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もう一つの異世界召喚

その物語は

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 ……男が、この世界『ライヴ』へと足を踏み入れるきっかけとなったのは、熊谷 杏と似たようなものだった。とはいえ、シチュエーションが似ているわけではない。ある日突然に……という点では、ある意味誰も似た状況であるのかもしれない。

 その日は、なにか特別なことがあったわけではない。男は学校に通う年齢ではあったが、不登校であり学校には通ってはいなかった。だから、平日も休日も、変わらないといえば変わらない。

 なんてことない、平凡な一日。今日も部屋に引きこもり、ネットサーフィンなりなんなりをして時間を潰す……予定とも言えない予定があったくらいだ。

 なんの前触れもなく、だ。自分の部屋でゴロゴロとベッドに寝転がって時間を満喫している時に、円状のもの……魔方陣のようなものが表れ、部屋全体を光が包んでいった。


「……?」


 さっき……というかついこの瞬間まで自分の部屋にいたはずだ。それが、どうしたことか……部屋の中、ではない。上を向けば、それが見える。横を向けば、草原のようなものが広がっている。

 外……外だ。自分の部屋はこんな外模様を意識した内装などしていない。

 いや、単に外とだけ判断していいものか……自分の知っている外とは、まるで違う。自分が外出しないうちに、外はこんなにも様変わりしてしまったのか? ……そんなことあるはずがない。

 このご時世、どこもかしこもアスファルトコンクリート建物……どこに目を向けても、どれかが目に入る。だが、今の景色はどうだ……空に草木、それらが広がるのみ。

 ……いや、そもそも。そもそもだ。自分の知っている外とは光景が違う……それは、そうなのだが。空も地面も、そうなのだが……まず、第一に一目で違うとわかるものがある。

 ……暗いのだ、全体的に。夜……ともまた違う。暗いとはいっても、黒いわけではなく正確には……紫色のように、辺りが暗いのだ。


「なんだ……これ」


 紫がかった景色……空に、草木に、見覚えのなさすぎる光景。自分がなぜここにいるかなんて、わかるはずもない。わかるのは、部屋でいきなり、変な光に包まれて……気づけばここに、いたということ。

 ……そうか、これは夢か。男は頬をつねる。痛い。足を軽く殴る。痛い。夢じゃ、ない。

 夢じゃないならば、それはそれでこの状況の説明がつかない。なんなのだ、これは。周りを見ても、自分の他には誰も……


「……お待ちしておりました」


 ビクッ……と、男が肩を震わせたのは仕方のないことだろう。こんなわけもわからない状況に陥り、いきなり声をかけられたのだ。

 男は恐る恐る、声のした方向を見る。見知らぬ場所でかけられた声……に加え、男は普段不登校児であり、家族以外との会話は基本ない。だから、話すことにも不慣れだ。

 そんなことを思いつつ、男が見た先にいたのは……黒いマントに身を包み、顔さえも隠した完全なる不審者であった。


「……え」


 その、思いもしない人物からの声に、男は唖然とし声をも漏らす。話しかけてきたその人物は、真っ黒だったのだから。

 今のやり取りだけでは、何者なのか、男か女かすらもわからない。若干、女寄りな気はするが。なにせ、全身がマントに包まれており、口元も覆っているため、声がこもっているのだ。

 その人物は、男の困惑などお構いなしに話を続ける。


「どうやら、召喚は成功したようですね」

「……しょう、かん?」


 その人物がなにを言っているのか、わからない。首を捻る男に、黒い人物は大まかに話し始めた。

 ここは男のいたのとは異なる世界であること。黒い人物が男をこの世界に召喚したこと。召喚した理由はある役目があってのこと。

 そして……自身は、人間ではないこと。


「は……」

「姿を隠したままで申し訳ありません。いきなり姿を見せると、驚いてしまうと思われたので」


 今の段階で充分驚いている、とは返さない。状況の整理が先だ。

 ここがいきなり異世界だと言われ、はいそうですかと受け入れられるはずもないが……ありえるはずもないが。それでも、確かに、そう考えれば、説明はつくのだ。

 異世界? 召喚? まるで物語の中みたいだ、そんな事態は。それに、自分はなんの変哲もない平凡な……平凡以下の存在だ。それが、どうして……

 尽きない疑問はたくさんある。その困惑を、目の前の黒い人物は汲んでくれたようだ。


「ここにいては、実感もないでしょう。ここがあなたの世界から見た異世界だと、証明するためについてきていただけますか」


 実感は確かにないが、夢だとももはや思えない。黒い人物は、座ったままの男を立たせるために、手を差し出した。それを、恐る恐る男は取る。

 ……黒いマントから露になった腕は、肌が青かった気がするのだが……この、紫色の空間のせいだろう。人間の肌が青いなんて、あり得たい。

 男を立たせ、黒い人物は背を向け、歩きだす……直前に、口を開いた。


「ちなみに私は、人間ではありません。魔族と呼ばれる者……そして、この先にいるのは、魔族のみです。人間はあなたのみですので、ご理解ください」


 まるでこちらの心の内を読んだような、言葉。それを言い終わり、黒い人物は歩きだす。男は、当然ぼかんとして立ち尽くしたままだ。

 魔族? やはり物語の中でしか聞かない言葉だ。なるほど姿を隠しているのは、人とは異なる姿を見せて驚かせないためか……そんなバカな。

 なにがなんだか、わからない。だが、こんなところに置き去りにされるのは心細すぎる。迷った挙げ句……男は、自らを魔族と称する黒い人物の背中を、追いかけていく。
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