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英雄vs暗殺者

残ったものは

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 もうノットは、動けない。別に私は戦いをしに来たわけじゃない……だから、こうした深手を負わせたのが私ではなくても、別に気にはしない。

 これが、ギャラリーのいる試合であったならば、一対一の勝負にまったく関係のない第三者が現れ、致命傷を与えて去っていく……そんな行為は、許されるものではないだろう。

 だけどこれは、試合ではなく殺しあい。そして私の目的は、世界への復讐だ。誰がどうしようと、結果としてうまくいけばそれでいい。


「……どうせ、依頼をこなせなかった、私に、もう価値はない……」

「そう。……じゃあね……またみんなに会わせてくれたことには、感謝してるよ」


 あんないっぺんに襲いかかられたのは全然嬉しくないけどね。

 私は、右手で指パッチンを鳴らす。放たれた炎は、倒れたノットを燃やし……火は、あっという間に燃え上がる。


「最後まで、私の炎で……まったく、やな、奴だ……」


 体が炎に包み込まれる感覚は、叫びたいほどに痛く熱いはずなのに……ノットは、弱音一つ吐かない。どころか、自分の技でとどめをさされることを嘆いてさえいる。

 人体をも燃やし尽くす炎は、本来の使用者であるノットを容赦なく燃やしていく。ちなみに、この炎を出せるのはやっぱり右手だけで、左手じゃあ無理だ。この右腕が、ノットのものだからか。

 呪術の炎は、包み込んだノットを……燃やし、尽くす。炎が消えた頃には、ノットがそこにいた形跡は跡形もなくなくなっていた。

 そして、ノットが死んだことにより……


「ん、んん……」


 意識を失っていた、ユーデリアが目を覚ます。どうやら、完全には死んでいなかったようだ……運がいいんだか、悪いんだか。戻ってこれて良かったが、仇は討てなかったってわけだ。


「っはぁ……」


 ノットを殺し、正真正銘この場での敵はいなくなる。なので、私はその場に仰向けに寝転がった。呪術により黒く染まった手足は、いつの間にか元に戻っていた。あちこちが痛い。

 この村に来て、突然紫色の霧に包まれ、記憶の中の人物と戦わせられて……それを乗り越えたと思ったら、今度は術者であるノットとの殺しあい。

 ホントに、死ぬかと思った。あのとき、ノットの昔馴染みであるローニャが現れなかったらどうなっていたことか……あのまま戦いが長引けばユーデリアは間違いなく死んでいただろうし、私だって……

 不気味な女ではあったけど、一応私に良いように働いてくれた。そのローニャは、飼い主様とやらに呼ばれ、もうここにはいない。


「あれ……」

「やぁ、お寝坊さん」


 起きあがったユーデリアは、辺りをキョロキョロと見回している。まだ、状況を理解できていないのだろう。無理もないとは思うが……

 しかし、なにかを思い出そうとするように、頭を抱えている。あの紫色の霧の中で、私とユーデリアは記憶の中の人物と戦わされた。

 勇者パーティーのメンバーだった五人と戦わせられた私は、奇跡的に生き残ることができた。途中発現した、この呪術の力のおかげ……とは癪だけど。でも、事実呪術の力がなかったら、私は……


「確か……変な霧に、包まれて……」


 ここに至るまでの道筋を、一つ一つ思い出しているようだ。あの幻覚との戦いを生き残った私とは違い、ユーデリアはその記憶の相手に殺された。

 その相手が誰かは、本人ユーデリア術者ノットしか知らないことだろう。もっとも、ぼんやりしている意識の中で覚えているかはわからないけど……

 徐々に青ざめていくユーデリアの表情を見るに、自分が誰と戦った……いや戦わせられたのか。そして殺されたのかを、思い出したようだ。


「なんか顔青いけど、まだ気分悪いの?」

「……いや、なんでもない」


 敢えて、誰と戦わせられ、殺されたのか聞くつもりはない。それを聞くのは、少なくとも今のユーデリアにとっては酷だろうし……だいたい、察しはつく。

 高い戦闘能力を有する氷狼のユーデリア。子供とはいえ、そのポテンシャルは目を見張るものがある。だから、少し驚いた。

 いくら記憶の中の人物とはいえ、大抵の相手には、殺されることはないだろう。

 勇者パーティーメンバーのような規格外の相手であれば話は別だろうが、ユーデリアは生き返った師匠を覗けば、マルゴニア王国でグレゴやエリシアとちょっと戦ったくらいだ。そんな相手が、記憶から飛び出してくるとは考えにくい。

 相応の実力者ともなればバーチもいるが……彼はマルゴニア王国で、実際にユーデリアが殺している。障害にはなり得ない。

 ならば……ユーデリアにとって、もっとも戦いにくい相手。そんな相手がいるとすれば……それは、きっと……


「ブルィイイン!」

「おっ」


 考え事に浸っていたところで、聞き覚えのある鳴き声。その主は、まっすぐこっちに向かってくる。


「コア、無事だったんだね」


 ボニーである、コア。あの紫色の霧に包まれて以降、姿が見えず気にかかっていたが、無事だったようだ。

 本当ならば起き上がって抱き締めたいが……体が、全然動かせない。それがわかってかは知らないが、コアは寝転んだままの私の頬を、ペロペロと舐めてくる。

 それはくすぐったくも、ちゃんと生きているのだと実感を、与えてくれた。
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