久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

第61話 いいよ、映画館デート……しよっか

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 久野市さんへのプレゼントとして、香水を購入した。
 これで、ここに来た意味は果たした。元々、久野市さんへのプレゼントを探しに来たからだ。

 ただ、このまま帰ってしまうのももったいない。せっかく、桃井さんと一緒に外出してきたのだ。
 なので、俺から桃井さんを誘おうと思っていたが……予想外にも、桃井さんの方から、俺を誘ってきた。

「も、もちろんです!」

 その出来事にあっけに取られてしまったけれど、その誘いを断る理由なんてない。
 俺は、出来る限りの笑顔を浮かべて、頷いて見せた。

「そっ。なら、よかった」

「っ……」

 だけど、桃井さんの浮かべる笑顔には、まったく敵わないなと、思い知らされてしまう。

 それから、二人並んで歩く。
 とはいえ、すでに昼食も済ませている。それに、プレゼント選びで、わりと時間を使ってしまった。

 なので、あまり長くは居られない。
 それを踏まえた上で、なにをしようか……

「って、桃井さん?」

「ねえ木葉くん、あの映画知っている?」

 足を止めていた桃井さん。俺もつられて足を止め、彼女の視線を追う。
 その先には、映画館の入り口があった。そして、天井付近にはテレビが設置されていて、いろいろな映画の告知が流れている。

 週末ということもあり、結構にぎわっている。

「あの映画……」

「ほら、見たことない?」

 桃井さんが指しているのは、とある恋愛ものの映画だった。
 お互い恋人同士だった男女が、それぞれ記憶喪失になり……お互いのことを忘れた状態で、また関係を築いていくというもの。

 結構、CMで見るものだった。

「あー、面白そうだなって思ってたんですよ。公開まで二週間か……」

 それは、まだ公開していない映画。
 だが、公開前から結構な話題作らしく、学校でもその話題を出している人はちらほらいた。

 俺も、ちょっと気になる設定だなと思いながら、だけど一人で観に行くのもなと思っていたものだ。
 もし、桃井さんも気になっているというのなら……

「あの、ね。よかったら……」

「桃井さん、一緒に観に行きませんか?」

「私と、一緒に……えっ?」

 俺は気づけば、一緒に観に行かないかなんて、自分でも大胆に感じる言葉を漏らしていた。
 そしてそれは、しっかりと桃井さんに聞こえていた。

 俺の言葉を受け、桃井さんはあっけにとられた表情を浮かべた。
 口を開いたまま、まるで信じられないものをみたというような表情だ。

「あ、あの、桃井さん……?」

「……はっ。ご、ごめんなさい、ちょっとあまりの衝撃に我を失ってた」

 いったい桃井さんに、なにがあったというのだろうか。

「えっと……もう一度、確認するけど」

「はい」

「木葉くんは、今、私を誘った……ってことで、いいんだよね?」

「……そ、そうなりますね」

 改めて、確認されるとなんだか恥ずかしい。
 俺としても、まさかほとんど無意識のままにあんなこと、行ってしまうとは思わなかった。

 とはいえ、誘いたい気持ちがあったのは、嘘じゃないわけで。

「そっか……そっかぁ」

 真面目な顔をして俺を見ていた桃井さんだが、俺の言葉を確認した後、表情を和らげる。
 見ているだけでお、こっちまで幸せになってしまいそうな、表情だった。

 ただ、なんかこっちが恥ずかしくなってきてしまう。

「そぉかぁ、木葉くんは私と、デートがしたいってことね?」

「でっ……」

 くすくすと笑う桃井さんは、まるでいたずらを思いついた、子供のようだった。
 まさか、デートだなんて返しをされるとは思わず、俺は言葉に詰まってしまう。

 だが、冷静に考えれば……女性を映画に誘うなど、これはどう考えてもデートだ。
 そもそも今日だって、目的は久野市さんへのプレゼント選びだけど、二人で外出なんてデートみたいなもんじゃないか。

「あの、ですね。俺は……」

 自分は、なにを言おうとしているのか。それすらもわからず、なにか言わなくてはと口を動かす。
 だけど、桃井さんは自分の口元に、人差し指を立てた。

「いいよ、映画館デート……しよっか」

 俺がなにを言うよりも早く、それを映画館デートとして……片目を瞑り、ウインクをした。
 それは、俺の心臓を暴れさせるには、充分だった。

 桃井さんと、デート……まぎれもなく、デートの約束。
 だけど……いいの、だろうか。

 だって……

「あの、桃井さん」

「ん?」

 俺は、今まで気になっていながらも、聞いてこなかったことを……聞こうと、していた。
 桃井さんには、彼氏がいるという噂がある。

 桃井さんなら、当然だとも思う。美人だし、優しいし、気さくに話しかけてくれるし。彼氏くらいいても、不思議ではない。

 でも……それを本人に、確かめたことはなかった。

「桃井さんは……」

 その答えを聞いて、俺はどうする。
 いると答えたら、どうするんだ。もしもいない、と答えたとしても、どうしたいんだ。

 そんな気持ちが、ありながら……出てくる言葉は、止められそうには……

「あれ、主様?」

 ……ない、と、そう思っていた。少なくとも、自分の意思では。
 だが、まったくの予想外の方向から俺のことを呼ばれ、言葉は止まった。

 別に、俺の名前を呼ばれたわけではない。なのに、それが俺を指しているのだとわかる。
 なぜなら、俺を『主様』なんて呼ぶ人は、一人しかいないから。

「こんなところで、なにをしているんです?」

 首を動かすと、その先には……きょとんとした表情で首を傾げた、久野市さんがいた。
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