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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~

『魔女』の生まれた村

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 外部からの侵入者を防ぐ結界。それは魔法により作られた者で、魔力を持たない者や並の魔法術師では破れないようになっている。

 だからこそ、結界を破った扱いの私に対して、敵意を向けてくるのは当然だろう。自分たちの平和を脅かす存在が現れたのだから。

 そしてそれは、間違っていない。私は、この村を、村に住む人たちを、殺しに来たのだから。

 間違っていないから、このまま押し潰してやる……その、つもりだった。たった一言、いや一つの名前を聞くまでは。


「……エリシア?」


 今、確かに……エリシアと、そう言った。

 元々、勇者パーティーの仲間として旅を共にしてきた……友達だった女性。私が殺し、そしてエリシアの左目は今、私の左目となっている。

 そのエリシアの名前が、なんでこんなところで? しかも、エリシアのような魔力と……そう言った。つまり、エリシアという人間の魔力を知っているほどの関係性があの男にある、ということになる。

 ……もしくは、この村に。


「ねぇ、今、エリシアって言ったの?」

「! エリシアを、知っているのか?」


 それはこちらの台詞だ……と言いたいが、私がエリシアの名前を出した瞬間、彼らの目が変わる。それは、知っている人物の名前を出されたときの、動揺のようなもの。

 それは、一人や二人ではない。この場にいる全員が、知っているような雰囲気だ。


「あんたは……あの娘の、知り合い、か?」


 ……困った質問だ。エリシアのことは友達だと思っていた……が、この手で殺したことに変わりはない。とはいえ、正直に言う必要もないか……


「知り合いっていうか……一応、友達、かな。エリシアには、魔法を教えてもらったりして……」


 嘘だ。魔法なんか教えてもらってない。そして、私が殺した部分は、省いて説明する。

 すると、次の瞬間村の人間たちは、複雑そうな表情を浮かべた。そっちから聞いておいて、そんな表情を浮かべるとはどういうことだ。


「そ、そうか……だから、魔力の雰囲気が似てるのかな。そ、それで……あの娘は今、どうしてる……?」


 どうやら、私の魔力がエリシアに似ているのは、エリシアに魔法を教わったから、と結論付けたようだ。

 私の場合は、似ているではなくてそのままエリシアのものなのだが……それも、正直に話す必要はない。それを話せば、エリシアを殺したこともバレるしね。


「エリシアは……遠くの国で、元気にやってるよ。今は、国を離れられない用事があるとかなんとか」


 とりあえず、嘘のオンパレードではあるが……バレることは、ないだろう。『魔女』の死は広まっている可能性もあるが、エリシアの現在の様子を尋ねる辺り、この村には伝わっていないようだ。

 それにしても、エリシアのことをこんなに気にするってことは……


「もしかしてここって、エリシアの……」

「あぁ、生まれた村だ」


 やっぱり……そうか。だからエリシアのことは知っているんだな。

 ただ……なにやら様子が、おかしい。仮にも、私はエリシアの友人と答えたのだ。故郷を出た人間のことを、聞きたいとは思わないのだろうか。

 すると、一人の男が……頭を、抱えた。その表情を、曇らせて。


「あぁ、あの『魔女』が、生まれちまった村さ……」

「おい、お前っ」

「ん?」


 小さな声ではあったが……私には、しっかり聞こえた。今、生まれちまったと……言った。それはまるで、生まれたことが望まれていないような。

 エリシアの境遇は、詳しくは知らない。ただ、十八になってから村を出た、ということくらいしか。


「……」


 ここが、エリシアの生まれた……故郷。そうか、だからさっきから、左目がざわざわするのか。

 このエリシアの左目は、故郷に着たことで……なんらかの反応を見せた。実際にそんなことがあるのかはわからないけど、ファンタジーな世界に加え、これまでにいろいろなことが左目で起こったのだ。不思議じゃない。


「なあ……」

「え、あぁ……」


 ふと、ユーデリアが後ろから突っついてくる。そうか、ユーデリアにとってはなにがなにやら、さっぱりだよな、エリシアが誰かさえ、詳しくは知らないんだし。


「この左目の、元の持ち主の故郷らしい」

「ふーん」


 故郷……にしては、雲行きが怪しい。さっきから村人は、複雑そうな顔をしている。ばつが悪そう、と言えばいいんだろうか。

 それでいて、ここにエリシアがいないことに、どこか安心しているかのような……


「……エリシアが、どうかしたの?」

「! それは……」


 この反応、なにかあるな。

 ……ふぅーん。すぐに皆殺しにしてやろうかと思っていたけど、なんだか面白いことになりそうだ。


「エリシアは、自分のことはあまり話さないから……ここでどんな生活を送ってきたのか、知りたいな。それに、エリシアには言わないからさ」


 言わない、か……ま、正確には言えないんだけどね。この世にいない人間に、なにをどう伝えろと。


「……あの娘は……きっと俺たちを、恨んでる」

「恨み?」


 恨み……か。エリシアが、誰かを恨む姿なんて、想像できないけど。


「それって……」

「俺たちが……あの娘をこの村から、追い出したも同然だからな」


 まるで、懺悔するような男の言葉……それを聞いた瞬間、左目がいっそうにざわついた。気がした。
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