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英雄狙う暗殺者の罠
魔法による強化
しおりを挟む矢の雨は、景色が変わることなく降りしきる。これは、サシェをどうにか倒さない限り続くってことか……ただ、矢だけならばたいした攻撃力はない。魔力の壁で充分防げるレベルだ。
とはいえ、このままここにじっとしたままというのも……
パキパキ……ッ
「んん?」
そこで、なにかが割れるような……そう、ガラスにひびでも入っていくかのような、音が聞こえる。
音が聞こえたのは、魔力の壁から。魔力の壁は、透明だ。だから、亀裂が入ったらまるで空間にひびが入っているかのようだ。
なぜ、ひびが入っているか……それは、サシェの矢が当たっているせいだろう。だが、こう言っちゃなんだがサシェ程度の攻撃力では、たとえエリシアの魔力の半分の力の盾であっても、傷すらつけられないはずだ。
ならば、この無数の矢が同じ箇所に当たったことで、魔力の壁の耐久力が弱まったのだろうか。雨垂れ石を穿つという言葉もある、コツコツと同じ場所に当たったことが項を奏したのか。
それも、あるだろう。だけど……感じる。サシェの矢から、エリシアの魔力を。エリシアが、サシェの矢を魔力により強化している!
それにより、矢の攻撃力は格段に上昇してしまっている。それでも、一撃で魔力の壁が壊れないのは、無数の矢すべてに魔力強化をしているから、力も分散しているからだろう。
一本のみを強化すれば、簡単に魔力の壁を壊せるだろう。エリシアの魔力で強化された矢なら、エリシアの魔力の半分の力しかない壁など、簡単に壊せる。
それをしないのは、それでは効率が悪いからだろう。たとえ魔力の壁を壊しても、残る矢がただの矢なら、防ぐのは容易い。が、エリシアの魔力で強化された矢が無数に降り注げば、それは明らかな脅威だ。
「やらしいことしてくるな、エリシアは……」
『魔法かー、私も使ってみたかったんだけどな』
『こればっかりは仕方ないよ。魔法は、魔力を持つ者しか使えないから……この世界でも、すべての人が魔力を持ってる訳じゃないし』
『私が異世界の人間だから? けど、ラノベとかだと異世界召喚された主人公は、魔法使えるチートな存在になってるっていうのに……ぶつぶつ』
『らの、べ? ちょっとよくわからないけど……魔力が少しでもあれば、訓練すれば魔力を底上げすることはできるよ。けど……』
『からっからの人では、いくら努力しても無理ってことか』
『あはは、まあ……うん、そういうこと』
『せっかくの異世界だしこう、私も火とか風とか、魔法ってものを操ってみたいなって気持ちはあったんだよねぇ。そういう夢って、あるのは青少年だけじゃないんだよ』
『けど、アンズの拳も魔法みたいなもんだし……』
『魔法じゃなくてただの馬鹿力なんだけど!?』
『いや、ほらその力も魔法みたいに規格外っていうかさ……』
『だからそれが馬鹿力なんだって!?』
『ふふっ。でも、アンズが魔法使いってのはイメージわかないかなー』
『え、そうかな? それって私がもう肉体派のイメージついちゃったからってだけじゃないかな……』
『それもあるけど……』
『あるんだ!?』
『アンズみたいな年頃の子も、魔法術師にはなってたりするから、年齢ってことでもないんだけど……やっぱり、イメージできないや』
『……そういや、ちょくちょく魔法使いってのと、魔法術師ってのを言い分けてるけど、どういうこと? どっちも同じじゃないの?』
『意味としてはね。違うとしたら、立場かな。簡単に言えば、魔法使いは、普通に魔法が使える人のこと。魔法術師は、魔法が使える兵士……ってこと』
『ほほー、なるほど。言われてみれば、マルゴニア王国の魔法使いたちは、総じて魔法術師隊って呼ばれてたな……魔法使い隊より、魔法術師隊のほうがカッコいいもんね』
『それだけの理由じゃないと思うけど……いや、案外それだけの理由なのかも?』
『じゃあエリシアは、魔法使いってわけだ』
『うん、国の兵士じゃないしね』
『……はぁ、やっぱり魔法使ってみたかったなぁ』
『引っ張るなぁ。だったら、魔力による身体強化っていうのができるんだけど……』
『なにそれ! やりたい!』
『文字通り、私の魔力でアンズの身体能力を強化するの。それなら、少しは魔法を身近に感じられるかなって』
『うんうん、ナイスだよ! じゃあやろう、早速やろう、今やろう!』
『ふふ、はいはい』
……実際に、エリシアの魔力による身体強化は、相当なものだった。今私だってやっているけど、ぶっちゃけ本家に比べたら全然敵わない。
魔力強化……それは、人に対してだけでなく物に対しても有効。現に、サシェの矢は強化されている。魔王討伐の旅でだって、どれだけ仲間のフォローに回っていたことか。
「仕方ない……!」
その力が、私に牙を剥く。魔力の壁を壊されるのも時間の問題だ、ならここでじっとしていても仕方がない。
なので……身体強化を、足一点に集中。矢が当たるより先に、それよりも速く、矢の射程外へと駆け去る。
降り注ぐ矢の雨、一見隙はない……当たらずにこの中を駆け抜けるなんて、不可能だ。けど、グレゴの剣を砕いたほどの強度を持つ、この黒くなった左手……これを一応防御として使うのみにし、あとはありったけの力を足に込める。
最悪、顔に刺さらなければなんとかなる。ので、左手で顔を覆うようにして……
「……今!」
降り注ぐ矢の雨、そのほんの僅かに隙間の空いた空間を見逃さず、その場から走り出す。
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