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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~

【幕間】懐かれる理由はなんだろう

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 ……熊谷 杏。彼女は元々、動物に懐かれる体質、というわけではない。彼女本人は、動物のことはどちらかと言えば好きだし、むしろ野良猫とかを見かけると積極的に近づいていくタイプだ。

 だが、動物自ら来てくれることは、実はあまりない。嫌われているわけではないが、好んで近づいてくれる、というわけでもない。人並み、という言葉が正しいだろう。

 杏自体、好きではあってもどうしても動物に好かれたいと思っているわけではない……ものの、年頃の女の子として、動物との触れあいは大切にしていきたいわけで。

 昔、住んでいた家の近所で、野良猫を発見したことがあった。好奇心と、かわいそうという思いから、家から内緒でご飯を持っていき、猫に与えていたことがある。

 そのためか、猫は杏になつき、また杏も猫をかわいがっていた。だが、毎日のようにご飯をあげる生活を送っていれば、猫が杏の後を着けてくるのも、必然で……


『みゃー』

『え、にゃんこ!?』


 自分の知らない間に、猫が家まで着いてきた。元いた場所に帰そうにも、猫は離れることはなく……その愛くるしさに、杏はやられてしまっていた。

 結局、杏は母に、猫を飼っていいかを、聞いてみることにしたのだが……


『ダメよ』


 即答であった。その後も何度か頼んだが、母からの許可が下りることはなく……結局、猫を元いた場所へと連れ帰った。

 にゃーにゃーと鳴く猫の声は杏の耳から離れず、元の場所に帰した後も、着いてこようとするのを必死に降りきり、一人で帰宅した。

 以来、猫にご飯をあげに行くことはなくなり、その日からもしばらくの間杏の家を訪れていた猫も、来なくなった。

 それが、杏が特に印象深く残っている、動物との思い出……


「はぁ、思い出すなぁ」

「さっきから一人で、ぶつぶつなにを言ってるんだ」


 今、昔の思い出に浸っていたのは……今杏が乗っている動物、ボニーに触れてふと、昔の出来事がよみがえってきたからである。

 ボニー……四足歩行の生き物であり、杏の元いた世界で言うところの、馬そのものである。馬と違うところを指すならば、それはわかりやすく、体の色だ。

 青や黄色など、様々な色がある。このボニーは、青色の体をしている、美しい毛並みを持った動物だ。

 ちなみに、杏命名の『コア』という名前がある。由来は、杏の妹の名前から。


「ほんとお前は、いい子だよねってことを、噛み締めててさ」


 先ほどからどうやら、ぶつぶつと独り言を言っていたらしい。考えていることが無意識に口に出てしまうというのは、わりとよくあることだが。

 杏は、走るコアの頭を撫でながら、笑う。


「なんだ急に……ま、そいつがいい奴ってのは、ボクも認めるところだけど」


 普段杏に、というか誰に対しても小生意気なユーデリアだが……そんな彼も、このコアに対してだけは、当たりがキツくない。

 同じ四足歩行の獣同士、なにか通じあうものでもあったのだろうか。


「そう、いい子なんだよ。こんな私にも、ずっと着いてきてくれてるんだもんねー」


 世界に絶望し、すべてを壊しても構わないと思っている杏。だが……この子だけは、別だ。

 思えば、杏とコアとは不思議な関係だ。初めて会ったのは、なんということはない……杏がこの世界に戻ってきてから、すぐのことだ。

 世界を回るのに、さすがに徒歩ではキツい。そう思っていたところへ、移動手段として見つけたのが、このボニーだ。

 そして最初こそ、文字通り移動手段として見ていなかったが……こうして共に旅を続けるうちに、心境に変化が訪れた。たとえどんな過酷な旅であっても、こうして着いてきてくれるのだ。

 別に逃げないでと命令したわけではないし、逃げようと思えば逃げられる環境だ。それに、杏に怯えている様子でもない……おそらく好んで、一緒にいてくれている。

 動物にこんなに好かれたことなどなかった杏だが、なついて着いてきてくれる子を、愛しく思わないはずはない。


「私って、お馬に好かれる性格だったのかな……」


 元の世界では、犬や猫とふれあう経験はあっても、馬のような大きな動物とふれあう経験はなかった。だから、もしかしたら種類によっては、好かれる体質であったのかもしれない。

 この子に感じる愛しさは、出会う人間みな殺す勢いでやってきた杏が、すべてを殺し尽くした後でも、この子だけは残してあげようとすでに決めているくらいだ。


「ウマ……なんだそりゃ。なんかの暗号か?」

「……似たような生き物でも、言葉は全然違うんだなぁ」


 世界観の違いだからか、ちょくちょく言葉が噛み合わないことはある。が、ボニーとポニー(馬)のように、非常によく似た言葉もあるのだ。

 まあ、世界観の違いなんてこれまで、深く気にしたことはなかった。この世界で一度目に暮らしていたときだって、グレゴらこの世界の住人の手助けで、どうにかなってきたのだから。

 今だって、なにかわからないことがあればユーデリアがいる。ユーデリアは子供だし、子供に頼るのは癪ではあるものの……


「……なんだよ」

「いや? 頼りにしてるよーって思っただけ」

「……キモ」


 ユーデリアとは、正式な仲間関係にはない。彼を奴隷から助けたという経緯はあれど、お互いに目的のために協力し合う、利害の一致しただけの関係だ。

 まるっきり信用こそしてないが、その戦闘能力の高さは信用している。子供ながらに、すでに杏に引けを取らない戦闘能力の持ち主だ。

 世界を救った元『英雄』と、伝説の生き物氷狼の子供、そしてなぜか杏になついているボニーコア……奇妙な三人は、今日も道を進んでいく。
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