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世界に復讐する者たち
なくしたものと得たもの
しおりを挟む「やっぱすごいなぁ、氷狼って」
雪に包まれていく景色を見て、私はぼんやりと呟いた。
マルゴニア王国でも同じ状況ではあったけど、あのときは私自身、復讐に夢中で周囲にあまり気を配っていなかった。だから、ユーデリアの冷気の威力をこうしてじっくり見るのは、初めてだ。
国ひとつを、包み込むほどの冷気。さらには本人の身体能力も、肉弾戦が主体じゃないとはいえ『魔女』と渡り合えるほど高い。
「ガルルルルァ!」
まだ子供だというのに、末恐ろしい人物だ。このまま成長すれば、そのうち勇者パーティー元メンバーを越えるのだって、不可能じゃない。
確か、まだ12歳って言ってたな……その頃の私はまだ、ランドセル背負ってる時期だよ。そんな時にこの子は、家族や隣人たちを殺され、自分は奴隷として売られそうになっていたんだよな。
そう考えると……この世界は、なんともハードな世界だろう。
「そりゃ、恨みたくもなるよな」
私とは違った理由で、この世界を恨むユーデリア。聞いただけでも壮絶な理由だが、実際に目にしたユーデリアの比ではないだろう。
目の前で自分の大切な者を殺されたユーデリア。大切な者が死んだことすら、後になって知った私。果たしてどちらが、つらいのだろうか。
……きっと、優劣なんてない。はっきりしてるのは、私もユーデリアも、この世界が憎くて憎くて仕方ないってことだ。
「……死ねぇ!」
「……」
雪に埋もれていく城を眺めていたが、背後から物騒な声が届く。まだ、生き残りがいたのか。
ガギンッ……!
「っ、く……!」
なにかが振り下ろされたようだが、それが私に届くことはない。代わりに届くのは、鈍い音。
視線を向けると、そこには剣を振り下ろした兵士の姿。その剣は、私に届く前になにかに防がれ、空中で止まっている。
そのなにか、は……魔力の壁だ。
「く、そ……貴様らのような、賊なんかに……!」
「勢いはいいね。けど、それだけ。そんなんじゃ、私たちは止められないよ」
繰り出される剣撃を、魔力の壁によりことごとくを防いでいく。いくらやっても、これくらいじゃ破られることはない。
だから私は、兵士の背後に回り込み……背中から、拳を打ち込む。
「っ!? がっ……は!」
鎧にぶつかった拳は、鎧を砕き……さらには、背中から腹部にかけてをも貫通し、兵士の命を奪う。
この程度の武装じゃあ、私の拳を止めることなんてできない。
「よっ、と」
腕を振るい、兵士の体をその場へと打ち捨てる。もはやその行為に、罪悪感も哀れみすらも、なにも感じない。
この拳で、命を、奪った。それはもう、数人十数人の話ではない。何十……いや、もしかしたら百を越えているかもしれない。
この世界に戻ってくる前までは、この拳でこの世界を守っていたというのに。今や、この世界を壊し、人々を殺す凶器へと変化している。
……そして、人を殺す手段として、もうひとつ増えたものが……
「魔法、か」
眼帯に覆われた左目を、そっと撫でる。本来は、エリシアの……人々を守るためだった魔法。回復や手助け、人々に恩恵を与えるための魔法を、私は……人殺しの道具として、利用している。
ただ、この左目はすでに、私の体の一部と言っていい。私の体で私がなにをしようと、私の勝手だ。
この凄まじいまでの魔力を、せいぜい有効活用させてもらうとしよう。
「…………」
とはいえ、気になることがないわけではない。この左目が、『魔女』の目になったのは、なぜなのか。それは、毎晩のように考えていた。
この目になる時……その記憶は曖昧だった。が、それでも覚えていることがある。まず、左目がものすごく痛かったこと。
『ぁ、ああ、ああぁあ……い、たぁ、ぃい……! あぁあアぁはぁああアぁ!?』
あのときの光景が、フラッシュバックする。理由はわからない。ただ、途中から左目の視界が赤くなり、なにも見えなくなった。
おそらく、血が眼球を覆うほどに流れ、最後に眼球が潰れてしまったのだろう。
そして、強烈な空腹感と、なにか美味しそうなものがあり、それを食べたいという欲求があった。
まるで飴玉のように、丸くて小さなものだった気がする。それが、結局のところ目玉だったということなんだろう。
「それを、私は……」
食べた。もう、直後のように吐き気は感じないが、思い返しても気分のいいものではない。
結果論として、エリシアの目玉を食べたことでそれが、潰れてしまった私の左目の代用……つまり体の一部となった。さらには目玉は魔力の源でもあったため、体が魔力を使えるようになった。
「……はは、意味わかんないな」
冷静になって考えてみれば、目玉を食べてそれが自分の一部となるなんて、あり得ないだろう。しかも、魔力を使えるというおまけつきなんて。
いったいこの左目は、なんなのか。エリシアが特別なのか、それともこの世界じゃ、魔法術師の目玉食べれば魔力を引き継げるのか。それは考えなかった訳じゃない。
私だって、意味わかんないものが体の一部になっているなんて、さすがに気味が悪いもん。
誰か、この左目についての答えをくれないか。エリシアが生きていたら、もしかしたらなんらかの答えをくれたのかもしれないけど……まあ、ないもの値だりをしても仕方ない。
「今は、これでいい。エリシアの魔力の、半分でも使える。これで、やれることの幅が広くなった」
急いで出さなきゃいけない答えではない。エリシアほどじゃなくても、『魔女』に及ぶほどの人物に会ったときに、なにか知ったことがないか聞いてみるさ。
そんな人物がいるのか、知らないけど。
「……って、さぶっ!」
辺りを極寒が包んでいるために、ちょっと気を抜けば、寒さでどうにかなってしまいそうだ。
こういう時、魔法があると便利だ。自分の体を発熱させて、寒さから身を守ることが出来る。いくら鍛えても寒さには強くなれないから、助かるよ。
ま、師匠にはそんな理屈は通用しなかったけど。
寒さ対策、魔法による数々の攻撃方法、そして回復……出来ることが、たくさんだ。これは、いいものを手に入れたよ。……ただ、出来ないこともある。
「……さすがに、腕は無理だった、よね」
右腕が"あった"部分をチラッと確認し、肩を撫でる。今私の右腕は、肩より先の部分がすっかりなくなってしまっている。
訳あって、千切れてしまった右腕。幸運だったのは、その時はアドレナリンドバドバのおかげで痛みを感じなかったのと、エリシアの左目による魔法で痛みを感じることなく回復できたことだ。
ただ……やはり、千切れてしまった腕を生やす、なんてことは出来ない。もしかしたらとは、思ったんだけどね。あるいは、千切れた右腕が残ったままだったら、くっついたのかもしれないけど。
「そんなこと言っても仕方ない、か」
過ぎてしまったことは、仕方ない。失った右腕は、もう戻ってこないのだ。
結局のところ、私は……右腕を失い、左目は別人のものという、非常にボロボロの状態になってしまったわけだ。
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