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英雄狙う暗殺者の罠
木の枝
しおりを挟む戦える限り、いや体が動く限りグレゴは諦めはしない。それはグレゴの……いや、グレゴだけじゃなくエリシアも、師匠も、サシェも、ボルゴも。みんな、諦めが悪いのだ。みんなの、心意気だ。
得物がなくなれば、調達すればいい。たとえ木の枝でも……グレゴには、その力がある。が、なにも木の枝の耐久性が上昇するわけではない。
木の枝は、あくまで木の枝だ。鉄の強度を持つ剣に、敵うはずもない。それは、あくまで一時しのぎ……ただ一太刀だけの、耐久性しかない。
だが、たった一太刀であろうと……油断は、できない。むしろ一太刀しか持たないからこそ、グレゴはその一太刀に全てを、全霊をかけてくる。
「……怖いなぁ」
追い詰められたからこそ、自身の真価が発揮される……つまりは、そういうことだろう。
呪術に呑まれそうなのを必死で抵抗しているエリシア、木の枝を得物にしているグレゴ、右肩を負傷したサシェ……状況は、確実に変わりつつある。
ひとまずは、自分のことでいっぱいいっぱいのエリシアは、自分にも仲間にも回復魔法を使う余裕はないだろうってことだ。
「本当ならこのまま……」
意識が朦朧としているエリシアを、始末してしまいたいところだ。だが、グレゴと師匠が自由になった以上、二人に隙は見せられない。
距離が離れているとはいえ、こんな距離、二人にとってはあってないようなものだ。師匠は言わずもがな、グレゴだってそれなりに肉体を鍛えているのだ、常人以上の身体能力がある。
それに、サシェは右肩を矢が掠めた程度だ。すぐに立て直してくる。それはサシェに寄り添うボルゴも同じこと。
一応、回復担当を使用不能にさせただけでも、今はよしとして……
「きたか……!」
師匠が、私の呪術の腕を踏み潰し消滅させると同時、動く。その場で屈んだかと思えば、まるでかけっこのスタート準備のようなポーズ。腰を突き上げ、地を蹴ることでその場から走り出す。
なんとも、見た目に似合わないきれいなフォームだ。筋肉もりもりの男の荒々しい走りかと思えば、規則正しく腕を振り姿勢を正す……まるでアスリートのようなフォームだ。
フォームがいいだけでなく、足も速い。あっという間に、私との距離を詰めてくる。
「ハッ!」
だけど、わざわざ師匠のリーチ内の範囲になるまで待ってやるほど、私はお人好しではない。走ってくる師匠に向かって、拳から放つ衝撃波を飛ばす。
当たれば、大岩が砕けるほどの威力。しかし師匠は、それをまるでハエを叩くようにして、叩(はた)き落とした。
「うそぉ」
衝撃波を目で追うとか、それに対して腕を振り下ろすとか、そもそも叩き落とせるとか……どんな動体視力と体してるんだ、今さらだけど。
衝撃波をものともせず、師匠はそのまま向かってきて……
「ふんぬ!」
「せい!」
何度目かの、拳のぶつかり合い。この黒い左手なら、今の弱った体でも師匠に対抗できるとはいえ……左手頼りになっていくわけにも、いかないしな。
さっさと、片を付けるに越したことはない!
「よっ」
「ぬっ……?」
拳の衝突……が続くかと思っていたらしき師匠は、思わぬ事態に呆気にとられた声だ。それもそうだろう、拮抗していた力のバランスが、いきなり崩れたのだ。
拳のぶつかり合いから一転、私は力の起点をずらし、師匠のバランスを崩す。これまで、正面からの力のぶつかり合いが続いていたから、いきなり私が体勢をずらすとは思わなかったのだろう。
バランスの崩れた師匠の腕を掴み、思い切りぶん投げる。その先は苦しんでいるエリシアの所であり、周囲への注意が疎かになっているエリシアに、師匠の巨体が衝突する。
「ぐ、ぁ……!」
「おわっ、すまんエリシア……!」
師匠の巨体と衝突したエリシアは、余計に苦しそうだ。逆に、師匠はけろっとすらしているようで……
そりゃ、あの体格差に師匠の固さだ。痛いのは、エリシアのほうだろう。
「どっちで苦しんでるのかわかんないや」
呪術に呑まれそうです苦しんでいるのか、それとも師匠が衝突したことで苦しんでいるのか、わかったもんじゃないな。
ちょうどいい、二人いっぺんに……!
「っ! ったく次から次へと……!」
しかし、次に迫るのはグレゴ。先ほどまでなにやら集中していたが、集中力が高まったのか、突進してくる。
たった一太刀しか使えないのだ、グレゴが得意とする飛ぶ斬擊の心配はない。それに、得物が木の枝だ……グレゴの大剣に比べれば、とんでもなく短いリーチだ。
気を付けていれば、恐れるものではない。木の枝を武器として使うことに驚きこそしたが、脅威として感じるものではない。
「もっかい折ってやる……!」
その辺に落ちている木の枝が武器になるなら、剣とは違って何度でも武器は手に入るだろうが……それでも、グレゴの心を折るにはいい材料になるかもしれない。
ただまっすぐ走ってくるだけじゃなく、左右に素早く動き狙いをつけられないようにしている。無駄な行為だ……グレゴがどう仕掛けてくるかくらい、私にはわかる……
「そこ……!」
グレゴの得物が伸びるより、私が打ち込む方が早い。衝撃波を放つために、拳を振り抜く……が、激しい音をたてて拳がなにかにぶつかる。
これは……ボルゴか! 私が拳を打ち出すであろう角度を見計らい、拳がグレゴに届かないよう、守りの力で衝撃波を防いだってことか。
「ボルゴ……!」
「そこ!」
「!?」
拳を打ち出し、それを防がれたことにより生じた隙……その隙を、グレゴは見逃すことなく……繰り出す一閃が、私の体を引き裂いた。
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