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英雄狙う暗殺者の罠
おいかけっこの終わりは霧の中で
しおりを挟む誰かに見られている、という、不気味なようななんとも言えないような感覚に陥ってから、いやに周囲を警戒してしまう。警戒しても、周りにいるのはただの一般人ばかりなんだけど。
見られている感覚があるってのは、あまりいい気分じゃないな……
確証はないが、もし本当に、誰かに見られているというのなら……
「ねぇ、ちょっと走るよ!」
「は、ぇ……?」
ユーデリアに、それだけを伝えてその場から前方へと走り出す。ユーデリアは突然のことに唖然としてしまっているようだが、後ろから勇ましい鳴き声が聞こえる。
どうやら、ユーデリアよりも一足先にコアが駆け出したらしい。走り出した私を追いかけてきてくれるなんて、やっぱりいい子!
「なんなんだよ!」
直後に、悪態をつく声が聞こえる。どうやらユーデリアも、追いかけてきているようだ。
もし視線の主の狙いが私なら、二人とは別れて私だけ別の場所に、なんてことも考えたが……そうでない場合、残された二人が狙われてしまう可能性がある。
ユーデリアはどうでもいいが、コアをそんな危険な目にあわせるわけにもいかない。……いや、コアなら、私を追いかけてきてくれるという確信が、どこかにあったのだろう。それをユーデリアが追いかけることも。
だから、結局は三人一緒に走ることになっているのだが……
「うっ、お腹が揺れる……」
お腹にものがたんまり詰まっているせいで、全力ダッシュできない。してもいいが吐く。
もし視線が私の勘違いなら、このまま走る必要はないし、考えすぎですんだというだけの問題なのだけど……
「……追いかけて、きてる?」
視線は、消えない。それどころか、追いかけてきているようにも思える。振り返っても、私たちを追って走っているような者はいないが……視線は消えない、離れない。
だとしたら、この視線の主は、一定の距離と速度を保ちながら、私に視線を向けているってことか。これはもう、ただ見ているじゃ説明がつかない。
なんらかの、確固たる目的があって、視線を……!
「なら……こっち!」
ただ走るだけでなく、曲がり角を曲がったりして、撹乱する作戦。それに、一本道しかない建物と建物の間の狭い道。そこを通れば、一本しか道がないのだから自ずと視線は、背中に集中するはず……
「……」
振り向いても誰もいないし、それどころか視線は様々な角度から注がれる。先ほどからそうだったが、誰かに見られている、と感じるのは、様々な角度からなのだ。
背中に感じることもあれば、横顔に、頭に、あらゆる角度から感じる。まるで複数人から同時に、いろんな角度から見られているかのように。
だけど……視線の主は、一人だけ。それだけは、なぜだかわかる。わかるけど、どこにいるかも、どうやってあらゆる角度から視線を向けているのかもわからない。
正体を掴ませず、標的を視認してプレッシャーを与え続けるなんて、まるで忍者のようだ。この世界に、忍者なんて単語はないんだろうけど。
「あ、やば……」
そろそろ、脇腹が痛くなり始めた。満腹状態でいきなり走ると、脇腹が痛くなるんだよな。誰しも、きっと経験はあるはずだ。
そうならないために、全力でなくてペースを落として走っていたんだけど、それでもやはり脇腹は、痛くなってきた。このまま走り続けると、さらに痛みが悪化してしまう。
かといって、立ち止まるのもなぁ。なんか、負けた気がするし……や、どうせ走っても立ち止まっても視線が剥がれないのなら、走るだけ無駄なのか……
「ん、おわっ?」
「ンンヒィン!」
走り続けるべきか、止まるべきか。どちらにするかを考えていたところで、急に体が宙に浮く。性格には、上からなにかに引っ張られている。
なにに、引っ張られているか。それは……
「コアっ?」
「ヒィイン!」
「おふっ」
服を口で噛み、持ち上げるようにしていたのはコア。そのまま私を上空へと放り投げると、私の体はされるがまま、宙を舞いコアの背中へと、倒れこむ。
どうやらコアは、私が走るのがキツくなり始めたのを察して、自分に乗れ、と言ってくれたのだろうか。うぅ、ありがたいことだ。
コアも食事をしたとはいえ、私やユーデリアほど満腹には食べていない。多分。でなければ、コアに余計な無理をさせることになるが……
「ちゃんと腹八分目で抑えたってさ、偉いよこいつ」
と、後ろに座っていたユーデリアが話す。どうやら、ユーデリアもコアの背中に乗せられたのか、はたまたコアと会話をして乗ったのか。自分で走るのがキツくなったのだろう。とはいえなんで私の後ろに……いや、私がユーデリアの前に落ちただけか。
ユーデリアを介して、コアは大丈夫らしいとわかる。ならば、ここは甘えることにしよう。コアの背中は広く、二人が乗っても落ちる心配はない。
コアのスピードなら、この視線も振りきれるかもしれない。それとも、コアの背中に乗ったままならお腹が痛くなるわけでもないし、もうこのまま視線ごと村を焼き払ってしまおうか。
そもそも、自分で破壊して回る必要も、ないわけだし……
「っ!」
そう考えていたとき、前方からなにかが飛んでくる。今視線は背中に感じていたはずなのに、前から……
それは、魔力の攻撃でもなければ呪術によるものでもなさそうだ。攻撃の類いではないなにかが、投げつけられただけ……それを、キャッチする。
「なんだ、これ……」
キャッチしたそれは、手のひらサイズの……野球ボールほどの大きさの、玉だ。なんの変哲もない、白い玉。思いの外軽いし、これがなんの目的で使われるものなのか。
誰がこんなものを……と、玉を見ていたときだ。玉から、ぷしゅと音を立てて煙が出てくる。紫色の、煙……毒ではなさそうだが、煙は一気に溢れだし、周囲を呑み込んでいく。
「わっ、なにも見えない……!」
「なんだこりゃ!」
「ブルヒィン!」
背に乗っているほどに近い、背中にいるほどに近い、コアとユーデリアの顔すらも、見えなくなる。そのうちに、今コアに乗っている自分が座っているのか、浮いているのかすらわからなくなる。
視界だけでなく、感覚すらも曖昧になっていく。あの玉から出てきた煙に、攻撃性はなさそうだが……これじゃ、自分が、どこにいるかも……
「……ここ、は」
やがて、視界が晴れる。晴れるとはいっても、まだ周囲には紫色の煙……いや霧と言った方が正しいか……が、充満している。
それだけでなく、乗っていたはずのコアも、背中にいたはずのユーデリアも、姿が消えている。ただ一人、私だけが立っている。村中の建物も、なにもない。ただ、紫色の空間だけが広がっている。
さっきの玉は、何者かによる罠か……ならば、コアもユーデリアも、私と同じように……?
「……誰か、いる」
目を凝らし、周囲を見渡す。そこに、一つの人影が見えた。もしや、ユーデリアだろうか……そう思ったが、背丈が違う。子供の低さどころか、私よりも大きな……
「……え、嘘……」
近づいてくる、人影。それに私は、見覚えがあった。
それは……私も、よく見知った人物。私がこの手で、殺したはずの人物。
「……」
『剣星』グレゴ・アルバミアがそこにいた。
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