165 / 522
英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~
流れる涙は誰のもの
しおりを挟む全身ではなく、半身が凍っていくガルバラの体は、地面に接している部分としっかり膠着しているため、どれだけ力を入れても動けやしない。
そもそも、すでに動けるほどの体力は残ってないだろうけど。
「……なんで全部凍らせない?」
「なんか話してたんじゃないの?」
他の村人同様、全身を凍らせないのは……どうやら、ユーデリアなりに気を遣っていたらしい。まだ会話の途中だろうと、思わぬ気遣いだ。
確かに、ガルバラの前でエルドリエを死の淵まで追いやって、その反応を見てはいたけど……聞きたいことも聞けたし、もはや、話すことはなにもない。
「や、もういいよ。そのまま凍らせちゃっても」
別に私は、殺し方にはこだわらない。私自身の手で殺そうが、ユーデリアが氷付けにしてしまおうが、どうだっていいのだ。そこのところ、もしかして誤解してないだろうかこの子は。
殺しの方法にこだわるほど、私は変人じゃない。
「きさ、まら……かなら……うらんで……や……」
ピキパキ……!
私たちに対する恨みをぶつけながら、ガルバラは今度こそ全身を凍らせていく。まるで、キンキンの氷に水を注いだときのように……パキパキと音を立て、身を凍らせる。
絶望、悲しみ、困惑……村人たちが浮かべるそのどれの表情とも違い、ガルバラは、怒りの表情を浮かべていた。
最期本人が言っていたように、本当に恨みを遺していったかのような、般若みたいな表情を。
「……ぶっ!」
ガルバラが完全に凍り終えた直後……ひときわ大きな声が上がる。それは命のカウントダウンが迫るエルドリエのもので、瞬間に口からまるで噴水のように、血が吹き出す。
ふっ、と息を吹くようなわずかな時間……吹き上がった血が重力に従い地面に落ちると、血の雨はエルドリエの顔を濡らしていく。
……エルドリエの目からは、光は失われていた。胸に風穴が開き、それでも微かに生きてはいたエルドリエ……終わりゆく命の鼓動を感じながら、その中でもがけない無力さにうちひしがれ、ついに彼女は命を落とした。
「……終わった、か」
ズキンッ……と、少しだけ左目が疼いた。疼いて、なんだか目の前の景色が歪んできて、頬を温かいものが伝っていく。これはなんだろうと、そこを触れると……指先は、濡れていた。
「なんで、泣いてんだ?」
「さあ、なんでだろ……」
これがなにか、言われないでもわかっている。頬を濡らすこれは……左目から流れた、涙だ。
私の意思とは関係なく、涙は流れてくる。この涙は誰のもの? ……きっと、これがエリシアのものであるのと関係しているのだろう……証拠に、涙が流れるのは、左目からだけだ。
私自身、悲しくもなんともない。だけど、不思議と涙は出る……しかも片目だけ。不思議な感覚だ。
「問題ないよ。きっと、じきに収まる」
魔力の抵抗があったり、突然涙が出てきたり……まるでエリシアの意志が残っていると思われる左目。実際にそんなファンタジーなことはないとは思いたいが、そもそもこの世界がファンタジーだし……
……とはいえ、私がいた世界だって、そういう不思議な話は聞いたことがある。臓器移植をしたらその前と後で食べ物の好みが変わったとか、性格が変わったとか、経験していないことを経験していると思うようになったとか……
そういった、不思議なことは実際にもあるらしい。だから、ファンタジーな世界に関わらず、左目にエリシアの意志が残っているのはあり得る話なのだ。
まあ、目玉を食べてその影響で、その目玉が自分のものになる、なんてのはファンタジーだと思うけど。
「……エリシアの故郷、か」
ユーデリアの時とは違い、今回は意図せずエリシアの故郷に来てしまった。そこで得たものは決して多いわけではないが、重要なものでもある。
この先出てくるかわからないけど、かなり珍しいものに間違いない魔導具……それに、この腕の正体が呪術だと知れたのは、大きな進歩だ。嬉しくない進歩ではあるけど。
まったく、この腕といい『呪剣』といい……私は、呪術ってやつに縁があるよな、まったく嬉しくないことに。しかも呪術は、ユーデリアの故郷である氷狼の村を滅ぼした一端でもある。
『呪剣』にしろこの腕にしろ、私はユーデリアに、私が呪術に関連していることを話してはいない。話してどうなるものでもないし……そもそもユーデリア自身、過去に故郷で起こった出来事に関係しているのが"呪術"だと認識しているのか謎だ。
……もしユーデリアが呪術を認識していて、恨んでいて、私も呪術に関するものを使っていることを知ったとして……それでユーデリアに敵意を向けられて、殺されることになったとしても、私は……
「どうかした?」
「ん、なんでもないよ」
まあ、そのときはそのときだ。私自身、自分がどうやって死ぬかなんて考えてないけど……もし殺されるってなったら、ユーデリアがいいかな。
なんて、柄にもないことを考えながら私は……もう私とユーデリア以外生者のいなくなった村を、見回す。マルゴニア王国ほどではないにしろ、村全体が氷付けになっており、ユーデリアと戦っていたであろう村人の氷像がそこらにある。
それら以外も、子供や年寄り……戦いには参加せず、ただ巻き込まれただけの人たちも氷付けに。よほど、ユーデリアの冷気が強力だったのだろう。
このまま永遠と氷付けのまま、終わりが来るまでの時を過ごして……
「……そういえば、いつか溶けたりしないの? せっかく氷付けにしたのに、割らずにそのまま放置してきちゃったけど……」
いくらユーデリアの冷気が強力とはいえ、永久的に氷付けになるとは考えにくい。そうなると、氷はいつか解け、人が復活してしまうのではないか。
マルゴニア王国のように、国を覆うほどの雪が降り積もるなら、話は変わるだろうけど……
「あぁ、それなら問題ないよ。少しの衝撃だけで……」
答えるユーデリアの台詞を遮るように、その場にビュッ、と強い風が吹く。すると、近くからパキンッと音が聞こえて……
……氷像となったガルバラは、粉々に砕けていた。
「……こういうこと。今の風みたいな、ちょっとした衝撃で割れるから」
「なるほど」
今吹いた風程度で割れてしまうほどに、脆い。ならば心配はいらないな。例えば地震なんが来たら、一発で全部割れてしまうだろう。
この世界に地震があるのかは、知らないけど。
「……」
いずれ、ここに残るのは氷付けになっていない、冷たくなったエルドリエの死体だけ。だけど、みんなと一緒に逝ったんだ……寂しくは、ないよね。
最後にエルドリエの体を見つめ……ようやく涙の止まった左目をぎゅっと瞑り、背を向ける。涙は止まっても少しだけ疼く左目を、隠すように眼帯を巻いて……もうなにも見せないために、覆い隠した。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
余命半年のはずが?異世界生活始めます
ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明…
不運が重なり、途方に暮れていると…
確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
ファンタジー
半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
※小説家になろうにも掲載しています。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる