上 下
298 / 522
英雄vs暗殺者

なにも感じない

しおりを挟む


 ……あれは、誰だろう。

 ノットの背後をとり、体当たり……もとい抱きついた女性。獣人、か。見た感じ、ノットと同じくらいの年齢だろうか。それに、顔見知りの様子。

 ただ、どういう関係なのかはわからない。仲間……というわけではなさそうだが、敵対しているわけでもなさそうだ。少なくとも、あの獣人は。多分。

 というのも……離れているせいもたるんだろうけど、あの獣人がなにを考えているのか、まったく読めない。ノットに対する懐かしさ……それだけは、確かに感じるのだけど。

 他の感情を、感じない。嬉しさも、悲しさも、怒りも……なにも。

 どうしよう。二人がどんな関係か知らないけど、なんかノットは動く様子がないし、このまま二人もろともに攻撃してしまおうか。あの獣人が誰であろうと、私にとっては関係ないし。

 なにを話しているかよくわからないし、興味もないけど……話に夢中になってる、今のうちに……


「で……そっちの誰かさんは、誰なのかなぁ?」

「っ……!」


 攻撃をくらわせてやる……そう、思っていたところへだ。急にあの獣人が、こちらを向いた。ノットにだけ向けていた顔は、なんの前触れもなく私の方を見て……

 目を見開き、じっと……私を、見る。どうしてだろう、ただそれだけなのに……どうしようもない、恐怖とは別の、恐怖と似た感覚を覚える。

 獣人の、その目は……世界に絶望した目、か? 私はこの世界に戻ってきてから、自分の顔をそんなに見ていないけど……私もあんな目をしているのか、というくらいには、世界そのものをどうでもいいとでも思っているかのような目だ。


「私は……」

「そういえば、さっき、ノットを殺そうとしてたよねぇ。それって……」

「……くっ」


 このまま話をしていたら、なんだか相手のペースに呑み込まれてしまいそうだ……だから、私は指パッチンをして、獣人へと炎を放つ。

 あいつが何者かは知らないけど、ただ者の雰囲気ではない。こちらに危害を加えられる前に排除しておいた方がいい。もしこの炎が効かなかったら、別の手段で……


 ボゥッ


「っ……かふっ……」

「あれ……?」


 あの得体の知れない雰囲気。それとは対称的に……あっさりと炎を受け、獣人は倒れる。あれ、てっきり……あの異様な佇まいから、大抵の攻撃は通用しないくらいに思っていたのに。

 体が燃え……というより、爆発した彼女は、口から煙を吐きながら……倒れる。なんで、爆発……? いや、正確には、燃え上がった炎が、そのまま燃え広がるではなく爆発した、だ。


「ろ、ローニャ……」

「あふっ……げほっ、うぇ……」


 ローニャと呼ばれた獣人は、私がやっといてなんだが、見ているのもつらいくらいにぼろぼろになりながらも……ゆっくりと、立ち上がっていく。

 炎は燃え広がらなかったとはいえ、あの爆発をまともに受けて……立ち上がるのか? たいして丈夫そうな体じゃないし、それに魔力で防いだ、なんてこともしていないのに。


「っはぁ……今の、痛かったよ……多分。でも、ね、意味ないんだ私には。もう痛いのも、苦しいのも……そういうの、なにも感じないんだ」

「……」


 ……ローニャがなにを言っているのか、よくわからない。痛いのも苦しいのも、なにも感じない? そんなことが果たして、あるのだろうか。

 どんなに鍛えても、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。はずなのに……その言葉には、妙な説得力がある。

 なにより、それを聞いたノットが、青ざめている。やはりあの二人、なにかあるんだ……


「お前……なにが、目的だ。ここで再会したのは、偶然だろう。けど……私を、どうしたいんだ。恨んでないとは言ったが……言っとくが、私はあの時あんたを見捨てたことを、詫びるつもりはない。なにをすれば罪滅ぼしになるとか、そんなことを受け入れるつもりもない。再会して混乱してたが、もし私の邪魔をするなら、あんたを……」

「だぁかぁらぁ、違うんだってば。ノット、私はね……言ったよね、ノットを恨んでないし、今幸せだって。言ったよね?」

「……じゃあ、なにがしたいんだ」

「また、昔みたいにさ、二人で、一緒に過ごそうよ」

「は……?」


 ……二人がなにを話しているか、さっぱりわからないが……なんだ、この違和感は。

 ローニャのあの目……目が、泳いでるっていうか。焦点が、定まっていない? 話の順序が、まるで立っていないようにも、感じる。

 それに、炎を放った私は、もうすでに眼中にないようだ……


「お前、なに言ってる……?」

「そんなにおかしなこと、言ってるかなー? 昔みたいに、二人で一緒に、ね? 今こ私の飼い主様なんだけど、いい人、なんだよ。ノットもきっと、気に入ってもらえるよ。右腕がないし体は所々凍傷の痕があるけど、そういうの、気にしない人だから、ねぇ?」


 ただ、ノットだけを見て……自らのぼろぼろの体も気にした様子はない。ない、が……


「あぁ、でも……せっかく日々お手入れしてきたのに、体をこんなにされちゃって。ちょーっと、傷つくなぁ」

「っ!」


 痛みや苦しみより、体を傷つけられた……その事実を確認するように、ローニャは自らの体を撫でる。多少なり火傷もしているはずなのに、痛がる素振りもなく。

 なん、なんだこの女……


「お前……もう、私の知ってるローニャじゃないな。完全に、おかしい」

「あは、おかしい? ノットがそれを言うんだ? 私を見捨てた、ノットが」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。 しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。 冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。 自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...