上 下
301 / 522
英雄vs暗殺者

因果応報

しおりを挟む

 ローニャに、腹から胸にかけてを手を振ることで斬られたノットは、突然の衝撃に唖然としているようだ。本来ならば、あんな深手を易々と受けることはないだろう。

 だが、相手が昔馴染みで、見た目非力な女性ならば、油断はあったのかもしれない。彼女がまさか、こんなことができるわけがないと……性格的にも、性能的にも。


(なん、だこりゃ……これが、ローニャ……?)


 斬られたノットの表情は、驚愕に染まっている。一方のローニャの顔は……私からじゃ、後ろを向いているので見ることはできない。


「私は、飼い主様のところに行かないといけない。邪魔」

「ぐっ……?」


 その冷たい声色からは、表情も無の感情を表しているだろうことは予想がついた。

 よろつき、体勢を崩したノットの腹部を蹴り、彼女を仰向けに倒す。あのノットが、油断していただろうとはいえ……地に、背中をつけた。

 ローニャは、決して戦闘が得意ではなさそう。むしろ、戦闘のせの字も知らないのではないだろうか。それでも……その殺傷力は、恐ろしいものだ。


「……あなたも、邪魔、する?」


 ローニャの顔が、こちらを向く。その瞳は、なにを考えているかわからないほどに無で……まるで、呑み込まれてしまいそうだ。


「いやいや、しないよ」

「……そう」


 私の答えを聞くや、ローニャはもう私には興味もなさそうに歩いていく。彼女が言う、飼い主様のところへだろう。

 ……ご主人様でなく、飼い主様、か。その呼び方に、とてつもなく不吉な感じがする。まるで、人としてではなく物として扱われているような、そんな感じが。

 彼女が奴隷、という立場なのか、はっきりしたことはわからない。けれど、彼女が奴隷だとするなら……ユーデリアも、もしあのままいけばローニャのようになっていたのだろうか。

 いや、ユーデリアの場合……ローニャと同じ獣人でも、その価値はまったく違う。どこにでもいるようなタヌキの獣人と、伝説の生き物と呼ばれる氷狼だ。

 珍しいのだから、実験動物的な扱いは間違いなく受けるだろうな。


「……ま、私には関係ないか」


 ユーデリアがそうなっていたかもしれないというだけで、実際にはそうなってはいない。ローニャが奴隷であろうとなかろうと、私には関係ない。

 それより、今すべきことをしよう。ユーデリアで思い出したが、彼を起こす方法を聞き出さないと。……本当に死んでなければ、だけど。


「……はは、参った……暗殺者ともあろう、者が……あんな、ひ弱い、獣人なんかに……」


 ノットへと近づく。仰向けに倒れた彼女は大の字に両手両足を広げており、渇いた笑みを浮かべている。

 暗殺者……"疾風"、だっけ。そんな自分が、昔馴染みとはいえ自分とは違う世界にいる相手に、こんな醜態を晒すことになるとは、思わなかったのだろう。

 その体を見てみると……その傷口は、素人とは思えないほどに鮮やかだ。それも、的確に急所となる部分を切り裂いている。


「ざまあない姿だね」

「返す言葉も、ないね……指すらもう、動かせない。……腕を、もがれ、持てる力を、駆使して……結果が、これだ」


 しゃべる力は、まだ残っているようだが……口以外動かせそうもないってのは、本当のようだ。まさか、紫色の霧で記憶の人物たちと戦わされたころから始まり、あれだけ苦しめられたノットが……こんな姿に、なるなんて。それも、第三者相手に。

 思い返せば、ノットにとって散々な結果だよな。これまで一度の依頼も外したことがないって自負してたのに、こんな醜態を晒し。本人も言うように、腕までもがれて。

 こうして、無防備を晒して、倒れている。


「……一応聞くんだけど、ユーデリアを元に戻す方法ってあるの」


 もはやノットからは、殺意も戦意も感じられない。これが、決着というのなら……なんとも、あっけない幕切れだ。

 もちろん、暗殺者っていうからには私の油断を誘うために、わざと弱いところを見せ、殺意を隠している可能性もあるだろうが……だから、私は油断はしない。


「はっ、気にするん、だな…………あのガキは、夢の中で死んだ。が、それからまだ、さほど時間は経ってない……術者を殺せば、意識は戻る、はずだ」

「ずいぶんあっさり話すんだね」


 最後の悪あがき、というわけじゃないけど、ユーデリアの意識を戻す方法について素直に答えるとは思っていなかった。やけにあっさりしてるし、もしかしたら……


「嘘、じゃないか、って? はっ、私は負けた……経緯はともかく、な。それなのに、最後にまで意地汚い真似は、しない」


 ……嘘では、なさそうだ。暗殺者としてのケジメ、ってやつだろうか。負けたからには、潔く負けを認める、と。まあ負かしたのは正確には私ではないけど。

 術者……つまりノットを殺せば、ユーデリアの意識は戻ってくる、と。正確には生き返る、と。その口ぶりから、時間が経てばそれは無理らしいな。

 なら……残念だけどユーデリア、キミに仇のノットを討たせてやることは、できそうもないよ。


「……因果応報、か」


 ボソッと、ノットは呟く。ノットは、自分が見捨てたローニャにより、致命傷を負わされた。自分がやった行いが、巡りめぐって帰ってきたのだ……相応の報いをもって。

 その言葉は……なんだか、私自身にも言われているような、気がした。私もいつか、相応の報いを受けることになるのかな、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...