久野市さんは忍びたい

白い彗星

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第二章 現代くノ一、現代社会を謳歌する!

第60話 それに、相手が木葉くんだったし……

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 思わぬ形で、恥ずかしがる桜井さんを見ることができた。なんだか、お得な感じがした。
 とはいえ、いつまでも余韻に浸っているわけにも、いかない。

 桜井さんのおかげで、久野市さんへのプレゼントは香水にしようという方向性で決まった。決まったのだが……

「選ぶなら初心者だし、使い方は二の次で自分の好きな香りのほうが良いと思うけど……
 木葉くん、忍ちゃんの好きなものは、わかる?」

 結局は、久野市さんの好みの話になってしまうのだ。

 ただ、俺は少し前までの俺とは違う。
 久野市さんの好きなものは、リサーチ済みだ。とはいえ、本人に聞いたわけではないけれど。

 彼女は、ずばり……

「オレンジが好きだと、言ってましたね」

「へぇ、オレンジ。
 ……ちゃんと、忍ちゃんの好きなものは調べてきてるんだねぇ」

「あ、いや……実は、クラスで他の女子と話しているのを、聞いただけで」

「なぁんだ」

 そっか、と桃井さんは、なぜか声を弾ませた。
 はて、俺はなにか変なことを、言っただろうか?

 情けない話だが、久野市さんが他の女子と話しているのを、無済み疑義する形になってしまった。
 その際、オレンジの香りが好きだと、言っていた。

「どうやら、実家の近くにオレンジの木があったみたいで、好きになったみたいです」

「へぇ~」

 久野市さんの好きなものは、オレンジ……
 ただ、それをお世話になっているプレゼントとして渡すのは、なんか違うだろう。料理とはわけが違うのだ。

 ……そういえば、オレンジの木って……なんか、引っかかるものがあるような……

「それじゃ、香りはオレンジに近いものを選ぼっか」

「そ、そうですね」

 桃井さんの声に、はっとしてうなずく。
 いけないいけない、今はこっちに集中しないと。

 できれば、手分けして探した方が効率は上がる。
 だけど、香水に関して俺はてんで素人だ。だから、桃井さんと一緒に行動することに。

 ……桃井さんと一緒に、他の女の子に渡すプレゼントを選んでいる。
 なんだか、変な気分だ。

「うぅん、これはいいかもね……
 木葉くん、ちょっといいかな」

「! はい、なんですか?」

 しばらく売り場を回ると、いくつかの商品を見定めていた桃井さんが、一つの商品を手に取る。
 そして、俺を呼び……おもむろに、自分の手首に香水を、振りかけたのだ。

 そして手首を、俺に差し出した。

「え、っと……?」

「このにおい、どうだと思う?」

 ……それはつまり、嗅いでみろ、ということだろうか。
 もしかして桃井さん、俺のことをからかって……

 ……ないな。真剣な表情だ。
 なら俺も、それに応えるしかない。桃井さんの手首に顔を近づけ、香水のにおいを嗅ぐ。

「……ぁ……っ、ど、どう?」

 すると、桃井さんはちょっと体を震わせた。
 見上げると、顔を赤らめて、視線をそらしていた。

 ……もしかして、今更恥ずかしく感じたのだろうか。

「は、はい、その……オレンジ、ですね」

「そっか……」

 ……なんだろうこの空気は。

「って、い、いいんですか? それ、商品じゃあ……」

「! あ、これは……ほら、サンプルだよ。自由に使っていいの」

 桃井さんが、自分の手首に振りかけた香水……それは、どうやらサンプル。見本のようなものだったらしい。
 そりゃ、そうか……商品を、勝手に使ったりしないよな。

 いや、だからって、自分の手首に振りかけたのを、俺に嗅がせるなんて……

「桃井さん、変な趣味とか持ってませんよね」

「! ち、違うよ! 香水はほら、自分じゃわからないこともあるから……だから、その、さ。
 ……それに、相手が木葉くんだったし……」

 桃井さんが、自分のにおいを嗅がせるような、特殊な趣味を持っていたらどうしようかと思ったけど……それはないようで、安心した。
 確かに、においなんて自分じゃわからないこともあるもんな。

 ……最後、なにか言っていたような気がするけど、聞こえなかった。

「こほん。じゃ、これにしよっか」

 いろいろ吟味した結果、桃井さんが最初に試した香水を買うことにした。
 レジに持っていき、会計をする。

 ……桃井さんに任せていて値段を見ていなかったけど……香水って、結構お高いのね……

「だ、大丈夫木葉くん? お金は……」

「問題ないです」

 正直、男の一人暮らしにはキツイ出費だが……桃井さんの手前、情けない姿は見せられないよな。
 俺は財布を出し、中身を確かめる。

 ……本当なら、俺の方が多く出した方がかっこいいんだろうが……ここは、割り勘ということで甘えさせてもらった。
 一人じゃ買えなかったな。そもそも、一人じゃ香水という選択肢すら、なかったわけだけど。

「はい。あ、プレゼント用なので、包んでもらって……はい」

 こういうのに慣れているのか、桃井さんはスムーズにレジの店員とやり取りをしている。
 思えば、誰かにプレゼントの品を渡す、なんてこともなかったな。桃井さんには料理だったし。

 こういう感じにするのか……勉強しとこ。

「桃井さん、俺が持ちますよ」

「そう? なら、よろしく」

 会計が終わり、俺たちは店を後にする。
 袋に入れてもらった香水を、大切に持ち……ここでの目的は、終わった。

 終わった、けど……ここで桃井さんと、はいさよならってのも、なんだかもったいないよな。
 よし、ここは俺が……!

「あの、桃井さ……」

「ねえ木葉くん。まだ時間があるようだったらさ……いろいろ、見ていかない?」

 俺から、切り出す……そのつもりだったけど。
 思わぬ形で、遮られ……桃井さんは、楽しそうな笑顔を、浮かべていた。
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