手が、あたたかい。それは、なぜか……考えるまでもない。この右手を、繋いでくれる手があるからだ。

 いつぶりだろう、こうして誰かに手を握られたのは。いつぶりだろう、こうして安心という気持ちを感じることができたのは。

 繋がれた右手を、ガルヴェーブはぎゅっと握り返す。今、右手を繋いでくれているのは、ケンヤ……異世界から召喚した、人間だ。

 今まではただ、次期魔王として召喚したというだけの存在だった。自分が召喚したため、世話係のようにもなった。彼は異世界の人間だし、当然この世界のことについては無知だ。

 だから、文字通りの世話係。この世界のことを教えたり、この世界に存在する魔力について教えたり……人間、魔族についての確執についてを教えたり。体や魔力を鍛えることに関しては、他に適任がいたが。

 そして……マド一族について、誰かに初めて、話した。なぜ、話そうと思ったのか……それは、わからない。だが、この人になら話しても構わないと思った。

 結果的に、あんなことになったとはいえ……ケンヤはガルヴェーブを守るために、城を出た。そして今、ガルヴェーブの手を引き、行く宛もない道を歩いている。

 繋がれた手から、感じるあたたかさは……ガルヴェーブの記憶の、もっとも幸せだった時間を、呼び起こしていく。


「…………」


 ……ガルヴェーブ・マキトロニア。本名をガルヴェーブ・マド・マキトロニアとする彼女が、名を隠し、今日まで生きてきた理由は……彼女がこの世に生を受けた瞬間まで、遡る。

 ガルヴェーブと名付けられた女の子は、父親と母親、二人に育てられて育った。その頃には当然、自分が忌み嫌われる一族の血を引いているなんて、知るよしもない。

 そのうちに弟のガニムも生まれ、家族は四人となった。優しい両親とかわいい弟……愛する家族に囲まれ、ガルヴェーブは平和に過ごしていた。

 ……だが、平和というもなのはしょせん、見せかけにすぎない。いつの世であっても、悲劇はまったく予期していないところから飛んでくる。

 ガルヴェーブとガニムがある程度大きくなり、物事を理解できるようになった頃……祖父母が、死んだ。いや、殺されたと言った方が正しい。それは、平和な町で起こった事件であった。

 魔族とはいっても、全員が全員凶暴なわけではない。人にもいろんな種類があるように、魔族にだっていろんな種類がいる。比較的温厚な種類が多く住んでいる町であった。

 祖父母の死を知った瞬間、両親は子供を連れて住んでいた町を離れた。その時は意味がわからなかったが、今ではわかる……両親は勘がよく、自分たちに危害が及ぶ前に動いたのだと。

 そして、家族四人を誰も知らない町へと、到着したのは、移動してから何日後のことだろうか。道中、両親から、真実が告げられた。

 マキトロニアという家には忌み名があり、それをマドという。マド一族は過去、大罪を犯し、みんなから恨まれているのだと。忌み名は隠し、生活していたが……正体がバレ、結果として祖父母は殺されてしまったのだと。

 祖父母がマドだとバレれば、必然的にその子、孫にまで被害は及ぶ。そうなってしまう前に、町を出たのだ。

 本当なら、マド一族のことは知らせずに、なんの重荷も背負わせるつもりはなかったらしい。しかしこうなってしまっては……その理由を話し、その上で自分の身は自分で守れるように、ならなければならない。

 どこから誰が、狙っているかわからないのだ。それくらいの気持ちで過ごしていかなければ、ならない。

 ……しかし平和は、続いた。本来、名を隠していればよっぽどのことがない限り、バレることはない。まして、それは滅んだとされる一族。仮に、逃げてきた町から追っ手が来れば別だろうが……そのような事態になることは、なかった。

 ガルヴェーブの両親が亡くなるまで、平和は続いた。両親の死は衰弱死であり、言ってしまえば天寿を全うしたということだ。

 その後も、ガルヴェーブは弟ガニムと共に、町で平和に過ごした……という話ならば、今ケンヤがこの世界にいることはなかっただろう。


『あの……ガルヴェーブ・マキトロニアさんですよね?』


 ある日のこと。ガルヴェーブの元に現れた、小柄な魔族。自分の名前を呼ばれたことで、面識のある相手だろうかと思ったが……見覚えは、ない。

 彼女は、名をピールと言った。ガルヴェーブの名前と居場所がわかったのは、予言により出てきたからだという。なんだそれは。


『あの、ぜひ、我らのお城に来ていただきたいのです! いえ、来ていただかねば困ります!』


 ……予言者ピールによれば、いずれ人間族が勇者を異世界より召喚し、魔族を攻めてくる。なので魔族も同じように異世界から召喚した者を先頭に、それを迎え撃たなくてはならないのだと。

 そのために、まずは城に来てくれというが……初対面の相手に、そんな訳のわからないことを言われてはいそうですかとうなずくほど、ガルヴェーブは素直ではない。

 それから毎日毎日と、ガルヴェーブのもとを訪れるピールに結果的に根負けし、ガニムと共に城に向かうことになるなのだが……それはまた、別の話。


「……」


 今ガルヴェーブが思い出していたのは、この手の温もりだ。父に、母に……繋がれたときの感触と、よく似ていた。自分よりも大きな手、それでいて自分のことを思ってくれているとわかる手。

 ケンヤに繋がれた手は、なんとも心地よく……傷ついた体でも、そこだけは、ぽかぽかあたたかい。そんな、気がしていた。
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