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第八話 勇者は帰還する

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 元の世界に、帰る。
 それは、魔王を倒せば元の世界に帰ると、そもそもの約束ではあった。
 だから、状況だけを見るなら、魔王を倒した今、それは自然なこととも言える。

 だが……

「その、大丈夫なのか?」

 心配事は、残る。

「はい。元々、魔王を倒したらエイジ様は元の世界にお帰しする約束でしたから」

「そうじゃなくて……」

 このままでは、英治の命が危うい。
 そう判断したリエーラは、英治の即時帰還を決めた。

 本来なら、魔王討伐の勇者を国を挙げて祝うべきだが、そんな余裕すらない状況なのは、すでに周知だ。
 そこだけは心苦しいが、致し方あるまい。

「皆さんには、私から言っておきます。
 お別れの時間を作れないのは歯痒いですが……」

「……悪い。けど、そうじゃなくて。
 ……リエーラは大丈夫なのか? 勝手にこんなことして……」

 英治の心配事は、みんなとお別れの時間を作れないことではない。
 もちろん、それもあるが……

 心配なのは、リエーラの身だ。
 今回、英治が帰還することになったのは、カリィの凶行が原因だ。それは、カリィが英治のことを異常なまでに好いているから……という結論だ。

 ならば、英治を自分の元に置いておきたいはず。
 元の世界……この世界の何処かならばともかく、違う世界に送り返すなんて、もってのほかだ。

 英治が元の世界に帰ったとして、その事実を知ったカリィが取る行動は……
 そして、英治を元の世界に帰した、リエーラの身の安全は……

「皆さん残念がるでしょうし、カリィさんには怒られるでしょうね」

 困ったように笑うリエーラ。
 しかし、そこに後悔の念は見られない。

 英治の心配事にも、胸を張って答える。

「私はこの国の王女ですよ?
 いくらカリィ様でも、危害を加えることはできませんよ」

「……」

 確かに、リエーラの立場をこそ考えれば、いくらカリィといえど簡単に手は出せないはず……

 ……本当に、そうだろうか。
 あの狂気の表情は、今もまぶたの裏に焼き付いている。
 現に、カリィは命を預けあった仲間をも、その手にかけている。

 ……それでも、もはや帰還の中断はできない。
 リエーラの身は心配だが、それ以上に英治がこの場に残り続けてどうなるか……と考えたとき、メリットが見当たらないのだ。

「……わかった。
 けど、リエーラはなにも知らぬ存ぜぬを通してほしい」

「それは……」

 元の世界への帰還に、リエーラが関わってはいない……
 そうすることが、英治にできるせめてもの、リエーラを守る方法だ。

「ですが、世界を移動する魔術は、王家の者しか知り得なくて……」

「俺は、勇者だ。
 その特権で、特別にその方法を教えてもらってたとか、独自に調べたとか、いろいろ言い訳は立つよ」

 勇者であるというのは、それだけで特別な存在であるということだ。
 現に、なんの変哲もなかった高校生が、こうして世界を救う使命を任されたのだから。

 結局、魔王を倒したのはカリィらしかったが。

「……わかりました」

「うん」

「では、さっそく……」

 と、リエーラは帰還魔術の準備にかかる。
 召喚したときこそ、大掛かりな準備が必要だったが、実は帰還に関してはそうでもないのだ。

 テキパキと作業が進んでいく。
 なかなかに手慣れているのは……

「練習、してましたから」

 そう話すリエーラは、英治が帰ってきたときのため、日々練習を重ねていたのだという。
 今は、その手早さがありがたい。
 リエーラも、その手早さがこんな形で役に立つとは思わなかったろうが。

「できました。
 エイジさま、そのサークルの中に立ってください」

「わかった」

 これは魔法陣、のようなものだろうか。
 言われた通りに英治は、サークルの中へと足を踏み入れて……

 直後、サークルが光り、光が英治を包み込む。
 この光には、覚えがある。
 この世界に召喚されたときの、あの……

 これで、元の世界に……帰れる。
 不安は、まだある。それでも、今はただ、無事に物事が進んでくれることを祈るばかりだ。

「……っ、気を付けて」

「はい、エイジ様もお元気で」

 魔王の討伐……それを果たした、異世界から召喚された勇者は。
 たった一人に見送られ、元の世界へと帰還した。


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