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第三章 変わったことと変わらないこと

第123話 伝えてもどうしようもない想い

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 幼なじみの、二人きりの時間に、少しばかり照れくささを覚える。

「まあ……慣れたっちゃあ慣れたな」

 クラスには慣れたか。その問いに、達志は答える。
 由香は副担任ではあるが、副担任であっても、クラスの詳細まではわからないだろう。

 ただ、達志としても難しいところ問題だが。とりあえず、慣れたことにはしておくこととする。

「そっか。……もうすぐ体育祭だもん、クラスのみんなとは仲良くね?」

「クラスで協力するのは対抗リレーくらいだから、あんま関係ないけどな」

 先ほどまでの気まずい雰囲気は、いつしかなくなり、二人だけの教室に二人だけの声が響いていく。
 お互いに軽口をたたき合ったり、笑い合ったり……

 あまり長くはない、それでも楽しい時間。一旦会話が途切れ……達志は気づいていないが、軽く深呼吸をした由香が、切り出す。

「たっくんはさ……好きな子、できた?」

「っ!? ごほごほっ……は、はあ!?」

 今までの話とは、まったく関係のない話。
 まさかいきなりそんなことを言われるとは思わず、なにか飲んでいたわけでもないのに、思わず咳込んでしまう。

 由香は、あくまでも窓の外を見ながら、口を動かしていた。
 ……夕日のせいだろうか。その頬は赤く、なっているように見えた。

「な、なんでそんなことを……」

「ほら、ウチのクラス、可愛い子多いじゃない。それにリミちゃんとは、同じ家に住んでるし……」

「そ、それとは話が別だろ。別に俺は……」

「あ、もしかして他のクラス? それとも学年?」

「いない! いないって!」

 なんなのだろう、めちゃくちゃぐいぐいくる。女の子は、恋バナが好きだと聞いたことがあるが、そのせいだろうか。
 それでいて、少し悲しそうな雰囲気があるのは、気のせいだろうか。

「確かに可愛い子は多いし、リミはいろいろよくしてくれるけど……好きとかじゃ…」

「ふーん。なら、気になる子もいない? 好きとはわからなくても、気になる子!」

「あのなあ、なんでそんなにぐいぐい来るんだ……」

 思わぬほどに、由香は前のめりだ。
 しかし、いくら幼なじみで副担任でも、そこまでぐいぐいくる必要はないだろう。お前には、関係ないことなんだから。
 ……そう、言おうと思った。

 だが、由香に視線を向けた瞬間……言葉が吹き飛んだ。
 声色は、他人の恋路を楽しむ者のそれ。しかし、その眉は下がり、眼鏡の中の瞳は、まるで不安そうに揺れている。

 先ほどまで、窓の外を見ていた。その体は、達志に向かい合い、身を乗り出さん勢いだ。

 その姿に、達志の想いは……わからなくなる。なんでこんな顔をしているのか。なんでこんな必死なのか。
 その姿に、思い出すのは……十年前、彼女に、如月 由香に抱いていた、想い。

 病室で、彼女に再会したとき……胸が、高鳴った。その気持ちがなんであるか、少しわかっていた。
 こんな顔を向けられては、自分の想いを全部ぶちまけたくなる。

「……そう言うお前は、どうなんだよ。モテるんじゃないか? 同僚の人とか……」

 だが、それを言ってはいけない。
 十年前なら……いや、同じく時を刻んだ間柄ならともかく、そうではないのだ。

 達志は十年前の高校生のまま。対して由香は、十年の歳月を経て大人になり、教師という夢を叶えた。
 そこへ、この想いを伝えてどうなるというのか。

 夢を叶えた由香の、邪魔にしかならない。教師に、生徒が想いを伝えることの意味を、考えろ。
 それに、大人になった今の由香に対して感じているこの想いが、本当に十年前のままなのかも、わからないのだ。

 再会した由香に、確かに胸は高鳴った。しかし、十年経った今の由香を、達志は知らない。
 そんな状況で、彼女のことを……と、伝えることなど、できない。

「……」

 なので、強引にでも話を変えた。変えたのは話というより、標的をだが。
 こう言ってしまえば、由香は取り乱してごまかせるはずだ。なにせ、今の由香がモテないはずがないのだ。

 教師や生徒、他にも想いを寄せる相手は多いはず。
 自分で話を変えておいて、そう思っただけで、胸が痛むのはなぜだろう。

 達志の話を受け、由香は……

「……私は…………私は、ね……!」

 苦しそうに胸を押さえて、切なげな瞳を向けてくる。まるで、自分の中にある気持ちを、今にでもぶちまけようかというように。

 ……お互いに好きな人、気になる人はいないのかという話……それが、どうしてこうなったのだろう。
 そして今、放課後の教室で、二人きりというシチュエーション。

 多少の悪戯のつもりで、問い返したつもりだった。
 てっきり、照れながら、そんな人はいないだの、教えないだの、そんな空気になると思っていた。

 だが……達志を見つめる由香に、そんな雰囲気はない。真剣な瞳で達志を捉え、胸元を押さえ深呼吸を繰り返している。

「…………私……」

 頬が赤いのは、夕日のせいだろうか。瞳が潤んでいるのは、気のせいだろうか。
 でなければ、この雰囲気はまるで……

 そして由香は、覚悟を決めたように口を開く。達志は、息を呑む。

 次に由香の口から紡がれる言葉、それを聞き逃さないように……全神経を、集中させて。
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