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英雄vs暗殺者

右腕

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 黒く染まった、両足……その部位は、あるはずの痛みを忘れて動かせる。ただし、その負担は全部膝に溜まっており、足に疲労を感じない分、膝に余計に疲労を感じるような気がする。

 膝まで黒く染まれば、こんなことはなかったんだろうが……今は、とにかく足を動かせるだけで充分だ!


「よっ、と」


 ユーデリアをその辺に投げ、視線はノットへ。もはや私の四肢は、黒い呪術の力に侵食されてしまっている。右腕は千切れ、足は自分で望んだことではあるんだけどね。

 それでも、戦う力がほしいと願ったのは自分だ。だから、この局面を乗り越えたあと、どんな副作用に襲われようとも覚悟はしている。


「ちっ、次々と厄介な……!」

「厄介なのは、お互い様でしょ」

「はっ。切磋琢磨ってやつか」

「それは違う」


 得意気な表情で、意味の違う四字熟語を言う。それを指摘して、少し顔を赤くしているあたり、自分では意味を理解していなかったのか。

 ……自分ではその意味を理解していないってことは、誰かに教えてもらったのか? というか、切磋琢磨って……


「おわっ!」


 まばたきの一瞬の間をついて、飛んでくるクナイ。それを、避けようとするが……それよりも早く、黒い煙がクナイを呑み込んでいく。


「うげっ、それもかよ……なんなんだそりゃ気持ち悪いな」


 ナチュラルに気持ち悪いとか、そんな引いたような表情をされると、さすがに傷つく。私だって、これがなんなのかわかっていないのだ。

 それにしても、炎を呑み込んだ時点でもう驚きはしないが……なんでも呑み込むな、これは。呑み込んだものは、いったいどこに行っているんだ。そういうのも、考えたらきりがなさそうだ。


「やっぱ……」

「……んっ?」


 瞬間、ノットの姿が消える。いや、消えたというのは誤りだ……消えたように動き、私に狙いをつけさせないだけだ。

 炎もクナイも、遠距離の直接攻撃が通じないとなったら、方法は一つ……その身で直接、切り込むことだ。

 どうせなら、背後から……


「どわっ!」


 しかし、切り込まれたのは正面から。寸前に後ずさるものの、顔を狙われていたから髪の毛の先を少し切られてしまった。パラパラと、目の前に落ちていく。

 また背後や、少なくとも視界の外から襲ってくるものだと思っていたから……これは、予想外だった。

 そのまま、ノットは短剣を振るう。しかも、今度は両手に持っており、両方ともが赤く光っている。二刀になった分、その動きはさらに激しさを増す。

 私は避けつつ、左手を繰り出し反撃するが……それは、短剣に受け止められてしまう。同じ呪術の力では熱さを感じなくはできないようで、受け止められた部分が熱い。

 二本の短剣と、左手とで打ち合っていく。ノットは進退し、それに合わせて私も後退する形だ。力自体はあまりないとはいえ、スピードの乗ったそれはやはり重い。

 しかも、受け身ばかりでは……!


「っ……」


 蹴りを放とうにも、その場合は足よりも膝の力が大きい。膝が思うように動かせない今、移動だって膝を曲げられない状態だ。

 できる抵抗といえば、せいぜい目潰しを狙って地面の砂を蹴りあげるくらい……!


「はっ、そんなのが通用するかっ」


 だが、予想通りというかなんというか、ノットにそんな小細工は通用しない。蹴りあげられた砂を難なくかわし、攻撃体勢を続ける。

 いくら足が動くようになっても、これじゃ……


 モコモコッ……


「おっ?」


 状況の打開を考えていたところに……右腕に、違和感。いや、正確には右腕の、千切れた部分にか。こんな場所でも違和感は感じるんだと、ほんの少しの考え。

 さっき、この右腕の千切れた部分から煙が出てきたのと同じように……またも、煙が出てくる。やはりそれは、重さを持った煙、と表現できるものだ。わたあめっぽい。

 それは、迫るノットの右腕を呑み込んだ。


「はっ……?」


 斬撃を繰り出していたんだ、動きが止まるはずもなく……ノットの右腕は、吸い込まれるように黒い煙の中へと突っ込まれた。が、ノットの表情に変化がないあたり、痛みとかはなさそうだ。

 ただ、呑み込んだだけなのだろうか。不吉な予感。ノットもそれを感じ取ったのか、飛び退くようにして、右腕を黒い煙の中から引きずり出すと……


「っ……私の、右腕が……!」


 黒い煙に突っ込んだノットの右腕……正確には、右肘よりも少し上の部分から先が、なくなってしまっていた。欠損、していたのだ。

 なにかの見間違えかと思った。だが、現実としてそこにある。ノットの右腕は……この黒い煙に、文字通り呑み込まれたのだと。その際、右腕が失われるという痛みを、感じさせることもなく。ノットの表情は、痛みよりも驚きだ。

 さらには、欠損部分から血も流れていない。それどころか、切断部はきれいなもので……まるで、最初から腕などくっついてなかったのではないかと思われるほど、きれいな切断部だ。切断面がそこにしっかりあるのは、別として。


「っ……てめぇ……!」


 なくなった右腕。それはノットの戦力ダウンとともに、怒りを湧かせるのには充分だ。憎しみの目を、向けられる。

 炎、クナイだけでなく……人の体の、一部まで。なんなんだこの右腕……右腕? ノットの右腕を、呑み込んだなんて。

 それと、ノットも呪術使いだし、私のこの右腕みたいに、ノットからもなんか生えてこないだろうな?
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