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英雄vs暗殺者

燃ゆる炎

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 フードの人物は指パッチンをして……その直後、私の体が燃え上がっていく。そこにどういう原理があるのかはわからない……ただ指パッチンが、合図となっているだけなのだろう。

 いや、それよりも問題なのは……この、指パッチンからの炎の流れに、見覚えがあるということだ。直接見たわけではないけど……

 それは……


「って、あちちちち! あっつい!」


 のんきに考えるよりも先に、この炎をどうにかしないと! 焼け死んでしまう!

 くっそ熱いなちくしょう! なんなんだこれ! どうしたら消えるのこれ!

 その場で転がり、体についた火を消そうとする、が……当然、全身を覆うほどの火をそんなことで消せるわけもない。ただ、全身を襲っていた痛みを上回るほどの熱さが、体の内側まで焼き尽くしていくような感覚が……!


「くっ……!」


 意識が途切れてしまわないうちに……残っていた魔力を、発動。上空に水の塊を作り出し、まるでバケツの水を被るかのように、水の塊を私の体へと落としていく。


「ぶっ……!」


 あまりの衝撃に、思わず声が漏れてしまう。とにかく炎を消すことに気をとられて、こんな塊を一気に落としてしまった。

 おかげで、水の塊がぶつかった頭が少し痛い。痛い、けどこれで……


「……っはぁ! 助かったぁ!」


 全身を襲っていた炎は、ちゃんと消えた。水で打ち消せなかったら、どうしようかと思った。

 なんせ、あの炎は魔法とかじゃなく……十中八九、呪術によるものだから。呪術の力を、魔法の力で打ち消すことができるか、確証がなかったからだ。とにかく消せて、よかった。


「あぁ? まさかこの炎から逃れられるとは……相当の魔力みたいだなぁ」


 フードの人物は、多少は驚いた様子を見せるもののまだ余裕のありそうな態度だ。察するに、あの炎から逃れることができた人物は、そうはいないらしいな……あの村の、人たちみたいに。

 見覚えが、ある。しかし直接見たわけではない。いや、間接的にだが直接見たことにはなるんだろうか……ま、どっちでもいいか。


「あん? なんだよ黙っちまって。まさか今のでビビったか?」


 私とこいつは、初対面だ。でも私は、こいつの炎を知っている。指パッチンを合図に、人や村を燃やし尽くしていった所業を、この目で見たのだから。

 あの村を……村に住む人を襲い、一人を残して皆殺しにした直接の人物。私が一方的にだけ知っている、こいつは……


「ノット……」

「……っ」


 その人物の、名を呟く。その瞬間、空気が張り詰めた気がした。目の前の人物は、動揺を見せない……さすがだ。

 それでも、確かな違和感は、そこにあって。


「なんのことだ……?」

「とぼけても無駄。私はお前を知ってる。氷狼の村を襲い、一人の子供以外すべてを焼き尽くしたことも」

「……」


 手がかりは、やはりあの指パッチン。そしてそれにより発生した炎。この二つの要素は、私の記憶の中にあったとある人物と、しっかり結び付いてくれた。

 記憶の中の人物は……彼女は、こう呼ばれていた。ノットと。

 このフードの人物がノットという人物と同一人物なのか、確証こそないが、ほぼ間違いないと思っている。あの特徴的な仕草をする人物となんて、ノットを除いて見たことがない。指パッチンからの炎なんて。

 それに、人体を焼き尽くす炎。それは、フードの人物の正体を決定付けるに等しい。


「……おっかしーな。あんた、私と会ったことないよな? それに、目撃者なら一人残らず消してるはずだ」


 もうとぼける気はなくなったのか、その人物はフードを取る。すると、そこにいたのは……この村の料理店でさっき会った、なんかちょっとだけ会話をした人?

 記憶の中の、ノットの顔ではない。


「その顔は、変装? それとも、そっちが素の顔?」

「おーおー、そこまで知ってんのかよ」


 顔が違う……それを指摘した瞬間、その人物の顔がぐにゃりと変化していく。それは、瞬く間に記憶の中のノットの顔へと変化した。

 いや、顔だけではない。体つきも、なにもかもだ。


「なんなんだ、お前は……」

「知らなくて当然だよ。私は、見てきただけなんだから」

「あぁ?」


 ノットにとっては、わからないことだらけだろう。

 もしも私が、力のない単なる一般人で……直接ノットの所業を見たなら、殺されていただろう。目撃者は一人残らず消してるとは、そういうことだろう。

 だけど、私は違う。このエリシアの左目が映し出した、過去の映像。ユーデリアの故郷、氷狼の村に行ったときに映し出された、実際にあった光景。

 なんでそんな現象が起きたのかは、わからない。ただ、確かにこの左目は氷狼の村で起こったことを映し出した。その中には、マルゴニア王国の兵士たちが村を蹂躙する姿もあった。

 そこにいた、マルゴニア王国のウィルドレッド・サラ・マルゴニアの側近バーチ。彼が、ここにいるのと同じ人物をこう呼んでいたのだ。ノットと。

 過去の映像なのに、意識すれば声を聞くこともできた。さすがに物に触れたりはできなかったけど。それによって、私は氷狼の村で起こった悲劇を知ることができた。


「なんつーか、気味が悪いなあんた」

「それは、お互い様だと思うけど」
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