73 / 84
第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!
第72話 拝借しただけです
しおりを挟むなんとか説明をして、久野市さんには落ち着いてもらった。
そして自分の席に戻っていく様子を見て、ルアがほっと溜息を漏らした。
「いやあ、久野市さんって初めてちゃんと話したけど、あんな風に怒るんだな。
……怒ってたのか? なんで?」
「さ、さあなー?」
この場にいる中で、俺と久野市さんの関係を知らないのはルアだけだ。
その疑問は当然と言えるが……
正直、俺も久野市さんがなんで怒っていたのかわかっていない。そもそも怒ってたのかあれ?
「紅葉も紅葉で、なんであんな慌ててたんだ?」
「は、はぁ!? あ、あわわ、慌ててねえええし!? なな、なに言ってんだバカじゃねえの!?」
……めちゃくちゃ慌ててるなぁ。これで隠しきるのは無理だろ。
だけどルアは「そっか」とあっさり返事していた。火車さん、ちょっと不満そうだ。
ルアが連絡先を交換した相手、篠原 美愛さん。俺のバイト先の先輩篠原さんの娘で、まさか同じ学校の先輩だったとは。
ルアは美人だったからって理由で連絡先を聞いたみたいだけど……その行動力は端的に言ってすごい。
女の人に、しかも初対面の人にだもんなぁ。俺にはまねできそうもない。
「なあなあ、美愛さんとの話題作りのために、お前らの話とかしていい?」
「え、なんで」
「そりゃあ……なんか、友達の話から話題を膨らませるとかってできそうじゃん。俺の友達にこんなやついるんですよ、みたいな感じでさ。そっから面白おかしく距離を縮めていくんだ」
「……」
「なにより、美愛さんの母さんと木葉が同じバイト先なんだろ? ならそっから、話のとっかかりを掴めるかもしれないじゃん」
この男はまた……友達だなどと恥ずかしげもなく、そういうことを。
確かに、初対面の先輩と話せることなんて限られてくる。友達の話から広めていくのはいいかもしれない。
それに、ルアの言う通り。俺はルアの友達、美愛さんのお母さんという点でつながりがある。
そこから、なにかしら話を膨らませることなら、この男ならできるだろう。
「はぁ、まあいいよ」
「やりぃ、サンキュー木葉」
「あんま変な話とかするなよ。あくまで話のとっかかりだからな」
「わぁってるって」
ま、俺としても友達に仲の良い人が増えるのを邪魔するつもりはない。
別になにかよくないことがあるわけでもなし。
それからしばらく話をして、チャイムが鳴り……ホームルームが始まり、授業が始まり……いつも通りの学校生活を、送っていく。
そう、いつも通りの……だったのだが。
「主様」
「!?」
昼休憩。弁当箱を出そうとしていた俺の耳に、声が聞こえた。
まるで耳元でささやかれたような言葉に、俺は肩を震わせ、反射的に振り向いた。
そこに……久野市さんは、いなかった。
なぜ久野市さんだとわかったかと言えば、それは俺の呼び方だ。『主様』なんて呼ぶのは一人しかいない。
「? どうかしたか、木葉」
「早く食おーぜ」
動揺する俺と対して、ルアと火車さんの二人はなんの疑問も持っていない。
あの声は、俺にしか聞こえていなかったのか。
気になるが、辺りを見ても久野市さんはいないし……
「あ、あぁ……」
「主様」
弁当箱を開けようとしたところへ、またも声が聞こえた。
振り向いても、やっぱり誰もいない。もしかして、幻聴だろうか?
「主様、お話があります。屋上まで来てください」
「へ……?
久野市さん? 久野市さん?」
どうしたものかと悩んでいると、ようやく続きの言葉が聞こえた。
それは、俺に屋上に来いというもの。しかし、なんでそんなところに呼び出すのか。
呼びかけても、それから返事はなかった。
話があるなら、教室で話せばいいのに。確かに必要以上に接近するのはまずいが、クラスメイトとして話をする分にはなにも問題ないのに。
思えば教室にもいないようだ。
「なあ木葉、どうかしたのか?」
「……ごめん、二人とも。先に食べてて」
「え? おい!」
久野市さんがどういう理由で俺を呼んだのかわからない。でも、わざわざこんな回りくどいことをしたのだ。
なにか理由があると思い、俺は弁当箱を置き教室を後にした。
屋上への道は、確かこっちだったな。まだ学校内の道には慣れていないし、屋上へになんて行ったことがない。
なんてったって……屋上は、常に閉じられていると先生が言っていたからだ。
――――――
「主様、お待ちしておりました!」
屋上へと続く階段を上り、扉に手をかける。
扉には鍵がかかって閉まっているはず。そう思いながらも、俺はドアノブを回した。
すると、予想とは反してドアノブは回り……力を込めると、ゆっくりと扉が開いていく。
そして、扉の向こう側にいたのが、久野市さんだった。
「えっと……屋上って、開放されてるん、だっけ?」
周囲を見るが、人は誰もいない。
ただ俺を待ち構えるように、久野市さんが笑っているだけだ。
屋上は閉まっていると、先生は言っていた。俺が知らないだけで、昼休みは開いているのだろうか? いや、だとしたら周りに人がいないのはおかしいし、俺が知らないのに久野市さんが知っているのもな。
そんな俺の疑問に、久野市さんは……
「はい、鍵はかかっていましたよ」
と、答えたのだ。あっさりと。
すると、新しい疑問が出てくるわけで。
「え……じゃあ、どうやって鍵を……」
「それはもちろん、拝借しました」
にこにこと笑ったまま、久野市さんは右手を差し出してくる……そして、拳を広げた。
手のひらには、確かに鍵が置かれていた。
それが屋上の鍵であることは、明らかだ。
「なるほど。先生から許可貰って借りたわけだ」
「いえ、許可なんてもらってませんよ?」
「え」
元々鍵は職員室にあるはず。
そのうちの一つ屋上の鍵がここにある以上、久野市さんは先生から鍵を借りたと思うのが普通だ。
しかし、久野市さんは先生に許可はもらっていないのだという。
それって、つまり……
「……盗んだ?」
「いえ、拝借しただけです」
「いや、これ盗ん……」
「拝借しただけです」
……これ以上は、聞かない方が良いのかもしれない。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
ヒカリノツバサ~女子高生アイドルグラフィティ~
フジノシキ
青春
試合中の事故が原因でスキージャンプ選手を辞めた葛西美空、勉強も運動もなんでも70点なアニメ大好き柿木佑香、地味な容姿と性格を高校で変えたい成瀬玲、高校で出会った三人は、「アイドル同好会」なる部活に入ることになり……。
三人の少女がアイドルとして成長していく青春ストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
私の日常
アルパカ
青春
私、玉置 優奈って言う名前です!
大阪の近くの県に住んでるから、時々方言交じるけど、そこは許してな!
さて、このお話は、私、優奈の日常生活のおはなしですっ!
ぜったい読んでな!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる