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氷狼の村
壊れる家族の絆
しおりを挟む肉を切り裂く音が、噛み砕く音が、耳に届く。なにが起こっているのか、説明するのも抵抗があるくらいだ。
『呪剣』の呪いは、母子の絆をあっさりと断ち切った。愛すべき娘を、母親がその手にかけたのだ。
直前まで、子供を必死に守っていた。母親。それが、たった一太刀で、こうもあっさりと……
『っ……なんて、ことを……』
『くっ、はははは……なんてことだ! ほら、よく見ろ! 目を背けるな! お前の愛する者が、同じく愛する子を、切り裂き、噛み砕き、食し殺す姿を! 見ろぉ!』
狂ったように笑うバーチは、目を閉じ見まいとしているユーデリアの父親の瞳を、無理やり開かせる。
それは、あまりにもショッキングな方法で。
ボゥッ
『っ、ぐっ! ぁアぁああァアあァ!!?』
閉じていた瞼が、燃え上がる。それは、皮膚を焼き付くすほどの炎……それが出来るのは、一人しかいない。
『……これで、いいのか?』
先ほどまで姿を見せなかったノットが、どこからともなく現れる。ノットの指パッチンにより、ユーデリアの父親の瞼だけを燃やしているのだ。
瞼を焼かれるなんて、どれほどの苦しみだろう。やがて、炎は静まっていく……それはつまり、皮膚が燃え尽きたことを意味していて。
『あ、ぁ……』
『それなら、目を背けないで済むだろ?』
瞼という皮膚を焼かれ、目を閉じることが出来なくなってしまった。それにより、つらい現実から目を背けることが、出来なくなってしまう。
見るのもおぞましい姿が、そこにはある。妻が、娘を……
グチュッ……グチャッ
「……食、べ……」
ふと、私の中であの時の光景がフラッシュバックする。このエリシアの左目を食べた、時のことを。
あの時私が食べたのは、目だけだった。でも、目の前で行われているのは、そんな生易しいものじゃない。テレビで、野生のチーターがシマウマを捕まえて食べる……というのを見たことがある。
今行われているのは、まさに……
『ぅ、げぇえ!』
母親の狂った姿を見ていられないユーデリアは、その場で吐いてしまう。それは、当然だ。その気持ちは、私にもわかる。私の場合は、百パーセント私が加害者なわけだけど。
……もしかしたら、私がエリシアの目玉を食べているあの時。ユーデリアの頭には、この光景がフラッシュバックしていたのかもしれない。母親が、妹を……
だからこそ、彼は私に対して、あんな冷ややかな目を向け、素っ気ない態度だったのだろうか。
『あとは放っといても、勝手に仲間内で自滅してくれる。兵士たちもバカ真面目に働いてくれているし……そろそろ目的を、果たそう』
『冷たいねぇ。バカ真面目、って、あんなにいた兵士が半数以上減ってんじゃんか。あんたを信じて着いてきた奴らに、かける言葉くらい……』
『ない。むしろ、あの無能な男の下でなく、俺の、あの人の『計画』の役に立って死ねるんだ。むしろ感謝してほしいくらいだな』
二人がなにを話しているのか、よくはわからない。それでも、氷狼の村を襲うよう指示した奴が、なんらかの計画を抱いている、ということはわかった。
同時に、マルゴニア王国の兵士を、なんとも思ってないことも。なんで兵士たちは、こんな奴についてきたのか。
それとも、私が見ているのはあくまでバーチの一面で、別の一面は、人を引くようなカリスマ性でもあったのだろうか。
『貴様ラ……ゆる、さん! ころ、殺して……!』
『身体中切り刻まれ、瞼を焼かれてもまだ抗うか。その意気やよし……だが、そろそろ面倒になってきた』
『呪剣』と短剣を片手ずつに、もはや瀕死のユーデリアの父親へと殺意を向けるバーチ。その目には、一切の容赦なんて映っていなくて。
氷狼と兵士が殺し殺され、建物が人が燃え、正気を失った氷狼が敵味方関係なく襲っていく。そこはもう、地獄と言ってもいい光景であった。
『息子にまで、なにを……!』
『ふんっ』
ユーデリアの父親の言葉は、最後まで紡がれることはなく、鋭い一太刀が、飛ぶ。それは『呪剣』による飛ぶ斬擊で、ユーデリアの父親の体に直撃した。
ズバァッ
『ゴ、ギャアアァアア!?』
それはよほどの威力だったのだろう、今までで一番深い傷が刻まれ、あまりの叫び声に耳を塞ぎたくなる。そして、驚くことにユーデリアの父親の体に変化が訪れる。
獣状態になっていた体が徐々に、人型へと成っていく。ついに、体力の限界が来たのであろう、ついに戦闘体勢が解かれる。
『ア、ァ……まだ、だ……』
しかし、それでもまだ瞳から戦闘の意思は消えない。いや、戦闘のというよりは、怒り、憎しみだ。
人型に成りつつある中で、それでも右腕は獣型のまま、最後の最後までバーチに抗おうとして……
『くどい』
ザシュッ……
……とどめの一太刀の下、ついにその体は動かなくなり、地面へと崩れ落ちていく。
『……ちっ、最後までやってくれる』
直後、バーチが顔を歪め、腹部を押さえる。そこからは、じわりと赤い血が滲んでいた。
今の一瞬、バーチが圧倒的な力を持ってとどめを刺したかに見えたが……ユーデリアの父親の最後の抵抗は、届いていた。鋭い爪は、確かにバーチの腹部を抉っていたのだ。
『ぉ……と、さ……』
妹の、母親の、父親の、変わり果てた姿に……ユーデリアは、もはや動くことはできないでいた。そこに、ノットが静かに近づいていく。
『悪いな、あんたらに恨みはないが……これも、仕事なんでね』
座り込むユーデリアへと、ノットが右手を伸ばしていく。このまま、ユーデリアだけを連れ去り、あとは残った村人を殺し尽くせば、彼らの仕事は完了だ。
ユーデリアが選ばれたのは、優秀な氷狼の血を引く者だから。それに本人の瞳の中に可能性を、感じてしまったから。
『おとなしくしてりゃ、あんたに傷は……』
『あぁ……ぅ、うぅ……』
もはや涙さえも、出ないほどにユーデリアは困惑している。もはやなんの力もない子供は、簡単に捕らえられて……
『!?』
瞬間、彼を中心に凄まじいまでの突風が吹き荒れる。猛吹雪となるそれは、自分に伸ばされていたノットの右腕を、簡単に凍らせていく。
『っ、お、おぉ!?』
咄嗟に右腕を引っ込め、距離を取る。しかし、氷の勢いは凄まじく……すでに、ノットの右腕、さらに右肩から腹部にかけ、大きな氷の傷を残していた。
絶望の中にいるユーデリアの気持ちを表しているように、吹雪は勢いを増していく。
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